美紀編第四話:いわば磁石
この前のグラビアアイドルの写真集は悩むことなく、購入した。
「啓輔さん、この子、美紀さんに似てますね」
「だろ、だから買ったんだわ」
「へぇ、谷間もきれいに取れてますね。いいアイドルじゃないですか」
まずまずですと白井が頷いている。
俺は首を振った。
「いや、モデルがいいっていうよりはカメラマンさんの腕がいいって感じだな。本当、これはスタッフやベテランカメラマンの人がよく頑張って撮影してくれているんだよ。ほら、ここのページ、よく見ると笑顔もちょっと固いじゃん?」
「確かに、そう言われると美紀さんに似ているだけで、カリスマ性というものを全く感じないグラビアアイドルですね。うーん、改めて甘めにつけて星二つ。夜のおかずにもなりませんよ……うわー、ネットの通販でも今一つの反応」
スマホを触りながら白井は納得していた。
「……あんたさ、女友達とそういう話題気にしないの?」
あきれ顔のリルマに俺は堂々と胸を張った。
「こういうのが出来てこそ、本当の友達だ」
「しかも、酷評だし」
「優しい嘘は相手のためにならないぞ」
「本人はここにいないから」
「リルマさんの言う通りですね」
「だな。さっそく編集部に意見を送ることにしよう」
「がってんです」
「こいつら……」
リルマと白井、イザベルが遊びに来ている。美紀もそのうち買い物から帰ってくるだろう。
「啓輔、ただい……ま」
「おかえり」
「おかえりなさい」
「おかえりー」
すごくうれしそうな顔で入ってきたが、三人を見るとすげぇうざそうな顔を見せる。
「何、こいつら」
「愛人です」
恥ずかしげもなく白井は言い切った。その言葉に面白くなさそうな顔をする美紀だが、何も言わなかった。
「リルマは?」
「えっと、しんゆう? 心の、友の方の」
リルマは迷った末にそう答えた。
「イザベル」
「ママ」
ベル、ママはおかしくないか?
「へぇ、白井、あんたが愛人? 笑わせてくれるわね」
俺の彼女は、彼女になってから他者に対して強気になった。
よく考えて見なくても、前からそうだったかな。
「ほー、いいますね、美紀さん」
いったい、何を張り合うと言うのか、白い人よ。
「啓輔さん、誰のおっぱいを揉みたいですか?」
「え? そりゃあ……」
「相手じゃないですよ? 大きさだけで決めてください。私ですよねぇ?」
「私よね?」
白井と美紀かぁ。
「……それなら、リルマかな」
一番大きいし、柔らかそうだし。
「へ?」
そこで俺は冷静になった。やばい空気になっていた。
「ああ、わり。間違えたわ。美紀に決まってるだろ」
「啓輔ぇ、あんたねぇ」
最近、幸せすぎるためかうっかりが多すぎるぜ。
「そ、そっか、そうなんだ」
「あーっ、リルマさんもまんざらじゃない顔してるーっ」
言い方が小学生だ。悪いことを見つけて先生にちくるような感じ。
「そんなわけないって。け、けーすけの変態っ」
俺に張り手を食らわせたが、優しかった。ぺちって感じ。
「はぁ……」
そして、俺の彼女は非常に、落ち込んでいらっしゃった。怒ってくれた方がまだよかった。
さすがの白井も気の毒に思ったのか俺の肩に手を置いて咎める視線を送ってくる。
「啓輔さん、あまり美紀さんをいじめちゃ駄目ですよ」
「その通りだな、うん、俺が悪かったよ」
俺は心からの謝罪を美紀に伝えることにした。
「お前のおっぱいを揉ませてくれ、美紀」
「みんなの前で何言ってんのよっ」
「へぶうっ」
美紀の一撃は、優しくなかった。落ち込んだ分を叩き込まれたようだ。
「みんなの前じゃないなら、いいんだ」
「イザベルさん、そういう事は気づかないことが優しさなんですよ」
ぎゃあぎゃあ騒いで、何とか三十分以内に収拾が付いた。
「じゃあ、お肉を投入します。豆乳鍋だけに」
俺のダジャレで場は沈黙。
あれだけ騒いでいたのが嘘のようだ。たったひとり、教室に取り残された気分だ。
「凄い勢いで白けましたね、白い豆乳鍋だけに」
「まるで白井みたい。白一色で、面白みがないところがいいよね」
「今日は白くないですからっ。私、面白人間ですよっ」
「結局、うるさくなるのね」
うんざり気味のリルマの隣で美紀が楽しそうに笑っている。
美紀が楽しいのなら、それでいいじゃないか。
「あ、皆さんに実は報告があるんです」
鍋も食べ終え、お茶を出す。
白井が一枚の書類を取り出してきた。
「これなんですよ」
「入信書類?」
イザベルが読み上げたそこには今日から私は入信しますと言う言葉が書いてあった。
これ、白井が入っている宗教のところだよな。個人的に調べてみたけど、こんなところはないみたいな感じなんだが。
「ああ、間違えました」
お約束だな、白井よ。
「本当はこちらです」
そういって再度書類が取り出される。
「懲罰隊へのお誘い?」
またもイザベルが読み上げたのは懲罰隊へのお誘いだった。
「どうして、カゲノイの白井が?」
影食いの組織に関わっているのは、このメンバーだと美紀ひとりだ。
「本来は美紀さんを通して発表が行われるはずでしたが、どうも声をかけるタイミングが難しかったそうです」
「なぜ?」
不思議そうに美紀が首をかしげると、聞かれた白井はにやにやしていた。
「彼氏とぉ、いちゃいちゃしている最中だったからぁ、お邪魔するのも悪いかなってぇ」
「ぶっ……み、見てたの?」
美紀は狼狽していた。
「いーえっ、係の人が言ってました」
「身体をくねくねさせんな」
「白井、気持ち悪いわよ」
俺とリルマでつっこむと、一度咳払いをし、真面目な表情になる。
「その人の話によると、二人で街中を歩いていましたが人通りの少ない路地裏に入り込んだので、まさか、野外でするのかと思ったそうです」
そうか、やっぱり外は他人の目があるんだな。
ただ、幸か不幸かその時は何もしていない。ちょっと、抱きしめてやっただけだ。
「ま、まだキスもしてないわよっ。あんたたちが想像しているような不埒な事は一切やってない、な、なんというか初日から迫られるのかなって思ってたけど啓輔は余裕な感じで特に何も」
「全力で墓穴を掘ってる」
「んー、いっぱいっぱいですね」
「落ち着きなさいよ、美紀」
そういってリルマはなぜか俺を見た。
「あんたね、そういうのは路上で、やっちゃ駄目よ」
「しねぇよ」
「そういうのは、夜景の見える丘の上の公園でちゃんと愛の言葉をささやいてから……」
「ロマンチストだね、リルマってさ」
「ですねぇ」
イザベルも呆れているが、白井は苦笑している。
「ま、いいじゃないですか。誰がどこでナニをしようとも」
「最初に話を振ったのはお前だからな?」
あと、言い方に何か含みがあったぞ。追加で、白井だったら案外、止めそうだ。
「こほん、では真面目モードに入りますんで。みなさん、深呼吸してください」
さっきの真面目顔は意味なかったくせに。
「正しく言うのなら、美紀さんを通じての懲罰隊へのお誘いです。美紀さん、リルマさん、イザベルさん、白井さん……そして、啓輔さんを含んだチームとしての書類ですね」
「俺も?」
つい、首をかしげて自分を指さしてしまった。
「どうして啓輔まで?」
美紀も不思議そうだ。当然、俺は影食いの力を持っていない。カゲノイとしての能力があるにはあるらしいが、ほとんどないと白井に言われたことがある。
もしかして、黒の手帳の噂が組織側にいったのかもしれない。ただでさえ、海外のブラック家には伝わっていたのだから怪しいものだ。
「理由は美紀さんのバックアップのためだと。影食いを所有する九頭竜家の一人がそう言っていたそうです」
九頭竜ね。
さて、一体誰の事だろうか。もしかしたら、俺の知っている奴かもしれない。
「余計な事を……」
美紀もそれが誰なのか気づいたらしい。美紀を思っての事だろうか。
「受ける、受けないは各自の判断です」
「もし、入った場合は何をするの?」
リルマのもっともな質問にまた白井へと視線が向けられる。本来なら、美紀の方へ視線が行くはずなんだがな。白井はこのメンバーをうまくまとめている。
「何か問題が起こった場合、チームで対応します。私たちの役割は相手側の情報収集。実際にやりあったりして相手の出かたを伺います。また、他の懲罰隊が来るまでの時間稼ぎを兼ねていますのでやってきた人に任せて退くのも現場判断でオーケーだそうですよ」
「なるほど」
イザベルはわかっていなさそうな顔でうなずいている。
「美紀さん好みと言ったところでしょうかねぇ。ね、美紀さん」
「あんた、案外、他人を探るのがうまいのね」
じろりと白井を睨むが、彼女は首をすくめて見せた。
「これも、ある九頭竜さんから教えてもらいました」
「あいつめぇ」
ああ、可愛そうに。宗也の奴はまたお尻を蹴り上げられるのだろう。
「返事は四日後までに聞かせてください。貴重なお時間、ありがとうございました」
さて、美紀はどう返事をするのだろうか。




