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13、目覚め

***


「あ! ママ起きた! パパ! ママが起きたよ!」

「おかぁさん!」


 ぼやける視界にひょっこりと可愛らしい銀色の頭が二つ入り込んできた。


「アマ……ル……エルピス……?」


 自分の声ではないような掠れた声で双子の名前を呼ぶ。

 

 ぼんやりとした頭で体を起こそうとするも、寝ていたせいか、体が強張り起き上がれそうになかった。

 

 どうしたんだっけと思いながら、目に涙を溜めてこちらを覗き込む双子にうっすらと記憶が蘇えるが、白線を超えて、赤線内で倒れたことまでは思い出せたのだが、その先の記憶がない。

 どうやってここまで戻ってきたのだろうか?


「起きたか。長い間寝てたから体がバキバキであろう? 起きられるか?」


 オルトゥスが心配のかけらもなかったかのように覗き込んで言ったのとは正反対に、双子は泣きながら「「よかった〜」」と私に抱きついてくる。



「私、倒れて……どうやってここまで?」

「双子がお前を運んで帰ってきた」


「え? でも……二人はまだ白線を越えられなかったと思うんだけど」


 そう返せば竜の口元がゆっくりと片方だけ上がる。


「何とか越えられたそうだぞ。お前を助けたい一心で。白線は出てしまえば入るのは問題ないからな。我も二人の魔力調整がこんなに短期間で出来るようになるとは思っていなかった。……お前の指導力も中々ではないか」


「……越えた?」


 驚いて二人を見ればアルマはとても嬉しそうに、そしてエルピスは自慢げに笑っていた。

 その曇りない目の輝きが、胸をキュゥっと締めつけ、鼻の奥がツンと痛む。

 

「そっか……すごいね。すごいよ、……本当に」


 私も二人ならきっとあと少しで出来ると思っていた。

 けれど、泣き叫んでいた二人がまだ一度も越えられた事のない白線を、あの状況で越えられるだなんて思っていなかった。

 どうしたって、魔力調整は感情に左右される部分が多いし、慣れていないなら尚更だ。


 だからこそ、白線を超えた二人の『強さ』が本当に凄いと思わずにはいられなかった。

 少し滲んだ視界から見える二人をぎゅっと抱きしめる。

 

「アマル、エルピス。……ありがとう」

「ううん。ママがたくさん教えてくれたからだよ。でも本当にあれから目を覚まさなくて不安だった……。『あの時のママ』みたいに……目を覚まさないんじゃないかって……」

「おかぁさん、ずっと寝てるから……間に合わなかったのかなって。僕……ずっと心配で……」


 本当に不安だったのだろう。二人は小さな体を震わせて更にしがみつく腕に力が籠った。


「我はそのうち起きるから心配ないと言ったではないか」


 と大きなため息をつきながらオルトゥスが双子に言ったが、双子はわんわんと泣いて父親の言葉を無視している。


「オルトゥス、私どれくらい寝てたの? 二日ぐらい?」

「ん? そうだな、……七年ぐらいか?」


 どうだっけなと首を傾げたオルトゥスの言葉に固まった。

 いや、多分聞き間違いだろう。


「ええと……何て?」

「七年だ」

「七日?」

「七年」


 耳が腐ったのか? と眉間に皺を寄せたオルトゥスの言葉に私は思考が停止する。


「……いや。双子も成長してないけど……? え? 日にちの単位の数え方が人間と違うとか言わないよね?」

「小娘。人間と竜は成長の仕方が違うのだ。短命のお前たちと一緒にするな」


 ばっと双子に視線を移せば、そういえば、少し大きくなったような気がするけれど、そんなに大きく変わったようには見えない。

 でも、言われてみれば、ちょこっとだけ大きくなった気がしないでもない。

 

では、今彼女たちは一体何歳なのか……?


まさか、私よりも年上なんてことは……。 


私の視線で察したのか、竜がクスリと笑った。


「子ども達は生まれて15、6年ぐらいか?」

「あ、意外に……」


 若かったと思いながらも、

 それでも見た目は五歳前後ぐらいの男の子と女の子。

 15、16と言われてもちっともピンとこない。


「竜の成長も……色々だからな。まぁ、子ども達の精神年齢は見た目と同じと思って間違いない」


 視線を逸らしながらオルトゥスは何かを隠していると思ったけれどあえて何も言わなかった。

『全て手の内は晒さない』という彼の言葉通り、聞いても何も言わないかもしれない。


「分かったわ……しかし、あれね。私七年も眠ってたなんて。成人のお祝いも、二十歳のお祝いも、というか花の時代は全て過ぎちゃったのね……。いや、でも本当に刺されて死ぬよりいんだけどね。治療ありがとう」


 とほほ、とちょっとやさぐれ感を出しながらいうと、オルトゥスはきょとんとした。


「何を言っている。誰も治療なぞしておらん。お前が急激に魔力を使い過ぎたせいで核に閉じこもっておっただけぞ? 言わば仮死状態で体の成長は止まったままだ。まぁ、魔力は跳ね上がるが。言ったであろう? ウェイラとの魔力が馴染んでない時に無理をするなと」

 

「……核?」

 

「そうだ、急激な魔力の発動でお互いの魔力が反発し、突然拒否反応を起こすのよ。症状は竜魔症に似ているが、反発した魔力が体に完全に馴染むまで仮死状態になるらしい。その際負傷していれば核の中で治癒されているそうだぞ」

「え? え? 何で仮死状態になるわけ?」


 そう返せば、竜はめんどくさそうな顔でこちらを見た。


「我も詳しくは分からんのだが、一度魔力の解放をした上で竜魔症のような症状が出た際には体が防衛本能で体を守り、魔力が収まるまで核の中に閉じこもってしまうらしい」


「らしい……?」


 あまりにあやふやな説明に首を傾げた。


「以前我の同胞がそんなことを言っておったのよ。人間と竜の混血の研究が好きなやつで……最後に会ったのはもう百年以上昔のことだ。リントヴルム国以外にも当然他の国に竜の子孫がいる国はある。ヤツが今はどこにおるか知らんが、ジダル国や、アレンダ国、ミーリオン帝国など色んな国を周っていたらしい。竜にはそのような症状が出ぬから面白いそうだ。ヤツが言うには核に閉じ籠って三日で目覚めるものもいれば、百年近く眠るものもおったと言っていたな」

 

「待ってよ。……百年って何? 知り合いいないじゃない。恐ろしいんだけど……」

 

「そうだな、もはや一人だけ別の世界に行ってしまった感覚になるかも知れんな。血縁関係者はおるかも知れんが、顔を知った奴はおらんであろうし……。長い間眠りについていたものは、自ら命を断ったものもいるとか。もしもパートナーがいたならば……目覚めた時に自分の『最愛』がいないことを知るのは恐ろしいことだろうよ」


 どこか憂いを帯びた顔で話すオルトゥスは、同情か、哀れみか……その気持ちはよく分かると呟いた。


 私たちの国では王族の中の竜の血は薄くなっているけれども、竜の血が濃ければ番に対する執着や独占欲は強いらしい。


 私が眠っていたのは七年だが、その七年が長いのか短いのか分からない。

 自分で思ったのは、『中途半端』な年数だとしか思わなかった。


 長いなら長いでよかった気もする。

 五十年とか、六十年……。

 彼がいない世界で目覚めていたかも知れない。


 そうすれば、私の心はスッキリするだろうか、それとも……。


 それでも、七年という時間は私の中では……『人間』にとっては決して短い時間ではないだろう。



「誰か……、来た?」

「誰か?」

「そ、そう。私の昔の仲間とか。オルトゥスも会ったでしょう? ヴァスとかビアンカ、レクスにダンとか……」



『彼』は来ただろうか。


 

「いや? 誰も来ておらんな。人間が白線内に来た記憶も無かった」


 ――でしょうね。


 そう心の中で返事をしながらも、心の中が暗く沈んでいくのが分かった。


 ヴァスもビアンカもダンもレクスも……誰もこんなとこに来れないのは知っている。

 白線内の奥に一人で来るほど無謀なことはまずないし、彼らが竜に会いに来る理由もないだろう。


 けれど、もしも単独でここに乗り込むことが出来るとしたら竜魔症を克服し、より強力な力を得た『彼』ぐらいだ。

 そう、来ようと思えば来れる……。

 

 そんな愚かな計算をしながらも、惨めだと分かっていても尋ねずにはいられなかった。



***


 ――それから、穏やかに半年が過ぎた。


 白竜は、双子の母親に人間の血が流れていたから、人間らしく生きる術を教えてやってくれと言っていたので、人間の常識はもちろん、貴族令嬢として教えられることを普段の生活の中に取り入れてみた。

 

 と言っても、そんなに実際私がリントヴルムにいた時に貴族令嬢らしいことはしていなかったのだが、最低限のテーブルマナーとか、文字、魔術学校で習ったこととか、人間の暮らしについて話してみたりと、双子は楽しそうにいつも話を聞いている。

 

 そんな二人は目をキラキラさせながら、いつか人間の街に行ってみたいと話していた。

 

 特にエルピスは人間の生活に強い憧れを持っているようで、物語の中に出てくるお姫様、王子様、可愛らしい動物たちの物語に心躍らせ、最近はぬいぐるみを持ち歩いているほど。

 

 とは言っても、竜としての強さも必要だというオルトゥスの魔術指導も行われ、何故か私も双子の魔力調整の練習ついでにオルトゥスの訓練にも参加させられていた。

 

 そんな生活が半年もすれば、彼らの『特性』や『能力』も少しずつ分かってくる。

 

 そしていつの間にかオルトゥスが私を呼ぶ時に『小娘』から、『アリアーナ』へと変わっていたり、私の存在に慣れてきたのか、双子たちはその能力を使って悪戯をするようにもなったりと、毎日が目まぐるしくも、穏やかない日々を送っていた。




 

 ――その日常が、『彼』によって崩れることなど夢にも思っていなかった。



ここまで読んで頂きありがとうございます。


明日も20時ごろ更新予定です。

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