美紀編第一話:影食い美紀
時刻は十八時を過ぎており、街灯が暗く寂しい道を照らしていた。思い出したように吹く風はいまだ冬の厳しさを運んでおり、春が来るのはまだ先であることを教えてくれている。既に月がクレーターだらけの顔をだし、夜の時間が始まった。
「今、西羽津市まで戻ってきた」
「そっか。今回も無事に戻ってこられたんだね……世界はまた一つ、平和になったんだ」
九頭竜家の影食い、美空美紀は腹違いの兄である九頭竜宗也の言葉に苦笑する。無事に戻ってこられた際はよくあるやり取りだ。
「毎回さ、そういうのやめてくれない? まるで、重大な何かをやり遂げたって感じだからさ」
今回、美紀がやってきた仕事は派遣された懲罰隊と呼ばれる影食いのの記録をとることだった。しかも、懲罰隊に見つからないよう極秘裏に。
相手にばれないようにして情報を集めること自体がなかなか骨の折れるもので、それが懲罰隊となると難易度は上がる。だからと言って、今回の仕事より重たい内容を言い渡されたこともあるので、大変な事ではあるが問題ではない。
もっとも、この情報がどのように使用されるのか美紀に知らされてはいない。部分的な情報であるがゆえに、他の調査をしている影食いと話さなければ何のために動いているのかわからず、そして、その調査をしている影食いが誰なのかも美紀は知らない。
自分が組織の末端であることを痛感させられる瞬間だが、余計な事を知った影食いがどうなるのか、あまりいい噂は聞かなかった。
「まぁ、そうかもしれないけどね。大切じゃないか、そういうものって」
影食いではない宗也から見れば、美紀がやってきた仕事はどれも難しいことだ。
中途半端に影食いとしての血を受け継いでおり、常人とは違う運動能力を見せるが、影食いには及ばない。一般人、影食い関係からはみ出してしまう彼がやれることは、影食いとして生きる妹のバックアップだった。
「そういえば、啓輔君が美紀と連絡が取れないってしょげてたよ」
「……啓輔が?」
右記啓輔。ひょんな事から出会った男だ。美紀にとって最初は調査対象の一人、リルマ・アーベルに関係している一般人という認識だったが、協力したこともある。
兄である宗也の友達で、飄々とした性格をしている。話しているとどこかからかわれている時もある。それが自分でも不思議な事に嫌ではなかった。
先輩である夢川裕二を助けた際、人型の彼を確認し、ジョナサンの撤退を確認すると美紀に向かって走ってきた。その後は抱きしめられたまま一緒に回ったのだ。
「美紀を信じてよかったよ!」
「当たり前に決まってるでしょ」
「さぁ、祝勝会だ」
そうやって連れて行かれるところだったが、美紀は強引に啓輔から離れて相手の鼻先を突いたのだ。
「ばぁか、あいつを逃したままにすると今度はお前が危険にさらされるかもしれないでしょ。ちょっと追いかけてくる」
本当は裕二を奪還した時点で作戦終了だったが少しだけ調子に乗ったのかもしれない。もっとも、その後の戦闘では普段より体が軽かったりして調子も良かった。九頭竜側からはリルマの調査を求められて以降、あまり遠く離れるような依頼は来なくなっていた。さりげなくリルマを助けろと言う指示が出されている。
あれから気づけば気安く話しかけたり話しかける存在になっている。
それでいて、最近はからかわれるともっと大切にしてほしい、もっと優しくしてほしいとなんだかもやもやするのだ。そして、そんなことを考えてしまう自分にさらにいらつくことがある。気持ちの整理がついておらず、はっきりできていないからだろう。
「何かあったのかもって心配していたから、出来れば連絡してあげるといいかも」
そう言われて嬉しくなる。
「余計なことは喋ってないでしょうね?」
啓輔という人間は余計なことに首を突っ込みたがり、持論を展開する。そんなイメージがあった。しかし、それらの決断は必ずしも彼にとっていいものではなかったのだろう。
「そんな、僕が喋ると思う?」
間延びした人の良さそうな声が聞こえてきた。無害を装い、その場に居ても何の問題もなさそうな空気を出すのが得意な兄貴だった。
「思う」
「ひどいよ」
どうして兄のような人間が啓輔と出会ったのか知らないが、一見、合いそうにないタイプなのにうまく付き合えているらしい。ゲームや漫画の世界に入り浸り、半ひきこもりの兄と現実の世界で仲良くしている相手はそう多くない。そんなにネットゲームが楽しいのかと少しからかってやったら非常に驚いていたのを思い出す。
啓輔がお人好しなのか、それとも類は友を呼ぶのかは難しいところだ。彼の周りには兄を含めて変な連中が多い。野良の影食い(姉が化け物という噂)に、宗教家(と言いつつ探ってみたが宗教団体が存在しない)、外国産の謎の影食い(というより人の気配がしない)がいる。一般人の友達も、変な奴が多い。
個人的に彼を調査した結果、両親の方も変わっていることを美紀は知っている。祖母に至っては、有名人だった。更に今ではパワーバランスをあっさり変えてしまうだろう手帳を所持しているが、本人に使う意思が無いようで誰一人として気づいていない。もちろん、美紀も上に報告するつもりは一切なかった。
「ま、いいわ。啓輔にはこっちから直接連絡してあげる」
「そっか、ありがとう」
他人の事なのに自分のように喜ぶ兄に、そういう素直さがあの男にもあればいいのだがと美紀はため息をついてしまった。
連絡を終え、スマホを見る。確かに不在着信が確認できた。
さっきは宗也に連絡すると伝えたが、ここまでする必要があるのかと手を止めた。
「別に、私からしてやる必要って無い気がするんだけど……」
持っていたスマホを下げる。何となく、恥ずかしかったのだ。
「あれあれぇ、いいんですかそんなに消極的で? んじゃ、いただいていきますねー」
脳内で右から左へ白の自称宗教家が右記啓輔を拾っていった。
「その名も、エターナル・ラヴ。あたしとけーすけの絆は最高なの。ね、けーすけ」
ライバル、と呼んでもいいような相手もわけのわからないことをいって二人目の啓輔を攫って行った。
「ちょっと、そっちは敵がいるってば! なんで、ママはそんな糞武器で出てきてんの? ゲームは遊びじゃないんだからね。ネタ武器とかいらないって、白けるだけだから」
最後はぽっと出の外国人に蹴りを入れられていた。
「……また、かけてくるかもしれないけど、それならこっちからかけるのが時間の無駄にならないか」
こういう連中には取られたくなかった。
そういってコールする。
速く出てくれればいいのに。
そんな気持ちが出てきたところでそれはこっちが寒いからで、他意はないと言い訳をする。
「もしもし? 啓輔? 兄さんから聞いたけど……」
「はぁい、ざーんねん。リルマでした」
向こうから聞こえてきた声に、硬直する。
それと同時に、いらいらが募ってきた。どうして、こうも空気を読めないのか、あの女は。
「は? なんであんたが電話に出るわけ?」
当然、美紀の口から出る言葉は棘がある。他者を寄せ付けないように言葉をきつくする傾向にあるのだが、今日はさらに輪をかけている。
今頃、啓輔が出てさえいれば、あんたって私の心配してくれたのねとそれとなくありがとうを伝えることができていただろう、多分。
「なぜでしょうか、当てたら豪華景品をプレゼント」
そんなものいるかと心の中で吐き捨てる。しかし、律儀に考えてしまった。
「……相棒だから?」
当たった場合、だったら私は啓輔のパートナーだと宣言する。張り合う必要性なんてないのに、一度負けたことのあるリルマに対しては内心、ライバルとして認めている。同じ条件なら、リルマに負けるつもりはない。もっとも、次にリルマとぶつかる時、啓輔がどちらに手を貸してくれるのかはわからないが。
やはり、相棒としてのリルマだろうか。それが変にこじれたりせず、自分の中でもすとんと言い聞かせることが出来そうな理由だ。
しかし、だ。もし、啓輔がこちらに見方をしてくれたらと思ってしまう。
「ぶー、残念。けーすけとの相棒関係は手帳の一件のあと、話し合って終わりました」
「そ、そうなの?」
さっきの前提が壊れた。
つまり、次にやりあうときに手を貸してくれる方が啓輔にとって大切な相手という事になる。
まぁ、どちらかが望まぬ限り、調査を終え、支えることとなった相手とやりあう事はもうないだろう。
ほっと胸を撫で下ろしていると、黙り込んだことで相手に情報を与えてしまったらしい。
「あからさまに安心してるー。ぷぷ、あの美紀が、ねぇ」
「なによ」
「別にー、なんでもないって」
にくいリルマの顔に一発拳を込めてやりたかった。こいつ、啓輔に何となく似て来てやがると心の中で空き缶を蹴っておいた。
「それで、さっさと答えなさいって」
もうクイズに答えるつもりはない。またからかってくるようなら、今度は本気で怒りそうだ。
「啓輔はお風呂に入ってる」
「あ、お風呂に……」
そこでじゃあ、何でリルマがそんなところにいるんだろうと首をかしげた。
しかし、空気を読む能力はリルマの方が長けていた。
絶望的な答えに行き着くよりも、先回りでリルマが答えを出してくれる。
「安心してよ、みんないるから」
「皆? 本当に?」
声音に出たのだろう、リルマが噴出した。
「心配しすぎだって。そういう仲じゃないからさ」
「リルマの事を信じてないわけじゃないけど……」
不安であることにかわりはない。何に対して不安なのかは自分でもわかるようで、わからないような、知らない方がいいことかも。
あっちこっちに気持ちが行って、落ち着かないのだ。これも啓輔が悪い。あれが誰かと付き合っていればそうじゃないのだ。
まぁ、すみれという女と別れたことは今となってはよかったことだと結論付けている。もし、あんな女と付き合い続けていたら反吐がでそうだった。他者を利用し、力を求める存在。どれだけ啓輔が傷ついたのか、美紀は知らない。聞いても、忘れちまったと能天気に答えられそうだ。
そう考えると、自分の精神安定上やはり、誰かと付き合っていないほうがいい。
「じゃあ、他の人に代わるね」
「はーい、かわりました。美紀さん、お元気ですか」
カゲノイの白井海の声が聞こえてくる。
美紀の中では狂人の一人として認識しているが、何気に相性はいいようで、一緒に何かと戦うと負けたことがない。たまに、何かが似ていると思うときもあり、苦労しているのだろうと考えたこともあった。怪しいカゲノイとして追跡し、襲撃した気もするが、今とは全然雰囲気が違うために別人だと思っていたりもする。
ある意味、警戒すべき一人ではあるが、どこか一歩引いているので脅威はリルマほどではない。もっとも、時折啓輔が何とも言えない表情で彼女を見つめていることがあるのは気になって仕方のないことだが。
「美紀さん?」
ぼうっとしすぎたらしい。一度咳払いをする。
「元気よ。それで、啓輔って本当にお風呂?」
「違いますよ」
「え」
リルマが嘘をついたのだろうかと不安になった。
「啓輔さんなら残念ですね、私の隣で、すっ、ぽんぽーんで寝ていますよ」
お茶らけた調子の声でそんな言葉を言われても全く信用するに値しない。白井海の事を信用しようとした自分を恥じて、リルマに心の中で疑ったことを謝っておいた。
「やぁだぁ、啓輔さんってばそんなに胸を揉み揉みしないでくださいって」
こういうところは大嫌いだった。
「ママァ……」
「隣で寝ているのはイザベルだから、安心していいわよ。あ、ちゃんと服は着て寝てるから」
リルマにまた電話が変わる。
本来、敵であるブラック兄妹にも何もせず、のほほんとしているあの男が不思議でならない。あまつさえ、お見舞いに行くものだから頭の調子は大丈夫かと少し心配になってくる。ブラック兄妹の事は既に組織へ連絡済みで何らかの処分が下されることだろう。もっとも、兄は記憶喪失で妹は他の誰かへの依存体質が高いようで主体性が無いために大した罰が見込めそうにないが。兄はともかくとして、妹と本格的に対立するのなら覚悟した方がいいとまで言われる始末だ。美紀としては対立する理由もなくなってしまったが。
いつか、そのお人好しさを逆手に取られて追い詰められてしまうのではないか。
そこまで考えて、首をかしげた。なに、心配する必要はない。話し合ったわけではないが、黒い手帳が啓輔に入り込んでからは誰かが様子を見るようになった。
取り込んだ問題が起きないように、廿楽すみれ側から話を聞きつけた誰かが啓輔にちょっかいを出さないように見張っている。
廿楽には個人的に接触し、黒い手帳がいったい何なのかを聞いている。最初は抵抗していたが、強引に話を進めると教えてくれた。
啓輔が手に入れていたらしい黒い手帳は制御と呼ばれ、強大な力を自由自在に扱えるものだそうだ。ただ、単品で取り込むと周辺地域の影を活性化させてしまう欠陥があるらしい。そして、廿楽が所持していた手帳が暴力と呼ばれる物。暴走した力を使用できるが、制御できないために戦闘には不向きの物があった。これら二冊を取り込むことでようやく安定した力が使えるようになるとのこと。
「ちょっと、聞いてる? いま、けーすけがお風呂から上がってきたみたいだから代わるね」
え、それはお風呂上りで裸なんじゃないかと問いただしそうになり、つい、頭の中で湯上りの啓輔を想像してしまう。さっきまでの真面目な考えはさっさと撤退していった。
全裸を想像した結果、顔が赤くなってきてしまった。
スマホの向こう側からカーテンをスライドさせる音、沈黙、男の悲鳴が順番に聞こえてきた。
また、それ以外にもずるいですよぉ、自分だけ楽しもうなんてというあほの声も聞こえてくる。追加で、羽津市条例で全裸はちょんぎりますよと誰かが騒いでいる。
いったい、何をちょん切ると言うのだろうか。
「おー、美紀か?」
騒動が落ち着いた後、聞いていてほっとする声だ。
すべての人間において、そういうわけではないだろうが、美紀にとっては大切な声だ。
何を話そうか考えているうちに、つい、つんけんした声が出てしまう。もっと、違うように接したいのに、性格上素直に感情を出すのが難しいのだ。
「あんた、兄さんに私と連絡が取れないからって話したんだって? そういうの、やめてくれる?」
言って、しまったと考える。普通にとられれば、関係を切りたいことになるのではないか。どうしよう、どうしようという言葉が頭の中を支配し、どんどん対応が遅れていく。ああ、このタイミングだともう、何を言っても言い訳にしかならない。気持ちが面白いように落ち込んで、無意味に笑ってしまいそうになる。
「翻訳します」
海の声が聞こえてきた。思考が止まる。あまりいい結果にはならないんじゃないかと想像してしまった。
「ああ、彼が心配してくれるのは嬉しいんだけれど、それを認めるのはとても恥ずかちぃ。つい、怒った口調になっちゃう。だ、ダメ、口が勝手に悪態をついちゃうっ、あひんっ」
迫真の演技で、スマホの向こう側が沈黙する。
「白井、気持ち悪い」
「はぐぅあ」
そして、イザベルの言葉のナイフが海へと襲い掛かっていた。何かが倒れる音が聞こえてきた。
「……もっと」
「え?」
「もっと言ってくださいっ」
「こ、怖い……」
しかし、海はこれに動じず、むしろ受け入れる側で検討。さらにイザベルからの好感度を下げる結果になった。
こんな風に、素直になれない自分が恨めしい。
いや、さすがに海はやりすぎだと思われるが。
「まぁ、なんだ。お前は大丈夫なんだろうが、俺は美紀の事が少し心配だったよ」
「それ、本当?」
「翻訳するね」
邪魔が入ってきた。今度はリルマだ。啓輔からスマホを奪ったのだろう。
「今日の晩飯もうまかったなぁ。明日の朝ごはんは何を食べようかな。えっと、久しぶりにご飯がいいなぁ。一人暮らしだと、手軽さでパンを選んじゃうんだよなぁ」
賑やかそうな声に、啓輔の周りはいつだってそうなんだと考えさせられた。
別に、自分一人がいなくても啓輔はうまくやっていける。そう、後ろ向きに考えてしまう。
「おい、こらリルマ」
「あいたっ」
スマホを取り返した啓輔がまたしゃべりだす。
「俺はお前の事を待ってるよ」
「え?」
「いっつも、影食い関連の仕事をするときは一人なんだろうけどさ、たまには俺も噛ませろよ。手帳ってすげぇんだろ? 美紀が困っていたら俺、本気出しちゃうよん」
「……馬鹿を言っていると、怪我するわよ。また、叩いてあげようか」
興味本位で危ない場所に居てはいけない。いつか教えてやった気もするのに、この男は忘れてしまったのだろうか。
「大丈夫、安全な部分は俺が担当して、危険なところは美紀がやる。それにさ、危なくなっても美紀が助けてくれるだろ?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの?」
即答できる問題だ。
信頼してくれているという事実だけで、元気になる。
「やっと調子が出てきたようでよかった。なんだか元気がなかったからな」
そういうことまで気にしていたのか、暇な男なんだなと改めて思いつつ、それがとても大切な物のように思えた。
「美紀が明日の朝、顔を見せてやるから安心しなさいって言ったら通話を終わる」
からかう口調の啓輔に、そのぐらいなら余裕だと思われたのだろう。素直じゃないと、既に理解されているのだ。
何を言っても、啓輔なら苦笑して受け入れてくれる。周りも、おそらく勝手に翻訳して好き勝手に理解するだろう。
「明日の朝、顔を洗って待ってなさいっ」
こっちから通話を切ってやった。
明日の朝が楽しみだと思った瞬間、美紀はその場を飛び退る。それだけでは足りない気がして、塀の上まで飛び乗り、辺りを素早く見渡した。影からの襲撃かと思えば、そうではなさそうだ。
「いきなり屋根の上に乗るなんてぇ、変な人だぁ」
「屋根じゃない。塀の上」
影から、まるで蜃気楼のように現れたのは銀髪に碧眼の一人の少女だ。顔には見る者を不安にさせる笑顔を張り付けていた。
厄介な奴が出てきたと心の中で舌打ちする。敵でもなければ味方でもない、狂ってしまった影食いだ。しかも、性質が悪いことに影無しという影食いの中で嫌われている存在であり、並大抵の影食いが勝てる相手ではない。懲罰隊でも一部の者しか相手に出来ない相手、それが目の前にいるのだ。
影食いの中には影無しを化け物だと呼び、忌み嫌うものもいた。成り立ちを考えればそうだが、それは迫害している側に問題もある話だ。
「お久しぶりぃ、美空美紀ぃ」
「久しぶり」
久しぶりに会ったのは確かだが、どちらかというと会いたくない相手だ。中には出会って本気で逃げて、結局おもちゃにされた影食いもいる。
「根無しのあんたがぁ、楽しそうに電話しているなんてぇ、おかしくないでぇすかねぇ?」
身体を不自然に揺らしながら、銀髪の少女はにたにたと笑っている。
「別に。影食いとしての仕事が終わったからその報告をしていただけ」
「ふぅん?」
「リーゼロッテ。もう行っていいかしら?」
影食い五家の一つ、ベルクマン家。そしてそこの長女であるリーゼロッテ・ベルクマン。
影無しを保護している所で、考えようによっては最大の戦力を所有している所だと聞いたことがあった。本格的に調査したことはなく、水面を撫でる程度だろう。他の五家も大体がここは放置。争う姿勢を見せた事すらない。
下手に刺激しない方がいいことは知っている。リーゼロッテ自身が懲罰隊に所属しており、自分の気分次第で相手にちょっかいを出す。いたぶるのが大好きというどうしようもない相手だ。
小さい頃に会った時は少し臆病な単なる少女だった。いったい何があったらこんなことになってしまうのか。風の噂で何があったのか、同情するに値する話は聞いたことがあるものの、だからと言って関わり合いにはなると引っ張られて不幸になる事請け合いだった。
「んふふー、いいよ」
「ありがとう」
「どういたしまして。ただ、あんたが幸せなのは、気に食わないからぁ、不幸にしてあげまぁす」
「え」
「じゃあねぇ」
再度、影に交わるようにしてリーゼロッテは姿を消した。
頭の中で継承が鳴り響く。明日の朝と言わず、これから啓輔に会いに行かなくてはいけない。
リーゼロッテが何かに嫉妬し、破局や何らかの別離を生み出すことはよく噂になる。これまでは他人の事だったため、どうでもよかったが今回はそうも言っていられない。
闇の中を疾走し、美紀は啓輔の無事を願うのだった。




