15−2、居候の家庭教師
「分かった! ここの紋様がこう変わって、先に炎と雷の魔法陣を当てはめたら形の変形操作が上手くいくんだ! この微調整ができなかったのは紋様を変える順番と対称魔法陣のタイミングだったのか」
リビングでアマルとデュオス殿下の楽しそうな声が聞こえてくる。
弾んだ声のアマルは殿下の張った結界の中で、展開した炎と雷の魔術を剣のように形を変えて振り下ろした。
中では殿下の魔法で生み出した岩を真っ二つにし、嬉しそうにしているアマルの声が聞こえた。
「アマルは理解が早いね。じゃあこっちの風と氷の変形の魔法陣は? 描ける?」
「うん、ええと……こうかな!」
「すごいな……。応用も完璧だ」
今アマルが解いた風魔法の術式はいつまで経っても私が理解出来ず、筆記試験で苦労した魔法陣だ。
学校の試験前にシリウスに教えてもらったのを覚えているけれど、試験が終わればなんのその。
頭に詰め込んだものはすっかり抜け落ちて、次の新しい試験の内容を詰め込むのに精一杯だった。
実技は出来る。
なのに筆記が苦手とはこれ如何に……。と自分でも情けなくなってくる。
そんな二人のやり取りを耳に入れながら休憩用のカップケーキを焼いていると、殿下の横からエルピスの弾んだ声が聞こえる。
「ママ! 見て見て! 出来たよ!」
エルピスの可愛らしい小さな右手にさくらんぼ大の水球と、蝋燭よりも小さな炎を左手に停滞させ、キラキラと目を輝かせてこちらに見せた。
「すごい! 朝から集中してやった甲斐があったね!」
「へへ、すごい?」
「うん。すごいすごい」
彼女は自分の体よりも大きな水球と、文字通り火柱のような大きな魔法は同時に使えるのに、繊細な魔力が苦手だ。
小さな魔力で可能な魔術は、今まではどちらか一つを操作する事しか出来なかったが、二つ同時に展開しているということは、より細かい魔力操作が出来ている証で、たった半日での成長ぶりに驚かずにはいられない。
というか、やっぱり私の指導力の無さを見せつけられたかと落ち込みつつも、殿下が人に指導していたという実績は確かなようだと安心したのも本当だ。
エルピスの成長に殿下は満面の笑みで彼女の努力を褒め称え、彼女も嬉しそうにしている。
これならば、赤線を越えるという目標は早くクリアできそうだ。
「ねぇ、デュオス。僕これも教えて欲しいんだけど。全然理解出来なくて」
ツンと、殿下の服の裾を引っ張ったアマルがねだるように彼を見上げて、一冊の本を差し出す。
「じゃあ、アマルのそれが終わったら私のも見てね」
とエルピスは上機嫌で復習を始め、殿下もそれに笑顔で応える。
本当にアマルもエルピスもあっという間にデュオス殿下にとても懐いていた。
呼び方も、冷ややかな「お兄さん」や「あんた」呼びから、尊敬を込めて「デュオス」と変わり、殿下も竜に俺の身分は関係ないからと呼び捨てで問題ないとすんなりと受け入れる始末。
そういえば王家の三兄弟は人たらしの才に長けていたなと思いながら、そんな三人の様子を複雑な気持ちが入り混じりつつも微笑ましく見ていた。
「アマルの本は……魔法付与?」
「うん。分かる?」
殿下は差し出された本の表紙を見て少し驚いた後、ぱらりと本を捲る。
「分かるけど……随分古い本だね」
「そうなの? うちにはこれしか無いから。……王都には新しい本が沢山ある?」
「そうだね、この本にあるのは基礎的なことばかりだけど、王家の図書室にはもっと幅広い魔法付与に関する書物が沢山あるよ」
殿下の言葉にアマルはパッと顔を輝かせた。
「王都に来たら図書館に行ってみる?」
「行きたい!」
「分かった。お安い御用だよ。じゃあちょっと休憩してから付与についての勉強を始めようか」
そう言って殿下はパタンと本を閉じてアマルに返す。
嬉しそうに受け取ったアマルは、復習をしているエルピスのところに図書館の話をしに行ったのであろう、小走りでかけて行った。
「アリア姉様、お手伝いさせてください」
そろそろ焼けるであろうカップケーキを食べるためのお皿や人数分のティーカップを準備していると殿下がキッチンに入って来る。
「大丈夫ですよ。後は焼き上がるのを待つだけなので。でも少し冷ましてからでないと美味しくないのでもう少し待ってくださいね」
「アリア姉様のカップケーキは美味しいので楽しみです」
「え?」
「ほら、以前寮で焼いてくださったでしょう?」
「あぁ……そういえば」
確かに、よく寮でカップケーキを焼いて、第一の皆で食べていたが、遊びに来ていた殿下も時々そこにいたなと記憶が蘇った。
王宮には最高の菓子職人もいるはずなのに、私の地味なカップケーキが美味しいなんて……と思ったことを覚えている。
そんなことを思い出しながら、オーブンを開けて中の様子を見れば、ちょうど良い色に焼けており、部屋中にバターのいい香りが広がった。
リビングにいた双子も甘い匂いに誘われて、オーブン前に集まってくる。
「美味しそう〜」
「匂いだけで幸せな気分になれるわ〜」
銀髪の天使逹がとろけるような笑みを浮かべて、愛おしそうに狐色に焼けたカップケーキにうっとりと見惚れている。
私がそんな双子の様子に逆に心奪われ、カップケーキを焼いて良かったと一人悦に入った。
「ふふ。まだ天板もカップケーキも熱いから触っちゃダメよ。火傷しちゃうからね」
「はーい! あ、ねぇねぇ。氷魔法で冷ましちゃう?」
「ダメだよエルピス。カップケーキがベチャベチャになっちゃうよ」
「じゃあ風魔法?」
「ハリケーンはダメだよ? 粉々になっちゃうから」
そんな五歳児の可愛い発言を楽しみながらカップケーキを冷まそうとしたところで、ふわりと一つ、カップケーキが宙に浮かんだ。
そのままスーッと飛んでいくカップケーキに子どもたちが目を見開く。
「パパ!」
「おとうさん!」
ケーキの行き着く先には、ベランダで昼間からワインを楽しんでいたはずのオルトゥスが窓際に立っていた。
「「ずるい!」」
「ちょっと、まだそれ熱いのよ」
私たちの抗議なんて気にもせず、オルトゥスは目の前まで飛んできたカップケーキを宙に浮かせたままバターの香りを堪能している。
「熱いぐらいが旨いではないか」
「……チッ
」
オルトゥスのその言葉に、背後から小さな舌打ちの音が聞こえた気がしたその時、
「んがっ……」
ガチン!
目の前のカップケーキに齧り付こうとしたオルトゥスの変な声と、カップケーキにしてはありえない音が聞こえた。
「「「え⁉︎」」」
オルトゥスの目の前にあるカップケーキは小さな結界に守られ、その場にふわふわと浮かんで原型を留めている。
「な……なん」
オルトゥスは、目を見開いてそのカップケーキを一瞬凝視した後、鋭い視線を殿下に向けた。
「……おい。小僧。どういうつもりだ」
「立ったまま食べるなんて、お行儀が悪いですよ。子ども達も我慢してるんです」
どうやら殿下がカップケーキに結界を張ったようで、オルトゥスは苛立ったように舌打ちをする。
「これくらいが丁度いいと言ったろう?」
「ダメです」
十七歳の爽やかボーイは春風のような笑みを浮かべているが、その雰囲気は断固として譲らないといったドス黒い雰囲気を醸し出していた。
「それに、今日のおやつにカップケーキを子ども達がリクエストした時、あなたは『ワインとチーズを愉しんでいるからカップケーキはいらない』とおっしゃってましたよね。なので、それはエルピスとアマル、姉様と……そして俺の分ですよ」
「気が変わったのだ。ケチケチするでない」
「ダメです。あなたのはありません」
「……小僧……」
口元を引き攣らせながらオルトゥスは素手でカップケーキを守っている結界を割ったかと思えば、すぐさま殿下が結界を張り直す。
「あげません」
「貴様……」
再度オルトゥスが結界を壊そうとすれば、殿下がそこにまた数枚結界を重ねて張る……が数回繰り返される。
いや、結界ってそういうことに使うものじゃなくない?
と私は呆れながらも、双子は楽しそうにそんなやりとりを見ていた。
「結界ってああいった使い方ができるのね」
「あんなにちっちゃくて硬い結界を瞬時に作れるなんて、デュオスってすごいね」
二人は興奮気味に目をキラキラと輝かせているが、男性二人の攻防は終わりそうにない。
カップケーキはまた焼けばいいのだ。
こんな目も当てられないような不毛な争いは見てられない。
「殿下、ケーキは私のをあげ……」
「おい! 小僧! 表に出るがいい! この菓子をかけてひと勝負しようではないか!」
とうとうその攻防に痺れを切らしたオルトゥスが私の言葉に被せるように声を張り上げ、殿下もそれに応えるようにふっと笑った。
「いいでしょう。酔いを覚まして差し上げますよ」
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