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たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。  作者: 藍藤 唯
たとえば俺が、訪れる八つの剣を出迎えたとして。
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27 こうかい の おわり。




 心の底では、己の矛盾に気が付いていた。


――『手抜いた崩波に崩波をぶつけられたらどうなるか。ゆーてもオレ、2年間ずっと考えてきたんだぜ。ただ1度だけでも、お前に勝つためにな!!!!』


――『有っちゃ、いけねえんだわ。その目的は』



 バリアリーフ・F・クライストは、二度とオーシャン・ビッグウェーブには戻らない。


 その決意は、あの日。

 第一皇子たる兄との"契約"で心に決めたはずだった。


 闘剣に身を投じることは、もう二度とない。

 親父の最後の願いを、自分くらいは叶えるのだ。

 それは自らが放蕩してきた人生に対するけじめであり、亡き父親に対するせめてもの感謝の気持ちだった。


 そして、皇族として皇国の民を想うが故、皇都や方々の都市で遊んだ、民という名の仲間を想うが故のこと。


 だからこそ、もう二度と闘剣に身を投じることはない。


 レザードにすら、心の中で謝って背を向けた。

 そのはずなのに。


「――そのはずなのになァ!!」


 ぐ、と握りしめるは七海征覇。

 思わず胸の内からこみ上げる感情に、薄く涙腺を緩ませながら、それでも視界を雫に邪魔されはしまいと歯を食いしばり、刀を振るう。


 不思議なものだ。ここまで奥歯を噛みしめ、何かを耐えているはずなのに、口角は吊り上がったまま戻らないのだから。


「――そのはずなのに、オレはずっと……オレはずっと、お前を倒す方法ばかりを考えていたんだ!!!」


 何度も雑念を振り払った。


 我欲の為に生きるのはもうやめだ。そう心に決めたのに、結局己の性は欠片も変わっちゃいなかった。


 お前ならコロッセオのチャンピオンになれると言った、祖国の仲間の想いを背負って。

 チャンピオンに会えたら頼むと託された天下八閃の想いを、期待を背負って。

 オーシャン・ビッグウェーブこそ最強だと声を上げたコロッセオのファンを背負って。


 そして何より、


「オレならお前を超えられるって!!」


 己が己に懸けた期待を、一身に背負って。


「結局、七海征覇を折ることも捨てることも出来なかった!!」


 お守り代わりと嘯いて、常日頃から持ち歩いていたのは結局、いつかどこかでまみえることを期待していたからだ。


 オーシャン・ビッグウェーブは、どんなことがあっても。何を言ったところで。


 "契約"の最後の1回の使いどころは決めていて、言い訳出来ない我欲に素直になるしかなかったのだ。


 ――ごめんな、親父。


 ――ありがとな、姉ちゃん。


『姉ちゃん、オレは何をすれば良い系なんだろな』

『――じゃあ、好きなことを見つけるところからね』


 ああ、見つけたよ。


 期待を背負うってことも、もちろんそう。

 進んできた航路に後悔はない。


 でもな。


 ――どうやら、期待されることが一番だってわけでも、ないらしいんだ。



 振るわれる剣閃に響く鉄。

 飛び散る火花は視認出来ても、最早その振るわれる刃は観客に見えるようなものではない。


 けれど先ほどまでの闘剣とはまた空気が変わった。

 それだけは、誰もに理解が出来ていた。


 辛うじてその闘剣全てに認識が追い付いているライラックだけは気づく。


《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》

《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》

《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》

《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》

《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》


 フウタの動きがぎこちない――否、一瞬一瞬で切り替わっている。

 まるで剣を交える度に別人の相手をしているかのように、手抜く隙すら与えない連続模倣。


 金の瞳が、まるで残光のようにフウタの動きに合わせて迸る。


 正面で刀を振るい続けるオーシャンが笑う。


「ははっ……おい、おいおいおいおい、マジかよ!!」

「――これ、は」


 ぐ、とフウタは奥歯を噛んだ。

 オーシャンがいつ手抜くのかは"分からない"。それが何より恐ろしい。


 フウタは鍛錬の軌跡を模倣する。

 相手の努力を、相手の積んできた鍛錬を知ることが出来る。


 だから、たとえばリヒターの《ランダー流決闘術:一筆》であろうが、一通りの剣技がどんなルートを辿るかを理解していればこそ対応出来た。


 だが、オーシャン・ビッグウェーブの手抜きは最早天才のそれだ。


 鍛錬を積み上げた。

 他の誰もが見ていない場所で。


 鍛錬を積み上げた。

 他の誰もが努力を見抜けないように。


 鍛錬を積み上げた。

 最強の高みを目指しながら、その研鑽を感じさせず。


 ――鍛錬を積み上げた。

 遍く全て、自然に行えるように。


 オーシャン・ビッグウェーブは、武人に見えない。それは最早、彼が常に手を抜いているのと同じこと。

 意図的にいつでも弱く見せることが出来る。


 闘剣の中でも変わらない。


 どんな場面で、どんな体勢からでも、手抜くことが出来る。


 だからフウタは常に模倣し直し続けなければならない。


 7割に落ちた瞬間に、9割程度の力で押し返す。10割になったら12割の力でもって応じる。徹底的な力押しこそが、地力で勝っている人間の最も有利な勝ち筋。


 ――だからつまらないんだと、いつか観客は吐き捨てた。


 けれど。


「やってみろよ!!! 出来るんならなァ!!」


 吼えるオーシャンは笑う。

 

 そして。


「――っ」

「……ライラック?」


 ライラックの僅かな変化に、隣で観戦していたパスタが気付いた。

 視線だけを少しばかり上向けて、チェアに転がりながら彼女はライラックを見やる。そして、目を見張った。


 ぼう、と闘剣を見つめていた。


 その瞳に宿る色に名を付けるとしたらそう、羨望だろうか。


 どちらを見ているかなど明白だ。

 オーシャン・ビッグウェーブの闘剣に、強く眩いものを見るような、そんな羨望の瞳を向けている。


 先ほどまでとそう変わらない、むしろ押され始めたように見える男に何故そんな顔を向けるのか、パスタは一瞬分からなかった。


 でも。


「……あぁ。なるほど」


 軽く口角を歪ませて、パスタは理解した。


 フウタが徐々に徐々に優勢になりつつある、フィールド上。

 劣勢に追い込まれながらも楽し気に笑うオーシャンは、最初から変わらずこの闘剣に全霊をつぎ込んでいる。


 フウタも全力でなかったかと言われればそうではない。

 楽しそうに笑っていたことは、パスタの記憶に鮮明に焼き付いている。


 でも、それはきっと、オーシャンがフウタの予想を超えて強かったから。手応えのある敵だったから。

 そして何より、相手の楽しさが伝わってきていたからだろう。


 では、今は?


「……あたしにだって分かるんだから、そりゃあんたに分からないはずないか」


 頬杖をつき、ライラックなどよりも見たいものへと視線を戻す。


 劣勢に追い込まれ、新たな手札を切って応じた戦い。

 それが上手くいったことも、そうだろう。


 けれど、そんな戦略的な快楽以上に。


 いつか否定され尽くしたスタイルで戦うことを肯定されている。

 許されたような心持は、それは楽しい闘剣であることだろう。


「ま、このままじゃ売り物にならないから、色々弄るとして」


 とはいえ、自分の仕事など今は後回しでいい。


 少し、パスタは自らの姉を鼻で笑った。


「バッカじゃないの。フウタをあんなに楽しませてるのが羨ましいって?」


 ――それはあんたが、あいつを認めてやったからでしょ。



 などと、口には絶対してやらない。

 せいぜい、自らでは届かない高みで楽しんでいる人間を見つめて、届かない手でも伸ばし続けるといい。


 あのライラックがそんな感情を抱くなど、滑稽で仕方がないのだから。



《蒼海波濤流:崩波(ダンパー)

《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ=蒼海波濤流:崩波(ダンパー)


 ぶつかり合う刃と刃。


「手抜いた後にどうするか、どうすれば勝ち筋になるか。その努力の軌跡は、模倣出来る……!!」

「お前の集中力と、オレの捌きの我慢比べってか!!」


 互いに吊り上がる口角は、勝ち筋の兆しを見出したからこそ。


 ――ここで1つ、言っておくべきことがある。


《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》

《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》

《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ》

 

 チャンピオン・フウタがこんな回りくどいことをするのは、後にも先にもオーシャン・ビッグウェーブただ1人だろう。


 回りくどいことを強要されるのは、と言い換えてもいいそれはしかし、ここまでフウタに対して追いすがることが出来る剣士など、この世に片手の数ほどすらいないことを意味する。


 壱之太刀、そして弐之太刀が別格だと評したフウタの言は間違っておらず、また――彼らはフウタに到る為に今も実力を磨き続けているということだ。


 だがそれはつまり、逆説的に。


「はは、クッソ――このまま終わってたまるかよ!!!!」


 徐々に徐々に追い詰められていくオーシャン。

 手抜く刀にも、同じく手抜いて迫るフウタの刃。


 まるで、荒波に漕ぎ出した小舟のように、細い細い勝ち筋を模索し、全力でこの嵐を踏破せんとオールを振るう船乗りのように。


 オーシャン・ビッグウェーブはただひたすらに思考を巡らせ、刀を振るい続ける。


 負けたくない。その想いは勿論強い。けれど。


 ああ。楽しくて仕方ない。


「オレは、決めてたんだ!! この最後の闘剣で――テメエに期待させてやるってなァ!!!」



『おいフウタ!』


 ――指を差して、引き絞った弓を放つようなジェスチャーと共に。


『オレが、期待させてやる。必ず倒してやるから、楽しみにしてろよ?』


 ――その、挑戦者に何も期待していない瞳を、今に闘志に変えてやる。


 ――そう誓った日があった。



 だからこそ、どうだとばかりに七海征覇を振るい、こうしてここまで追い詰めた。

 頬には自分が付けてやった勲章(きず)


 結局自分は、誰かの期待に応えることが、この上なく楽しいのだ。


 必ず、倒す。

 たった一度でも良い。そう、たった一度の闘剣であればこそ。


 このまま追い詰められて終わるなど、己の矜持が許さない。


「その模倣がいつまで続くか試してみろ!!」


《蒼海波濤流:崩波(ダンパー)


 強引に繰り出す技は、受けを許さぬ二連撃。

 全力で放つそれを、フウタは一瞬で模倣し合わせにかかる。


《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ=蒼海波濤流:崩波(ダンパー)》 


 ぶつかり合う全力の太刀。

 その瞬間、フウタは小さく目を見開いた。


 たとえば、どんな天才剣士であっても、模倣を許されぬ箇所があったとして。


「ゆーてもオレ、相棒の手入れを欠かしたことだけは無いんだよね」

「――っ」


 それは己の握る刃。

 どんなに熟達した技量であろうと、七海征覇の一撃で刃毀れしていた鈍らでは、そう長くは持たない。

 頭では分かっていても、打開策と言えるような手札は手元に無い。


 1セコンに満たないような時間でさえ、ひたすらに模倣を繰り返す。

 加えて剣の寿命というタイムリミット。

 オーシャン・ビッグウェーブの見出したか細い勝ち筋は、なるほど確かにフウタの急所。


 卑怯とは言うまい。

 むしろ、拘った得物があるメリットであり、フウタの在り方のデメリットだ。


 けれど、フウタは笑う。


 今までだって、七海征覇と鈍らとでぶつかったことはあった。

 他のどんな相手とも、量産品の得物でぶつかり合って――ただの一度も、敗北を喫したことはない。


「負けてたまるかよ……!」

「――っ、くははははは!! いいねえいいねえ、そう来なくっちゃ、この最後の一度の闘剣に、お前を選んだ甲斐が無ぇ!!!!!」


 そうだ。

 ぶつかり合う度に刃毀れする鈍らだろうが、一切の容赦はしない。

 手加減などしている暇はない。どんな手を使ってでも勝利の二文字をもぎ取って、お前を――。


 視線が交錯する。

 フウタの金に染まった瞳と、オーシャンの闘志むき出しの眼光が。


 ぶつかり合う刀と刀。

 軋む鉄の鍔迫り合い。


 ぐっと力を込めて相手を押し込もうとすれば、目の前には倒すべき相手の獰猛な表情。


 ああ、とオーシャンは笑う。


 あの日、オレはこの男に、こんな顔をさせることが出来ただろうか。


 想起する記憶の狭間。

 感傷に浸っている暇などないと、意識を無理やり引き戻す。


 正面には頂点。出来上がったばかりのコロッセオ。

 こんな最高の舞台に、余計なノイズは不要だと、そう、想って。



「がんばれー! いけー!」



 ふと、"観客の歓声"が耳に触れた。

 ほんの僅か、間隙とも呼べぬ一瞬だけ、その幼い声が頭を突っ切る。


 彼女自身に思い入れがあるわけではない。

 だが、心に響くのは己の原初。



『――じゃあ、好きなことを見つけるところからね』



 ――姉ちゃん。


 ああ、そうだな。好きなことを、全力でやってるよ。


 期待されることが、楽しい。

 そして。オレは期待されることよりも。


「これで終わってくれるなよ、フウタァ!!」


《蒼海波濤流:刺波(パーリング)


 ――どうやら、最初から。期待させてくれるヤツを求めていたんだ。

 


 頂点を、倒したい。届きたい。

 でも。そう簡単に崩れる王者であってほしくはない。



 自分がフウタを期待させ、導くつもりが。

 自分の方がいつからか乗せられて。


 この八つ目の海を征すると心に決めたのに、波に乗せられていたんじゃまだまだだ。


「終わらないよ」


 飛んでくる刺波は、鋭い突き。相手の喉元を狙う、引き絞った一撃だ。

 避けることも出来る。払うことも出来る。それは、最初から変わらぬ選択。

 だがフウタは気が付いた。模倣を繰り返し、10割と7割の間を行き来していた大波が、最後とばかりに放ったその12割の一撃を。


 鈍らの強度は最早限界。やることはただ1つ。


《模倣:オーシャン・ビッグウェーブ=蒼海波濤流:刺波(パ―リング)


 刃が折れるからどうした。関係ない。ぶつかってくる全力に、ただ全力で応じるだけ。

 その武骨で面白みのない戦いを、期待して、最後の一度に選んでくれた――


 ――目の前の男の期待に応えるため。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「うおりゃああああああああああ!!」


 ぱきん、と刃の折れる音。


 中腹から折れた先端は、くるりくるりと宙を舞い。


 ライラックが。パスタが。ルリが。コローナが。


 そして、オーシャンが、その空を眺める中。


 先の無い折れた鈍らの切っ先が。


 喉元に、突き付けられていて。


 己の放った技は、わずかに空を切り、フウタの喉元を掠めて避けられていて。


 全く同じ、突き刺すような体勢であるはずなのに、勝負は決まっていた。


「思えば、気づくべきだったんだよ。最初にさ」

「……?」


 姿勢を崩さないまま、オーシャンは告げる。



『試合、してくれよ。――あと腐れなく、オレが今度こそ皇子に戻れるように』

『――ああ、やろう』



 あの力強い返答は、決してあの日のような、何もかもに期待することをやめた男のそれなどでは無かった。


 こいつはもうとっくに光を取り戻していて、きっと今が幸せだ。


 そうさせた人間にも、心当たりは付いている。


 誰かに期待が出来ていて、そのために真っ直ぐ突き進んでいる。


 八つ目の海は、まだまだ広い。

 攻略するには、もっともっと時間が要る。


「……オレの負けだよ、フウタ」 



 その吹っ切れた表情は、決して敗北者のそれではなく。


 皇子でも無ければ闘剣士でもない。



 長き航海を終えた、ただ1人の男の子の笑顔だった。

NEXT→3/8 11:00

また熱いレビューが届いたぜ!!あっざーっす!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 脱力。余韻に浸りたい。でも続き読みたい。最高
[良い点] ないこれ?最っっっ高っじゃね??????? マジで魂が震えるような戦いは良い☆٩(ˊᗜˋ*)و☆
[良い点] 名も無き神達『うおおおおおぉぉぉぉーーーーー!!!』\( 'ω')/\( 'ω')/\( 'ω')/ [一言] 最近仕事が忙し過ぎて3話連続で読む羽目に… 1話1話追いかけて読みたかった……
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