21 フウタ は おうじょ に ほめられている!
――王城城下、クリンブルーム家執務室。
若き財務卿リヒター・L・クリンブルームは、自らに課せられた職務である国税の調整に勤しんでいた。
算術を一門で独占しているが故の権力は、毎日を忙殺される重荷あってのもの。
「やはり……年々、厳しくなっているな」
筆を走らせたリヒターは呟いた。
王都の商業は、賑わいを失っていく一方だ。
その背景には王都の治安悪化や、他国への人材流出、そして何より、"職業"の偏りによる供給と需要のバランスが崩れていることがあった。
一時しのぎの増税で賄えるのは、その一瞬だけ。
この国をどうにかして、また繁栄させなければならない。
「……だというのに」
国王は外交を優先し、外貨獲得による経済力の回復を唱えている。
しかしその手段は、おそらく戦争だ。
国と国との商業は、売る一方には成れない。何かを買い、何かを売る。
だが、この国にはその"何か"が圧倒的に欠けている。
そんな状態で無理に他国に商いを持ち掛けようとしても、摩擦が起きるだけだ。
何度同じことを訴えても、国王は若き財務卿の嘆きなど聞く耳持たない。
王の中では、重心が既に戦争に偏っていると見るべきだろう。
思わずため息が零れた。
「挙句、ライラック殿下は陛下とは違うやり口で国を壊そうとしている」
唯一、国王に口利きの出来る第一王女は、国王の思考など気にも留めていない。
どころか、王都の商工組合と関わり、何やら暗躍している様子だった。
それが良くない類のものであることは、既にリヒターは掴んでいる。
「騎士の席を、固められては拙い」
貴族派で、どうにか歯止めをかけるべきだ。
国王に関しても、王女に関しても。
あのフウタという男の力量を、理解出来ないリヒターではなかった。
王宮で唯一、自らが敵わないと認めたライラックを優に超える猛者だ。
騎士の位を貴族派で握ることが出来れば、せめてハンドリングが効く。
そう考えていたからこそ、フウタの存在は邪魔だった。
「リヒター様」
「……ん?」
気づけば、彼の目の前には秘書官。
「そろそろ夜も更けます。リヒター様もお休みくださいませ」
「……もう、良い時間か。分かった。これだけこなして眠るとしよう」
「はい。微細な仕事は我々でこなしておきますので」
「ありがとう」
息を吐き、肩を叩く。
貴族派の面々は愚鈍だ。だが家という強い権力がある。
そして、彼の目の前に立つ秘書を筆頭に、クリンブルーム家が抱える財政官たちは、権力も地位も高くはないが、優秀だ。
自分は十分に戦える。そう、1人呟いて。
「1つ頼めるか」
「はい、もちろん」
「――フウタという、公国の闘剣士チャンピオンについて洗ってくれ」
「はい」
『彼は遠方の公国にて、コロッセオのチャンピオンでもあった方。実力は申し分ないかと』
あの王女のぞっとするような笑顔を想い出し、そして次いで想起する。
昼間の、チャンピオンとの戦いを。
自分がどれだけやり合えたのかは、分からない。
だが、と自らの腕を握りしめる。
――久方ぶりに、戦場に出た心持ちだった。
楽しかった、と言い換えてもいい。
「……これだけ終わらせると言ったが、明日に回す」
「リヒター様、どちらへ?」
「少し、身体を動かしたくなった」
そう言うと、財務卿となってからは殆ど握らなくなっていたグラディウスを手に取って、彼は部屋を出ていった。
リヒターを見送った秘書官は目を瞬かせてから、緩く微笑んだ。
「久々に、笑えるようなことがあったのですね。リヒター様」
――同時刻。王城城下、庭園。
「ふふ、あはは!!」
《宮廷我流剣術:雨》
鈍い金属音が、篠突く雨のように反響する。
肉を突き刺すような音も、風を切るような音もない。
《模倣:ライラック・M・ファンギーニ=宮廷我流剣術:雨》
何故ならば、その刺突の雨を余すことなく正面から打ち返す、もう一つの雨があったからだ。
最後の一突きと同時、フウタは以前と同じように重ね技を発動する。
彼女から写し取った、雷霆の如き鋭い一撃。
《宮廷我流剣術:雷霆》
「分かっていますよ!!」
しかしライラックは右足を軸にくるりと回転、そのまま返すように薙ぎ払う。
フウタはライラックの一閃に丁寧に合わせてコンツェシュを振るい、剣をいなして受け流す。
「避けますか、ならば!」
子供のように笑いながら、ライラックはコンツェシュを引き戻すように袈裟に振り下ろした。
それをフウタは一歩引くことで回避。
そのまま、弓を引き絞るように刺突の構え。
流れるような動作に、ライラックの表情が変わる。
「しまっ――」
《模倣:ライラック・M・ファンギーニ=宮廷我流剣術:雷霆》
喉元にコンツェシュが突きつけられ、ライラックは自らの剣をゆっくりと下ろした。
「……はぁ。また負けてしまいましたか」
「ですが、日に日に対応が早く、かつ反射で正しい択が出来るようになっていますね。お見事ですよ」
お世辞でも何でもなく素直な感想を口にするフウタ。
しかし、ライラックはお気に召さなかったようで、小さく頬を膨らませた。
「まるで"教師"みたいなことを言いますね」
「あ、いえ、出過ぎたことを」
「……ふふ。まあいいでしょう。許してあげます。――楽しかったぁ」
コンツェシュを鞘に納め、ライラックは軽く伸びをした。
上気した頬が夜の薄い明かりに照らされ、首元の汗がきらりと光る。
「王女様。冷えますから、戻りましょうか」
「嫌です。少し、余韻に浸るのが良いのではありませんか」
「毎日じゃないですか……」
「毎日であろうと、一夜であろうと変わりません。楽しみは十全に味わってこそでしょう?」
鼻歌を歌いそうなほど上機嫌なライラックに、それでもと食い下がるほどフウタは無粋ではなかった。
それに、何だか今日のライラックは普段よりも楽しそうに見えた。
「王女様、何かいいことでもあったんですか?」
「何を以て、そう思いましたか?」
「いえ……手合わせの最中も、いつもより、笑っていた気がして」
昨日までは、もう少し真剣――或いは、懸命に手合わせをしていたように感じた。
もちろん今日のライラックが不真面目というわけではないし、何なら剣技は昨日までよりも冴えている。
ただ、冷静で強かな印象の強いライラックが、まるで子供のように無邪気にコンツェシュを振るっていたのが、少し気になった。
「それは簡単ですよ、フウタ。わたしは、いつもこうなんです」
「え? いや、いつもと違う気が」
「今までは、押し殺していただけですよ」
夜空を見上げていたライラックが、視線だけをフウタに寄越してちろりと舌を出した。
「今までは、少なくとも隠れて手合わせをしている素振りを見せなければなりませんでしたから。リヒターが牽制を入れてきた以上、もう隠す必要もないわけです」
そういう意味では、とフウタに向き直り、後ろ手を組んで微笑んだ。
「貴方がリヒターに勝利したおかげですね。貴方の力量を鑑みれば当然のことではありますが、感謝していますよ」
「なるほど。……私闘は、受けて良かったのですね?」
「受けるか受けないかは、契約には無関係。貴方の自由です、フウタ」
「そうですか。じゃあ――受けて良かったです」
緩く笑うフウタに対し、ライラックは目を細めた。
「そろそろ、確信が出来ましたね」
自らの腰に佩いたコンツェシュを一瞥し、呟く。
それは、フウタと出会ってからこれまで進めていた分析の結論。
「さて。一つ貴方に話すべきことがありますが、聞いてくれますか?」
「わざわざ許可なんて要りませんよ。何でしょう」
「"無職"についての件だとしても?」
その問いに一度息を飲んだフウタだったが。
ライラックを正面から見据えて、笑顔で首を振った。
「もう、自分の"職業"がどうとか、気にしてませんよ。俺には、そんなものより大事なことがいっぱいありますから」
「そうですか。……では、話しましょうか」
――わたしが調べた、"無職"という職業の力について。
NEXT→2020/01/01 11:00
こんな引きで申し訳ありませんが、皆さまよいお年を。





