第六十話:パートナーとして
夕暮れが迫ってきても俺と美紀はうろついていた。
「なぁ、俺はいいんだが、美紀はまだ家に帰らないのか? せめて、母親に連絡でもしたほうがいいんじゃないのか」
足がぱんぱんで、体力を回復したい。何か作戦上必要ならもっとあるくが、意味がなさそうだし、披露したところを狙われたら終わりだ。
年内に裕二を助け出す、その誓いは大切だが、美紀が過労で倒れたら大変だ。完徹しているのだから結構きているはずなのに疲れている表情はおくびにも出さない。
「私に帰る家なんてないから。だから、帰らないじゃなくて、帰れないだけ」
「ん? どういうことだ?」
羽津市には確か、こいつのお母さんが住んでいる。普通に考えれば、そこが家だが、どう考えても事情のある感じだ。もしくは宗也の家か。
一般的に言ってご機嫌を損ねる危険性大。これは迂闊だった。また辛目のチェックが付けられるパンチが飛んでくる。
予想に反して、いつまでたっても拳は飛んでこない。
「殴ってくれないのか?」
「……お前、そういう奴だったの?」
「ここに欲しいの」
試しにおでこを近づけてみる。
美紀は複雑そうな顔で俺を見た後、一発叩かれた。まったく痛さのない、非常に手加減されたものだった。
「これでどう?」
「ありがとうございます……って、違う。言い間違えたんだ」
断じて、俺のソウルが年下の女の子に殴られたがっているわけではないぞ。
「何を言い間違えたの?」
「もっと強く殴って欲しいって……」
「……えいっ」
冗談で言ったら割と強めのチョップをもらった。知らない間に、ちょっとだけ距離が近づいたのかもしれない。
「これで満足した?
「すまん、違うんだ。妙なことを聞くなって、殴らないのか?」
「もう叩いたけど? 二回も」
「そうだけどさ」
はぐらかすつもりはないようで、少しだけ美紀は考えているようだ。
「ま、お前の言う通り事実だから……ちょうどいい、休憩を取るついでに教えてあげる」
自販機であたたかいお茶と、おしるこ(俺じゃないぞ)を買ってベンチに座る。不自然に距離は近く、太ももは引っ付いている。これが美紀の距離感なのだろうか。俺がもう少し若かったら誤解してたね。
「羽津学園に籍はあるけれど、それも影食いの組織が把握したいから入学させられているの。あそこの理事長と、私の所属家の上が仲良しだから」
組織、所属家。聞きなれない単語に好奇心がこんにちはしそうになったが脇道へは向かわないようにした。釘を刺されそうだしなぁ。そういや、いつだったか、五家なんて言葉も聞いたっけ。
「……でも、家がないと荷物、置けないだろ?」
ちびりとお茶を口にして、俺は首をかしげて美紀を見た。
「まぁ、ね。先日、物置として使用していた場所はあったんだけど、不審火で燃えた」
今年は不幸だったんだな。リルマに負けて、家が燃えたって。
「そうか……ちなみに、次は決まっているのか?」
俺の問いに、彼女は首を縦に動かす。
「アパート借りるのにまだ少し時間が掛かる。本当はすぐに大丈夫ですよといわれたんだけど、決めようとしていたアパートが不審火の同一犯のせいで燃えちゃってね。どっかの大学の教授が犯人だって聞いたけど興味ないし」
不憫である。悪いことは重なるものなのか。
「ま、私のことはどうでもいい。それより、お前も災難ね。さっき無理やりにでも参加するっていっておけば影食いリルマがこっちにきていたでしょ」
それは美紀が言ったからだろ、とは思わない。
「年末、私に付き合わされるなんて……いい気味だわ。不幸が移ったのね」
そういって喉を鳴らして笑った。どことなく自嘲気味だった。よく考えてみればリルマと美紀は同じ学園にいるわけだが、友達少なそうだ。そういったイベントに誰かを誘ったり、誘われたりというのは難しいんだろう。今回も、兄の要請で裕二の探索に協力してくれているわけだし。
せっかく作戦を立て、やっている最中に俺がそんな浮かれたものに美紀を残していけばそりゃいらっとするさ。
「……馬鹿だなぁ」
美紀の頭に乱暴に頭を置く。不器用な生き方だ。
「いたっ、ぶっ飛ばすわよ?」
「さっそくファイティングポーズは辞めてくれよ」
疲れてなんていなかった。相変わらずぎらつかせた瞳でこっちを見てきた。
彼女なりの冗談だったのかもしれない。つまらなかったが。
「リルマから電話があったとき、友達が居なくなったのにって怒ってくれて嬉しかったよ。俺、まだ軽く考えていたんだ。それじゃだめだよな。俺の身近で、友達の今後がかかっているんだから」
俺とリルマは美紀と対峙し、打ち破った。もし、美紀に負けていたとしても特別何も起こらなかっただろう。軽く煽られてさよならしたに違いない。
だが、あのジョナサンは違うという。
形はどうあれ、この世界からの居場所を奪う。その人は感情を失くすのかどうかは知らないが、その人の知り合いは悲しむ。
そんなことに利用されていると裕二が知ったら辛い思いをする。そもそも、役目が終わった際に裕二が無事で済むと言う保証はどこにもない。
「改めて、叱ってくれてありがとな」
「……当たり前のことでしょ」
「俺、意外とずるずる行っちゃう性格だからな。もし、助ける前に参加していたら、年明けてもたぶん、裕二を奪還できない」
「ふーん、意外とルーズなのね」
ただ外から見るだけでは相手の事なんて理解できない事を再認識された。
「まぁな。こっちも、美紀が意外と友達を大切にするタイプだってわかったからよかったよ」
「別に、そういうつもりじゃないし。そもそも、友達って思ってないし」
「そうだな、お前の言うとおりだよ、マイフレンド」
ちょっととぼけた表情でそういうと、睨まれた。
この世界は、意外なことが多いもんだ。
「さっさと裕二を助けてまた遊園地にでも行こうや」
「……ふんっ、お前のおごりでね」
「構わんよ」
休憩も終わり、俺らはまた歩き出した。相変わらずの寒空で、今一つの天気と言えるが、先ほどよりも明るく見えた。
まさか、あの美空美紀とこうして一緒に歩いているなんてな。
「それで、どうしてずっと歩いているんだ?」
「相手に位置を教えないため。喧嘩を吹っかけたのはこっちだからね。足を止めればこちらを特定して襲ってくるはずよ」
「……ほかに人がいるし、今襲われたら危なくないか?」
「それは相手にとってリスクが大きい。目立つものには制裁を加えるのが影食いだからね。一般人を襲うのは愚の骨頂、たとえそれが管轄外の外国の影食いだったとしてもよ」
「ほぇー」
「ほぇーって何よ」
「驚いたんだ。知らなかったから」
そしてこの先も率先して知ろうとは思わないかもしれないな。
「リルマは野良みたいだから知らないだろうけれどね」
その割にはあいつ、組織から金をもらっていたはずだ。所属していなければそういうのってもらえないと思うんだが、どういうからくりなんだか。
「大抵の影食いは最低限管理されてる」
食いついて情報を引き出すつもりはないが、こうやって教えてもらえるのなら聞こう。
「つまり、街中で人を襲った影食いは、同族から嫌がらせを受ける、か。疑問なんだが、どうやってそれを知ることが出来るんだ?」
「その地域にいる影食いが察知してね。大体はそうだけれど、専属で監視役みたいな影食いもいるから」
「なるほどね」
だからジョナサンも一般人には手を出さないってわけね。この町にもそう言った類の奴がいて、リルマが裕二を助けたことで察知され美紀がやってきたのか、はたまた元から知られていたかのどっちかだろう。
いや、美紀と出会ったのは俺とリルマが裕二を助けに行く前だからその監視役こそ美紀なのかも。
「ん、あれ? 裕二はどうなるんだ? 一般人としてカウントされるだろ」
「何も動きがないってことは、先輩に今のところ危害は加えられてないって扱いなんでしょうね」
なるほどね。攫われた段階でアウトの気がするけど怪我をさせなければセーフなんだな。ん、白井はカゲノイだからいいとして、美紀は俺に危害を加えてないっけ。こりゃあ、やっぱり美紀が怪しいものだな。監視役が知らぬ存ぜぬで報告を怠れば、何も問題なさそうだ。
「何か言いたそうな顔ね?」
「……なんでもない」
よく考えたらリルマも俺にいろいろとやったからなぁ。影が関わっているのならある程度は許容されるのかもしれない。
「ま、影の力を使えば、近くに影食いにばれるから」
「どのくらいの範囲で?」
「感じる側は個人によってまちまち」
「ふーん」
「話を続けるけど、影食い同士の小競り合いなら基本的に組織側は介入しない。たとえ当人たちがどうなろうとね。ただ、普通の人間に手を出すと話は別になってくる。それは野良だろうと、外国産だろうと影食いならば関係ないから」
野良とか外国産とか言い方をもっとよくすればいいのに。
「手を出したらどうなるんだ」
「大雑把すぎるけれど、襲撃される。まずは暇な影食いから始まって、いずれは組織単位で途切れることなく一人を狙う。ある一定のラインを超えると組織からは懲罰部隊が派遣される」
「うえ、そんなものも存在するのか」
「ええ、私が知っている限りだけど、そこに狙われて逃げ切った影食いなんていないから相当凄いんでしょうね」
影食いって意外と怖いところがあるんだな。
俺はともかくとして、すでに裕二という一般人が事件に巻き込まれている。やはり、身体的な被害が出なければ、動かないって事か。
「方法としちゃ、裕二か俺をわざと傷つけさせて組織の介入を許すって方法もあるよな」
「危険ね」
「……だよな」
「そもそも、自ら首を突っ込んでいった人間に対してはそこまで甘くないわよ」
危険に飛び込む人間がやっぱり助けてくれよんと言い出しても、こいつは何を言っているのだろうかという視線を向けられるだけか。当然と言える。
「でもさ、俺たちで裕二を助けるにはただこうやって歩き続けるわけには行かないだろ?」
「……そうでもない。お前を連れて歩いてるのには理由がちゃんとあるから」
「どういうことだ?」
「お前は影食いされても普通の人より耐久度が高いみたい」
「珍しい事なのか?」
「影や影食い自体が個体性能ありすぎで研究は全然進んでないって聞いてる。それに、元から影食いじゃない人間がそう言った機能を持っているかもしれない。もっとも、一般人にそう言った事をすると懲罰部隊を基本的に差し向けられるし、お前の場合は偶発的な事が繰り返されて発見されただけだからね」
つまり、本来とっちゃいけない場所で石を何となく割ってみたら中から宝石が出てきた。価値があるかと思ったが、その場所でたくさん取れる可能性もあるが、基本的にとっちゃいけない。よって、手に入った一個は今のところ重要な石という事か。
「ともかく、これをそのまま利用する。もちろん、相手はあの犬の影、裕二先輩に大量の影を送り込んで肥大化させるの」
脳内で裕二が徐々に膨らんでいる姿を想像して笑いそうになった。
「一瞬で許容限界を超えるでしょうね」
そして、脳内の裕二はもう食べられないよぉと言ったところで破裂した。うわ、グロい。
「けど、あんなデカブツを連れているのに相手は用心深いんだな」
「あの二人がペアで行動しているのも、あのデカブツを制御するのに必要なんでしょ。どっちが制御しているのかまではわからないけど」
「限界を超えて、あっちが制御できなくなったらどうするんだ」
「暴走するわ。供給過多でね」
頭の中に手から離れたジェット風船を想像した。うん、あれを制御できる人間はいないだろう。
「……危ないだろ、それ」
「そうでもない。体の維持が出来なくなるからとても不安定になって脆くなる。必要はないでしょうけど今度は軽く核を打ち抜けるってわけ。さっき、邪魔をしたのがどっちなのか、知らないけれどね。まさかあれだけの一撃、しかも不意打ちを防げるなんて想定外よ」
「へぇ」
「ただ、流し込むまでに今度は個別に相手を拘束しないと……それが少し、面倒ね」
難しい顔をして顎に右手を付けている。彼女の脳内で様々な作戦が立てられては消えて行っているのだろう。
「……リベンジ夢川作戦……普通か」
違った、作戦名を考えてた。
「あのさ、ふと思ったんだけど俺を媒体にして、美紀も影の獣を作ればいいんじゃないのか?」
目には指を、歯にはグーパンを、そして尻には浣腸をと言った具合にすれば勝てるはず。有名なドンブラコ聖典の話だったかな。
俺の提案を受けて、美紀は眉を顰める。
「……あれは見た感じ、カゲノイの細やかな神経が必要だから難しい。私じゃちょっと出来ないわ」
「じゃあ、やっぱり白井を呼ぼうか」
「本当、どこのどいつよ、それ」
白井と俺、そしてリルマで美紀、お前を倒したじゃないか。
「それにね、慣れてないことに手を出すと危険だから」
それも、そうかもしれない。慣れないことを一発でやってのけられるなんて漫画や創作物での中だ。友達一人が関わるとなると、躊躇したくもなる。
結局のところ、自分が一番慣れている方法が不測の事態が起きても対応しやすいってことだな。
「……ま、今の会話で最終的な考えはまとまった」
「へ?」
まとまるほど作戦会議してないぜ。
「作戦名はリベンジ夢川作戦」
「普通だ」
美紀がぼそっと言っていた感想を口にしてみた。
「うぐっ……しょ、しょうがないでしょ、他に考えようがなかったんだから」
顔を真っ赤にしてそんなことを言っていた。気にしているのか。
「屈辱だわ」
そこまで思っちゃうことなのでしょうかね、美紀さん。
「今度はあんたにも働いてもらうからねっ」
俺を見据える美紀の瞳は強い力を帯びていた。
「俺に?」
そう言うと力強く頷かれる。。
「さっき話した流れならお前が動くのは当たり前でしょ。一般人の数倍の量……あの獣をあふれさせるぐらい、簡単。すぐに暴走させられる」
「いい考えってわけか。けどさ、さっきの話を聞く限り、相手に触れないといけないんだろ。俺はどうするんだ?」
武装している警備員がいる場所へ、正面突破は難しい。ガードされて終わりだ。何かしら頭を使わないといけない雰囲気がある。
「そろそろ、あっちをおびき寄せるから……その前にまず場所を移す」
俺の右手を掴み、少し足早に歩き出す。美紀の手は温かった。
「いい? 一度しか言わないからよく聞いて」
「おう」
「あんたの右手を影にするわ。それで、あの獣に触れなさい。そうするだけで、相手は暴走する」
大まかに想像がつく内容だった。てっきり、相手に接触するまでの手段を教えられるのかと思った。
「それだけでいいのか?」
「うん、動作としては簡単でしょ。シンプルどころか子供だって出来る内容。相手に影を送り込んで暴走させる」
あの化け物にすくまず、敵の攻撃を避け続け、虎のような動きで羽が触れるように相手へタッチ。とても子供に出来る内容じゃない。どこの特殊部隊だよ。
「どうやって触る前に近づくんだ。絶対に邪魔が入るだろ」
武装した警備員を突破できるほど、俺は身体的な意味で人間が出来ていない。
「私がさせないから。どのような形であれ、その右手が触れればいい」
あの黒い獣は裕二であって、意志はない。操られている状態なら、襲われる可能性は十分ある。
「行けと言ったら……私を信じてただまっすぐ走りなさい」
鋭い眼光は俺の目から離れない。流されやすい人間なら、間違いないと思って信じるだろう。
俺も流されやすい人間だ。美紀がそういうのなら信じようじゃないか。
襲われても、美紀が何とかしてくれるさ。
「確かに、簡単だな」
「ええ、そうでしょ?」
そうすれば裕二は解放される。俺は歩き疲れていたのも忘れてやる気がみなぎってきた。




