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12、リントヴルム国の異変

***


「レクス殿。また、リントヴルム国の使者が参りましたぞ」


 アレンダ国の中心部にある大きな魔術研究塔の巨大な図書室。

 

 高さ十五メートルはあるであろう高い壁に所狭しと置かれた本は、階段がなく、普通の人ならどうやって取るのかと首を傾げるだろう。

 

 本独特の紙とインク、カビの匂いに満ちた部屋は陽の光が入ることなく、等間隔に設置された小さな魔道ランプがえも言われぬ雰囲気を醸し出していた。


 僕はといえば、図書室の中央にある机に座り、研究用資料にと集めた本に埋もれている。

 

 僕の名前を呼びながら図書室の大きな扉を開けて入ってきたのは、このアレンダ国でも古参の魔導士で、この魔術塔のトップである三教授のひとり、アルズ教授。

 

 彼は金糸の刺繍が施された黒いローブを身にまとい、長い白髭を蓄え、シルバーヘアの長い髪を後ろで綺麗にまとめていた。


 

「彼らも懲りませんね。僕がリントヴルムを出てから、ここアレンダに来て何ヶ月も経つというのに」

「全くですな。いつも通り、レクス殿に第一魔術師団に戻るようにと、王家と、それにご実家の伯爵家からも届いておりますぞ」


 差し出された二通の手紙は、リントヴルム国王の印が押されたものと、実家のバウディア伯爵家の印が押されたものだった。


「両方捨ててもらってよかったのに」

「いつもそうおっしゃいますが、捨てるわけにもいきませんからな」

「とうに国も、家も捨てたものですから。特に実家などもう何年も前から交流はないのです」


 そう答えれば、アルズ教授は何と言っていいのかというような少し困った表情を浮かべながらも、どこか目がキラキラと輝いている。


「……我々としては、優秀なレクス殿に来ていただいて、我が国の魔術の発展にも大変お力添えをいただき、これ以上ないほどの感謝の気持ちでいっぱいですが……本当に中を確認しなくてよろしいのですか? どうもリントヴルム国は最近……よろしくない状況にあるのではないかと思うのですが……」


 言葉を選ぶように言ったアルズ教授の言葉に小さく頷くも、あまり関心がないように適当な言葉を考えた。


「確かに、リントヴルム国は大変なようですね。……僕たちが出て行った直後に魔物の大群に襲撃された時から……」

「ええ。まぁ、それもあなたのいた第一魔術師団の団長殿がほぼ一人で撃退し、聖女と呼ばれる白魔術師が強力な結界と治癒魔法で被害を防いだと大変話題になりましたものな。聖女様のお名前は確かローゼリア様でしたかな」

「……さすがとしか言いようがありませんよね」

「何もご存知ないと?」


 曖昧に微笑めば、アルズ教授は何かを探るようにこちらをじっと見据えた。

 彼は決して国同士がどうこうと政治に関心がある人間ではないので、単に出て行ったはずの祖国のしつこい勧誘に興味があるだけだろう。

 まぁ、僕としては探られたところで別にリントヴルム国の情報を漏らしたくないというわけではなく、ただ本当にあの国に何が起きていたのかわからないというのが現状。


 僕らが国を発ってからしばらくは、誰かにつけられているのは分かっていた。

 手を出して来なかったのは追手の人数では勝ち目がないと思っていたのか分からないが、アレンダ王国に入った時点で監視の目が消えたのが分かった。


 だというのに、それから一週間後には国へ戻れと国王直々の手紙が届くようになり、連れ戻すのも早いし、引き留めるにしては遅すぎるというのが感じた違和感。


 引き留めるのならばリントヴルムを出る前にそうすべきだし、アレンダに入ってから連れ戻すという意味も分からない。

 アレンダの情報を手に入れたいというのであれば、もう少しここに留まらせておくべきだ。


 急に予想外のことが起きたのか、予定が変わったとしか思えなかった。

 

 さらにはあの日以降聞こえてこない聖女の『功績』。そしてなにより第二王子と聖女の結婚についての話が一向に出て来ない。


 魔物の襲撃があったという直後から、王都にはこれまでに無いほどの強力な結界が張られ続けている。


 恐らくそれは竜魔症を乗り越えたシリウス団長が張ったものに違い無いはずだ。

 その後、王都には魔物の襲撃など何の異常もないというのに、その強力な結界は張り続けたまま。


 あれほどまでに強力な結界を張っていてはそれなりに魔力も消費するはずだ。


 そこに結界を張り続けなければいけない何かがあるのか……。


 更には以前からあった各領地の魔物問題。


 それなりに大きな魔物被害というのは今まで第一魔術師団が対応してきたが、現在は第二以下の師団が対応しているようだった。

 

 だが、流れてくる領地の被害状況を聞けば力不足というのが簡単に見て取れる。

 

 復興に充てる時間も、資金も莫大に違いないというのに、『シリウス=リントヴルム』も、『ローゼリア=レイルズ』の名前も活躍も一向に話に出てこない。


 この二人が出てくれば間違いなく問題の早期解決ができるというのに。

 

 そのためか、レイルズ公爵家が鳴りを潜め、不気味さしか感じない。


 今まではレイルズ公爵はローゼリア=レイルズの功績を些細なことまで大っぴらに広めていた。

 

 だというのに、王都の情報は一切遮断され、王太子が今誰なのかも分からない状況。

 あの日、レイルズ公爵は『シリウス殿下を王太子に』と言っていたはずだ。

 

 さらに、僕宛に使者は来るのに、国家間で交流のあったリントヴルムとアレンダ国の交流が全く無く予定も無い。


 どうなっているのかと気にならないわけではないが、かといって戻る気はさらさら無かった。


 そんなことを考えるも、アルズ教授はまだローゼリア嬢の話題を続けている。


「そういえば、聖女様は見た目も美しく、心も美しいとか。団長である第二王子殿下の婚約者とのお話ですが、……最近はお二人とも表舞台に出ていらっしゃらないようですぞ」

「そのようですね。何かあったのかもしれませんね」


 アルズ教授はさらに何かを探るように僕を窺うが、知らないふりと貼り付けた笑顔で返事をした。

 

 アルズ教授は自分が面白いと思ったことをとことん追求したくなるタイプのようで、こちらに来た当初から『散々我々の勧誘を断っていたのに、何故この魔術塔にやってきたのか』と常に理由を探ろうとしていた。


 そのため、暇さえあれば僕の研究を観察したり、こうして手紙を渡しにくるなど使用人のようなことまでやっていた。

 

 いつも彼の話をのらりくらりと躱してきたつもりだが、どうも納得していないようだ。


「ひょっとして、レクス様は白魔術師……聖女様のことがお好きだったのではないですか?」

「えぇ?」


 いくら何でもその発想はないだろうと思いながら眉根を寄せて聞き返せば、アルズ教授は自分の言葉にハッとして妙に納得顔に変わった。


 何かに合点がいったのか、自分の長い顎鬚をゆっくりと撫でながら数回頷く。


「あぁ。だからレクス殿は言い寄って来られる女性陣にご関心がないのですね! 我が国の第二王女もあなたにご執心だというのに、とんと相手にされておられませんし。ウチの姫様も美人だが、稀代の美女と言われる聖女様の足元には及ばないのでしょうな」


ローゼリア=レイルズは『稀代の美女』などと呼ばれていた記憶にはないが、噂というのは往々にして誇張して伝わるものだと笑いが込み上げてきた。


 綺麗な顔立ちをしていたと思うが、『僕ら』にとっては単なるアリアの姉でしかない。

 それ以上でもそれ以下でもなく。

 

「何をおっしゃいますか。王女殿下はちょっと珍しがっているだけですよ。しかも僕は外国人ですし」

「いやいや、国王陛下もレクス殿ならとおっしゃっていますし、貴方には実績があります。何より我が国は『魔術』が全てですから。どんなに身分が高かろうが、魔術大国と呼ばれる我がアレンダ国ではそれがなければ話にならない」


 どこか興奮気味に言ったアルズ教授に苦笑いを返す。

 


 「それで、どうなんです? 本当のところ。塔の女性陣も王女含むご令嬢方もあなたの実力と美貌に首っ丈のようですぞ」


「僕の大事な女の子は……聖女ではなく、……まさに『大魔術師』ですよ。僕なんて、足元にも及ばないほどに」


 楽しそうに言った教授にそう返事をすれば、教授は目を見開いた。


 そう、彼女はまさに『大魔術師』だった。


 魔力量も才能も、ずば抜けていると言ってしまえばそれまでだが、その努力と鍛錬は誰よりも多く、何よりも厳しい。

 

 繊細な心の持ち主でありながら、折れない心と、逃げない強さ。そして失われない目の光。


 彼女を思い出しただけでふわりと心が温かくなった。

 

 

 

「あなたも『大魔術師』と呼んでも相違ない方ですぞ……? もちろん、竜の血筋である第二王子のシリウス団長殿のお名前は存じ上げておりますが、そのような方のお話は聞いたことがございませんよ? 女の子……少女?? うーん……?」


 この儂が知らぬはずがないと言ったアルズ教授の表情にクスリと笑いが溢れた。


「『彼』が必死に隠してましたからね。……取られないように。……奪われないように」


 そのために選ばれた僕らだったと思えば自嘲気味に笑う。


 シリウスは徹底して隠していた。

 

 実力、容姿が目立つ人材に、個性が強く、ド派手な力を持つ第一魔術師団のメンバーを集めたのも彼の意図が見て取れる。


 決してアリアの功績を横取りするわけではないが、目立たない実力者程度の認識しか他国には与えられておらず、個人情報もほとんど表に出していない。


 何なら一度他国と交流した際に第一の副団長は『男』と思われていたぐらいで、僕が副団長に間違われたこともある。

 

 アリアが目立つのを好まないのもあったが、あえて『僕たち』も彼女の凄さを吹聴して回ることはなかった。



 誰も彼女の魅力に気づいてほしくない。

 奪われてはならない。


 間違っても他国など、手の届かないところに行かせはしない。


 それが『第一』の共通認識だった。

 

 

「その『女の子』のためにあなたはここで着実に足場を作っているのですか?」

「……どうでしょう?」


 

 冗談まじりに言ったであろう教授の言葉に曖昧に微笑めば、彼は目を見開いた。


 

「レク……」

「アルズ教授。陛下がお呼びです」


 ドアの向こうから王宮の使者が声を掛ければ、アルズ教授は名残惜しそうに挨拶をして図書室を出て行った。


 彼が去った後、アルズ教授が持ってきた手紙を何か変わったことでもあったかと休憩がてら大して興味もなく開ける。

 

 内容は、要約すれば『第一魔術師団に戻れ。団長の座を用意する。もちろん莫大な報酬も』といったものだった。



「ふふ。第一に戻ったって誰もいないのにね。これはヴァス達のところに行っても誰も相手にしてくれなかったんだろうな」



 滑稽な内容の手紙に笑いが堪えきれず、そのまま魔術でサッと燃やして灰にするため魔法陣を展開する。

 

 もちろん図書館は火気厳禁なので、結界を張った中で燃やしていた。


 

 ――誰も戻りはしないだろう。

 もう僕らをあの場に留まらせる存在がそこには『無い』のだから。


 

 でも……――。

 


「……団長。……せめて……貴方が直接来なければ僕は動きませんよ……」


 

 手紙の燃えゆく様を見ながらポツリと溢れた。





 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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