28 フウタ に やりつかい が いどんできた!
――いよいよだ。
震える手を抑えつけるように、十字鎗を握りしめる。
目の前には、"最強"。
あの日、忽然と姿を消した"最強"。
ずっと手の届かなかった"最強"。
いつか、超えると誓った背中。
彼が今。自分を。プリム・ランカスタだけを見て、十字鎗を構えている――。
「――試合開始!!!」
その声と共に、プリムは地を這うが如くの体勢の低さで足に力を込め、飛び出した。
彼我の距離は数歩。たった一歩を詰めれば、そこは既に十字鎗の間合い。
《常山十字:流星一矢》
放った一撃目は最速にして最強。
会敵直後、間合いを悟らせないままに葬る神速の一撃。
"闘剣士"プリム・ランカスタの経歴に目覚ましいものがあるとすれば、それはやはり初撃決着の数だろう。
無数の闘剣士をたった一撃の元に打倒してきた彼女の鎗は、まさしく流星。
コロッセオナンバーワンの撃墜数を、この《常山十字:流星一矢》は誇っている。
だから。
これは、再会の挨拶だ。
《模倣:プリム・ランカスタ=常山十字:流星一矢》
来た、とプリムの頬が歓喜に戦慄く。
紫電のような闘気を感じた直後、鎗と鎗がぶつかり合い、十字鎗の鎌が相がかりに噛み合った。
びりびりびりっ、と伝わる衝撃に感じ入る暇もなく、プリムは鎗を払って間合いを詰める。
「――ああ、安心した」
鍛錬をした。鍛錬をした。鍛錬をした。
コロッセオから、"最強"が消えたあの日から。
がむしゃらに、身体の悲鳴も聞く耳持たず、ただひたすらに努力を積み重ねた。
その、続けてきた努力が、腕の痺れと共に告げる。
目の前の男は今でも、プリム・ランカスタより上なのだと。
「それでこそ、今日。お前に勝つ"意味"があるんだ!!」
じゅうじそう の プリム が しょうぶ を しかけてきた!▼
《常山十字:流星群》
最高の武器とは何か。
常山十字鎗の出発点はそこにある。
どんな武器の良さも取り入れ、ありとあらゆる状況に対応出来てこそ最強。
故に。鎗の弱点とされる至近距離であっても、十字鎗に死角はない。
フウタに肉薄したプリムは、一瞬柄から手を離した。
そして、フウタに突っ込むその動きの中で短く持ちかえ、まるで剣のように鎗を振るう。
一閃、二閃、三閃。
縮まった間合いで振るわれる十字鎗に、フウタは柄を振るって応じる。
柄が傷つくことになど頓着してはいられない。
隙を見せれば必殺の一撃が顔を出す。
それが、常山十字槍術の真価。
フウタの体幹が少しブレた。
ほんの少し。ただそれだけで、プリムは勝利への活路を見出す。
「そこだッ!!!」
《常山十字:墜星》
彼女は今、鎗を短く持ち替えていた。
だからこそこの近距離の間合いで、剣のように鎗を振るっている。
その動き自体が、ブラフ。
フウタが見せた一瞬の間隙を突く一撃は、その握りの短さこそが罠となる。
「っ――」
ただの突きであれば、避けるだけでいい。
そうだ、避けさせることこそがプリムの狙い。
その一瞬、柄を手放すことにより鎗の柄が"伸びる"。
顔の真横すれすれを突き"抜けた"十字鎗に、プリムは口角を釣り上げる。
「墜星。それは、我がもとに落ちてくる勝ち星の名だ!!」
叫ぶと同時、プリムは突き抜けた鎗を勢いよく引き戻した。
まるで、鎌のように。
これこそが十字鎗の真骨頂。
穂が十字である意味は無限。そしてその一つが、真横に飛び出した十字の一を、鎌のように扱える点にある。
このまま首を刈る。
勝利への狙いを定めた彼女の背筋を、悪寒が襲った。
《模倣:プリム・ランカスタ=常山十字:流星群》
刹那交錯したフウタの瞳に見えた、明確な意志。
気付いたのがこの瞬間で良かったと、プリムは目を見開く。
フウタが手に持つ鎗の柄は、一寸前の彼女のように短く。
プリムが引き戻す速度よりも圧倒的に速く振るわれる、"剣のような"十字鎗の一閃。
「くっ」
すぐさま、目の前にまで来ていた勝ち星を放り捨てるようにプリムは横っ飛びでフウタから距離を取った。
見切りの早さこそ強者の証。
言葉を体現するような彼女の退避に、周囲からは落胆の声が響く。
彼らの眼には、プリムが勝てたように見えたのだろう。
死角から飛んでくる、フウタの鎗が見えぬまま。
だが勿論、観客の中にも優れた"目"は存在するもので。
――ふぅ。危うく終わるかと思ったぞ。
――流石はコロッセオの闘剣士。この程度はやりますか。
見守る貴族や王女の感嘆は、当然戦場には聞こえない。
「あっぶな。負けるかと思った」
仕切り直すようにプリムは鎗を構えた。
こんな負け方は認められない。あってはならない。許されない。
せっかく、ようやく、やっとのことで巡り合えたのに。
波打つような感情を抑えつけながら、軽口を叩いてプリムはフウタと相対する。
十字鎗を振るった格好のフウタは、獲物を攫われた犬のような顔でプリムを見た。
「取れたと思ったんだけどな――」
その言葉に、馬鹿にするなと吼えたかった。
何度もやった手合わせを忘れたのかと言いたかった。
この程度でやられるほど、自分は安くないと叫びたかった。
でも。
チャンピオンは微笑む。
「――相変わらず、強いな」
「――っ」
ふ、と口角が上がった己の頬を引っ叩く。
笑うなと。何を緩んだ顔をしているのだと。敵に、それもこんな不器用な賞賛をされた程度で、嬉しそうにするな。
自分自身を必死に罵倒して心を保つ。
そうでもしなければ、"憧れ"からの一言に、舞い上がってしまいそうだった。
「そうだよ。私は、強いんだ。お前に勝つ為に、ずっとずっと槍を振るってきたんだ!!」
再度飛び出す。
合わさる刃と刃に火花が散り、歓声が巻き起こる。
一合二合三合四合。
交える度に一瞬の思考――否、脳に伝達することすらしない、脊髄反射で行う熟練の技巧と読み合い。
その全てを、観客は理解出来ないだろう。
だが、それでも。
"闘剣士"プリム・ランカスタの熱は、圧倒的に場を支配していく。
自分たちより下の立場の者たちの決闘を傍観し、後で知った風な言葉の一つ二つを吐くだけのつもりだった、この場に集う多くの者たちは。
気が付けば彼女の熱に当てられて、神聖な舞踏に熱を上げる少年少女のように声を上げる。
「そこだ、いけェ!」
「何故引くんだ、押せ!!」
「わっ……ああ、やられるかと思った」
「悪くありませんね」
カップを手元のソーサーに戻したライラックは、1人呟いてフィールドを見つめる。
フウタが負けるはずがない。
そう分かっていてもなお、心の踊る鎗と鎗のぶつかり合い。
圧倒的にプリムを推す歓声が多いのは、少々苛立たしいものもあるが。
それでもこの伝播する熱狂は、場を席捲する享楽は、飲み込まれそうな雰囲気は、どれもがとても面白い。
この先を想像し、ライラックは1人微笑む。
「いけー!! おせー! そこだー!! おりゃー! よしそこで必殺技ですよっ!! なんか凄いの! 嵐起こそうぜっ!! にゃーじれったい~!!!」
主人を放って誰よりも熱中するメイドの横で。
ライラックもぽつりと呟いた。
「いけー。フウター。ふふっ」
――闘剣の熱が、王宮を包み込んでいた。
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