14−4、彼の弟
明日も二十時頃更新予定です。
ザクザクと足を進める音だけが森に響き、鬱蒼とした森の静けさに微妙な沈黙が流れていた。
双子は双子で不機嫌さと警戒心を隠すこともせず、私の右腕にアマル、左腕にエルピスが文字通りしがみついて常に殿下を牽制していた。
そんな二人をものともせず、殿下は笑顔で私を見ている。
「アリア姉様は最後に会った七年前と変わらずですね。二十五才にはとても見えないですよ」
「え? あ? え? そそそれはもう、美容にはこだわっておりますから。美容法は内緒ですけど」
七年間仮死状態で年取ってませんなんて言えない。
「ビアンカがいたら何が何でもその美容法を聞き出すでしょうね」
「あ、あは。そ……そうですかね」
先ほど私に出会った当初はあんなにもピリピリとしていたのに、あれから一向に私が王国を去った理由を言わないのを諦めたのか、手法を変えたのかは分からないが、昔のような人懐っこい笑顔を浮かべていた。
そんな殿下をさらに胡散臭そうに双子が見れば、殿下は笑顔を二人に返す。
「……二人とも綺麗な金の目だね。お母さん譲りかな?」
「そうよ。ママの素敵な黒髪は私たちには無いけど、この金の瞳はとっても自慢なの。パパもいつも綺麗だって褒めてくれるし」
エルピスの喧嘩腰の言葉に、アマルもコクコクと可愛い頭を上下に振って同意していた。
本来なら王族である殿下に対してのこのような口調はやめさせるべきだが、この子達に人間の常識は関係ない。
むしろ本来国が崇めるべき竜の子であるし、住んでいる竜谷もリントヴルムに属している訳でもない。
私も国を出た身なので、本来なら殿下に敬語で話す必要はないのかなと思うけれど、体に染み込んだ習慣とは恐ろしいもので、敬語でなければムズムズとしてしまう。
「……銀髪は公爵譲りですかね」
殿下が双子ではなくこちらを見て言った言葉に、思わず反論の言葉が衝いて出た。
彼の血筋などこんなに可愛らしい子達にカケラも入っている訳ないではないか。
そもそも私の血すら入っていない。
「この綺麗な銀髪はこの子達の父親譲りです。そもそもお父……レイルズ公爵はもう少しくすんだ銀だったように思いますし」
まるで大人気ない口調だと自分でもわかっているが、言わずにはいられなかった。
こんなに愛しい子達が、あんな人に髪色が似てるだなんて思われるもの嫌だ。
「銀髪? ヴァスの髪は栗色でしたよね?」
「そもそも、ヴァスと私は一緒にいませんよ」
「……え?」
「あ! おかぁさん。そろそろ赤線じゃない? あれだよね?」
アマルが弾んだ声で赤線の結界を指差し、私の腕を離して赤線まで小走りに駆けていく。
「あ、アマル! 待って!」
「僕が行きます!」
殿下がアマルを追いかけるも、エルピスが不意に立ち止まり、私も足を止めた。
エルピスの顔が緊張で強張り、私の腕にしがみつく力も強くなる。
何も知らない殿下はアマルを追いかけて行くも、急に立ち止まった私たちに気づいて首を傾げた。
「アリア姉様?」
「エルピス? おかぁさん?」
「あ、すぐに行きます」
戸惑う二人にそう答えれば、頷いたアマルが緊張した面持ちで赤線を『越えた』。
アマルは顔を綻ばしてそのまま早足で進めば、殿下が慌てて「迷子になるよ」と、アマルの後を追う。
その様子にほっとしたのもの束の間、ゆっくり歩いて行くエルピスが赤線を越えようとした瞬間、小さな悲鳴を上げた。
「ぁっ!」
「エルピス……!」
エルピスは真っ青になってその場にしゃがみ込んでしまい、慌てて私も彼女の顔を覗き込むように膝を突く。
「……」
「エルピ……」
「無理。こ、越えられない」
小さく震えるエルピスの言葉にハッとすれば、赤線に弾かれてスカートから覗く膝と手が赤くなっていた。
「もう一度……やってみる?」
涙の滲んだ彼女にそう声をかけるも、小さく首をふるふると横に振る。
唇を噛み締める彼女のその姿に胸がギュッと締め付けられた。
「……帰る……」
「エル……」
「エルピス! 大丈夫⁉︎」
「どうしました?」
アマルとデュオス殿下もこちらに戻ってきて、しゃがみ込んだ私たちに心配そうに声をかけた。
「申し訳ありません。その……エルピスが足を痛めたみたいで。今日はもう無理……です」
「僕がおぶって行こうか? 楽しみにしていたんだろう?」
「行かない!」
殿下の言葉に即座に反論したエルピスはポロポロと涙を流し始めた。
越えられないことにはどうしようもないので、おぶってもらってもどうにもならない。
「アマル、ごめんね。街は……エルピスが元気になってからでもいいかな?」
「うん。……大丈夫だよ」
問い掛けに、少し俯いて笑って答えたアマルの頭を優しく撫でた。
せっかく赤線を越えられたのに、行くのを諦めなければならないのを必死に我慢しているのが手に取るように分かり、やはり胸が締め付けられる。
エルピスのせいではない。
元々赤線を越えられるかどうかという話だったし、越えられないという可能性はアマルも分かっていたのだろう。
二人のどちらかを優先する訳にも行かない。
エルピスを置いてアマル一人街に連れて行くわけにもいかなかった。
「アマル、……を僕が街まで連れていきましょうか?」
殿下の言葉に顔をあげるも、アマルは小さく首を横に振った。
「僕はエルピスと一緒に行きたいんだ」
行けない悲しさ、そしてエルピスの悔しくて辛い気持ちが分かるのだろう。
アマルもじんわりと金の瞳に涙が滲み、そっと彼は目からこぼれそうな雫を袖で拭った。
「ありがとう、アマル」
「ううん。またいつでも行けるから」
アマルの優しい声にエルピスが「ごめんね」と小さく呟けば、アマルは「気にしないで」と彼女の顔を優しく覗き込んだ。
そんな二人のやり取りに私はどこか救われた気持ちになる。
そして私は、心配そうにエルピスを見つめる殿下に視線を移した。
「殿下。申し訳ありませんが私は一旦家に子供を連れて帰ります。戻ってくるまでここでお待ち下さい」
「お送りしますよ」
「いえ、大丈……」
いや、ここに一人殿下を待たせていい訳がない。ということに今更ながらに気づく。
今は双子がいるから魔物が寄ってこないけれど、いざ私たちが殿下から離れれば彼は魔物に取り囲まれるかもしれない。
もちろん竜魔症を克服した殿下がそんな簡単にやられる訳などないが、私がここに戻るまでに不安は常に付きまとうだろう。
「アリア姉様? 『ご自宅まで』お送りしますよ」
「……」
『結構です』。そう言いたいのに、言葉が出てこない。
一緒に家に連れて行く?
結局はオルトゥスが『竜』ということを知らせるかどうかは彼に任せるしかない。
オルトゥスが『帰れ』と言えばそれまでで……でも、王女殿下の竜魔症を無視することも出来ない……。分からない……正解が分からない!
「アリア姉様?」
必死に正解を探そうと考え込み、一向に返事をしない私を訝しがった殿下が不思議そうに覗き込んだ。
そんな状況で私は意を決して口を開く。
「殿下……竜のところへ殿下を案内してもいいか、家のものに確認してもよろしいですか? その、……白線内は危険地帯ですし、反対される可能性もあるので……」
ずるいと思いながらも、一応の逃げ道を用意しつつデュオス殿下に尋ねれば、一拍間があった後、彼は満面の笑みを浮かべる。
「もちろんです。俺も、アリア姉様の『旦那様』に是非ご挨拶をしたいので」
その笑みがなぜか怖いと感じたのは気のせいだろうか。




