第六十四話:偶然という機会
「や、蛍ちゃんじゃないか」
「あ、啓輔さん」
美紀とも別れ(店を出てすぐ、すさまじい勢いで走って逃げた)、俺は町をぶらぶら歩いていた。すると、蛍ちゃんが前から歩いてきたのだ。
「何してるの?」
「散歩です」
「……そこら辺でぶらぶらしてたの?」
「はい」
やだ、この子。そこらへんであれもないのにナニをぶらぶら……止そう。もう年末なのに馬鹿をやるのはやめておこう。
来年から俺は真面目な人間として生まれ変わるんだ。下ネタで喜ぶ年齢じゃもうないんだよ。大人になる時がやってきたんだ、ぐすん。
「今日が今年の最後なんだなって思うとなんだか感慨深いものがあったんです」
しみじみという蛍ちゃんだが、一年に一回毎年来るものだ。俺のほうも思うところがある。充実していたかどうかはわからないが、有意義なことが多かった。
ただ、去年は何をしていたのか思い出せなかったりする。どうでもいい時間を過ごしたんだろうな。
たぶん、すみれと一緒に居たんだろう。
「まさか、大学生の知り合いができるなんて思っていませんでした」
「そうかい? 兄貴が大学生なら割とチャンスがあるんじゃないかな?」
「それでも難しいと思います」
俺、兄や姉、弟や妹がいないからそこらへんわからないねぇ。
「本当、いろいろとありました」
俺のポロリとかな。男のポロリってどこに需要があるんだろう。
ポロリはさておき、言われてみれば、今年は妙なことに出会った年だ。何せ、一時期探していた影食いと初めて出会えたのだ。
それからいろいろとあった。カゲノイ白井、影食い美紀、よく失踪する(誘拐される)裕二、宗也のひとめぼれ、ジョナサン・ブラックと謎の女。
そういえば対ジョナサン用のお守りを買ったんだっけな。あれ、効果なかった気がする。たぶん、お守りを超えてしまうジョナサンだったんだろうなぁ。
「そういえば啓輔さん」
「ん?」
「リルマちゃんにさっき会ったんですけど……怒ってましたよ」
「それは本当にリルマだったかな?」
「え?」
「きっと角が生えているに違いない。牙も生えてるかも。そうなったら、もう討伐できそうにない。人類は、負けるんだ」
この冬、人類は絶望する。全米を震撼させた、問題作が日本に上陸。十五歳以下の方はご覧になれません。
「あのー、そう言う事を言うともっと怒っちゃうと思います」
やんわりと注意されてしまった。蛍ちゃんの言うとおりだ。周囲を確認してリルマがいないことを確認するとほっとする。
「そっか、まだ怒ってたのか」
リルマも困ったやつである。もともとは俺が悪いんだろうが、相手の怒るポイントが今一つ不明だ。
「何があったんですか?」
「そうだねぇ。端的に言うと、俺が裕二のピンチの時に遊んでいたって思われたんだよ。それで意外と真面目ちゃんで思い込みの激しいリルマは怒ったんだ」
話し方もまずかったのだろう。美紀と一緒に探した、作戦上仕方のない事と言っておけばよかったんだ。詳細は省いてよかった。
次、似たようなことがあったら上手く立ち回ろう。
人間、こうやって誤魔化すスキルが上がっていくのかもしれないな。悪事がばれたら、次はどうやったらばれないようにするか考えないといけない。怒られたで足を止めたら人間は成長しない。
「なるほど……あの、このまま喧嘩した状態で年を越すのは嫌ですよね?」
蛍ちゃんの確認に、俺はすぐさまうなずいた。
「そりゃあね。機会を見て年内に仲直りしておくつもりだよ」
とはいっても、あと一日もないわけだが。今年の年末は本当に忙しい。去年より過密スケジュールで最後の最後に大物を持ってきやがった。
そして懸案事項はもう一つ。ジョナサンたちとの決着はついていない。美紀がどこまでジョナサンを追いやったか知らないが、反撃してくるだろう。何より、今回手を出してこなかったジョナサンの連れの女もいる。
日本を思い知らせてやったと言っていたので少しの間は平和らしいがねぇ。あいむ、じゃっぱにーずといいながら相手のお腹にパンチをしたんだろうか。
「仲直りの件、私に任せてくださいね」
「任せてって……」
「はい、ひと肌脱ぎますっ……」
「脱ぎますって……」
「あ、準備があるので失礼します」
脱ぎますという一言で余計なことを思い出したらしい。蛍ちゃんは顔を真っ赤にして走って行ってしまった。
脱いだのは、いいや、脱がされたのは俺の方だよ。
「友達思いのいい子だな……思い込みが強くなければとてもいい子と言える」
俺の周りにこんなにいい子がいるだろうか。よくつるむ奴の中から考えてみるか。
「一番バッター夢川裕二。友情にかまける時間があるのなら女の尻を追いかけるぜ」
「二番の出番、九頭竜宗也。友情? 悪くないけれど僕のフレンドリストはもう満杯なんだよね。残念、登録できなかったよ」
「三番、青木光。友情っていくらで売れると思う? え、プライスレス? じゃあ、いらないや」
あくまで、あくまで俺の想像である。現物とは違うと信じたい。




