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影食いリルマ  作者: 雨月
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第六十一話:簡単な選択肢

 美紀が選んだ場所は、山の麓にある公園だった。

「ここなら適度に広くて人がいないから周囲を気にしなくていいわね」

 聞きようによってはエッチな台詞だなと軽口をたたく元気もなかったりする。疲労は着実にたまっており、この作戦が失敗したらどうなるかは容易に想像がついた。

「……聞きようによってはやらしい言葉ね」

「そこで美紀が言うのかよっ!」

「痛いわね、なにすんのよっ」

 疲れているというのに身体がつい、動いてしまう。流れるような動きでチョップしたら蹴られて俺はその場に転がるのだった。

「……くっ、なかなかやるじゃねぇか。へへ、俺もやきがまわったもんだぜ」

「あんた、激戦を潜り抜けた覚醒前の主人公みたいな顔をしてるわよ」

 残念ながら今後の予定に覚醒は入ってないだろうなぁ。

 俺らがふざけているこの場所には一日歩き続けた体を引っ張ってやってきた。暗いし、寒いし、数年前謎の化け物に女の子が殺された(しかも、ばらばらだってよ)、そんな噂も聞いたことがある。

 普通の人がこの場所に来ることは少ない……というより、来ないし、変質者だって近づきたくない場所なのだ。パンツを被った変態が化け物に襲われたので警察に助けを求めたという話も聞いている。一部ではUMAだと騒ぐ人もいたし、猟奇殺人犯が潜んでいるとも聞いた。

 ただ、今回の作戦上周りに人がいないのは絶対条件。一般人に面倒をかけたり出来ないからこういう不気味な場所を選ぶのは仕方のないことだ。

「啓輔が勝つための鍵だから」

 プレッシャーや恐怖は疲労感が上書きしてくれている。その点に関しては感謝しよう。

「おう、わかった……そのまえに一ついいか?」

 いまさら、本当に暴走するのか、などという野暮なことを聞くつもりはない。短い付き合いだが、信頼できる子だ。

「何?」

「あのさ、あれが暴走したらどうなるんだ」

 素直な感情。あれが暴走したらどうなるか、俺には想像できない。影の獣のまま、大暴れするのか、はたまた溜まっていた影が個別になって動くのか。

 単純な好奇心。

「……さぁね、供給と維持が出来なくなれば、いずれ核を残して崩壊する。裕二先輩は助かる」

「そうじゃなくて、その間だよ。崩壊する前が知りたい」

「それは……」

 美紀は考えた後、難しそうな顔を浮かべて首を振った。

「実際にやってみないとわからない。暴れまわるのか、それともすぐに自壊するのかね。ただ、どちらにせよ裕二先輩にとっても少しだけ危険なことなのは確か」

「そうか」

「うん」

「美紀が、俺たちがもっと危なげなくやる方法はないんだよな?」

 美紀は目を閉じて少し考え始める。

「……消滅させるのなら、もっと簡単なやり方がある」

 どこか冷たさを感じさせる答えだった。

「ああいう類の奴は核を壊せばいいんだから」

 壊したら裕二はどうなるのか。そんなものは想像しなくてもわかるつもりだ。

「実際に見て、まだ戻せるのはわかった。ただ、人として戻すのならこのやり方が精一杯。リルマや、お前の言う白井って奴を連れてきても結果は同じだと思う」

 なるほど、人間に戻る方法以外ならやり方があったのか。

「もう一つ。私と啓輔という事が重要なの」

「俺?」

「そう。増援を呼ぶと逃げられかねないからね。相手にとって、有利に見える状況を作り出しておくのが必要なの。人数が増えるとこちらの隙をついて攻撃してくると思う……私たちがしたようにね」

 こっちの言い分としては裕二にきちんとした裕二で戻ってきてもらいたい。美紀も、おそらくは同じ考えってことか。

「何、その目」

「なんでもない」

 俺には分からないことだが、たいして祐二と美紀の間に関係は無いと思えるのだ。別に、気を使ってやる必要はないわけで、選ぼうと思えば簡単な方法を選べたのではないか。

「他に何か聞きたいことは?」

「終わったら、飯を奢らせてくれ」

 俺は美紀のように力強い視線で相手を見据えた。多少、面倒くさそうな表情をされる。

「……考えとく」

「じゃあ、追加で。上手く行ったら抱きしめやるよ。そんで、一緒に回ろうぜ?」

 気合を入れてもらうため、回し蹴りか何かを期待したのだが何も衝撃はこなかった。

「……好きにしなさい」

「わかった。ありがとう」

 他に聞きたいことはもうない。これ以上、聞いたところで緊張感は薄れない。

 もちろん、さっき聞いた質問も大して意味などないのだ。美紀の人となりなんぞ、ここにいたっては知る必要はなかった。

 この子は多少捻くれているがいい子だ。

 それにもし、俺や美紀に何かあった時はリルマがどうにかしてくれるさ。丸投げして悪いが、リルマなら笑って許してくれるだろう。ついでに、白井だって協力してくれるはず。

「……来た」

 美紀の静かな一言で、その時がやってきたのを思い知る。

「中々、殊勝な心がけですね。一般人に影響を出さないよう、人の少ない場所を選ぶなんて」

 ジョナサン・ブラックは俺らの事を格下だと思っているらしい。一人でこちらに来ているから間違いなさそうだ。

 今のところは何も問題ない。

「聞き捨てならんね。仕掛けてきたのはそっちだろ」

「いいえ、そちらでしょう? 離れた場所からの見事な奇襲、驚きましたよ。偶然が重なって助かったのは女神がこちらに微笑んでいるから」

 さらっと気持ちの悪い事を言ってくれる。

「違う。それじゃない。まず、裕二を獣にしただろ」

「裕二? ああ、あの子ですか。ええ、その通りですよ」

 俺を軽く睨んで、男は笑った。

「あなたは確か、啓輔君でしたか?」

「あんた、もう俺の名前が危ういのか」

 この前会ったばっかりじゃないか。

「男の名前を覚えておく必要はありませんから。ここに詰めておくのは女性名だけで十分です」

 そういって人差し指で自身の頭を軽くたたく。

「頭が悪いと、苦労するわね」

 美紀は薄ら笑みを浮かべてそう言い放った。一度戦闘モードに入ると誰彼かまわず噛みついちゃうようだ。

「ね、啓輔」

「えぇ? あぁ、うん。リルマの言うとおりだ」

 うん、一度言って見たかったけれどいいかな。その表情が俺に向けられるのは嫌だ。

「その前に敬太君に一ついいでしょうか?」

「おい、さっそく間違えてんぞ」

「消える人間の名前なんてもう意味を持ちませんよ」

 にっこりとほほ笑まれた。

「君がここにいるということは覚悟の上というわけですね。向かってくるのなら一般人として扱いませんよ」

「……覚悟ならとっくにしている。裕二にちょっかいを出したお前らを絶対に後悔させて、ごめんなさいって謝らせてやる」

「それはちょっと違います」

 心外だ、そんな表情をした後に唇をゆがめる。

「私の妹に、ちょっかいを出したばかりか……何を勘違いしたのか、関係を持とうとしたのですから」

「……ああそうなの」

 どうでもよさげに美紀は呟いた。

「君は彼の友人でしょう? どう思いますか?」

「祐二に聞くさ。とりあえずあんたの話だけで物事を決めたりはしない」

 実際、怪しいものだ。どれだけの真実がジョナサンの言葉に含まれているのかわからない。それに、この前ジョナサンに出会った時は女の方が祐二を騙したと言ったようなものだった。

「そうですか、残念です。そう言う事にしておいてくれたら、楽だったんですけどね」

 適当な物言いに、俺は絶句するしかない。過程なんてどうでもいいんだろう。

「では、件の彼を呼びましょう」

 辺りは闇夜だと言うのに、ジョナサンの陰には二つばかりの紅色の光があった。それは、一度空気を震わせ咆哮すると陰から生まれてきた。

 徐々に這い出てくるそれは、ぬめりけなんぞ無いはずなのに、這い出る瞬間、地面に水をぶちまけた、派手な音が聞こえた気がした。

「さぁ、聞いてみるといい。もっとも、話が通じれば……ですがね」

「ふん、くだらない。啓輔、短時間で決めなさい」

「おうとも」

「行ってきなさい」

 それまで繋いでいた右手を美紀が離し、俺は右手を握りしめ走り始める。

「……妙なことを」

「させるかっ」

 どうやらジョナサンは察したらしい。俺の方へと近づいてくるが、美紀が俺を蹴っ飛ばして祐二へと近づけ、自身はそのままジョナサンへと殴りかかっていた。

 美紀の一撃を影の斧で受け止め、ジョナサンは眉をひそめているようだ。

「いいのですか、あっちの彼は一般人でしょう? 変に暴走して巻き込まれると惨たらしく死にますよ」

「覚悟したってあいつが言ったでしょ。それに、あいつは私を、私はあいつを信用してる」

「ほぉ、なかなかの信頼関係ですね。これは弱りました。痛いところを突いてくる」

「やっぱり弱点だって認識してるんだ?」

 ジョナサンの言葉に美紀は笑っている。

「一般人の彼を戦力として見ていなかったのでね。実際に被害が出れば、相棒であるあなたにとって責任問題でしょう?」

「私にとっては痛くもかゆくもないからね」

 今の美紀は、美紀ではない。リルマとして相手に認識されている。なるほどね、ジョナサンの言う通りになってもリルマが被害を受けるだけだ。

「もう一度だけ警告します。下手すると死にますよ。あなたにとって大切な人なんでしょう?」

 これがもし、本当のリルマだったらそう言う決断はおそらくできなかったかもな。

「……あいつは私と肩を並べるパートナーだからその程度じゃ死なない。そもそも、下手なんてやらないから。こっちの心配より、自分の心配をした方がいいんじゃないの? 一人で勝てるのかしら。どうせ、制御担当の女を狙われないように別の場所、結構距離の離れた場所に待機させてるんでしょ」

「当たりですよ。私の読みが外れたようです」

 その割には残念そうじゃない。相手にとっては元から現地調達の代物だからな。それが無くなったとしてもまだ次があるのかもしれない。

「じゃあ、今回はこっちの勝ちね」

「残念です。あの子は放棄するしかなさそうですね」

「そう簡単に逃げられると思ってるの? お前に、次はないっ!」

 それだけ言って、美紀はこちらを見ようともしない。

 俺は、美紀の言った事を信じるだけだ。

 黒い獣はお座り状態で待機しており、動かない。指示が無ければ動けないようだ。

 美紀の相手をしつつ、こいつの操作は出来ないようだな。こいつを連れてきたのはただの脅しになって案山子状態だ。

「戻ってこい、裕二!」

 影の右手を相手に触れさせ、俺は右手を一気に押し込んだ。


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