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15−3、居候の家庭教師


 朝方は、気持ちのいい風が吹いていたというのに、ゴロゴロとどこかで空の不機嫌な声が聞こえ始め、雨の匂いがし始める。


 「さて、どう貴様に力の差を見せつけてやろうか」


 庭に出たオルトゥスが楽しそうに顔を歪ませて、デュオス殿下に対峙した。


 殿下は殿下でピリピリとした雰囲気を醸し出しながらも、どこか楽しそうな表情を浮かべている。

 そのどちらの雰囲気もわたしの記憶にある殿下にはないもので、『彼』と重なるその雰囲気に視線が釘付けになった。


「おかぁさん、どっちが勝つと思う?」


 ツン……と引っ張られたスカートで我に返り、横にいた双子を見れば、キラキラと輝く瞳でこちらを見上げている。


 父親とデュオスの対決に心踊らせた双子は、ワクワクとした表情でその様子を近くで見ようと庭に出ていた。


 というかどう考えてもデュオス殿下がオルトゥスに勝てるなんて到底思えないし、五体満足、怪我の一つもせずに王都に帰って欲しいのだが、なんとか無事に済ませる方法はないだろうかと、頭をフル回転させてみる。


「ふ、二人とも、雨も降りそうだし対決はやめて部屋に入らない? ケーキなら私のをあげ……」


「いや、こやつにははっきりとどちらが上かを分からせてやる。居候のくせに態度がデカいのが気に食わん」


 食い気味に言ったオルトゥスに何を言っても無駄だと思いながらも聞こえよがしにため息をついてみる。

 

「酔っ払いの攻撃が当たるとは思いませんがね」


 殿下は殿下で何故かオルトゥスに対抗心むき出しで、明らかに二人とも対決を止める気はなく、火の粉が散るのではないかと思うほどバッチバチだ。


 カップケーキにこんなにも熱くなるなんて……と呆れずにはいられない。

 

「ねぇ、休憩も長く取れないし……」


「あ! じゃあ、あのゲームで決着をつけたら⁉︎」



 私が二人の無意味な諍いをやめさせようとした瞬間、エルピスが妙案だという表情で提案した。


「あぁ! 空中カードだね!」

「うん、パパとデュオスの対決見てみたくない⁉︎」

「見てみたい!」

「え、あ! ちょっと……あれは……!」

 

 双子を止める間も無く、目をキラキラと輝かせたアマルとエルピスは嬉しそうに「カードを取りに行ってくる」と部屋の中に戻っていった。


 まだ、誰も空中カードで勝負をするとは言っていないのだが、子どもたちの中ではすでにそれに決まったようだ。


「空中カード?」


 聞きなれない単語に殿下が不思議そうにこちらを見る。

 


「ええと……いつもはこの広い森を使ってかくれんぼで気配を消す練習をしているのですが、雨の日は『空中カード』というカードゲームをしているんです。魔術学校時代にやっていた訓練を子ども用にアレンジしたものなんですが、その場での魔力調整、判断力、瞬発力の総合トレーニングなんです」


 そう説明を始めれば、ポツポツと雨が頬に触れ、空を見上げれば、黒い雲がすぐ近くまで来ていた。


 すぐにでも雨足は強くなるだろう。


 さっと庭を覆うように広く薄い結界を屋根代わりに張ったところで思った通り急に雨が強くなる。


「流石に森一帯の上空を結界で覆うことは出来ませんが、この程度の結界があれば外でも遊べますので」

「カードゲームなら家の中で遊べばいいのでは?」

「空中カードは家の中では無理なんです」


「おかぁさん、カード持ってきたよ!」

 

 アマルが嬉しそうに走ってきてトランプサイズのカードを私に手渡した。

 手元のカードは三十枚。


 そのカードを殿下が興味深そうに覗き込んだ。


「このカードには火、水、風の三種類の魔術が描かれています。火は風より強くて水に弱い。水は火より強くて、風に弱い。風は水より強くて火に弱い。これらのカードを半分に分けてそれぞれがもち、合図と同時に自分のカードを一枚ずつ引いて、出たカードによって攻撃なのか守りなのか判断します。要はじゃんけんみたいなもので、出たカードの強い方が勝ちで攻撃の権利があり、弱い方が負けで防御となり結界を張ります。それぞれ使い捨て用の結界を三枚ずつ張って、最後の一枚が割れたら負けです」


「あぁ。八種カードの応用版ですか」

 

 ポツリとこぼした殿下の言葉に思わず彼の顔を見た。


 八種カードは、本来風、水、火、土、雷、草、闇、光魔法の八種類の属性魔法が描かれている。

 さらに一つの属性から八段階の魔法があり、相性だけでなく、引いたカードのレベルによっては強さが逆転する。これは種類もルールも複雑なので子ども用は分かり安い三種類で攻撃も一種類のみに絞ったのだ。


 このゲームはカードを通して魔術を行使するため、カードに描かれている魔術以外は反応しないという特別な訓練用のカードだった。

 なので、攻撃の権利を得ても、その魔術以外を発動してしまえば相手の結界を破ることは出来ない。

 

「ご存知ですか?」

「ええ。僕も魔術の練習で八種カードを使用していましたからね。姉様も……シリウス兄様たちと確かによくやってましたね」

「よくご存知ですね。私もみんなとよくやってましたよ。空中に浮かんでないし、カードを捲るのに魔術は使わないけど、魔術師団の訓練の休憩時間に」

「お昼ご飯のおかずをかけて……ですよね」

「あはは、訓練が厳しかったものですから、空腹も半端じゃなく……」

 

 ニヤリと笑った殿下は、あの魔術師団の壮絶な勝負を見ていたのだろう。

 空腹の師団員たちが真剣にカードゲームをする姿をどう思っていたのか……。

 何度シリウスにおかずを取られたかわからないけれど、とった回数もそれなりにあったと記憶している。


「僕覚えてますよ。姉様が揚げ肉取られて目に涙浮かべていたのを」

「殿下!」


 そう言われてはカップケーキ如きで喧嘩なんてと二人に言う資格がない気がする。

 


「それで、空中カードというのは? 本来なら耐久性のある特別な石机の上にカードを置いて対決するものでしょう?」


「ええ。双子の魔術レベルからとりあえず初級として三種類に絞って、カードを作ったんです。簡単なので、追加ルールとして空中に浮かび、カードも空中に浮かべて捲る。という魔術を同時展開する訓練にしました」


「それの方が難しいと思いますけどね……」


 殿下の言葉に思わずクスリと笑った。

 確かにその方が難しいけれど、複数展開の方が繊細な魔術コントロールと反射速度の訓練になる。

 種類を絞ったのは考える時間を増やすよりも、魔力調整を優先したからだ。


 

「で……このカードに描かれたイラストは……?」


「あぁっ……それは!」


 殿下が一枚一枚カードをめくって見ていて、思わずそれを止めようと手を伸ばした。

 けれど、殿下は高い身長を生かして私の手の届かなところまでカードを持ち上げて絵を確認している。


 そう、そこには私の絵心のなさ満載の動物イラストが描かれていた。


 双子達が少しでも楽しくなるようにといろいろな動物を描いてみたのだけれど、自分が思っていた以上に絵を描くのが下手だったので、そこに関してはどうか触れないで欲しいと心から願う。


「これはね、猫なの」

「エルピ……っ!」

  

 それは、うさぎよ! と言いたいけれど、何とかその言葉を飲み込み笑顔で誤魔化した。


 ちなみにイラストと描かれた魔術に関連性はなく、本当に、子ども達が喜ぶかと思って描いただけ。


 それを存外二人は気に入ってくれたようで、エルピスが満面の笑みを浮かべてカードの絵の説明を始めれば、アルマも一緒に説明を始めた。

 

「で、これはね、牛なんだ」

(馬です)

「でね、こっちがリスよ。可愛いでしょ?」

(それは犬です) 


 双子が嬉々として話す内容に口を出すことはせず三人の様子を窺っていたが、殿下は笑いを堪えるように肩が震えているのがわかった。


 あまりの絵のレベルの低さに笑っているに違いない。


 昔、デュオス殿下が手慰みに描いたという絵はとても上手だった。


 シリウスも絵を描くのがあまり上手くな……いや、下手だったので二人で殿下の才能をすごいと話したのを覚えている。

 

 何とかこの地獄のような時間が過ぎないかと切に願えば、横から天の助けが入った。


「おい、結局その空中カードで勝負すれば良いのか? 我は何でも構わんぞ。どうせ貴様が秒で負けるのだからな」


 オルトゥスの言葉に殿下は小さく鼻で笑う。


「僕も、こういったゲームは慣れているので構いません。あなたはルールはご存知ですか?」

「いつも子ども達がやっているから知っておるし、二、三回やったこともある。ハンデにならんですまんな」


 バチバチと目に見えない火花を散らす二人の間に、私はさっと砂時計を差し出した。


「なんぞ?」

「砂時計?」


 二人は真ん中にある砂時計を何事かと凝視する。

 

「時間を決めます。休憩時間を長く取るとだらけるし、ケーキを食べる時間が減ってしまうので。対戦時間はこの砂が落ち切る三分以内とします。引き分けの場合は……」

「案ずるな。引き分けなどない。秒で終わらせると言ったであろう?」


 私の言葉に被せるように言ったオルトゥスに殿下も同意する。


 やだ。この二人、似たもの同士かしら。と思いながら、ケーキ一つで喧嘩するなんて男の人というのはいつまでも子どもなんだなど大きなため息をついた。

 

 そんな私を無視して、オルトゥスが地上から三メートルあたりまで浮上してぴたりと止まれば、殿下も続く。


 それに合わせてアマルとエルピスも同じ高さに浮上したので、仕方なく私も浮上して殿下達の魔術に巻き込まれないように自分達の前に結界を張った。



 殿下の本当の実力がどれほどのものかは分からないけれど、彼から発せられる緊張感と纏う魔力が私の知る殿下とは明らかに違うことを感じさせる。


 オルトゥスは言うまでもなく圧倒的な力を持っているが、このゲームは判断力と瞬発力、そして的確な魔術が要求される。

 少しでもためらいが生じれば結界など簡単に破られるだろう。

 


 というか、申し訳ないけれど、どう考えてもオルトゥスが勝つだろう。


 それも彼の言う通り秒で。

 

 殿下は決して魔法が下手では無かったが、それでもオルトゥスの経験と、技術、持っている魔力量が圧倒的に違うのは私が体感して一番よく分かっている。


 殿下だって実力の差は当然理解しているはずなのに。

 

 とりあえず、結界がきっちり張られていれば殿下が怪我をすることは無いのでその点の心配はないが、なぜ殿下が勝負を受けたのか分からない。


 ケーキ……そんなに食べたかったのかな……。

 

「姉様、試合の合図は八種カードと同じですか?」


「ええ。『パルティ(勝負)』と言って、カードを捲ります」


 そう答えれば、殿下が持っていたカードを魔術によって空中で混ぜ合わせまた一つに纏め、それを二つに分けたカードを一山ずつふわりと二人の前で止めた。


「二人がカードを捲った時点で私は砂時計をひっくり返しますので。どうぞお好きなタイミングで始めてください」


「……では、始めるか」


 オルトゥスの言葉と同時に二人が三枚の結界を張る。


 先ほどまでののんびりしたものから一転し、ピリピリとする空気に自分の呼吸すらもまともに出来ない感覚に襲われ、二人が纏う緊張感に双子と私の喉がごくりと鳴った。

 

 

 たかがゲーム。

 しかも酔い覚ましの。

 

 それなのに、殿下の纏う空気が殺気を帯びているように感じるのは私だけだろうか?


「「パルティ」」


 静かな二人の声が重なり、カードが捲られたその刹那。


 一瞬視界が真っ赤に染まり、結界の弾ける音が森に響いた。


「……え?」


 私の両隣にいた双子がぎゅっと私の手を握る。


「嘘よ……」

「……速い……」


 視界いっぱいにキラキラと輝いているのは、砕けたオルトゥスの結界。




「これで、あと二枚だな。オルトゥス殿」


 何の感情も含まれていないような静かな殿下の声に、オルトゥスの口角が片方だけ上がった。


「……面白いではないか」

「酔いは覚めましたか?」


 その言葉にさらに二人の纏う空気が変わる。

 中に浮いたままの二人のカードは炎と風のカード。


 オルトゥスが風で殿下が炎。

 攻撃は殿下、防御がオルトゥスだ。


 オルトゥスが結界を張る前に殿下の攻撃が一枚の結界を破壊し、壊れた結界がキラキラと舞いながら地面に落ちる前に消えていく。


「……いい運動になりそうだ」


 言ったオルトゥスが次のカードを捲る準備を促し、殿下も構えた。



「デュオスすごい……」

「一瞬だったね……」


 

 双子の目に浮かんだのはそれぞれ異なり、感嘆と尊敬。


 私の心に浮かんだのは何だろうか?


 驚愕も、……感嘆もあっただろう。けれど、どこかそこに嫉妬を感じたのも真実。

 

 だって……、私はオルトゥスの結界を一度だって破った事はない。

 幼い頃から、魔術も瞬発力も鍛えていたつもりだし、第一魔術師団でも自分の実力はシリウスに次ぐと自負していた。

 

 それなのに、デュオス殿下はたった一回でオルトゥスの結界を壊したのだ。


 

 なぜ、単独でデュオス殿下が『竜谷』にくる許可が降りたのか、やっと腑に落ちた。

 これほどの魔力と技術、更には武術で鍛えた殿下の腕があれば、魔術師団や騎士団の誰かがついて来たところで足手纏いは確実だろう。

 無謀だと彼に投げつけた自分が恥ずかしいほどに。


 これが、王家の人間が魔力を解放したからこそ成せる技だろうか。


 所詮、直系ではない私では魔力を解放しても王家の人間の足元にも及ばないだろう。


「「パルティ!」」


 今度はオルトゥスが殿下の結界を破り、双子と私の三人が息を呑む。


「僕、見えなかった……」

「さすがパパだわ」


 見えたことは見えた。


 けれど、殿下が結界を張り終わる前にオルトゥスの攻撃がすでに通り過ぎていた。


「っ……」

「貴様相手なぞ、多少酔ったところで結果は変わらんわ」


 実に楽しそうに笑ったオルトゥスに殿下も不敵な笑みを返す。


「いいえ。所詮は酔っ払いですよ」


 そう言って、三枚目のカードが捲られれば、今度は攻守のタイミングが同時で、どちらもリード出来ない。


「パルティ!」

「パルティ!!」

「パルティ!!!」――


 そうして、二人の目にも止まらぬ攻防を私はどこか違う世界の時間のように感じていた。


 




 ――「はい! 時間です!」


 砂時計が落ち切ったことに気づき、二人に大きな声でそう言えば、こちらに視線が注がれた。


 三分しか経っていない筈なのに、もっと長い時間が経ったように感じるも、私は二人から見えるように砂時計を突き出してゲーム終了を伝える。


 お互い一枚ずつ結界を残した状態で不満げに相手を睨みつけていた。



「ちっ。つまらん」


「オルトゥス! 文句を言っていないで! 試合終了だからね! 子ども達の休憩もおしまい! ケーキ食べたらまた授業だからね」


 舌打ちしたオルトゥスにそう声を掛ければ、不貞腐れた顔で降りて来た。


 殿下は浅い呼吸をしながらも地上に降りてくる。


「殿下も中に入ってください。冷えて来たので汗をかいたままだと風邪を引いてしまいますよ」


 汗をかいて俯いている殿下にそう声を掛ければ、「はい」と小さく返事が返ってくるが動く気配はなかった。

 もう少し呼吸を整えたいのだろう。


 魔術の同時三展開となれば集中力も疲労度も全然違うが、オルトゥスは全く疲れた顔をしていない。


「ええと。まぁ……引き分けということでカップケーキは私のをオルトゥ……」

「要らん。我は熱いのが食べたかったのだ。冷えたケーキなど食べたくない」

「おい!」


 わがままが過ぎると言いたかったが、まぁこれがオルトゥスの通常運転だ。

 文句を言うのも面倒くさくて小さくため息をついた。


「ママ! じゃあカップケーキ食べよう!」

 


 上機嫌なエルピスに引っ張られて、私は家の中に足を向けた。


「二人とも早く入ってきて下さいね!」

 

 

 殿下とオルトゥスはそのまま少しその場に立っていた。


「手を……抜きました?」


「どうであろうな。まあ、それなりに楽しめたがな。……貴様こそ、他人の体では魔術は使いにくかろう?」



 

 そんな二人の会話など私の耳に届くことは無かった。




 


 

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