第四十九話:あの頃よりも縮まって
今年も残り三十日を切ったから、サンタさんは準備に追われているだろう。全世界の子供たちにおもちゃを届ける老人、只者ではないと見た。
そんなある日、俺はどうして宗也を振ったのか気になってリルマを呼び出していた。ちなみに町はクリスマスムード一色だ。今現在、一人身の俺からすると見ていて反吐が出るね。
しかし、変に彼女を作るのも気が引ける。占いで女難がと言っていたのが何より気になるからな。受難と女難と、あと何だったかもう忘れてしまった。
忘れるくらいだからどうでもいいことだろう。
「用事って何?」
もちろん、場所は駅前の喫茶店だ。冬限定のメニューが大好評とのことで、常連認定された俺はサンタケーキセットをお勧めされたりする。しかも、可愛らしく会心の出来なんですよと言われれば心が揺さぶられる。
もちろん、無碍に出来ない俺はじゃあそれでと、そのサンターケーキセットを頼んでしまった。ケーキが出てくるまでに価格を確認したら思いのほか、高かった。
「あー、実はな……」
「お待たせしました。サンタケーキセットです」
「あ、どうも」
クリスマスを思わせるケーキに、サンタがいた。しかも、ラテアートは凛々しいサンタの横顔だったりする。なるほど、高いのも納得の値段だ。
「へぇ、あんた意外と可愛いもの食べるのね」
「……あー、これはな」
店員さんから無理に勧められたからだよ、とはにこにこして去っていった店員さんに悪くて言えなかった。
もしかしたら、俺がリルマと待ち合わせせずに一人でここにやってきたら色々と説明してくれたかもしれない。それは新たな出会いにつながったかもしれない。
去り際、是非、彼女さんと味わってくださいって視線を投げられた。リルマとはよく一緒にここに来るけれど彼女じゃないんだよ。
そして、言いよどんだ俺の態度をどうとったのか、リルマは自身を指差した。
「もしかして、私のため?」
「……そう、だな。ま、呼び出したんだし、それにもうすぐクリスマスだろ? たまには季節感出してもいいかなと思ったんだ。ただ、素直に言えなくて、つい黙りこくった」
春はお花見、夏は風鈴、秋は紅葉を狩って、冬はこたつに入って春を待つ。
言っていることが若干おかしいが、勢いでごまかせると思う。
「そっか、ありがと」
素直にお礼を言える点は、こいつの美徳といって良い。変につんけんしないから付き合いやすいんだ。嘘をついたわけで、こんなに嬉しそうな表情を向けられると心が軽く痛む。
テーブルの上に置いていたスマホを確認する。まだ約束の時間前だった。画面は割れたままだがそのまま使っていたりする。
変えるのもただじゃないし、もったいないからな。
「あれ? スマホ割れたままで変えてないんだ?」
「まぁな。ちょっと今は金もないから放置だ。普通に動くし、問題ないよ」
「ふーん?」
リルマはスマホをみて、俺を見てきた。
「あのさ、私もちょうどあんたに用事があったんだ」
「お、そうか」
じゃあ、別にサンタケーキセット渡さなくても良かったなぁ。ちょっと惜しいことをしちまったか。
今度、一人で来た時に頼んでみようかな。クリスマス限定だからあまり時間がない。一人でやってきてケーキセットを食べるのは少し勇気がいるけどさ。
「先にそっちから話す?」
「リルマからでいい」
俺から話して何か邪魔が入るのは嫌だからな。
「そう? えっとさ、蛍のお兄さんの件なんだけど……」
はからずしも向こうから言ってきてくれた。俺に風が吹いてきているらしい。
「知っているとは思うけど、断った」
「へぇ、そうなんだ。ちなみにそれはなんでだ?」
何が理由だろうか。ルックスはまぁ、普通、うーん、ふつう、よりちょっと下かな。あと、少しだけぽっちゃりしている。性格は人によっては好き嫌いが分かれるかもしれない。
見た目が気に食わないのなら、会った時に断わっているはずだ。
「あの人、押すと引くでしょ」
「……ああ、それはあるな」
強くこちらが出ると、必ず折れる。別に優先すべき事柄じゃないものは、譲れるものは全部譲るよと彼は言っていた。それは人間関係を円滑にさせるためと見せかけて、本当は他人と深くかかわりあうのを避けるためらしい。
「そこが……私は駄目。それに、なんだか……」
俺の顔色を窺っている。
「どうした?」
「あの人の友達の啓輔にさ、言っていいのかわからないんだけれど……」
「気にするな。あいつと友達だけれど、お前とは相棒だ。相殺されるから、安心しろよ……どうした?」
微妙な顔をされる。
「てっきり、私の肩を持ってくれるかと思った」
「それはなかなか都合のいい解釈だな」
「そう、だよね」
な、なんでそんな微妙に傷ついた表情を俺に向けるんだ。
「……ま、まぁ、なんだ。俺は調子のいい人間だから、相談された相手の肩を持つ。というわけで今回に限ってお前優先で物事を考える」
「そっか、ありがと」
リルマは軽く笑った。なぜかホッとする俺。
「で、宗也がどうしたって?」
「あのね、なんだか観察されたような感じだった」
「観察、か」
「うん」
俺はしばらく考えて、答えが出ないことに気づく。なんというか、そういう態度を取るのを普段は見たことが無いから、わからない。ただ、今回に限ってリルマに一目ぼれしたと言ってから時折そういう目をしていたのを思い出した。俺もそうだったと言おうとして悩んだ。
しかし、どのみち、終わった話だ。いまさら掘り出してどうなる。
「やっぱり、やめよ、こんな話。あんたの友達を変に疑うのは気が滅入る」
「俺も似たようなことを考えた。やめよう」
俺はコーヒーに口をつけ、リルマはサンタケーキセットをつつき始める。
「はい、あーん」
「あ?」
「……あーん」
「なんでそんなことをしているんだ」
フォークに刺さったケーキを俺に突き出していた。
「いいじゃん、急にやりたくなっただけ。はい、あーんっ!」
「はいはい、わかったよ。あーん……」
リルマにケーキを差し出され、俺は口を開いて受け取った。
「おいしい?」
「ああ」
思ったよりもしつこい甘さはなく、後味も悪くない。ショートケーキと言っていい代物だったが、クリーム部分も絶妙だった。
コーヒーを口にすると、よりケーキのうまさを引き立ててくれる。恥ずかしくて味がわからないなんてないよな、うん。この値段なのも改めて理解できる。
「ところで、リルマはどんな奴がタイプなんだ」
「うーん、特に考えたことないけど、つかみどころのない人間とか、かなぁ」
また変わった人間が好みなのね。つかみどころのない人間って逆に不安にならないか。
「あと、いざっていうときに引っ張ってくれる人がやっぱりいいかな」
俺から目をそらしてケーキの上にのっていたサンタさんの砂糖菓子をフォークでいじめ始めた。
「でもさ、それって危険な匂いがするぞ。つかみどころのない人間に引っ張られたら怖いだろ」
毎日がミステリーツアーじゃないか。
「うーん、そこは信頼できる相手限定ってことで」
「どうやってそれを見極めるんだ」
ケーキの上で横倒しにされたサンタの砂糖菓子の首に、リルマのフォークが襲い掛かる。
「えっと、なんっていうか、ふとした時に自分が弱みを見せたときにわかると思う。普段は変でも、馬鹿にせず、持論を展開してくれる人、かな」
頭と胴体になったサンタさん。その頭の方、目玉辺りにフォークで突き刺して口に運ぶ。うぅん、無意識だろうけど、あまりよくない食べ方だと思うぞ。
「そうか、お前の好みはよく分かったよ」
「そ、そう?」
意見は述べないことにした。俺は単なる協力者に過ぎない。そしてその協力者は当日にものすごく水族館を楽しんでいた。協力、まったくしてなかった。
「えっと、啓輔の……」
そこでぴたりとリルマは口を閉じる。
「用事は何?」
数秒待った後に出た言葉はこれだった。
「ん、そうだな」
さて、ごまかさないといけない。あまり俺が嗅ぎまわっていたり、お世話を焼くのも変な話だ。
俺もその話をしようと思っていたんだ、だと面白くないしなぁ。本当はどんなふうに断わったのか再現してもらって聞きたかったけれどそれはさすがに突っ込み過ぎだ。
それじゃまるで、俺が嫉妬しているみたいじゃないか。
リルマの奴に友達を一人取られたら俺は裕二と遊ぶ時間が増えてげんなりするだろう。
あほらしいことで現実逃避するよりも、今は誤魔化すに限る。聖人君子じゃないんで、たまには嘘もつくさ。
「あー、こほん……単純にお礼をしたいと思ってな」
「お礼?」
「そうさ」
これに限ってはごまかす必要もないだろう。
「白井や美空から助けてくれたこと、そして白井を助けるにあたって俺を信じてくれたことだ」
ダメ、啓輔はあの白い女に騙されてる。絶対にカゲノイは粛清すると言ってリルマが話を聞かなかったら、どうなっていただろうか。
「まぁ、その、あんたは私の相棒だからね。信じるのは当然だから。お礼とか、気にしなくていいのに」
軽く照れてそっぽを向いて首のなくなったサンタをいじめ始める。お尻にフォークを突き刺すなんてご無体なことをしやがるぜ。
「相棒だからってお礼をしちゃ駄目だって事はないだろ?」
「う、うん。まぁね」
問題はお礼の内容だな。物では何か違うし、だからといって他の何か記念になることなんかもないしなぁ。さっき渡したケーキをお礼にするのは気が引ける。
相棒としてのお礼なんて、想像もつかない。
「内容は決めてないの?」
黙り込んだ俺を見て、リルマが聞いてくるので頷いた。
「悪いが、その通りだ。リルマが俺にしてもらいたいことって何かあるか?」
奢る、はたまにやっているし、特別感がないな。ん、あれ、俺って結構いい財布みたいな扱いになってないか。
他に思いつくのは肩揉み位だ。なんなら、前の方を揉んであげてもいい。ただ、そうなったらせっかく築いてきた信頼も破たんしそうだな、冗談でも辞めとくか。
「何でもいいの?」
えっちなのは駄目だぞ、そう冗談言おうとしてやめた。軽蔑した目で見られそうだ。俺を蔑むのは美空美紀だけでいい。この棲み分けって大事よ。相手に慣れてきてしまうとどうしても友達感覚で付き合いそうになるから気を付けないと。
俺に会う女性全てが蔑んでくるようになったら、新しいジャンルを確立しないといけなくなる。趣味欄に女性から罵倒されることと書いた日には普通の日常には戻れそうにない。
「可能な限りはやってみせる。期待していいぞ?」
男に二言はないが、考え無しにその発言はアウトだ。私のために全裸で疾走してと言われたら……やるっきゃないな。男を見せてやるよ。
「ふーん、じゃあさ、あんたのバイクに乗せてよ」
意外なことにリルマはバイクに興味があるらしい。最近はリルマと歩くことが多くなったので、バッテリーがあがらない程度に跨るぐらいだった。
「え? リルマって免許持っているのか?」
「違う違う。二人乗り、出来るでしょ?」
「まぁ……出来るけど」
俺は以前、後ろに彼女が乗るかもしれないと、そのために購入したヘルメットとバイク用ウェアがある。すみれと背格好も似ているし大丈夫だろう。
別れる少し前に買ったのが間違いだ。もう使われないと思っていたが、どうやら出番がやってきたようだな。
「……そうか、じゃあ、後ろに乗るにあたって、渡しておきたいものがある」
「ヘルメット?」
「それももちろんだが、プロテクターやらなんやら一式だ。というわけで、これから渡す」
「別に無くても良くない?」
「バイク、事故で検索をかけてみろよ。こけたら危険だ」
「う、うん。えっと、乗せてくれるんだ?」
「あぁ? 乗りたいって言ったのはリルマだろ」
「そうだけど、なんだか嬉しくて」
そんなにバイクに乗りたかったのか。
道具を飾っておくのも悪くないけれど、やはり使ってあげたほうが、道具も喜ぶだろう。
もっとも、道具に感情なんてないだろうから人間の思い込みだけどさ。




