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影食いリルマ  作者: 雨月
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美紀編第三話:彼女は皆に愛されている

 震える声が、部屋に響く。

「夜中にですねぇ、ふっと、目が覚めたんです。耳に、女性の声が届くんですよぉ。私、その時ぴんときましたね。あ、これは駄目な奴だって。つい、知っているお経を唱えてしまいました。でも、好奇心には勝てません。声のした方、隣の部屋の扉にそっと、手を置いて押してみたんです。ぎぃいっと、扉かベッドが唸るんですぅ。細い隙間、そこから覗きましたよぉ、ええ、やはり人は好奇心に手足が付いている生き物ですからね。すると、昏い部屋が覗けました。でも、目を凝らせば、部屋は見渡せます。タンス、机、何も問題ない。しかぁし、ベッドに違和感がありましたぁ。そこで、ベッドの上で一組の男女が激しく……あいたっ」

 朝から妙な事を口走る宗教家の頭を叩いておいた。

「朝から変なことを言わない」

「では、お昼なら?」

 哲学的な事を考えていますと言った顔で、そんなことを言う。鼻をつまんでやったら微妙に喜んだ顔をされて負けた気分になる。

「わかっていて聞いているのなら、白井の朝ごはんはパンの耳だけだ」

「啓輔さんの考え過ぎですって。この話の続きは想像しているものじゃありませんから」

 イザベルとリルマはぼーっとテレビを見ている。二人は朝にあまり強くないらしい。

「じゃあ、どうなるんだ?」

「ベッドの上で、男女は殺し合いをしているのでした。女は、自分の事を捨てた男に復讐をしており、動かなくなった後も腹部を執拗に包丁で……」

「お前、パンの耳決定な」

「オゥマイゴッド。どぅーしてですくわっ。予想を裏切る最後でしょう?」

「気持ち悪いんだよ、朝からする話にしては」

 想像して気分悪くなったわ。

「うぅー、ぐすん、じゃあ、代わりにコーヒーください」

「……わかったよ。何も泣くことはないだろ」

「嘘泣きですけど?」

「うん、知ってる」

「でも、心の中では啓輔さんに怒られて泣いてます」

「朝からテンション高くて楽しそうだな」

「はいー」

 白井の朝はコーヒーがいいそうなのでカップに黒い液体を注ぐ。

「先日、起こったニュースです。白骨化した遺体の頭部には損傷があり、容疑者は脳を食べたと供述しています。精神鑑定も視野に入れ……」

 すごいことを口走ったアナウンサーだが、リルマもイザベルもぼーっとしているだけだ。何の反応もない。脳だってよと、どっちかがつぶやいて、もう片方がオーノーと答えていた。それっきり、反応が無い。

「啓輔さん、朝から私より気持ち悪い事を言うすごい人いましたよ」

 さすがの白井も固まっていた。

「……そうだな、パンの耳は撤回してやる」

「あのお姉さんの朝食がパンの耳ですね」

 そういってテレビの前にパンの耳を皿にのせておく白井。置かれたものが自分あてだと勘違いしたのか、イザベルが手を伸ばして食べていた。

「ぱさぱさする」

 文句をいいつつ、そのまま食べ終える。牛乳を飲むとお腹が満たされたためか、眠ってしまった。朝食はあれだけでいいのだろうか。実に低燃費だな。

「んー、あさかぁ。顔、洗ってくるね」

 それから数十分後、ようやく覚醒したリルマがそういってリビングからいなくなった。

 俺と白井、実質二人になる。

「……今日は昨日言っていた通り、美紀さんとデートですか」

「そうだよ」

 朝からのハイテンションはようやく落ち着いたらしい。ふとした時に、俺らの年上であることを認めるしかない落ち着いた表情を覗かせる。そして俺は、そんな表情を見ると何故だか得したと思ってしまうのだ。

 油断していたら白井と目があった。

「ん、どうかしました?」

「気にしなくていい」

「ふふ、そうですか?」

 そしてこいつは、俺の心の機微なんて余裕でわかるんだろうな。

 案の定、悪戯を思いついたような顔になった。

「告白の答え、私、もう答えは決めているんです」

「お前じゃねぇよ」

「私をものにするには尻の毛まで取られますからね。覚悟してください」

 しかし、ふと、またも落ち着いた表情を見せる。ただ少しだけ、さっきより真面目な色が滲んでいた。

「さっきみたいに、他の女の子に見惚れたりしないでくださいよ。美紀さんが悲しみますから」

「……わかってるよ。たまたまだよ」

「たまにはお姉さん面するのも悪くないですかねぇ」

 嬉しそうにカップの淵をなぞって、頬杖をついている。そんな姿が絵になった。

「美紀さんもこれから大変です」

「食事中は黙って食べなさい」

 美紀はまだ俺の部屋で寝ているのだろう。疲れているのだから、起きてくるまで待っていよう。

「ぎゃああああっ」

 その時、リルマの叫び声が聞こえてきた。

 もっと、可愛らしく悲鳴をあげたらどうなんだ。俺の方が可愛い悲鳴をあげたことあるぞ。

「どうした? ゴキブリでも出たのか?」

「朝からいい悲鳴をあげますね。お化け屋敷向きですよ。とても、ラッキースケベ用ではありません」

 白井と俺は洗面所へとやってきた。風呂場へとつながるドアは開けられ、、トイレの扉付近にはリルマがしりもちをついていた。

「ひ、人が、人がっ、洗濯機の中にっ」

「ええっ?」

「壊れちゃいましたか、リルマさん。ただでさえ頭が悪いのに……」

 俺と白井は同時に覗き込み、リルマがおかしくなっていないことを知った。まるで殺人が起きた第一発見者みたいな感じのリルマは意外にも女の子らしかった。

 白井は黙ってスイッチを押すと、洗濯機を起動させる。モーターの回転する重低音が二度ほど響き、動き始めた。

「ん? お、おおっ……」

 そのまま、回り始めた。水が流れ込んでようやく中の人は目を覚ましたようだ。

「な、なにこっ、れ」

「へぇ、人間を洗濯するとこうなるんですね」

 まるでゴミを見るような目つきで呟き、ふたも閉めようとする。しかし、当然閉まらないので頭に当たるだけだ。

 何度もそれを繰り返す。なんだか、無表情の白井が怖い。

「た、助けっ……助けて」

 そして彼女は苛める白井ではなく俺の方へと視線を向けてくるのだった。

「ああ、悪い。今、助けてやる」

 まさか、俺が助けてやるとは思わなかったが、他にやる奴はいないだろう。リルマはショックをうけているし、白井は怖いから。

 洗濯機からも出してやり、服は脱いでもらって乾燥機に入れておいた。その間、俺のシャツと大きめのタオルをかぶせておいた。

「お腹、空いていませんか?」

「へ、減ってる」

 白井はそういって謎の女の子を誘導。銀髪に碧眼の子はリビングへと向かった。

「この朝ご飯が食べたいですか?」

「うん、たべたいぃ」

「じゃあ、あなたのお名前を教えてください」

 テンポよく、白井は誘導していく。

 手慣れていてよどみがない。いつものようにふざけているのかと思えば、そうではないようで目が笑っちゃいなかった。

「リーゼ。リーゼロッテ・ベルクマン」

 あっさりと名前をばらすリーゼロッテさん。

「どうしてここへ来たんですか?」

「か、影食いの美紀に、いじわるしに来た」

 その話を聞いて、こいつが美紀の懸念した奴なのだろうと当たりをつける。

 しかしね、悪そうな子には見えないんだよな。いつの間にか人の家に侵入し、洗濯機の中で眠っている怪しい奴ではあるんだけどさ。

「食べて、いい?」

「いいけど、食べたら美紀にいじわるしないで帰るんだよ?」

「ええ? それは……」

「じゃあ、食べなくてよろしい」

「あうぅ……」

「でも、あなたがただ頷くだけでおいしいご飯が食べられる。意地悪をして反撃されるのと、どちらがいいですか」

「うん、約束する」

 こういうタイプは約束するともう、本当に何もしてこなくなるんだよなぁ。自分ルールで動いているから。他人が決めたことは平気で破るけれど、自分が決めたことは絶対に守るし。

 ご飯を食べて少し話をする。話した結果、悪い子ではないと改めて実感し、白井とも目配せで意見は一致した。

「リーゼさんですか? 私とお友達になりましょう」

「とも、だち?」

「ええ、友情の輪を広げようと思います。楽しい時はともに笑い、苦しい時はともに助け合う。片方が間違えば、道を正してあげたりするのですよ」

 すげぇ、うさんくせぇ顔で笑っている。

 手ごまが増えたとでも言いたげだな、白井。

「うんっ、それいい」

「私もちょろそうな……こほん、素直な子が一人友達として増えたので嬉しいです」

 この後、このリーゼという人物を家まで送ると白井は宣言し、イザベルとリルマも同伴。俺に親指を立てて出て行った。リルマがいるから大丈夫だと思うが、あの子、白井に搾り取られないよな。

「ここは私に任せてくださいっ。あなたは、あなたの夢を……ドゥリィームをかなえてください」

「なぜ、英語に言い直したんだろうか」

 白井が助けてくれるのは嬉しいんだけどさ、毎回、助けられるたびに顔にパイを投げつけられている気分がするんだよ。

「……おはよう」

 もう、お昼という時間帯に美紀は顔を出した。俺の顔を見ることなく、顔を洗いに行って戻ってきた。

「お昼、何が食べたい?」

「なんでもいい」

「じゃあ、チャーハン作るぞ」

 ぱらっぱらでおいしいチャーハン作って食べさせてあげようと思う。

「チャーハンは食べたくない」

 おい、さっきなんでもいいって言っただろ。

 なんでもいいって言っても結局嫌なものを提示すると断られるってよくあるよな。あれさ、困るんだよね。作ってみる側に立ってみろよ。最初からリクエストしやがれってんだ。

 結局、ポトフを作ることにした。

「どうだった?」

「おいしかった」

 昼飯を食べ終え、さっそくデートへ行くことにする。心がうずうずしてしまう。

「美紀、そろそろ行こうか」

「バカ」

「え」

「十四時、駅前。待ち合わせにして」

「お、おう」

 なんだか怖い感じでそう言われた以上、頷かないわけにはいかない。これで、白井がいてくれれば何か言って場を和ましたんだろうが。

 なんだかんだで自分が白井を頼っていることに気づき、首を振る。こんなことではまた笑われてしまう。

 去っていく美紀の姿が見えなくなったことを確認し、俺はため息をついた。

「きっと、戦装束に身を包んでくるんだろうな」

 たぶん、最新鋭で来るだろうなぁ。かの信長公が来ていた南蛮鎧あたりかな。もしくは、フ○コ○ネに違いないね。

 俺の準備は特にないので、時間を潰そうと家事をしていると電話がかかってきた。美紀かと思えば、宗也だった。

「もしもし? 啓輔君?」

「啓輔だよ、ハハッ。やぁ、宗也君、元気かい?」

 最近練習していたあるキャラクターの物まねをしてみた。これだけでわかる奴もあまりいないだろうが、アニメ好きな宗也になら伝わるだろう。

「似てるねぇ。ふふふっ……何にって言わない、っていうか、言えないけどさ、うん、特徴捉えてる」

「だろー? 裕二の声真似が羨ましくて頑張ったんだ」

 特技は声真似ですってなんだか格好いいよな。

「あぁ、裕二君のやつね。特に、せ、先輩の事、好きなんですだね。あれは喉に女の子を飼っているんじゃないのかって思ったよ」

「そんでそのあと、後ろから抱き着いてきてさ、おっさんでも、ええかなって聞いてくるからテンションダダ下がりだわ」

 声を変えることができる人ってうらやましいよな。まぁ、たまに悪乗りが過ぎてパンチしちまうような事をしでかすけどさ。

「っと、雑談で終わっちゃうところだった。美紀からどうしようってメールが来たんだ」

 何かあったのだろうか。

 デートの中止なら、直接俺に連絡があるだろう。というと、それ以外の問題となる。たとえば、また俺たち二人がコンビを組む可能性がある影食い相手かもしれない。

「啓輔からデートに誘われたので、あいつの好きそうなことを教えて。絶対に外せないから、だってさ」

「うん、それは俺に教えちゃいけないメール内容だね」

 血なまぐさい何かが起きるような出来事じゃなくて良かった。

「あ、本当だ」

 そして俺たちの間に流れる沈黙。

 しかしね、うっかりしすぎだろ、宗也。

「だ、大丈夫だよ、啓輔君」

「おい、何がだ?」

「まだ、啓輔の事が好きだからって理由の部分は読み上げてないよ……あっ」

 これ、ボケだよね。

 宗也の奴はこの世の終わりが手足を付けて襲って来るんだぁと錯乱気味だ。いつだったか、妹に蹴られたことがあるって言ってたっけ。あれって、蛍ちゃんじゃなくて、美紀の事だったんだろうな。

 まさか、宗也から告白される日が来ることはね。こいつは参ったよ。

「……なぁ、聞かなかったことにしようか?」

「うん、そうしてくれるとすっごく助かるよ」

「そのぐらいお安い御用だ」

 俺たちの友情は厚い。

「それで、好きな物を教えてくれないかな」

「おぅ、あ、それだったら俺の方から美紀に連絡しておこうか? そっちの方が手間省けるだろ?」

「あ、いいね。お願い」

「いいよ、気にすんなって。じゃあな」

 まさかさ、この時の俺は自分がうっかり屋さんだなんて思わなかったよ。

「どうして俺ら、駅前で正座しているんだろうな」

「本当だね」

 俺はうっかり、宗也から電話があったことを美紀に話してしまった。美紀は宗也に確認をし、さらに、好きだという事を漏らしたことまで突き止めた。

 無論、美紀は大激怒。顔を真っ赤にして、怒っていた。こういうところが可愛いんだよねぇ、わかるわーと宗也と二人で話していたらさらに怒った。

 俺らに与えられた罰は駅前での正座、二十分。二時間や三時間ならなぁんだ、美紀たん、冗談だったのと言えたが、リアルな数字に俺たちは地蔵になった。

 道行く人たちに見られ、羞恥に耐える。これが悦びだという人もいるが、そんなことはない。ただ普通に恥ずかしいことだった。

 あと、寒かった。冷たかった、弁慶の弱点が痛くなった。

「あ、みて、啓輔君」

「うん?」

「お巡りさんが来た」

「あー、これで助かったわ」

「でもさ」

「なんだね?」

「あと、五分だよ?」

「……そうか、少し来るのが遅かった。もう少し早く、チミたち、何をしているんだねと来てほしかった」

 お巡りさんと話をしているうちに五分経過。正直に話して、俺たちが悪いんですかねと尋ねてみた。多少、困った顔をしながらも頷かれた。

「うん、君たちが悪いね。もう、時間をオーバーしているのなら、帰った方がいいよ。それに、通行の邪魔になるし」

「……はい」

「お騒がせしました」

 駅前を後にして、美紀に連絡を取ろうとするが駄目だった。全くつながらなかった。

「あぁ、駄目だわ」

「こっちも駄目」

 二人でダメなら……諦めよう。

「美紀の奴、服装もばっちりだったのになぁ」

 たぶん、俺が以前買ってやったお店で揃えてきたのだろう。ゴリラだなんだと言っていたが、リルマの話では良くあの店に行くようになったそうだ。

 何気に、リルマと美紀が一緒に行動することも多くなったようで先輩影食いとして指導してくれているらしい。

「残念だったね。これからデートだったんだよね?」

「そうだよ。流れちまったからなぁ」

「ごめんね、僕のせいで」

「気にすんな。俺も悪いからさ」

 いつまでも過ぎ去った事を悩んでいても仕方がない。フラれてもしょうがない話であるし、本来の予定が大幅にずれ込むことも十分にあり得る世の中だ。

「……ラーメンでも食いに行こうぜ」

「あ、うん」

 二人でラーメンを食いに行った後、近くの本屋に向かった。

「お、見ろよ宗也。このグラドル、美紀に顔が似てね?」

「似てるねぇ。それさ、もしかして買うの?」

「悩んでる」

 俺の言葉にぎょっとしていた。

「さすがに買ったらまずいんじゃないかな。ばれたらやばいって」

 ふん、びびりめ。ったく、これだから坊ちゃんは駄目だね。

「悪いことはな、ばれなきゃいいんだ」

「そういう事を言うってことは、悪いことだって認識してるのね?」

 いきなり美紀の声が聞こえてきた。最近疲れて幻聴が聞こえるようになったのだろうか。

「やだもぉ、宗也君ってばいつの間にか妹さんの声真似がうまくなったの?」

「あはは、僕は啓輔君が喋ったのかと思ったよ……」

「え?」

「は?」

 宗也と二人で壊れたロボットのように首を動かしてみた。

 いた。いなくなった美紀が後ろにいたのだ。一体、いつからいたのだろうか。

「け、啓輔君、ここは彼氏の腕の見せどころじゃないかな。丸く収めてこそ、彼氏じゃないの?」

 怯えた宗也の声が聞こえてくる。

「おい、宗也。彼氏じゃねぇ。まだ告白が成功してねぇ」

 ただの友人だ。

 そんな俺の言葉を受けて、美紀は力強い目で俺を見ていた。威圧って奴だな、うん。オーラが見えるよ、ママン。

「……すればいいじゃない、今このタイミングで」

 え、許されますかね、小脇にグラビアアイドルの写真集を挟んで告白ってさ。しかも、似ている女の子の本を持っている状態で、君の事が好きなんだって。

 フラれる前提の告白って、それなりに伏線があっての物でしょうよ。話が唐突過ぎると色々とついていけませんってば。

 恐怖におののき、この後の展開を想像できない俺は明日への不安を顕著に表していた。そんな空気を変えてくれる奴を、ヒーローと言う。

 バスケやサッカーなどのここぞというときに点を取れる人気者の事も言ったりする。そして、俺の友達はヒーローだった。

「……僕に任せてほしいんだ、啓輔君」

「宗也?」

 なんて穏やかな顔をしているんだ。

 こいつ、俺をかばって死ぬ気だ。

「見ていてよ、僕の最後の輝きを」

「すまねぇ、すまねぇ……」

 決意の表情を持って、宗也は一歩を踏み出した。

「美紀、駄目だよ。啓輔君も別に悪気があって……」

「それ以上喋ったら、お前が嫁だ嫁だと言っている人形、全部叩き潰すぞ」

「そのぐ……」

「三段目の一番手前の奴は念入りに潰す」

 これは、脅しじゃない。確認だ。宗也がどれだけ大切にしているのかわからないぐらいの大切なものを、美紀は平気で無に帰すつもりなんだ。

「悪いのは……」

 しかし、宗也は、覚悟を決めたヒーローはっ、もしかしたらっ……もしかしたら俺の事を助けてくれる……。

「悪いのは君だ、啓輔君」

 俺を指さす、元ヒーロー。

「よくも僕の妹を辱めてくれたね?」

「裏切ったな、宗也っ」

 俺の言葉に対して、喉を鳴らして笑っていた。

「裏切り? 違うねぇ。僕は最初から美紀側の人間なんだよ? 裏切るのは味方だけさ」

 なんて奴だ。悪役も様になってる。

「素直に謝りなよ……ぎゃっ」

 端的に言うと、宗也の尻が蹴り上げられた。悪の散華は早かった。さっそく美紀に裏切られていた。

「ほら、啓輔も茶番は要らないから」

「……はいっ」

 お尻を向けるが何も衝撃はこない。

「やらないのか?」

「あんたの告白が先だから」

「……わかったよ」

 背面告白なんて初めて聞いたよ。俺がそんなことをする人間とはね。

「この体勢で告白は相手にとって失礼ではないのか?」

「右手を胸に当てて考えなさい、もっと失礼な事をしているんじゃないの?」

 俺は言われた通りに胸に手を当て考えた。

 なるほど、美紀は正しいな。

「しかしね、これは締まりがないんじゃないのか」

「うっさい。あんたの尻を蹴り上げるのには理由と、権利がいるの。この意味が分かる?」

「そうか」

 じゃあ、しょうがないな。

 しょうがないと思うしかないじゃないか。

「美紀、お前の事が好きだ。一緒に居て、お前の笑顔を見るのが好きになったからだと思う」

「私も、あんたの事が好きよ」

「そ、そうかっ……」

 これはもしかして、俺生存ルートではないだろうか。

 もしかして、俺は生き残る可能性がっ。背後から抱きしめられて最高なシチュエーションになるのかも。

 しかし世界は優しくなかった。

「あんた、何さっそく浮気してんのよっ。いい度胸、してるじゃないっ」

「アッー」

 飛び上がるほどの一撃は、俺に新たな世界を開いてくれた気がした。


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