7、二度目の竜谷
――セザンダ領の魔物討伐は前回一ヶ月かかったが、その半分の時間で討伐を終える事ができた。
セザンダの討伐を終えて王都に戻れば、直後、国王陛下から、『竜の鱗』を取りに行くように勅令が言い渡される。
セザンダへの討伐はレクスとダン、そして私の三人で向かっていたので、ビアンカとヴァスには竜の鱗を取りに行くよう指示が出るかもしれないから、準備をしておくようにお願いしていたおかげですぐにでも竜谷にむけて出られるだろう。
以前は遠征の準備に一週間近くかかったがこれでかなり時間の短縮が出来たはずだ。
赤線内、白線内の魔物も全部頭に入っている。
特に白線内の魔物は見たこともない魔物で攻撃パターンや弱点を見つけるのにかなり手間取り悲惨な状態だった。
セザンダ領への往復の馬車の中で古い魔物文献を読み漁れば、それらしい魔物をいくつか見つけたので、第一のメンバーにもきちんと共有することが出来た。
前回は魔物の生態に一番詳しかったダンが早々に白線内で離脱してしてしまった為に、その後の進行が厳しくなったのもあるだろう。
――そうして、出立の前に、シリウスの部屋に挨拶をしに行ったところ、部屋に入るなり突然腕を掴まれた。
「アリア、行かなくていい」
体調も良くないのに、わざわざ入り口で待っていたのだろうか。
悪化しないように大人しくベッドで寝ていて欲しいのに。
心配をしてくれる思いは嬉しいけれど、……だからこそ必ずあなたを助けたいという思いが強くなる。
「竜魔症は自分でなんとかする。兄上だってあれほどに優秀なんだ。お前達が危険を冒してまで竜谷に行く必要はない。陛下には俺からもう一度進言するから……」
「シリウス。陛下としては私たちに竜の鱗を取りに行かせるのは当然のことで、あなたの為に第一のみんなも行く気満々よ。早くシリウスに魔術師団に戻って来てほしいってみんな言ってる」
安心させるように微笑むも、シリウスの表情は険しくなるばかりだった。
「バカ言うな。竜谷にいるのは三年前に攻め入ってきた竜だぞ。話ができるかどうかも疑わしい。そんなところにお前を……」
「大丈夫。絶対に戻ってくるから。それであなたを必ず助ける。絶対に間に合わせるから……お願いだから……」
これが前の人生での最後の『彼との記憶』だ。
間に合わなかった後悔しかない。
心配そうに、苦しそうに私を見つめるこの青い目が、私の記憶に残る最後の貴方。
「アリ……」
「私を……何も出来ない女にしないで。貴方が助かる見込みがあるのなら、どうしてもそれを手に入れたい。その権利を私に与えてくれた陛下には感謝しかないわ」
「アリア。……だめだ」
「お願い。シリウス。信じて待ってて。必ず貴方と、王太子殿下に竜の鱗を持って帰るから」
そう言って彼の体をギュッと抱きしめた。
竜魔症のせいだろう。
彼の体がとても熱い。
「……っ」
シリウスが私の体をキツく抱きしめ返してくれるも、『分かった』とは言ってくれない。
行く前に、笑顔が見たい。
「……シリウス。私のこと副師団長にするんじゃなかったとか思ってない?」
「……!」
腕を緩めてシリウスの顔を覗き込めば、彼は眉間に皺を寄せて返事に詰まった。
「そんないらない考えはしないことね。私は貴方がいなくてもここまで上り詰めていたわよ。むしろ、貴方が居なかったら私が師団長だったはずだもの。過保護も、ほどほどにしてよね」
また、間に合わないかもしれないという不安に押し潰されながらも、生意気に見えるように微笑めば、シリウスもふっと表情を緩める。
「……子どもだと思ってたんだがな?」
「だから、いつまでたってもほっぺにチューなの? それとも意気地がないの?」
ニヤリと笑えば、おでこを指で弾かれ、「十七歳はお子ちゃまだろ」とため息をつかれてしまった。
「貴方の誕生日までには戻ってくるから。戻って来た頃には一皮剥けた、ため息が出るほど綺麗な大人の女性になってるんだからね。女の子の成長は早いってビアンカも言ってたでしょう? その時にキスしておくんだったと後悔しても、そんな簡単に許可なんてしないんだからね」
そう得意気に言えば、シリウスは私の胸元と腰に視線を流して、「綺麗な大人の女性ねぇ……」とため息をついた。
「そういうところだからね!」
思わず近くの椅子に置いてあったクッションで彼を叩いた。
「分かった分かった。成長を期待しておくよ。色んな意味でね」
「そうね。……めちゃめちゃ期待しておいてよね」
そう笑ったシリウスの笑顔に私も笑顔を返す。
「じゃあね」と振り返り、ドアに足を一歩進めた瞬間もう一度彼に腕を掴まれた。
「シリ……?」
「絶対、……戻ってこい」
「当たり前でしょう?」
そう不安を押し込めて微笑めば、ふっと目の前が翳った。
一瞬の触れるだけのキス。
「シリ……」
「――絶対だ」




