第四十四話:九頭竜家と啓輔のふれあい
宗也の家へと向かう途中、美空の美紀ちゃんに出会った。
「げ」
「ご挨拶ね?」
不快さを隠すことなく俺を睨みつけてきた。いや、今のは俺が悪いんだけどね。
さすがに対応が雑すぎた。いくら相手が危険人物……それも言い過ぎか。要注意人物といえど、これではこちらも同じような人間であると見られてしまう。
礼節をわきまえてこそ、獣と人は区別できる。
「……すまん。今のは失礼だった。お願いしたいんだが、出会ったころからやり直していいか?」
「勝手にしなさい」
よし、許可をもらったのでやり直しだ。テイクツーをしよう。
「待った。俺とお前の最初の出会いは遊園地だったな。二人でまずは遊園地に行こうか」
「戻りすぎ。今日出会ったところからにしなさいよ?」
「おう、悪い」
「愚図ね」
結構強い語気で言い捨てられたが相手は律儀にも待ってくれるらしい。
こほん、僕のお友達、宗也君の家へ向かう途中に謎の美少女、美空の美紀ちゃんに出会った。
「これはこれは美空美紀様、いつも大変お世話になっております。平素は格別のお引き立てにあずかり、厚くお礼を申し上げます」
「固い。しかも意味がわからない」
なんとなく、リルマとキャラが被っている気がしないでもない。さっきも意味がわからないって言われたし。
これ以上リルマみたいなやつが増えたら色々と困りそうだ。
「もっとゆるくか? うぃーっすとちぃーっす、どっちがいい? あ、今はち、じゃなくて、つぃーっすだったけ」
俺の言葉を聞いて何やら思うところがあったらしい。まるで馬鹿を見るような目をしつつ、こめかみに人差し指をくっつけていた。
「どっちでもいいけれど、馬鹿が余計ひどくなるからそういうのはやめたほうがいいわよ」
あまり嬉しくないことを言う。いいもん、馬鹿で。馬鹿には馬鹿の生き方があるかもしれないじゃないか。
「じゃあ俺、急ぐから」
「急ぐのならここで愚図愚図しないでいきなさい。本当、ダメな奴ね」
失礼な奴である。この前俺らに負けたのはどこの誰だったけ、なんて、そんな怖い事言えるわけもない。
「てめぇ、いいたい放題言いやがって」
「何? やる気? 相手になるけど?」
途端に怖い顔になった。
今はリルマがいないからな。虎がいないと狐は威張れない。
「もっと罵ってくれ」
「お前も変わった趣味を持ってるのね……もう行きなさい」
「ああ、またな」
「ふん」
俺は少し歩いた先で振り返った。
「……」
そこには、黙ってこちらを見ている美空なる美紀つんの姿があった。
「ん、そこの者よ。俺に何か用でもあるのかね? そっちにずんずん近づいちゃってもよろしいか?」
「うっさい、言いながら寄ってくるな。用事があるのならさっさと行けっての」
「美紀ちゃあああんっ」
「こっちも用事があるってのに」
「俺に?」
「お前じゃねぇ」
更に小走りで両手を広げて迫ったら走って逃げて行った。案外、悪い子じゃないのかもしれない。
目的がある以上、美空家の美紀ちゃんと遊ぶわけにもいかないので大人しく目的地へと歩き出す。
変に改装されているわけでもない宗也の家についてチャイムを押すと間髪入れずに蛍ちゃんが出てきた。まるで待機していたかのような早さだった。
「あ、啓輔先輩」
「やっほ、こんにちは。宗也はいるかな?」
「ええ、います。どうぞ、中へ」
相変わらず鉄壁を誇っていそうな宗也の部屋の前まで案内される。俺はその他者を寄せ付けないオーラを醸し出す扉をノックした。
「宗也、来たぞ」
返事がなかった。
「宗也?」
「ご、ごめん。いるよ」
「……もしかして、寝てた?」
「起きてたよ」
「ま、いいや。早くここを開けたまえよ」
「……ご、ごめん。ちょっと心の準備がしたいんだ。十分だけ待っていてくれないかな」
「そりゃ別にいいけどさ。わかったよ」
うーん、ドアノブが全然動かねぇ。割と力を入れたけどびくともしそうにないな。
「とか言いつつ、無理やり開けようとしないで」
「さきっちょだけ、さきっちょだけだからさ」
しかし、腕力で宗也に勝てるわけもなく、俺は締め出された。
待つのはいいけど、十分もここで棒立ちしていろって、それは長くないか。しかし、鉄壁と言われる宗也の扉を突破するのはほぼ不可能。親戚の小さい子がやってきたら更なる鉄壁を誇るらしい。
「ちぇー、入れてくれよぅ」
「駄目」
「あの、よかったら私の部屋へどうぞ」
「お、悪いね」
見かねた蛍ちゃんが彼女の部屋へと案内してくれた。この子はいい子だ。ちょっと困った顔でしなだれかかったら骨の髄までしゃぶらせてくれそうだぜ、へへ。
「なんだか、なんだか啓輔さんからものすごく邪悪な気が」
「それは気のせいだよ。さて、おじゃましまーす」
「くつろいでください」
「あれ、なんで蛍ちゃん今鍵をかけたの?」
骨の髄までしゃぶるつもりが、実は鴨葱は自分だったと言う落ちかもしれない。
「あ、特に意味はないんですけど……兄さんが開けると私がびっくりしてしまうので」
口に出来ない事をするつもりなのだろうか。
ふと、部屋の中を見回すとこの前来た時になかったフィギュアがたくさん置いてあった。美少女ものではなく、スーツ姿の美男子や、ワイルドそうな男子だ。こういうところはやはり、宗也の妹と思わされる。
宗也の部屋の物は結構いろんな衣装を着ていたが、蛍ちゃんのコレクションはすべてスーツを着た男性だった。どれもこれもイケメン揃いだ。
「あのー、啓輔さん」
「ん?」
「偏見とか、ありません?」
俺から目をそらして、少しびくついていた。
「ははぁ、なるほどね。この前来た時に押し入れに入っていたのはこれかぁ」
「はい……」
一つため息。趣味を隠さないといけない。そう思っちゃう心は大変だよな。
「宗也で慣れたよ。好きなものなんでしょ? だったら好きでいいじゃないか」
「そ、そうですか。よかった啓輔さんが理解のある人で」
本当によかったとため息をついていた。
いいんだよ、俺もエロ本とかAVとか持っているからね、うん。絶対に蛍ちゃんとは理解しあえない趣味さ。もし、理解された場合、それはそれで嫌だけどね。
「それで、今日はどうしたんですか? いつもと様子が違うようですけど」
兄貴の恋についてだが、プライバシーってもんがある。それに、兄として妹に頼りたくはないとも言ってたっけ。
「悪いね、蛍ちゃん。教えたいんだが、教えられないんだ」
「そうですか。それはしかたないですね……」
これが他の連中だったら食いついて離さない。
「え? 教えろって、いいじゃんよー。俺と啓輔の仲じゃんか。誰にもしゃべらないって、僕ちゃんの目を見ろよぉ……な、嘘はつかない。拡散はするかもしれないけど。うへへ」
「秘密? 秘密って何? あたしに教えてよー。あ、教えてくれないとあのことをみんなにしゃべっちゃうからね? ふふーん、そうそう、啓輔は素直が一番だよ」
「あれ、啓輔、何か隠し事してる? へぇ、秘密なんだ? 相棒だって言っていた割には内緒にするんだ? わからないことは二人で悩んで答えを出すと思っていたから、なんだかちょっと、ショックかも。あ、えっと、教えてくれたらうれしいんだけど、やっぱりダメ、かな? どういうことで悩んでいるのか知っておきたいから」
どいつもこいつもたちが悪い。
デスロールを知っているだろうか。ワニだよ、ワニ。あれを想像してもらえばわかって頂けると思う。あと、脳内のリルマよ。お前は可愛いことを言うよな。
現実では、絶対に起こりえないだろうけどさ。
「啓輔さんが私に隠しごとですか。可愛いことをしますねぇ。ま、すぐに隠していることなんてわかっちゃいますけどね。猶予を与えますよ、自分から言ってくれたらご褒美あげちゃいます。黙ったままならお仕置きです。どっちがいいかは選んでくださいね」
なぜか脳内に白井海が湧いてきた。あの人、他人に口を割らせるの得意そうだな。しかし、ご褒美か。う、うぅむ、お仕置きっていうのもなんだか気になるな。
どっちも欲しい……いや、俺は何を考えているんだ。
「あ、そうそう、そういえば先輩に聞きたいことがあったんですよ」
そういってゲーム機を起動させる。どこかで見た事のある美少女が画面の中で微笑んでいた。
「ここの選択肢、どっちを選びました?」
「ああ、これかぁ。もうなんだか懐かしいよ」
いつだったか宗也からもらったゲームだ。意外にも蛍ちゃんはこういうゲームをするらしい。
本来、男の子向け(大きな男の子向けか)に作ったゲームを女の子がやって楽しいかどうかはわからない。
「えぇと、確か上のほうかな。この、危険があるから彼女を誘わない」
確かこの場面は主人公が文化祭に乱入した犬を捕まえに行くシーンだ。この後、身体のあちらこちらを噛まれて保健室送りになるんだよなぁ。そして文化祭は一日ベッドで過ごすという残念な結果になる。
「へぇ、何故こっちを選んだんですか? 今回誘おうとした相手は犬の扱いに手馴れてるってプロフィールにありますよね」
「そうなのか。知らなかったよ」
今は電子説明書だからか、それとも公式HPにでも書いてあるのかね。そこまで見たりはしてないな。
「まぁ、それを差引いても俺は一人で行くね。危ないって言うより、手慣れた感じで犬捕まえたよ、みたいな感じで行きたいんだ」
もっとも、ゲームの中の主人公は俺ではないのでやられてしまったがね。
「変わってますね」
「そうかな?」
軽くここだったら俺はこうする、私はこうするで十分が経過した。
俺は蛍ちゃんの部屋に別れを告げて宗也の鉄壁の前に立つ。
「宗也、気持ちは固まったか」
優しい声音で話しかけた。怯えているかどうかはわからないが、相手に接する態度で変わる未来だってあるものさ。
「まぁ、ね」
「おらぁ、今すぐここを開けろ、貴様は包囲されているっ」
「ちょっと、いきなり急すぎるよっ。緩急つけすぎ」
「すまん、興奮しちまって」
「どこに興奮する要素が?」
「扉を開けて突入すると言うシチュエーションに」
「はぁ、もういいよ。入ってきて」
それでは部屋の中に入らせてもらおう。
「ここが今日の仕事場所か。腕が鳴るぜ。なぁ、俺の右腕」
俺は右腕をきつねさんにしてみせる。
「やぁ、ぼく右腕だよー」
裏声で喋って見せた。
「ねぇ」
「何かね?」
今、忙しいんだ。
「何かネタを挟まないといけない決まりでもあるの?」
軽く寒いんだけどと言われた。やわなハートに槍が刺さった気がする。
「せっかちさんめ。じゃあ、もったいぶらずに結果をお知らせする」
「う、うん」
「……ドラムロールとかあった方がいい?」
「ごめん、いらない」
じゃあ、もし俺らのやり取りを見ている人たちがいたら勝手に脳内で響かせていて欲しい。
「というか、宗也よ。ドラムロールって何?」
「知らずに言ってたの? あれだよ、だらららららら……」
「ではっ、結果を発表しましょうっ。だんっ」
「知ってるじゃん」
「お友達から、いいや、お知り合いからお願いします、だそうだ」
「……本当?」
「ああ、本当だ。よかったな。完全に脈無しってわけじゃないぞ。相手のことを知る必要があると言ってた」
断るっぽいことも言っていたけどな。もしかしたらそのうち意見が変わるかもしれない。
「よかったぁ」
脱力して椅子から落ちた。
「じゃあ、早速デートに誘おうと思う」
こいつ、アクティブだなぁ。俺の助け、やっぱり必要ない気がするぞ。
「ううん、デートというより、遊びに一緒に行こうって誘うよ」
「おう、その意気だ。あ、言っておくけどネトゲの高難度めぐりツアーとか意味わからないことはやめとけよ?」
「しないよ、大丈夫」
そして今週の休み、水族館へと行く事になった。リルマと宗也だけではなく、青木に裕二、蛍ちゃんも一緒とのこと。
俺は裕二から遊びに誘われた。まさか、宗也とリルマも来るとは思わなかった。
これがただの遊びの集合ならよかったが、リルマも含め、全員がデートであることを知っていたりする。
「お前、何でこういう時にへたれてるんだよ。普通は二人で行くもんだろ?」
「だって、その方がお互いにとって気が楽だよ」
ったく、やれやれだ。
「ね、啓輔君もおいでよ」
結局、宗也に押し切られる形で俺も参加することになった。




