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影食いリルマ  作者: 雨月
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第五十四話:他人の価値は何で決まる?

 どう見ても穏やかではない二人を部屋の中に案内する。普通の人間なら、ここで臆するのが当然だろうに、リルマと出会ったからか恐怖メーターがピクリとも動かなかった。リルマと出会う前にこの二人に出会っていたら私は無関係なんですぅぅと叫びながら逃げていた。

「ちょっと待っていてください。飲み物を出しますね」

「お構いなく。先に話をしてほしいんですが」

「いえいえ、せっかくのお客なんで」

 手元に毒があれば、遠慮なく入れたかもしれないね。だがあいにく、準備はいいほうじゃない。

「日本にはおもてなしって言葉があるので」

 あと、本音と建前っていう素晴らしい言葉もあるんで。

「そうですか、そこまで言うのならわかりました」

 女の方は相変わらず俺の後ろに立ち、刃物を遊ばせている。威圧目的だろうが、あくまで話の主体はあの女ではなくジョナサン・ブラックが握っているはず。この考えが正しいなら、ジョナサンの質問に対して答えていればその間は危害が加えられることはない。

 男の方は正座して黙っていた。

 いくらジョナサンが主導権を持っているとはいえ、下手な事をしでかすとあのナイフがどうなるのか気になった。勢いよく飛んできてぶすりと刺さるんだろうなぁ。そしてもう一つ。こちらが質問しても気軽に受け答えをしてくれるものだろうか。

「……ものすごく、甘ったるい」

「すみません、それしかなかったもので」

 女のほうは思いっきり顔をしかめている。刃を俺に向けようとしたので素知らぬ顔をしておいた。

 さすが……いや、なんでもない。こほん、ただのコーヒーだ。たまに飲みたくはなるが常用は危険だな。

「うーん、この味、悪くないですね」

 ただ、男の方は意外と気に入ったらしい。

 少々意地悪すぎたかと心の中で反省する。ばれたら女の手で光るおもちゃがどこに刺さるのか見ものだよ。

「それでは右記さん、あなたがカゲノイ、および影食いを知った出来事について手短に教えてくれませんか」

 女はコーヒーを残し、男は飲み干して俺の話を待っていた。

「あー、こほん。数ヶ月前、俺は影食いと出会って……それから、カゲノイとか別の影食いとかに襲われました」

 リルマや他の連中の名前は手短にって言ったから出さなくても大丈夫だろう。まるで小学生並みの文章能力だがこんなもんだ。

「ふむ」

 男の方は俺の目をじっと見ていた。

「あなたにとっての厄介ごとは今も続いていると?」

 今、まさに厄介ごとに巻き込まれているよとは言えない。力で到底適わない以上、穏便にやり過ごすしかない。ここで俺が下手を打つと知り合いに被害が行きかねないから慎重に行こう。

「いや、今はもう解決しているんですけどね。友達が影に襲われてそれを影食いに助けてもらっただけです」

 思いっきり端折った。大して話す内容もないのだ。友好的ですらない相手にリルマや白井、ついでに美空の美紀ちゃんのことなんて話してやる義理はない。

「そのときにカゲノイのことを知ったということですか?」

「はい」

「なるほど……」

 顎をなで、ジョナサン・ブラックは静かになった。質問はないとみて俺は話を続けることにする。ここで相手にイニシアチブをとられてはならない。深く突っ込まれる前に、話を続けて相手の欲求を満たしてやる必要がある。

「祖母から影食いが関係していることを言われたことは多分、あるんです。ただ、そのときは何の事なのか、分かりませんでした」

「どう言われたのですか?」

「ただ一言、影食いに気をつけろと」

 俺の言葉に男は唇を歪めた。笑っているのだ。喉を鳴らして数十秒、腹を抱えていた。そんなにおもしろかったのだろうか。女の方は少しだけ、ほんの少しだけうんざりした顔で男の方を見ていた。

「これは失礼……くくく、彼女がそういうのは当然でしょう」

「なぜ?」

「我々やその他多くのカゲノイを敵にまわしていたのですよ」

「え? それってどういうことですか」

 俺の疑問には答えないつもりか、またうっすらと笑みを浮かべてこちらを見る。

「あなた、やはり影食い、もしくはカゲノイではないですか?」

 質問に対して質問で返さないでほしい。だが、安心してくれ。俺は心の広い人間だ。鋭い痛みを伴いそうな鈍色の何かがこんにちはしている状況ならなおさら心が広くなる。

 茶化してないと、空気に飲まれてしまいそうだった。

「さぁ、黙ってないで素直に教えてください」

 これまで感じたことのない重圧。相手は笑っているというのに、今この状況を支配しているのは重苦しいだけの、何かのボタンが掛け違えるだけで凄惨なことが起こりそうな嫌なもの。男の視線が俺の目の中へと深く入ってきている気がしてならない。

「……さっきも答えましたが、違います。俺があなたの言うカゲノイ、影食いならば握手をした時点で力を使っています。なぜそんなことを聞くんですか」

 務めて冷静に答える。恐怖を感じるべき場面。それを感じることが出来なかったのは俺に恐怖という感情が欠けてしまったのかと錯覚した。

「ふぅむ、私の気のせいですか。ま、あなたの言う通りさっき押さえつけられた時点で力が使えるのなら反撃したでしょうし……残念ですね」

 急激に張りつめた空気が萎えて行った。俺を脅かしてジョナサンは聞くつもりだったのだろう。

「ステーキを知ってますか? 肉を焼いたものです」

 小ばかにした様子で俺に問いかけた。

「知っていますよ、それくらい」

「素質はあるが、あなたは汚れた肉だ。そんなものをステーキにはしたくない」

「え?」

「あなたが汚れてしまったのは志津子が原因かもしれないが、私にはどうだっていいことだ」

 説明にも何にもなっていない言葉を口にした後、またしゃべり始めた。あんた、例えが下手だなと言いたくなったが、なんとか自重した。

「ほかに何か言っていませんでしたか?」

「ほかは……特に何も」

 じっと俺の目を見てくる。またも嘘をついているのかどうか確認しているのか。

 俺は心の中まで真っ白だからどれだけ覗き込んでも嘘なんて見つからないと思うがね。

「いいでしょう」

 相手に俺が嘘を言っていないのが伝わったようで、急に興味の失せた表情を見せる。

「お邪魔しました。あの坂井志津子の孫だと聞いた時は警戒しましたが意外な事に志津子はあなたを巻き込まなかったのですね」

 そういってブラックが立ち上がる。婆ちゃんが言っていた影食いとはこいつらの事だったのか?

 もう一人はこの部屋が気に入ったらしい。まだ腰を下ろしている。

「行きますよ」

「こいつ、使えるかも。手伝って……いや、脅して使った方がいいかもしれない」

 もう一人の女のほうはまだ俺に用事があるらしい。まるで材料を見るような目で俺を見ている。

「……素養はあるようですが、駄目ですね。珍しい事ですが少し、汚れています。志津子が先手を打っていたようです」

 先ほどと似たような言葉を口にする。

「そう? それでもいいと思う」

「駄目です、術の運用には向きません。暴走の恐れが高い」

「じゃあ、普通の人員として使えるかも。孫なんでしょ」

 何かに俺を協力させたいようだ。もっとも、それは脅し前提の協力要請かもしれない。

「私たちがすることにどうしても反感を抱くでしょう。裏切られる恐れがあります」

「そうならないように、見張っておく。でも、ダメだったらそのときはいつものように……」

 女がなおも食い下がるが、男は手で制した。

「何より暴走が怖い。直接一般人には手を出さないように。この国にも組織がありますよ」

 本人がいるというのに、まるで炉辺の石扱い。会話に参加する気はないが、無視はしないで欲しいもんだね。日本語で話している所を見ると、会話の内容自体は聞いておいてほしいのかもしれない。

 あとさ、いろいろと物騒な雰囲気が漂ってたよ。興味はそそられるが、自分のお尻をリルマに拭かれている状態で首を突っ込むのは駄目だな。何か困っているのならお手伝いしますよと、俺はそこまでお節介でお人好しじゃないからな。

「では、お邪魔しました」

 もう二度と来ないで欲しい相手だった。女の方は俺を睨んでいる。自分の意見が通らなかったのはまるでそっちが手をあげて参加したいと言わなかったせいだと言わんばかりである。

「まだ何か?」

「何あの甘いコーヒー? 嫌がらせでしょ」

「……悪いね」

 言って失敗だったと思った。本心を出すことなく、俺流のおもてなしですと言っておけばよかった。

「……ふんっ」

「いてっ」

 女のほうは俺の隣を通過する際にわざと肩でぶつかっていった。

 うまく立ち回るには多少、下手に出るのも必要だった。

「いててて……何なんだよ」

 リルマにチクってやろうかとも思ったが、また余計な出来事を持ち込んであいつに無駄なことをさせたくもない。これで終わりなら万々歳だ。

 それに、影食い関連について首を突っ込もうとするとリルマが怒るだろうからな。俺の興味を満たすためだけに、迷惑をかけるのはやめておこう。

 一般人には危害をどうこう言っていたから、話を聞く以上の事は出来ないようだ。俺が中途半端な影食いやカゲノイだったら、想像したくもないことが起こっていたかもしれない。

「……ま、もうあいつらが来ることはなさそうだな」

 母ちゃんに被害が行かなかったからよしとしよう。

 次の日、そんな悠長な事を言っていた俺へ母ちゃんから電話があった。一瞬、変な外国人があの家に行ったのかもと思ったが口調が割と軽い。

「啓輔、一度戻ってきなさい」

「ホワイ? ここにきて俺の許嫁が湧いて出て来たとか?」

「実はね、あんたには許嫁がいたの」

「マジで?」

 今度から家に帰って着たら三つ指ついてお帰りなさいって言ってくれるのか。俺の中のイメージってものすごく前時代的だな。

「四人いたんだけど、女の子と付き合い始めたから断ることになってひと波乱あったわ。どいつもこいつも金持ちの娘」

「畜生、しまった。どうせすみれと別れるのならそっちに乗ればよかった」

「嘘だけどね」

「でしょうね」

 なんだろうな、元から得られるもの、失うものはないのに損した気分だ。

「半分だけどね……あぁ、そうそう。本当の電話の内容だけど、泥棒が入ったから」

 事も無げに言う母親に、俺は驚いた。大したことでは驚かない母親だと思っていたが、泥棒にも動じないとは。

「泥棒? 家に?」

「ううん、義母さんの屋敷」

 人の生活がないのは傍から見てもわかるだろう。あの屋敷にはほとんど物がないが、見た目は立派だからな。泥棒さんもチャンスだと思って入り込むだろうが値打ちのある物は置いちゃいない。

「なるほどね」

 祖母は山近くにちょっとした日本家屋をもっており、一人暮らしには広すぎる。

 ほぼ物置として使用していたのは事実で、亡くなってからは物だけ整理し、屋敷は残した。あの父が珍しく思い出にと言っていたのだ。

 将来的に下宿場として使用すると言っていたが、あんな場所に来る学生なんていないと思う。

「なくなったものはないみたいなのよね」

「……まぁ、元から大して物も置いてなかったと思うんだけど?」

「そうね、ガラクタばかり。義母さんの思いでの品は別の場所にあるからね」

 泥棒さんもご苦労である。年末で忙しいんだろうな。

「もしかしたら陽動で、本当はもっと別の高価なものが狙いだったのかも。そうか、これは罠だ」

「ミステリーの見過ぎでは?」

 うちの母ちゃんはスイッチが入ると探偵になる。大抵、違うやつを犯人に仕立て上げ、御用にするけど。

「主人公は私」

「ありがち」

「そして第一の被害者も私」

「母ちゃんがやられるのか。探偵役が返り討ちって……」

 母ちゃんのノリには付き合いきれない。

「そういえばあんた、バイク最近乗ってないわね?」

 話がいきなり飛んだ。母ちゃんの中ではさっきの問題は解決したことになったんだろうか。

 廃車にしたらと平気な顔で言ってきそうで怖い。

「んー? いや、乗ったよ」

 リルマがバイクに乗せてくれといって、乗せた。俺のほうは初めて二人乗りしたもんだから冷や冷やしたぜ。楽しかったと言ってくれたからよかったが、もう乗せないほうがいいな。俺が単純に楽しめない。

 しっかり抱きしめられると運転しづらいし、適度な距離を保つと余計な荷物をしょっているとしか思えない。俺は二人乗りに向いていない。

「そう? 最近こっちにいるときは歩きか自転車じゃないの」

「まぁ……そうだね」

 リルマと動くことが多かったのが一番だからな。バイクの二人乗りはともかく、自転車での二人のりはたまにやった。ああ、前は俺じゃなくてリルマだ。あいつが本気で漕ぐと、車より速いから驚くよ。

「たまにはバイクに乗ってあげたら? 新しい彼女を大切にするのもいいけど、バイクが泣いてるわよ」

「わかってる……あと、あいつは彼女じゃないってば」

 廃車にしたらと言われなくてよかった。いいや、母ちゃんなら廃車にしておいただろうな。

 実家におきっぱなしになっているバイクを引っ張り出し、磨いてやることにした。ついでにチェーンの調子も見ておくとしよう。

 汚れたまま走らせるよりも、綺麗な状態で走ったほうがバイクも嬉しいだろう。もっとも、こまめに汚れは落としているほうだから大して汚れてはいない。

「しかし、泥棒さんは何が狙いだったのだろうか」

 金目のものが狙いだったのなら何かしら盗んでいったんだろう。母ちゃんが何も言わなかったところを見ると本当に何も盗まれてはいないらしい。タイミング的に考えてあの二人組だと言いたいところだが、あいつらが婆ちゃんの屋敷まで知っているのはちょっとおかしな話だ。そもそも、俺の住んでいる場所を当ててくるぐらいだからな。

「ふーむ、身内の中に犯人がいるなんて思いたくないな」

 身内なら俺が一人暮らしをしているのは知っているが場所まで知っているのは母ちゃんぐらいだ。

 友達関係なら俺の居場所を知っているのは結構いるが、今度は婆ちゃんの屋敷を知っている奴がいない。この二つをつなげて考えるよりは、駅で俺を見かけた外国人があいつらだった気がするので、俺を見かけてリルマと同じく何かを感じ取ったんだろう。


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