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11、竜と双子

「お前は何のために時間を巻き戻したんだ⁉︎」


 怒り心頭といった様子の竜はワナワナと震えていた。


「は⁉︎ な、何のためって……それは、シリ……仲間と王子の命を救うために……」

「竜の血を引く恋人を救うためであろう⁉︎ そして『王子様と末長く暮らしました』ではないのか⁉︎」

「ちょっ……‼︎」


 グッサグサと遠慮もなしに言ってくる竜に思わずこちらも構えてしまう。


「それなのに『振られました』だと⁉︎ 我が何のためにお前にウェイラの剣を与えてやったと思っている⁉︎」

「……あの……」

「『振られました』とな⁉︎ そんなことが許されると思っておるのか! あぁ、何という無駄遣い!」


 本当に情けないといった表情で言う竜の最後の言葉にブチッと私の中で何かがキレる音がして竜を睨みつけた。


「そ……そんなん知るかー‼︎」


 立ち上がって怒りに任せてお腹の底から声を張る。

 

「小娘が逆ギレか⁉︎」

「うるさいうるさいうるさーい! 何で振られたかなんてこっちが聞きたいわ! 竜谷(ここ)から帰ったら姉と恋仲になってたなんて想像できるわけないでしょう⁉︎」

「何と、貴様姉に男を取られたのか⁉︎ 間抜けも大概にしておけ!」

「はぁ⁉︎ 間抜けですって⁉︎」

「間抜け以外の何だというのだ! 自分の男の手綱ぐらい握っておけ!」

「……っ」


 そんなの私はどうしようもないではないか。


 思わずジワリと涙が滲んだ。


「泣くな小娘! 泣きたいのはこっちぞ⁉︎ 我は、……我は……どうしたらいいのだぁ!」


 目に涙を溜めて叫んだ竜は今度は机に突っ伏して泣き始めてしまった。


 先に盛大に泣き出されてこちらの涙が引っ込んでしまう。

 


「え? ……ちょっと……あの?」


 目の前でわんわんと泣き始めた竜に困惑して声をかけても返事は返ってこなかった。


「パパはね、ママのことが絡むと『残念な人』になるのよ」

「ざ、残念な人?」

「そう、おかぁさんのことが好きすぎておかしくなっちゃうんだ。多分おかぁさんが関係あるとも思うんだけど。おかぁさんが……死んだ後も大変で……」


 双子はどこか諦めたような目で自分たちの父親を見ている。


 こちらとしては泣き喚く竜なんてあまりに予想外もいいところすぎて、自分の感傷に浸る時間も無くなってしまった上に、少し冷静な気持ちになれた。


 けれど、この様子を見てはっきりしたことがある。

 決して彼は気まぐれで助けてくれたわけではなく、やはり明確な意図があったのだろう。


 話から察するに、奥様の形見に違いない魔力の籠った短剣。


 彼は、私が短剣を使って戻った時も『我は我のために』とはっきり言った。


 竜の目論見はわからないけれど、今彼にどんなに罵られようとも、私が感情的になって言い返す権利なんて無い。

 仲間の命を守れたのは竜と短剣のお陰に間違いないのだから。

 


「あの、生意気なことを言って……申し訳ありませんでした。あなたのご期待に沿うことはできなかったのかと思いますが、私は大事な人達の命を守ることができて、本当に感謝しています。そのための対価なら何でもするつもりでここにきました。……私は、鱗と……剣のお礼に何をすればいいのでしょうか?」


「……」


 竜は突っ伏していた顔を挙げて、じっとこちらを見据えるその目には、どこか絶望的な色が宿っていた。


「……あの」

「我がお前に願うことは何もない。帰れ」

「え……」


「「えー‼︎ ヤダ!」」


 私の驚きの声を掻き消すように双子が私にぎゅっと抱きつきながら父親に抗議の声を上げる。

 私は困惑しながらも二人に固められた両腕に動くことが出来なかった。

 竜の子は竜ということだろう。力が半端なく強い。


「お前達……!」

「そもそもパパが来いって言ったんでしょう?」

「うっ!」

「そうだよ……。おかぁさんそういう自分勝手なのは嫌いだったよ」

「ううっ!」


 子ども達の言葉にいちいちショックを受けながらも、竜はこちらを神妙な顔で見た。


「……」

「ええと。私は別に……」


 帰れと言われるのならば帰っても構わないのだが、やはり何かしらお礼をしたいという気持ちはある。

 けれど、彼の思惑と違う方向に話が流れているのならば、私がいても不愉快なだけだろう。


「……お前達はその娘にいて欲しいのか?」

「「うん!」」

「繰り返すがその娘はウェイラではないぞ?」


 竜の言葉に頷いた二人が私の腕にぎゅっとしがみついた。


「それでもいいの。この人のそばにいるとほっとするんだもん」

「僕も。とっても安心する……」

「……分かった。では小娘、何をしてもらうかしばし考えよう。それまでここにいることは可能か?」

「もちろんです」

「それから、その畏まった喋り方もやめろ。先ほどの言い返した姿がお前の素であろう? 堅苦しい言葉と態度は好かん」

「分かりま……分かった」


 私の返事を聞いた竜は、小さくため息をつくと、「泣いたら腹が減ったな」とキッチンへ歩いて行った。

 竜がふらふらと歩いて行く様は、頼りなく、初めて見た時の荘厳な姿のかけらも感じられない。

 なんとも肩透かしを食らったようで、私もため息をついた。


 左の袖をツンツンと軽く引っ張られたのを感じ、そちらを向くと、男の子が気恥ずかしそうにこちらを見上げている。


「なぁに?」

「あ、あの……ね。ええと……」

 

 可愛いなぁと思いながら彼を覗き込むと口を開いては閉じ、をくり返していた。

 言いたいことがあるのだろうが、どうも勇気が出ないようだ。


「ふふ。改めまして。私はアリアーナっていうの。あなたのお名前は?」

「ア……アマル」

「私はエルピスっていうの! 私たち双子だけど、私がお姉さんなんだよ」


 反対側から覗き込むようにほっぺたをピンクにし、目をキラキラさせて女の子が言った。


「アマルにエルピスね。どっちも『希望』って意味だね。素敵な名前」


 そう言えば二人はパッと顔を輝かして、嬉しそうに微笑む。


「あの、僕……お………お」

「お?」

「ママって呼んでいい?」

「あっ! ぼ、僕も、おかぁさんって呼んでいい?」

「えっ……と。それは……」


 初めて私を見た瞬間、二人は私を『ママ』『おかぁさん』と呼んだ。

 まだ五歳ぐらいにしか見えない子ども達は母親が恋しくて当たり前だろう。


 純粋な子どもの言葉に困惑しつつ、キッチンからワインとチーズを持って戻って来る竜をチラリと見た。


「ええと……その……」


 助け舟を求めて竜を見るも、彼は特に興味のなさそうな表情のままソファに座る。


 竜が先ほど言った通り、私は『ウェイラ』さんではない。

 どこぞの小娘を、大事な奥様の代わりに据えるつもりは無いだろう。


 けれど、双子は幼いこども特有の期待を込めた無垢な瞳でジっっっっとこちらを見つめている。


 ヘルプ‼︎


 と視線で竜に助けを求めると、彼は面倒くさそうにため息をつく。


「小娘がそれでいいというなら別に我はお前が子ども達になんと呼ばれようと構わん。……二人が寂しい思いをしているのも分かっている。……そうだな、一つ目のお返しはここにいる間子ども達の母親がわりでも頼もう。鱗の分ということで。剣に関してはまた考える」

「じゃあ、ママって呼んでいいってこと⁉︎」


 双子が更に目をキラキラさせて言った。


「いや……ええと」

 

『ママ』と呼ぶのは良くない事だと分かっている。

 私はずっとここにいる訳ではない。去っていく時にこの子達はどれだけ寂しい思いをするのだろうか。


「娘、つまらんことをぐだぐだ考えるな。お前がここを去っても子ども達がお前を慕っておれば会いにいくであろうよ。まぁ、ウェイラの魔力がお前の体に馴染んで消えれば、子ども達も興味がなくなるかもしれんしな」


 なんとも身も蓋もない言い方だが、確かにそれはそうだろう。

 ひょっとしたら、ここを去る時に双子達と別れるのが寂しいのは私だけかもしれないと自嘲気味に笑った。

 

「好きなように呼んでいいよ」

「「やったー!」」


 ぴょんぴょんと飛んで喜ぶ二人があまりに可愛くて思わず笑みが溢れるも、竜はなんとも興味なさげにチーズを口に入れている。

 


「……あの、私ってあなたの奥さんと似てるの?」

「似とらんわ! ちっとも! かけらも‼︎」


 先ほどまで興味なさそうな表情だったのに、竜が声を荒げて言い、その顔があまりに凄むのでよっぽど似ていないんだろうなということは分かった。




「あ、ご、ごめ……」

「お前が使った短剣はウェイラのほとんどの魔力を注いで作ったからな。竜は魔力に敏感で、子ども達がお前の中に母親を感じるのも分かる。魔力の源に直接ウェイラの魔力を注いだであろう? それが原因だな。普通は一ヶ月程度で馴染み、自分のものになるはずだが、お前からはウェイラの魔力を濃く感じる。もう少し時間がかかるだろ……う……な」


 その時、ふと竜が訝しげな顔をしてこちらをじっと見る。

 急に様子が変わり、私は困惑した。


「何……?」

「小娘、魔力の解放をしているのか? ウェイラの魔力が濃くて気づかなかったが……」


 竜はじっと私の心臓あたりを見て言った。


「あ、ええ。時間を巻き戻す時に魔力が足りないかもって言われてあなたが解放してくれたの」

「だが、時間が戻ったら魔力は解放前に戻っているはずだ」

「そうね。だから自分で解放したのよ。あなたに解放してもらった感覚を覚えていたから。竜谷に来るためにはそれが必要だったしね」


 そう伝えれば竜はハッと笑った。


「そうか、なかなか優秀ではないか。魔力の源は竜でしか分からんというのに、一度解放したとはいえ正確な位置を知るのは難しい」

「どうも。……感覚派なもので……」


 更に竜は口元を歪めて笑みを深め、ワインを一口含んだ。

 何がおかしいのか首を傾げると、竜は再びチーズを手に取ってこちらを見る。



「しかし傑作だな。お前の力の源は心の臓。そこに自らウェイラの短剣を突き立てたのであろう? 命をかけて救った男に捨てられるとは。これ以上の酒の肴は無いな。子どもすぎて相手にされなかったのか?」

「来月で十八ですけど⁉︎」

「バカいうな。人間の十八ならもっと……」

「……」

「……そうか、悪かった。十八なんだな」


 幼く見られたことに腹を立て、私のボディラインに視線を当てた竜を睨みつけると、気まずそうに口籠った。

 っていうか、竜って謝れるんだ。


 そんなどうでもいいことが頭を過ぎる。

 

「私が子どもっぽいかは別にして……しょうがないのよ。だって、姉様は綺麗で優秀で……素敵な人だから」

「盗られておいて『素敵な人』ときたか。人間は本当に面白いな。その姉とやらも強かだ」


 ふっと笑った竜を睨みつけ、「姉様を侮辱するな」。そう言いたかったけれど、その言葉は私の口から出てくることは無かった。


「……。姉様は本当に優しくて、……完璧な女性だもの」


 そう答えるのが精一杯で、膝の上で握りしめた拳に視線を落とす。

 


「それで、お前は何もせずに泣き寝入りか? 我が小娘の立場であればとっくにその姉とやらを殺しているな。竜は絶対に番を奪うことを許さない。本当に、何のためにこれを使ったのやら」


 そう言って、竜は胸元から黒い短剣を取り出し、私の目の前に置いた。

 もう短剣から魔力は感じない。


 ――竜の鱗など取りに行かなければよかった?


 でも、この現実を知ってしまってもそんな道を選べないのは自分が一番よく分かっている。


 たとえもう一度時間を巻き戻すことが出来たとしても、彼を助けないという選択肢は私には無かった。


「お前はどうしたいのだ? どうもしないことがお前の選択か?」

「私は……」

 


 王都を出てから竜谷に向かう間もずっとずっと頭にこびりついて離れない。

 シリウスが『アリア』と私を呼ぶその声が。


 

 揶揄う声も、優しく呼ぶ声も、時々甘く呼ぶ声も。


 私を呼んだ声で姉の名を呼び、私に触れたあの優しい手で姉に触れるのか。


 私を映した熱の籠ったあの青い瞳で、姉を見つめるのか。



 そのことが頭から離れず、黒くドス黒い感情と、言い知れない苦しさが胸を締め付ける度に涙が滲んでくる。


 


「……忘れたい……」


 どうしたいかなんて分からない。


 正解がなんなのかも私に分からない。


 私は……この胸の苦しさをどうする術も持ち合わせてはいない。


 

「ぼ……僕、記憶操作の魔法使えるよ! その人のこと、忘れさせてあげられるよ!」

「え?」


 アマルが言った言葉に目を見開いた。

 

 記憶操作の魔法の記述は見たことがない。

 瞬間的に幻を見せたり、短期的な魅了などの魔法はあるが、それは長期に渡っては使えない。

 もしもそれが本当に使えるのであれば、高等魔法の域であることに間違いない。

 

 ましてや、記憶操作はあったとしても禁忌魔法に違いないだろう。

 長期にわたる記憶操作など王家の人間に使われたらたまったものではない。

 

「やめておけ、娘。アマルの記憶操作はまだ不完全だ。記憶操作をしたとしても、その男だけのことを消すのは無理だ。その男に会った時から、捨てられた時期まで。その間のことを全て忘れることになる」


 

 ということは、ヴァスやビアンカたちのことも忘れてしまうということだろう。

 それは、選択肢として選ぶのは難しい。


 今の私がいるのも、彼らが一緒に過ごしてくれた時間があってこそだし、忘れたいだなんて思えない。


「更に言えば、万が一この先その対象人物に会った瞬間に記憶が戻るからな」


 つまり、記憶を無くした私がふらふらと王都に戻って、奇跡的といえどシリウスに会ってしまえば彼を思い出すということだ。


 何の心構えもないまま彼に会って記憶が戻るなんて最悪以外の何物でもないだろう。


『不完全』と言われたアマルはしょんぼりとして俯いてしまった。


「僕……おかぁさんの役に立てない……?」


 アマルが溢した一言に胸が締め付けられた。


 目に涙を溜めて揺れる金の瞳に、ぎゅっと唇を噛み締めたその姿がいつかの自分の姿と重なった。

 自分が家のために役に立たないと知らされた日の辛さを。


 先ほど彼らの母親がわりをすると決めたばかりなのに、子どもにそんな顔をさせるなんて何という体たらくだろうか。


 ぎゅっとアマルを抱きしめて彼のおでこにコツンと自分のおでこを合わせた。

 

「アマル、心配してくれてありがとう。……頑張って自分で乗り越えてみるから、見ててくれる?」

「う……うん!」

「ママ、私がその人のこと忘れさせてあげる! いっぱい遊んでたら絶対嫌なことなんて忘れちゃうんだよ」

「ぼ、僕もおかぁさんといっぱい遊ぶ!」

 

「うん。二人ともありがとう。これからよろしくね」


 

 そう言って二人を一緒に抱きしめれば、温かな小さな腕が力強く抱きしめ返してくれた。


 



 

 


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