7-2、二度目の竜谷
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そうして向かった二度目の竜谷は、決して気を抜けない状態ではあったものの、前回よりもはるかにスムーズに白線内を進むことが出来た。
誰もが無傷というわけにはいかず、私も右腕に深い傷を負ったが十分戦える範囲だ。
「なんか、アリアは本当に変わったわね……」
「本当、急成長だな……」
白線を超え、鬱蒼とした森の中を全員で歩いていると、私の後方を歩くビアンカとダンが言った。
竜谷はもう目前で、全員命に関わる怪我もなく進むことが出来ているが奇跡だ。
「え? そう?」
「ええ、なんて言うか大人になったというか……」
「セザンダ領の魔物もほとんどお前が倒しちまうし、……アリアが強いのは分かってたけど、一皮剥けたどころじゃないな。圧倒的すぎて、シリウスすら超えてると思うぜ?」
「はは、アリアは、この後シリウス団長と入れ替え戦挑まなくちゃだね」
「うん……。シリウスが元気になったら申し込むつもり。でも、竜魔症にかかったってことは、力が大きくなる前触れでもあるからね。竜魔症を克服した後にどれだけシリウスが強くなったのか怖いけど楽しみ。でも……またシリウスの背中が遠くなっちゃったかも。あれ……なんか追いつける気がしないんだけど」
ちょっと肩を落として言えば、ビアンカがクスクスと笑う。
「シリウスも必死だからね。貴女によそ見されないように。男って単純よね」
「え? どういう意……」
何のことかとビアンカに聞こうと思ったところで、上空からばさりと音がし、見上げれば白銀の竜がいた。
「アリア! 構えて!」
「気配もなく出やがった!」
「まずは結界を僕が張るから……!」
瞬時に戦闘体制に入る仲間の脳裏には、恐らく三年前のあの夜の出来事が浮かんでいるだろう。
勢いよく目の前に降りてきた竜は、一度目の竜谷の時とは違う反応を見せていた。
あの時は余裕のあるような雰囲気でふわりと降りてきたが、今は地響きがするほどに大きな音を立てて目の前に現れた。
何かを探るようにこちらをじっと見つめ、微動だにしない竜に、誰もが言葉を失くしている。
「……娘、『剣』を使ったか?」
「え?」
前回は発動したブローチに吸い寄せられるようにやってきた竜だが、今回は『剣』と言った。
「剣……とは黒い短剣のことですか?」
「そうだ。黒い剣に黄金の石が飾られた剣だ」
竜の問いかけに答えれば、メンバーから何の話かと声が上がる。
「おい? アリア?」
「何の話をしてるの?」
「貴様らには聞いておらん! 黙っていろ。……娘、答えろ」
声を荒げた竜に、メンバーがさらに警戒をして魔法陣を展開し、魔法の発動の準備をする。
「はい、貴方に頂いた剣を使って……もう一度会いにきました」
「……そうか。お前が……」
何かに納得するように呟いた竜は、チラリと戸惑っているヴァス達に視線を巡らす。
「その魔法陣は目障りだ。お前達が手出しせぬ限りこちらも何もする気はない。消せ」
竜の言葉に全員が戸惑いの視線をこちらに向けるも、大丈夫とうなずくと、彼らは渋々魔法陣を収めた。
「娘、必要なのは我の鱗か?」
「え⁉︎ は、はい!……殿下を……」
刹那、シリウスを救えなかったあの喪失感と恐怖が襲ってきて思わずブローチを握りしめた。
「殿下を……彼を救うために、どうか……鱗をいただきたく……」
「……その『面白い』宝飾品は助けたい男からのものか?」
竜は、今回もこのブローチに関心を持ったようで、私の手元を見つめている。
「――はい」
はっきりと答えれば、竜が笑ったように見えた。
ふわりと目の前に現れた白銀の鱗に全員が息を呑む。
前回は一度は断られた竜の鱗。
「私は、貴方にどのようにお礼を……何をお返しすれば……?」
「我は『前回』何か要求したか?」
「ええと……『この鱗を持って帰ったらまた戻ってこい。その時までに対価を考えておく』……と」
「そうか……ならばそうしよう。必ずお前がもう一度ここに来い。他の者では許さぬ」
「はい。間違いなく」
そうはっきり頷くと、もう一枚、鱗がふわりと目の前に現れた。
あの時も貰った、……いや、借りた漆黒の鱗。
「……こちらも必ずお返しします」
そう言えば、竜は私の言葉に頷くようにして上空に舞い上がり、森の奥へと消えて行った。
「な、何だったの?……あ、あの竜が三年前の竜?」
「こんなにあっさり鱗をくれるなんて、信じられねぇ……」
「アリア、君は一体……」
混乱するメンバーに振り向いて笑顔で白銀の鱗を見せつけながらメンバーの顔を見た。
前回は一人で王都に帰ったが、今回は全員で帰還できる。
木々の隙間から差す陽の光を浴び、キラキラと輝く銀の鱗は前回よりも輝いて見える。
その輝きは、この世のどんな宝石よりも美しい。
「何だっていいじゃない! これで……これでシリウスはもう大丈夫だよ!」
今から帰ればシリウスの誕生日までに十分間に合う。
今度こそ、彼を助けられる。
もう一度笑って……「だから信じてって言ったでしょ」ってドヤ顔をしなくては。
そうしたらきっとシリウスは「調子に乗んな」と私の頭を小突いて笑うだろう。
あの青空のような瞳を柔らかく細めて。
――そう信じて疑わなかった。




