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たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。  作者: 藍藤 唯
たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。
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23 フウタ は メイド と はなしている!




 ――クリンブルーム邸、深夜。



 リヒターとフウタの戦いから数日。


 あの日から日々の剣術鍛錬を再開したリヒターは、今日も中庭で剣を握っていた。


 このあと、シャワーを浴びて就寝、というのがルーチンになりかけていたが、今日に限っては様子が違った。



 荒い吐息とともに、彼の手からグラディウスが零れ落ちる。

 突き付けられているのは、白銀の切っ先。


「……これでいい?」

「良いだろう。条件を飲もうじゃないか」


 リヒターが頷くと、その切っ先は下げられた。


「財務卿とか聞いてたから、どんなもやしかと思ったけど。骨のあるもやしだったよ」

「もやしなのは変わらないのか」

「男にしてはひょろいじゃん」


 ふん、と鼻で笑ったその影が、星の明かりに照らされて姿を現す。


 そこに居たのは、十字鎗を握った少女だった。


「……情報さえ寄越してくれればと思っていたが、まさか現役時代の知り合いが居るとはな」

「その現役の闘剣士が、どうしてキミに負けると思うわけ? 一番高いランクの闘剣士だったとも言ったよね?」

「フウタには勝てなかったとも聞いた。条件は同じだ」

「ぐぬぬ。……ま、いいや勝ったし。これで、私の要望は聞いてくれるでしょ?」

「ああ。勝たなければ許さんがな」

「おっけおっけ。――大丈夫」


 瞬間、吹きあがる闘気。先ほどまでの天真爛漫な雰囲気はどこへやら、深夜だというのにうだるような熱を持った闘気をまき散らして、獰猛に笑う。


「今度こそ絶対に、負けないから」

「そう、か」


 目を閉じ、リヒターは少女に問うた。


「その代わり、本当なんだろうな。"チャンピオン・フウタは八百長の末に国外追放された者である"というのは」


 その言葉に、少女は。苛立たし気に頷いた。





















 ――王城。フウタの私室と化した客室。


「るーんぱっぱーうんぱっぱー」


 ぱたたー、ぱたたー、と縦横無尽にモップを持って駆けまわるコローナ。ぐるぐると円を描く彼女のど真ん中で、フウタは素振りをしていた。


「フウタ様ったらフウタ様っ」

「はいはい、どしたの」


 歌に飽きたらしいコローナが、依然フウタの回りをぐるぐるしながら問いかけた。


「結局、姫様とフウタ様の関係って何なのなの? 何なのなの?」

「鍛錬に付き合う仲……かな?」

「それは聞いたっ」

「え、じゃあ以上だけど……」

「ぎるてぃ! じゃなかった、だうと!」

「危うく有罪になるところだった」


 びし、と指を突き付けるコローナ。

 だが、嘘だと言われたとて、フウタには他に心当たりなどない。


「ただ鍛錬をし合う為の仲だったら、流石にメイドを付きっ切りにはしないのですよっ。この前の夜もメイドを外に放り出してお楽しみでしたし~っ?」

「放り出してってまた、心外な。他にあるかって言われると……堂々と王女様と立ち合いが出来るように"証明"するとは」

「もっぴーとの決闘も一応録術したけど、それじゃ証拠足りないんですかねーっ」


 もう1つ、ライラックが"最強"になるため、という目的もあるにはある。

 それに、"無職"について調べるのも理由だったはずだ。


 とはいえ、特に後者についてはライラックに口止めされている部分もある。

 ならば最初から何も言わない方が良いだろう、というフウタの判断だった。


「……」


 気づけば、じとっとした目でコローナがフウタを見つめていた。


「どうした?」

「べっつにー? 絶対なんかメイドに黙ってるなーって思っただけですよっ。フウタ様は姫様に利用されててもおっけーっ、みたいな空気出してやがりますし? メイドには関係ないもーん」

「……なんかごめん?」

「この前の夜から、フウタ様もすっきりした顔しちゃってますし。メイドに咎める理由はありませんし、謝られる理由もなーい」


 少し考えて、フウタは問いかけた。


「その、答えたくないなら良いんだけどさ」

「なんだいなんだいっ」

「コローナって、結構王女様に厳しいところあるよな」

「はーーーーーーー……いまさら聞くー?」

「え、今更なの?」


 盛大な溜め息、とはこのことを言うのだろう。


 コローナはくるくると、カールした金髪を弄びながら続けた。


「利害関係ってヤツですよーっ。仲良しだからくっついてるわけじゃないですっ。悲しいけどねっ」

「えっ……」

「メイドは別に、最近は姫様の為人も分かってきたんで、もう少し仲良くしても良いんですけどっ。ま、姫様は近づいてはくれませんでしょうしっ」

「そう、なのか?」

「そ。メイド的には、熱いラブコールしてくれるフウタ様の方が、情が沸いたりしちゃってーっ」

「ラブコールはしてないけども」

「でまー、姫様はメイドに限らず、商業組合とも"契約"って形で色々と人脈作ってますしっ? プライベートに人は絶対寄せ付けないぜっ、って感じですよ。フウタ様の距離感ですら、下手すると姫様に一番近いかもっ」

「マジか、知らなかった」

「ふふ……女ってのは、そういうものよ……坊や……」

「誰だよ」


 貴婦人の物まねをしたコローナは、一度目を閉じると。


「だからまぁ、契約にはきっちり従うメイドさんは、信頼されては居ますけどねーっ。いつ切られても違和感ないとも()う~。で、そんなメイドさん的には、フウタ様が無条件に姫様信頼してるのが若干怖い」

「……やる時はやる人だって?」

「メイドには間違いなくーっ。だからフウタ様と姫様の関係は聞いておきたかったって話っ。分かれー?」

「心配してくれてるのは、分かってるよ。ありがとう」


 ただ、とフウタはコローナを見据えた。


 長いまつ毛と一緒にぱちくり目を瞬かせるコローナに告げる。


「俺は、コローナと王女様には仲良くしてほしい」

「……」


 ぱちくり。ぱちくりぱちくり。


「……あはっ。あはは! お前ー、今誰が心配されてんのか分かっとけー? なんでメイドと姫様の話になるんだよーっ」


 けらけらと笑うコローナに、フウタは目を細めた。

 冗談でも何でもなく、心から思っていることだ。


 それと。

 コローナですら、遠ざけているというのなら。

 以前フウタが抱いた感覚はやはり正しいのだろう。


 即ち、ライラックは、ずっと1人で戦ってきたし、これからもそのつもりだということだ。



「――フウタ。居ますか?」


 ノックが聞こえたのはその時。


「はいはいフウタ様はご在宅ですよーっ」

「なんでコローナが言うんだ」


 扉を開いて入ってきたのは、執務のフォーマルドレス姿のライラックだった。


「どうしました、王女様?」

「良い知らせがあります。――最初に言っていた、貴方の強さを"証明"する機会が訪れました」


 にこ、と微笑んでライラックは告げる。


「もちろん、勝ってくださいね」


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