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16、王都へ

投稿に間が空いて申し訳ありません。

明日は、二十時ごろ更新予定です。

『――貴様こそ、他人の体では魔術を使いにくかろう?』




「……何の話です?」

 


 目の前で不敵に笑った銀髪の男の問いに問いで返す。



「誤魔化す必要などない。貴様から二種類の魔力を感じるのだ……それで、貴様は誰ぞ? その器の男の親族であろうが。さて……第一王子か、第二王子か……誰であろうか」



 オルトゥスが腕を組み、少し首を傾げて楽しそうに言った言葉にはどこか確信めいた響きが含まれていた。


 デュオスの体に入っている『俺』が誰だかわかっているのだろう。

 

 整い過ぎた美しい容姿に、何もかも見透かしたようなその青い瞳は、威圧感を隠す気などないように感じる。


 確かに、『弟の体』では思ったようにスムーズな魔術を使えなかったが、そう見えない様にしていたつもりだ。

 


 昨日、この男が『竜』だと聞いた時、人間の姿であるにも関わらず、発するその異常さに妙に納得した。




 ーー十数年前、突然王都を襲った白銀の竜。


 

 サファイヤのような青い瞳も、発する威圧感もあの時の『竜』そのものだ。


 



 十年前の『あの時』、確かに竜はアリアを見ていた。


 

 あの十秒にも満たない沈黙と緊張感の中、横で息を呑んだアリアに視線を移せば、確かに彼女も竜に目を奪われているように見えた。


 

 その何ともいい知れない『間』。


 

 言葉にできない不安が足元から這い上がり、動けなくなった。


 ――『竜は番を見つけたら永遠に心を囚われる』。


 

 王家のみが閲覧を許される書物の一つ『始まりの書』に書かれた言葉に俺が納得したのはアリアに出会ってから。


 いや、正確には彼女に心奪われた瞬間からだ。



 何世代にも渡り受け継がれてきた竜の血は当然薄くなっていると言われているが、そんな俺ですらアリアに対する感情を自分でも異常と感じるほどなのに、目の前にいる竜の『それ』はどれほどのものか。


 

 竜の番となったアリアを取り戻すのは簡単ではないし、双子の竜を産んで育てているのならば尚更だ。



 七年だ。


 七年もの間アリアの居場所を掴めずにいた。


 

 なんとか国の体裁を保っているリントヴルムではアリアを探すための動きを十分に取ることが出来ないまま年月だけが過ぎて行った。


 

 何より、あの魔物の襲撃事件以降、城の奥で動けないままでいた俺が何も出来なかった。


  

 ようやくアリアを探すためにここまで来れたのは、デュオスが魔力を解放し、魔力の底上げが出来たから。


 同種同等の魔力を持つデュオスだからこそ、『始まりの書』に書かれた禁術を使うことが出来た。


 その動けない間に彼女が誰かのものに……ヴァスの側で暮らし、子どもを産んで育てていることを考えなかったわけじゃない。


 


 ヴァスと共に行ったのだとしても、簡単に引き下がるつもりなどなかったが、まさかそれが『竜』だなんて一体誰が想像できただろうか。


 

「俺は――」



 

 ****




 デュオス殿下とオルトゥスの勝負が終わるなり、双子はさっさと家の中に戻ってカップケーキを食べて授業の準備を始めた。


 エルピスはまた先ほどの復習を始め、アマルは付与魔法の本を読み始める。


 と、いうのに肝心の殿下は戻って来ないし、オルトゥスのベランダのお酒もそのままだ。

 

 屋根があるからベランダのテーブルも濡れはしないが、オルトゥスはすぐにでもふて腐れて、またお酒を飲み始める頃だと思ったのに。


 窓を開けて先ほどまでいた庭を覗き込めば、相変わらず二人はそこにいて何か話しているようだった。


 

 言い合いをしていなければいいが……なんなら結界を消して雨でびしょびしょにして二人の頭を冷やしてしまおうかと思うも、少し冷えてきたので風邪をひいてもいけない。


 

 男の人って面倒臭いなと思いながら、小さくため息をついて窓を開けた。

 


「ちょっとー! 二人とも早く入ってきてください! 双子はもうケーキを食べ終えて授業の準備してますから! もうそこの結界も消すので、いつまでもそんなとこにいたら濡れますよ!」



 窓から身を乗り出してそう叫べば、オルトゥスと殿下が私の声に反応して軽く手をあげる。


 戻ってくるのだろうと判断してそのまま窓を閉めて、キッチンの後片付けに手をつけた。

 


 間も無く二人は部屋に戻ってきたのだが、ゲーム終了時の不満げな雰囲気とは異なった妙な気配が漂っていた。


 双子達が無邪気に殿下に声をかけるので、そんな雰囲気もすぐに霧散して明るい声が聞こえ始める。



 オルトゥスはオルトゥスで再びベランダで一人飲み始め、またツマミだの何だのと先ほどまでの和やかな雰囲気が戻り、私は何も心配することは無かったと口元を綻ばせた。


 

 


 そして夕食後、オルトゥスはエルピスの魔力調整の上達ぶりを見て、すぐにでも結界を越えられるだろうと言って赤線まで二人で出かけて行った。


 明日明るくなってからでもいいのではないかと言ったのだが、エルピスはすぐにでも行きたいと言い、「ダメでもまた明日練習してから赤線まで行ってみるから心配しないで」と笑顔を向けられれば、それ以上反対のしようもない。


 本当は昨日あんなことがあったので、連日の失敗が彼女の精神的負担になるのではと私が思ったのをエルピスは感じ取ったのだろう。


 けれど、失敗してもまた頑張るからという前向きなエルピスの言葉に私もどこか安堵した。


 

 今日の殿下との練習が彼女の自信になったことは間違い無い。

 

 

 母親代わりとしても、元魔術師団の副団長としても、エルピスの自信に繋げてあげられる指導が出来なかった力不足を悔やみながらも、殿下がいいタイミングで来てくれたことに感謝せざるを得なかった。


 

 忘れたかった記憶を呼び覚まされたとしても、それは私の問題で、子ども達にはなんの関係もないし、王家の人間がいつか竜を訪ねてくるのは当然想定されるべきことだったのだから。



 二人が出かけた後、しばらくの間心配しながらも三人で窓から赤線の方角を見ていると、白銀の竜が夜空に飛んでくるのが見えた。



「あ! おとぅさんだ!」



 クリーム色の月を背に、こちらに向かってくるオルトゥスの姿が、十年前のあの日の夜と重なる。


 

 アマルの弾んだ声に、横にいたデュオス殿下が目を見開いて固まっていた。



 そういえばデュオス殿下はオルトゥスの竜の姿を見るのは初めてなのだろう。

 王都を攻めてきたとき殿下はいくつだっただろうか?



 七歳前後の幼い殿下は、ひょっとしたら避難させられて竜の姿を見なかったかもしれない。


 


 殿下は食い入るように、白銀の竜とその背に乗って笑顔で手を振るエルピスを黙って見ていた。



 カタンと音がして、物思いから現実に戻される。

 アマルが座っていた椅子から降りて少し緊張した顔で立っていた。


 

「ど、どうだったのかな……? 僕出迎えに行ってくる!」

「あ、そうだね! 一緒に行こうか」

  

 私の返事に嬉しそうに笑ったアマルが玄関に走っていくのを慌てて私達も追いかける。


 急いで庭に出れば、丁度庭に白銀の竜がバサリと舞い降りた。


 

「エルピスは余裕で赤線は越えられるようになったようだ。一日でこの成果とは。デュオスとやら、なかなかに優秀な指導員ではないか」



 エルピスが父親の背からぴょんと降りた後、人間の姿になったオルトゥスが、『超』がつくほどの上機嫌で言った。


 エルピスも嬉しそうに赤線を越えられたことを報告してくれる。

 頬を赤らめて話してくれる彼女を見れば、私もアマルも自然と顔が綻んだ。

 


「僕の力ではなく、エルピスが頑張ったからですよ」

「まぁな! 我が娘の才能と努力の賜物には違いない! それでは、明日の朝一番に王都に行くことを許可しよう!」



 祝杯じゃ〜! と玄関に向かって歩いて行くオルトゥスの言葉に固まる。




「え⁉︎ ちょっと! 明日の朝イチ⁉︎ 準備が……」



 王都に行ったらまず王女殿下の魔力の解放。


 

 そしてもふもふに会いに行ったり、アマルの希望の図書館等、とても一日では終わらないから少なくとも三日、四日日は王都に留まることになるだろう。



 双子が満足すればだが……。


 

 更には往復にかかる時間を考えるととても『要るものだけ』というわけにも行かない。



「アリア姉様。ご心配は不要ですよ。必要なものは道中でも王都でも揃えられますし、その身一つでお越しくだされば」

「ですが……」


「そうそう、こやつが来いと言うから行ってやるのだろう? 手ぶらでいけばいいではないか。そんな事よりも祝杯をあげねばな。子ども達にはとっておきの葡萄ジュースを出そう」

「「やったー!」」



 親子三人、軽い足取りで家の中に入っていく姿に足が固まる。


 そう。お祝いだ。

 お祝いをしなければ。


 頑張ったエルピスにおめでとうと言って、双子に楽しみだねと……笑顔で……。

 

 

 でも、まだ……何の気持ちも整理できていないのに。



 王都に行くのは決まっていた事だけれど、昨日の今日でこの展開に心が追いついて行かない。



 もう少し時間があると思っていた。

 

 

 あの日の……あの朝の光景がフラッシュバックし、不意に締め付けられた胸に、足元から不安だけが駆け抜ける。

 

 

「アリア姉様」


 殿下の声にびくりとしてそちらに視線をやれば、そこには不安げに揺れる瞳でこちらを見つめる殿下が立っていた。


 一歩、こちらに足を踏み出した殿下から、無意識に一歩下がる。



「あ……ええと。戻りましょうか……」



 殿下の妹のためには一日も早く王都に戻らないといけないのはわかっていた。

 エルピスだって、そのために頑張った。


 ただついて行くだけの私がまだ心の準備ができていなからといって駄々をこねるべきではない。

 



「王都に……戻って、妹の魔力の解放が終われば色んなところにご案内するので楽しみにしていてくださいね。王都も随分変わりましたし」



 無邪気に微笑んだ殿下は、幼い頃の笑顔と変わりないように思えるのに、どこか違和感を感じるのは私の神経が過敏になっているからだろうか。

 


「殿下はお忙しいでしょうから……。それに、子ども達の行きたいところへは、お詳しい方に案内していただければ十分ですわ」



 やんわりとそう断れば、一瞬殿下が目を見張った後にこりと笑う。


 

「ひどいな。俺は姉様にも楽しんでいただきたいと思っていますし、何より妹を助けてくれるエルピスや、貴女の大事な家族を案内するのはどう考えても僕の役目でしょう?」



 笑っているのに、どこか心からの言葉でないように感じるのは何でだろう。

 

 この二日だけでも、目の前の殿下の微笑みの裏にある何かがずっと引っ掛かっていた。


 

「……デュオス殿下。ずっと気になっていたのですが、一人称が『僕』と『俺』で混同していらっしゃいますよ。どちらが本当の貴方ですか?」



 その言葉にぴくりと反応した殿下の雰囲気がガラリと変わった。


 彼の瞳の中にある『何か』が私の心をざわつかせ、その視線に絡め取られたように動けなくなる。


 

 あぁ、本当に兄弟だ。

 この、頭から齧られそうな雰囲気はシリウスにそっくり。


 

 可愛らしい三男の顔の下にこんな男らしいものを隠していたなんて、詐欺も同然。

 大きな一歩で近づいてきた殿下は私の顔を覗き込んで、伸びてきた指先が一瞬頬に触れる。



「……どうでしょうね」


「……お兄様の真似は貴方には似合いませんよ」

「どちらの兄ですか?」



 皮肉めいて言ったのにも関わらず、クスリと笑われて返された。



 

「殿下……」

「そんなに、王都に帰りたくありませんか?」

「……っ」



 私の心を見透かしたように言った殿下から、不意に顔を逸らす。

 

 帰りたくないに決まっている。



「誰にも、会いたくないんです」

 

「昨日から……あなたに伝えるべきか迷っていたのですが……」

「何ですか?」

 

「ローゼリア嬢は貴方が姿を消してから……いえ、魔物の襲撃事件の後から姿を見せておられません。もう七年以上も神殿の奥に閉じこもっています」


「……え?」



 信じられない言葉に声を失う。


 だって、魔物の襲撃で怪我人は出なかったと言ったではないか。


 白魔術は自分自身にも有効で、怪我をしたとしても姉ほどの実力の持ち主なら簡単に治癒できていたはずだ。


 それでも、姉のそばにはシリウスがいるのではないのか。


 神殿の奥に閉じ籠るとはどういうことだろう。

 王宮ではなく、神殿の奥……?



 

「病気……ですか?」

「分かりません。貴方を失ってショックを受けていると当初公爵が説明しておりましたが、その公爵もここ数年公の場に出てきません。もちろん、公の場に出ないだけで、王城からの遣いが訪問した場合には面会しているそうですが」



 王都を出て行ったことにショックを受けた?


 私が出て行ったことは父から事前に聞いていなかったのだろうか?


 

 姉も私が国を裏切ったと思っているのだろうか?

 私が魔物を使って王都を襲わせたと?



 父が言うのは分かる。

 そういう人間だ。



「なぜ……」

「分かりませんが、白魔術師団員の名簿一覧には彼女の名前がありますし、ご存命なのは間違い無いかと」 

「……」



 考えを巡らすも、当然何の答えが出るわけでもない。

 七年以上、神殿に引きこもっている理由を王族である殿下ですら分からないのだ。


 

「会いに行かれますか?」

「え……」

「貴女が行方知れずで心を痛めたと言うならば、アリア姉様が訪ねれば会ってくださるかも知れませんよ」




 姉が心配だ。

 けれど、会いたくない。


 私が出ていって心を痛めた?


 それを聞いて私にどうしろと?


 無事に元気にやっているとでも言えばいいのだろうか。


 ……傷ついたのは私なのに?




 

「いいえ……姉様にも……シリウスにも……絶対に会いたくはありません」


 

 絞り出した声は自分でもわかるほどに震えていた。






 「……捨てた男に未練などないと?」




 どこか自嘲気味に行ったデュオス殿下の言葉に思わず顔を上げる。



 さらりと揺れた前髪をかきあげる仕草も、腰に手を当てる仕草も、あまりにシリウスそっくりで全てが私の神経を逆撫でし、吐き捨てられた言葉に何かがはじけた。




 

「……たのは、私じゃない……」

「え?」


 

 

「……捨てたのは私じゃないわ! シリウスが姉様を選んだんじゃない! 捨てたのは……」

「アリ……」



 目の前にいる殿下の表情が、『彼』のソレと重なる。


 言う相手は殿下ではない。

 分かっているのに、一度溢れた感情は止められなかった。

 



 

「捨てられたのは私だわ!」






 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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