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14-3 彼の弟

明日も20時頃更新予定です。


「竜に?」

「え? 貴方パ……もごっ」


 思わずエルピスの口を押さえれば、全員が私に視線を注いだ。


「エ……エルピス、お口の周りに朝ごはんのソースがついてるよ」


 ゴシゴシと自分の袖で彼女の口周りを拭きつつ、そっとエルピスとアマルにパパのことは黙っててと囁いた。

 

 双子は不思議そうにしながらも、小さく頷いてまた殿下の様子を伺った。

 

「何故竜を探しに?」

「……五年前に妹が生まれたんだが、その妹が竜魔症を発症したんです。以前君が持って帰った鱗は無くなってしまったから、新たな鱗が必要で」


「妹君が……?」

「……あなたが消えて二年後に両親の待望の女の子が生まれたんです。それで僕が鱗を取りに竜谷まで来ることに。残念ながら竜谷に来れるほどの人材がいなくなってしまいましたからね。中途半端な人と来るとここでは逆に足手纏いになりますから。貴方が……残した竜谷の遠征計画書と報告書で対策は取ってきました」

 


 王女殿下の誕生となれば、おめでとうございますというべきかもしれないが、『竜魔症』にかかったとなればとてもおめでとうございますとは言えない。

 

 彼の言い方も棘を含んだ物言いで、そんな雰囲気ではない。


「症状はひどいのですか?」

「全く。ちょっと熱っぽいだけですが、父上も母上も悪化を恐れている。上の三人が悪化したのを目の当たりにしているから」

「三人?」

「そう、僕ら兄弟全員が竜魔症にかかったんです」


 まさかデュオス殿下まで竜魔症に罹っているとは……。

 滅多に竜魔症にかからなくなっていたはずの竜の血が、三人も発症すれば、妹君が発症するのではと心配するのは当たり前だろう。

 

 二度あることは三度ある……どころではない。


 ここ何年も竜魔症を発症した王族がいない年が続いていたのに、兄妹四人とも竜魔症を発症するなんて、まるで突然竜の血が濃くなったかのようだ。

 

 私の眠っていた間に色々な出来事があったようで、たった七年しか眠れなかったと思っていたのは思い込みだったと思い知らされる。


 七年でも大きく時代は動くのだ。

 

「そうでしたか……」

「貴女達が持ち帰ってくれた鱗で、僕らの命を助けてくれたことには……感謝してもしきれません」

「とんでもないことでございます……」


 そっと頭を下げるも、その後の言葉が続かなかった。

 

 彼が竜の鱗を取りに来たということは、オルトゥスから鱗をもらう必要がある。


 以前竜の鱗について色々と聞いたときに、『鱗』を取るのは耐えられないわけではないが『痛みを伴う』と言ってた。


 子ども達に『鱗』が欲しいなんて言えない。


 というか、そもそもこの子達が竜の姿になったのを見たことがなかったと気づいた。


「それで、アリア姉様こそ何故こんなところに?」


「ええと……」

「ここに住んでるからよ」

「え?」


 

すかさず言ったエルピスの言葉に殿下が目を見開いて、一瞬固まる。


「いや、住んでるっていうかちょっと散歩……」

「こんなところを散歩するわけないですよね」


 何と言って誤魔化すかと思考を巡らすも、何もいい考えが浮かばない。


 人と出会うことすら想定していなくて、今更迷ったなんて言えない。

 そもそも、ここに住んでるなんて信じる人がいるだろうか。


 すると、双子は私を殿下から守るように私の前に立った。

 

「どこに住んでいたってお兄さんには関係ないですよね?」

「そうよ。私達急いでるんだから。どいてよね。街に着くの遅くなっちゃうじゃない」

「街?」


 訝しげに双子に尋ねた殿下に私もあいまいに微笑む。


「先ほども申し上げましたが、この子達は他の人間に会ったことがないので、……今日は街に行く予定だったんです。それで、とても楽しみにしていて」


「まさかこの道が家からの最短距離だなんて言いませんよね? 赤線内ですよ?」

「……殿下も仰ったように最近の赤線内は比較的安全ですし、この子達もご覧のように魔物に引けは取りませんから……」


 苦しい言い訳だと思いながらも、頬を引き攣らせながら何とか微笑みを浮かべて言った。

 


「それでは、僕もお供しましょう。どうもアリア姉様はここ数年の王国の事情もよくご存知ないようですし。その代わりと言っては何ですが、アリア姉様は以前竜のところまで行っていますよね。そこまでの案内をしていただけませんか? アリア姉様が一緒だととても心強いですから」


「申し訳ありませんが……私たちは今から街に行くので、ご案内するよりもご自身で竜の元へ行かれた方が早いのでは?」

「当てもなく広い竜谷をうろうろするよりも、一旦森を出たとしても貴女に案内してもらった方が早いと思うんです。アリア姉様のおっしゃるように、危険な魔物も赤線内は少ないようですし予定よりスムーズに進めています」


 双子がいるからですよ! と言いたいけれど、返答に窮してしまった。

 本当は殿下とあまり長くいたくはないが、案内しないというのも幼い王女殿下を見捨てるようで心苦しい。


 彼に鱗を渡すかどうかはオルトゥスに一任するしかないだろう。

 もちろん私もお願いするけれど、結局は私が決められることではない。


 何か対価を差し出せば了承してくれるかもしれないし。

 

 

「竜の元へご一緒するのは構いませんが、街への案内は結構です。多少国を離れていたとしても、生まれてから何年リントヴルムにいたと思うんです? しかも私は各地への遠征も多くてそこらへんの令嬢、一般人と一緒にされては困ります」

 

「もちろんアリア姉様がそこらのご令嬢と同等なわけはありません。けれど、貴女自身は魔物の襲撃に関係ないとは言っても今やお尋ね者ですよ。しかも今は以前よりも街に入る際の検問もかなり厳しい。子供を連れて行って無駄足になるどころか、牢屋にぶち込まれる可能性もありますからね」


「なっ……」


 そこらの門番や兵士に簡単に捕まるつもりはないけれど、今後のことを考えると何事もなく街に入りたいというのが本音だ。


 この子達も十分に強いし、逃げるのは超が付くほど簡単だが要注意人物として双子がマークされるのも困る。


 今後街に行く際に変装などしたくないしコソコソするのも嫌だ。


 思わずムゥっと考えたところで、ずいっとデュオス殿下が顔を近づけた。


「僕が一緒に行けば、何の問題もなく街に入れると思いますけど?」


 その不敵な笑みを浮かべる表情に、そんなところは『兄君』に似なくていいいんですよと思わず口を衝いて出そうになった。


 この森はリントヴルムとジダル国に隣接しており、ここからならば一番近いのがリントヴルムの端の『ガナ』という街。

 当然私の持っているお金も、竜が持っている金貨もリントヴルムのものなので、使いやすさを重視してそこを選んだのだけれど、そもそも行くのを止めるか、私ではなくオルトゥスと一緒に行った方がいいのだろうか。


「ママ……?」

「おかぁさん?」


 今いち状況をよく分かっていない顔の双子のだが、声に不安が滲んでいた。


 今日街に行くという目的もそうだが、そもそも赤線を越えられるかという問題もある。



 でも、何もしないまま帰るというのもエルピスが納得するわけがないし、アマルだってとても楽しみにしていたのを知っている。


 越えられたなら街に行きたいに決まっている。



「分かりました。……では、街までの引率をお願いしてもよろしいですか?」

「光栄です」


 満面の笑みを浮かべ、恭しく礼をした殿下に思わずため息をつきつつも、双子に挟まれながら私は赤線へと足を進めた。


 


 


 

 

 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価で応援していただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
主人公も随分甘いというか世間を知ってるようなことを言っててもお間抜けで無防備なところはどうしようもないね。 あんた、国に刺客送り込まれて死にかけたことさえ忘れたのかい?ってほど警戒心がない笑 まぁそ…
不愉快な連中ばっかだねー
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