第五十二話:クリスマスだから
青木を家に送りつけて、俺は相手を選んでスマホを耳に当てる。もちろん、約束していたもう一人、リルマだ。
「あ、もしもし? 言われたとおり電話したけれど……時間、大丈夫か?」
「うん、ぎりぎりセーフ、かな。これから駅前に来てくれる?」
制限時間付きだとは思いもしなかった。青木と一緒に遊んでいたら、間違いなく連絡するのが遅くなっていた。
「わかった。今はどこにいるんだ? 喫茶店か?」
今の時間帯、絶対込み合っているだろうなぁ。
クリスマスに浮かれた連中が喫茶店へと押し寄せているのはありえないか。一人でサンタさんケーキを味わう猛者もいるかもしれない。
俺への誘いは影食いの為だろうか。それとも、遊びの誘いかもしれない。
「ううん、駅前のベンチ」
「寒いだろ? どこか温かい場所に移動しろよ」
「えっとさ」
「うん」
「けーすけが早く来てくれれば寒くないよ?」
まったく、わがまま娘め。どこかのお馬鹿みたいに風邪をひいたって知らないからな。
「……待ってろ。すぐいく」
スマホを切って俺は走り出した。風を受けて俺のマフラーが命を得たように泳ぎ始める。
「子どもの頃はよくやったもんだ」
まるでヒーローのようだし、格好いい。
子供のころは正義の味方になりたかったな。大きくなるにつれて高すぎる壁に愕然として諦めた。正義の味方は必ずしも、みんなから称賛される存在じゃないし、そもそも鼻で笑われて終わりだ。
走ったおかげで何も着なくても温かくなった。途中からマフラーもコートも脱いで腕に引っ掛ける。正義の味方といえば、今はリルマを思い出す。
全裸になってもいいくらいだ。風を切ってオツィンツィンをぶらぶらさせるのも楽しいだろう。
まぁ、もちろんしないし、口にも出さないけどさ。
クリスマスにそのような事件で捕まるのは遠慮したい。アナウンサーがまさに珍事件ですねと言うのは間違いない。この程度では話に落ちは付かないが、人生に落ちがつく。俺にはすでにオチ……が付いている、いいや、ぶら下がっているけどな。
「一人だとしょうもない事を考えちまうね」
悪いな、今日は打ち止めだ。俺はもう下ネタを卒業したんだ。
「けーすけ、こっち」
「おぅ、お待たせ……って、寒くないのか?」
「ん、ちょっとだけ寒いかも」
走って暑くなった俺と違って、リルマはコートを着ていない為か寒そうだった。
俺は断ることなくリルマの手を掴む。
「冷たいぞ。結構待ってたんだろ?」
「うん。でも大丈夫だよ。思ったよりも冷たくないでしょ?」
十分に冷たかった。
電話じゃ、相手の姿はわからないからな。失敗だった。強めに言って移動させるべきだった。
「……影食いって寒さに強いのか?」
「ううん、本当はやせ我慢。普通に寒いよ」
「まったく、せめて外で待つのならコートを着て来いよ」
「嬉しくて忘れることもあるよ」
ねぇよ。
「そんな恰好じゃ風邪引くだろ?」
腕に引っ掛けていたマフラーをリルマの首に引っ掛け、コートをかけてやる。
マフラーはこいつにこそ、ふさわしい。風を切って動く様は、俺が小さいころに憧れていた正義の味方そのものだ。
そんな正義の味方が風邪をひいたら当然悲しい。友達としても、寝込むリルマの姿は見たくない。
「ねぇ」
「ん?」
「けーすけは寒くないの?」
今度は逆に俺の手をリルマが包む。少し驚いたが、嬉しかった。
「俺か? 俺は走ってきたから寒くはない」
「でも」
俺が強がりを言っていると思ったのだろう。それなら証拠を見せるまでだ。
「それなら証明してやろうか、ここでパンツ姿になってもいい。それでも足りないのなら最後の砦を脱いでもいい」
「出来るものなら……いや、ごめん。やめて」
俺は不敵に笑って見せた。腰に手を当ててズボンを脱ごうとしているがフェイクだ。
「言葉の綾だ。ご期待に沿えなくて悪いが、もう安売りしないって決めているんだ……」
これからは雅な下ネタを目指そうと思う。あらやだ紳士と思われるような高度で難しい下ネタ。
「これが無いともっといいんだけどなぁ……」
「何か言ったか?」
ものすごく失礼なつぶやきが聞こえたぞ。
「ううん、何も」
「それで、俺に用事なんだろ?」
「うん。こっちにきて」
手を引かれ、連れて行かれたのは近くにある携帯ショップだった。遠くから聞こえていた微かなクリスマスソングが、店内に入ると天井から降ってきた。
「何だ、カバーでも買ってくれるのか?」
熱を完全に逃がさない設計で君のスマホも冬仕様。冬毛を生やせばオーバーヒートしてカイロ代わりに早変わり。
「ううん、違うよ」
番号札を取ることもなく、空いていた席へと勝手に座った。
「すみません、あれを」
「お待ちしておりました。こちらですね」
携帯ショップのお姉さんが出してきたのは新しいスマートフォンだった。あれといって出てくるってなんだかいいな。
「え? スマホが出てくるってどういうことだ」
「クリスマスでしょ?」
「あ、ああ、そうだな」
話は見えないが、そうだな、今日はそう言う日だ。
「私はあんたの相棒でしょ?」
「そうだけど」
「これ、けーすけへのプレゼント」
「お、おう……おう。でも、え、ドッキリ?」
スマホがもらえるなんて思ってもいなかった。クリスマスプレゼントにしちゃ、豪華すぎる。いや、あり得ない事じゃないんだが、こういうのは男の仕事だと思った。
「……高かったんだろ?」
ちょっと申し訳ない気持ちになってくる。俺のほうは何も準備してないからな。
「感謝の気持ちはプライスレス。というか、画面が割れたのは私も関係しているからね。何も言わずに受け取って……って、強引に準備しちゃったのはこっちだね。今のスマホを修理してもいいけど、機種を新しくした方がいいかなって。それにさ、前にも服を買ってもらったこともあるし、べ、別に私がけーすけにプレゼントしてもおかしくはないわけで……」
尻すぼみに元気がなくなり、上目遣いで俺の心を殺しに来る。
「その、どうかな? もらってくれる?」
ぼけっと、そんなリルマの表情に見惚れてしまった。
「けーすけ?」
「も、もちろんだとも。遠慮なくもらうよ。ありがとな」
相棒からのクリスマスプレゼントに、俺は動揺しっぱなしである。動揺したのはリルマの表情にだが、それは秘密だ。
ただの正義の味方じゃなかったな。こいつは俺の相棒だった。




