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14、彼の弟

「そろそろ飼いたいな〜……」


 朝食の時間。

 チラリ、とオルトゥスを見て、明らかに私たちに聞こえるように『アマル』が言った。

 

 チラッ、チラッと何度も父親を見る目は訴えかけてくるようにキラキラしている。


 なるほど、今回はこういう手できたのか、と私の隣で静かに座って食事をしている『エルピス』をチラリと見た。


 そろそろ『アレ』の出番も近いのだろうか。

 ――そう、初めてこの家に来た時に見た、裏庭にある大きな『犬小屋』。


 

 どうやらあの犬小屋は『もふもふした動物を飼いたい』と言ったエルピスの為に建てられたものらしい。


 絵本に出てくる『お姫様と犬』という感動物語に感化されたエルピスが、どうしてもふわふわのもふもふをお家に迎えたいと言ったそうで、それならばとあの犬小屋が置かれたそうだ。



 しかし、ちょうどいいペットなどおらず、オルトゥスが狩りのついでにとりあえず『コカトリス』を捕まえて持ち帰ったらしいのだが……。


 案の定エルピスからは苦情が来たらしい。

 

「鳥じゃん!」


 と。



 コカトリスは成獣であれば三メートルはある鶏の頭に蛇の尻尾を持った魔物だ。

 

 オルトゥスは、『羽毛がふわふわしている』と言ったそうなのだが、思ってたのと違うと怒られたそうだ。

 まぁ、エルピスの気持ちも分かる……。


 

 可愛くない!

 確かに可愛くない!


 と、その話をエルピスから聞いた時は同情したものだ。

 

 だが、その後が問題だったらしい。



 アマル、エルピスを見たコカトリスが二人の魔力に当てられて発狂。

 


 そしてそのまま気を失ったところで、オルトゥスが森に返したそうだ。

 


 

「……まだ早いのではないか? また発狂しては可哀想であろう?」

「なんでぇ〜⁉︎ 結構魔力調整も出来るようになったし、絶対大丈夫だから! わた……僕しっかり面倒みるし! エルピスもあんなに欲しがってたし! 犬がいい! 犬!」

「しかしだな……」



 

 何とも言えない表情で『アマル』を見るオルトゥスは、私の隣に座っている『エルピス』に視線を寄越す。

 

 それに気づいた『エルピス』はハッとしてアマルの擁護に回った。


 

「そ、そう! ぼ……私もしっかり面倒みるよ! アマルもあんなに言ってるし、そろそろ飼ってもいいんじゃないかな」

「そうだよ! 二人がこんなに言ってるんだから、飼ってよ!」


 オルトゥスが小さくため息をついて食べていた手を止めた。


 

「……わかったから、二人とも、自分の体に戻れ」

「「えっ!」」


 

 声を揃えて驚いた双子は、なんでバレたの? と目を見開いていた。

 横からチラリと私を見た『エルピス』に私も困ったように小さく笑えば、二人の雰囲気がガラリと入れ替わった。


 

「なんで入れ替わってるの分かったの〜? 上手くいくと思ったのに〜」

「エルピスだけのお願いじゃ足りないと思って、アマルからお願いしようと思って入れ替わったの?」

「そう。だって普通にアマルに言わせたんじゃ気持ちがこもらないかなって」

「ふふ。なるほどね」 


 

 双子の能力に、近しいものとの『念話』と『器の入れ替え』というのがあるそうだ。


 私が初めに違和感に気づいたのは、いつものようにかくれんぼをしている時。

 

 いつもは個人戦のかくれんぼなのだが、双子のどちらか一人でも五分以上隠れることができたら勝ちというルールにしたら、一人目は簡単に見つけられるのに、二人目がなかなか捕まえられなかった。

 

 二人目の気配を感じて追えば、こちらが見えているかのように一定の距離で隠れて行く。

 

 普段なら二人とも簡単に見つけられるのに……と何度やっても結局その日は双子チームの勝ちだった。


 その後なんであんなに上手く隠れられたのかと双子に聞けば、あっさりと『念話』について得意気に話してくれた。 


 私の動きをそれで伝えていたそうだ。

 

 念話は父親とは出来ないが、双子は物心ついた時から出来るらしく、双子のテレパシーだなんて、まるでおとぎ話の世界だと思ったのを覚えている。

 

 人間にはそんなの使えないと説明すれば、『器の入れ替え』についても嬉しそうに実践して見せてくれたのだ。


 それからはちょこちょこ入れ替わっては、私の反応を楽しんでいる時がある。


 後は、お互い嫌いな食べ物がお皿に載っている時、いつの間にか入れ替わって食べていたりしていた。

 

 だが、今回の双子の計画は失敗だろう。

 

 やることが五歳児というか、絶対にバレちゃうと思うのに、その一生懸命なところがものすごく可愛い。

 

 見てて飽きないというか……。何をやっていても見守ってしまいたくなる。

 

 おそらくアマルはそんなに『もふもふ』に興味はないのだが、エルピスに押し切られたのか、可哀想に思ったのか協力した形なんだろう。


「いいか、エルピス。『もふもふ』はもう少し待……」

「じゃあ、いつになったら可愛いフワッフワのもふもふ飼わせてくれるのよ! パパはダメダメって、意地悪しか言わないじゃん! 飼ってくれるつもりなんてないじゃない! もう……大っ嫌い!」


 わぁああんと泣いたエルピスが私に抱きついてくる。

 

 毎晩読み聞かせる本の中に、必ずある『お姫様と犬』。

 

 どれだけエルピスが切望しているかも知っていた。


 大っ嫌いの言葉にショックを受けたオルトゥスは固まっていて、これは少しフォローをした方がいいかもしれないとエルピスにゆっくり声をかける。


「……ねぇ、エルピス。お父さんは意地悪で言っているんじゃないと思うよ。もちろん、『もふもふ』が気を失ったりしたら大変だっていうのもあるけど、……エルピスがショックを受けるのを心配してるんじゃないかな」


 私の胸に埋めた銀色の頭の後頭部を撫でながら声を掛ければ、ゆっくりと顔を上げた。

 

 今にもこぼれ落ちそうな金の瞳に胸が締め付けられる。

 

 まだ幼い子供になんと言葉にすれば伝わるのだろうか。


「心配……?」

「うん。だって、もしも『もふもふ』が気を失ったら、貴女は傷ついちゃうでしょう? そうしたら、エルピスが期待した以上に大きくショックを受けるのがオルトゥスは心配なんだよ。エルピスが傷ついて泣くのを見たくないんじゃないかな……」

 

 エルピスはオルトゥスの方をゆっくり見て、不安げに唇を震わせた……。


「そ、そうなの?」

「……好きなものに、拒絶されるというのは……辛いものがあるからな」


 向かいの席に座っていたオルトゥスの手が伸びてきて、ぽんとエルピスの頭に優しく触れる。

 一拍、間があった後、ボロボロと金の瞳から涙が溢れ始めた。

 

「……ごめんなさい。パパのこと……大好きだよ」

「知っておる」

「……うん。ごめん……なさい……」


 宥めるように優しくエルピスを見た後に、こちらに視線を流してきた。                                                                                                                        

「アリアーナは……どう思う?」

「どうとは?」

「二人の魔力調整だ。我とて子ども達が日々魔力調整を頑張っているのは知っておるが、それを一番近くで指導しておるのはお前であろう?」



 オルトゥスは、どこか期待のこもったような、それでも少し諦めたような色を目に浮かべて尋ねた。

 

 普段私に対してはこんな顔はしないのに、双子にはいいように振り回されているようにしか見えない。


「そうだね。正直、普通の『犬』はまだ早いと思う。まだそれなりに魔力に適応できる魔物がいいと思う」


「そうだな……」


「でも、ふわふわの魔物ってなんだろう。犬っぽいって言ったらフェンリルとか、ウルフ系? でもウルフ系は群を作ってるから一匹だけ連れてくるっていうのもどうかと思うし、フェンリルは私会ったことないんだけどどうなんだろう」


 フェンリルは別に空想上の生き物ではないが、生息地がリントヴルムよりももう少し東側だ。

 魔物の中でも上位種だが、対峙したことがないので私には本での知識しかない。


「フェンリルならいいかもしれんな。あやつらは意思疎通も出来るし、寿命も我々と同じくらい長いはずだ。竜には及ばずともまだこやつらには負けんであろうし……。いや、しかし……個体数が少ないから中々会うこともないし、無理やり連れて来たとて子どもたちに大人しく従うとも思えん……。やはりあれは無理だな」


 その話を聞いてエルピスはショックを隠しきれずにいた。

 


「あ、ええと。じゃあ、とりあえず魔力を抑えながら赤線の外の森でも行ってみる? 赤線の外なら比較的大人しい魔物や動物もいるし、ちょっと実験がてら行ってみるっていうのは……」

「赤線かぁ……越えられるかな……」


「そうだな……エルピス。赤線を越えて、何なら人間の住む街でも行ってみるといい。そこで動物たちが失神したりしなければ『もふもふ』を飼うことにしよう」

「ほ……本当に?」

 

 オルトゥスの言葉に目を輝かせて言ったエルピスはぎゅっと拳を握っている。


「あぁ。約束だ。だが、我は今から用事があるから明日にでも……」

「今行きたい! ママ! 連れてって!」

「ぼ、僕も行きたい!」


 キラキラした瞳を私に向けられれば「否」という返事など出来ない。


「分かった分かった。そうだね、ここから一番近い街にちょっとだけ行ってみようか」

「「やったー‼︎」」

 

 エルピスも、アマルも、これ以上ないほどに顔を輝かせてお出かけの準備をしに自分の部屋に走って行った。


 そんな二人を見て思わず笑みがこぼれる。


「赤線の先の森かぁ。何だか懐かしいな。まぁ、赤線抜けられるか分からないとこだけど」

「まぁ、それが出来ればちょっとの間街に連れて行って様子を見るのもいい刺激になるだろう。お前も何か必要なものがあれば買ってくるがいい」

「え? でも私お金はそんなに持っていないし……、特にいるものもないかな」


 魔術師団時代のお給料は持ってきているが、正直無駄な出費はしたくない。

 いつ何時何が起こるか分からないし、双子たちのために蓄えておきたいというのが心情だ。


「別に金なら奥の部屋に余るほどあるではないか」


「貴方のお金じゃない。っていうかあんなの使いにくい」


 以前オルトゥスに、時々出かけては持って帰る人間のお酒や食べ物はどう入手しているのか聞いた事があった。


――「お前たち人間が、魔力の解放のお礼だと言って我を訪ねてくる度に、置いて行ったであろう? 奥の部屋に山ほど置いてあるぞ。運び切れんものは昔住んでおった洞窟の奥にまだ残っておる」――


 そう何でもないことのように言ったオルトゥスの言葉に唖然としたのを覚えている。


 その昔はさぞ高価な金銀財宝がオルトゥスの元に納められたことだろう。

 次代の王の魔力の解放。

 国が崇める竜に『祝福』をいただくのだ。

 手ぶらで、質素なものを持ってくることなどしないはず。

 

「別に一つ二つ宝飾品が減ったところで何ともないわ。あ、だが、竜の描かれたものは引き受けるのを渋るからあれは持って行っても手間なだけだぞ。小さめのネックレスや金貨が一番手っ取り早い」


 オルトゥスの言う『竜の描かれた』というのは恐らく王家の紋章だろう。

 確かに、そんな明らかないわくつきのものを換金するのも、引き取るのも相手方は嫌がるに違いない。


「あと、ちょっと持ち合わせがない時には、そこらへんのピューマでも狩って、『魔物買取専門店』にでも持っていけば、酒ぐらいは買える」


 いや、本当にツッコミどころは満載なのだけれど、竜が買い物できるなんて、驚き以外の何でもない。


「前も思ったけど……。奪うとか、もらって当然とかじゃないんだね……。何だか人間の常識があって安心するよ」


「人間というのは、金があってこそとウェイラが言っていたからな。金も払わずに取り上げると、それを作るための資金や人手が賄えず、結果的には食べられなくなると言っていた」


 奥様まともー‼︎


 さすが、人間の血を引いているということだろう。

 道理で竜の被害状況など今まで聞いたことがないはずだ。

 私だって、てっきり竜は魔物を捕食して食べるくらいにしか思っていなかったのだから。


「奥様はよくわかっていらっしゃったのね」


 素直な感想を言えば、オルトゥスは顔を綻ばせた。


「そうであろう? 我の自慢の妻だからな」


 思わず目を見張るようなその表情は、相変わらずだ。

 彼はまだ奥様に恋をしている。


 それが、とても嬉しかった。

 何故かは分からないけれど、変わらない愛というのを感じたからか、人間にはない心の移り変わりのないそれを、とても眩しく感じた。


 私も、シリウスにずっと思われていたかった……。

 そんな未練がましいことが脳裏を過ぎった。


「ママ! 準備できたよ!」

「おかぁさん、早く行こう」


 興奮しながらおめかしをして部屋から出てきた二人に急かされて、私は久々に人間のいる世界へと足を向けた。



***



白線を越え、そろそろ赤線だと歌を歌いながら歩いていると、突然双子の雰囲気が変わった。


「? エルピス、アマル。どうしたの?」

 

急に二人で東の方角をじっと見つめていたので、尋ねると、アマルが小さく呟く。

 

「……『人間』の匂いがする」

「人間? 私じゃなくて?」

「違うわね。ママの甘い匂いとは全然違うわ」


 甘いのか……と思いながら、彼らの視線を追うも、私には何の匂いも感じられない。

 エルピスもアマルも警戒するようにじっと生い茂る木を見ていた。


 キィキィと、鳥の声が聞こえるだけで、私はそこまでの気配を感じない。

 それなりに気配を感じ取れる訓練をしているつもりだが、分からないということは、相当遠くにいるのだろうか。


 双子は自分の気配を消すのは苦手だが、他者の気配は敏感に感じ取る。


「何か嫌な感じでもするの……?」

「そうじゃ無いけど、こんなところに人間なんて滅多に来ないから。……一人みたいだし」


 人数の把握までしてしまうアマルの嗅覚に、エルピスも頷き、少し考え込んでいる。

 赤線手前の森も基本的に立ち入り禁止ではあるが、稀に周囲の村の人も山菜取りなどをする季節には誤って奥まで来てしまう事がある。


 迷い込んでしまったのなら助けてあげないといけない。

 

「ねぇ、心配だからちょっと様子を見に行かない?」

「え? めんどくさいなぁ」

「おかぁさんが行くなら、僕行く」


 アマルの言葉に、「だったら私も行く」といったエルピスを連れて、二人が気配がするといった方に向かった。


「どれくらいの距離?」

「多分、……近くだよ」

「え?」


 

 近くなのに、私が感じ取れないということは、一般人ではない。


 まさか、また『奴ら』が来たのかと一瞬緊張した瞬間、頭上から思わぬ声が聞こえた。




「アリア……?」





 その響きは、頭にこびりついて離れなかったそれと寸分違わぬもの。



 アリア。

 アリア。



 ――アリア。



 

 寝ても覚めても、貴方の声だけが私の頭を支配する。

 


 

 

 本能のまま顔を上げると、木の幹に立っていた男性に目を奪われた。


 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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