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バンドー  作者: シサマ
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第68話 トリノの風雲児


 7月8日・7:30


 「いただきま〜す!」


 快晴の朝、クレア財団の朝食をいち早くご馳走になっているのは、バンドーとフクちゃん。


 クレア財団の朝食は基本、財団代表ディミトリーの妻シャルロットの手料理で、普段は余裕を持った朝8:00が集合時間。

 しかしながら、バンドーとフクちゃんは午前中からイタリア行きのフライトを控えていた為、特別に朝食時間を早めて貰ったのだ。


 「これ、美味いです!」


 基本はブルガリアの家庭料理だが、バンドーとその妹という設定であるフクちゃんのコンビを意識して、シャルロットは米料理であるピラフを用意してくれている。


 「良かった。おふたりが日系の方だと聞いたので、お米があった方がいいかと……」


 バンドーの言葉に謙遜こそしているものの、自分の料理を褒めて貰った喜びが前に来ているシャルロットの正直な表情は、まさにクレアの母親といった所。

 金の回りや顧客の機嫌ばかり気にする小さなメンタルの女性では、財団の代表夫人など務まらないだろう。


 「……このスープ、冷たくて美味しいです。ヨーグルトの味とにんにくの味がするのに、バランスが取れていて不思議ですね……」


 フクちゃんが食べているのは、タラトールというスープ。

 夏場の朝には、その酸味と冷たさが食を進ませるに違いない。


 「そっちの煮込み料理はカヴァルナ。初めてのブルガリア料理なら、無難なものを出そうと思って」


 メインディッシュであるカヴァルナは、肉と野菜をトマト風味で煮込み、卵やチーズを加えた料理。

 旅のお供のパスタやハンバーガーに慣れている彼等の味覚なら、まず外さない定番の美味しさである。


 「ごちそうさまでした! これで長旅もバッチリですよ!」


 バンドーの正直な太字スマイル全開の感謝は、家事に対する純粋な賛辞とは長らく無縁だったシャルロットにも好印象を与えている。

 そして、フクロウ時代からバンドーとの一体化やシンクロ具合には定評のある(?)フクちゃんも、既に太字スマイルの何たるかをマスターした相槌(あいづち)を見せていた。


 

 「……おはようごさいます……」


 昨夜未明まで書斎の掃除に明け暮れたシルバとリンは、明らかに寝不足顔。

 しかしながら両者には、持ち前の使命感で寝坊認定の前に起床する高いプロ意識があり、そこが勝手知ったる場所で即惰眠を(むさぼ)るクレアとハインツとの違いである。


 「ケンちゃん、リン、おはよう! 俺とフクちゃんは今日、シンディのアニマルポリス復帰祝いを兼ねて、彼女達のガードマンとしてトリノに行ってくる。明日中には帰るけど、何かあったら連絡してよ」


 互いに気心が知れており、しかも自分以外は女性ばかりの華やかな集団。

 束の間のモテ気分を味わえる小旅行を前にして、今のバンドーは誰の目にもゴキゲンに映っていた。


 「私達を狙うテロリストはいなくなりましたし、フェリックス社も少しの間は静かにしていると思います。私とシルバ君は美術館や博物館を回るつもりですが、クレアさんとハインツさんはソフィアの賞金稼ぎ組合で、ゆっくり仕事を探してくれるみたいですね。バンドーさんとフクちゃんも、気をつけながら楽しんできて下さい」


 リンの疲れは大好きな書籍の整理によるものであり、彼女はシルバと違い肉体的、精神的なダメージは殆どない。

 彼女の笑顔に見送られたバンドーとフクちゃんは、万一の事態に備え、少々物騒に見える完全装備のまま空港へと向かう。



 7月8日・9:30


 ベオグラードで起きた爆弾テロの影響は大きく、ヨーロッパ主要都市への航空便は乗客のキャンセルが続出。

 そんな背景もあってか、バンドーとフクちゃんは急用でも難なくチケットをゲット出来たものの、少ない乗客をカバーする為に、普段より高額の料金を支払わされていた。


 「……全く足下見やがって……。アテネの仕事の報酬が振り込まれていなかったら落ち込んでた所だよ」


 汚職にまみれたアテネ警察上層部を向こうに回し、凶悪犯パパドプーロスの移送に協力したバンドー達に、出来る限りの報酬を用意すると約束していたニコポリディス。

 彼の警官キャリアは終焉(しゅうえん)を迎えてしまったが、警察から賞金稼ぎに報酬が振り込まれた事で、その正義は間違っていなかったと証明したのである。


 「……まあ、昔は直行便すらありませんでしたからね。仮に乗り継ぎがあると考えれば、時間も料金も許容範囲でしょう。これでアテネの報酬が出たなら、ベオグラードの仕事の報酬はもっと期待出来ますね」


 女神様であるフクちゃんにとっては、人間の通貨の存在はさほど重要なものではない。

 だが、彼女が人間としての存在を怪しまれない為には、最低限の金銭感覚と社会常識は必要なのだ。


 「警視総監からのメッセージがあったくらいだからね。テロリストも倒したし、今までの警察案件では多分、一番の高額じゃないかな?」


 賞金稼ぎとなったこの3ヶ月で、既に農家時代の個人年収を遥かに上回る額を獲得しているバンドー。

 勿論、その実績はクレアのセレブ人脈やハインツやリンの実力、そしてシルバが持つ警察や軍隊とのコネクション等にも支えられており、バンドー個人の実力だけで成し得たものではない。


 「カレリン達の再就職とスコットさんとの特訓に成果があれば、もっと剣で勝負出来る様に武者修行に出てもいいと思う。お金がある間じゃないと自己投資も出来ないしね」

 

 バンドーは高額報酬の期待に胸を膨らませながらも、今日まで自分が運のいい、恵まれた立場にいる人間である事を忘れてはいなかった。

 

 

 7月8日・10:00


 バンドーとフクちゃんを乗せた便が離陸する頃、シルバとリンはソフィアの美術館、『ネイション・アート・ギャラリー』を訪れている。

 

 ブルガリアの歴史的建造物の大半は、ここがまだ共産主義国家だった20世紀に建立。

 しかしながらこの『ネイション・アート・ギャラリー』は、共産主義国家特有の壮大さ、物々しさを感じさせないコンパクトな造りの美術館で、東欧以外の観光客にも人気のスポットとして知られていた。


 「これは……黄色い石畳? 通りもまるで美術品みたいです! この街並みを世紀を超えて残している伝統も凄いですね!」


 中国系の父親とアイルランド系の母親を持つリンだが、彼女自身は生まれも育ちも生粋のパリジェンヌ。

 とは言うものの、元来流行の最先端に何ら関心のない彼女は、より伝統に根差した地域での暮らしの方が合っているのかも知れない。


 「……今日は陽射しが強いですね……。ジェシーさん、日陰の通路から入りましょう」


 一見おしとやかな印象のリンだが、彼女はいちいち陽射しを嫌がるタイプの女性ではない。

 どちらかと言えば、寝不足頭に襲いかかる陽射しをシルバ自身が避けたいが為の提案だ。


 「……はいっ、あっ? 可笑しいですね。こっちの通路だけ超満員ですよ」


 観光客もこの陽射しを避けたいのか、偶然にも通路は日陰側だけが大渋滞。

 リンにはその光景が面白いらしく、後ろを振り返って長蛇の列を眺める。


 

 「……えっ……?」


 「……? ジェシー……ジェシーなの!?」


 リンの後方で、偶然目が合った一組の家族。

 そのうちの女性は、どうやらリンと面識があるらしい。


 「……ひょっとして、アデルさん!?」


 リンも相手の女性の顔と名前を思い出し、その表情はやがて満面の笑みへと変わっていく。


 「やっぱりジェシーね! こんな所で会うなんて、凄い偶然!」


 両者は周囲の視線を気にする事もなく全力のハグを交わし、互いに再会を喜び合う。

 

 見た目は30歳くらいだろうか。

 アデルというその女性は、夫と思われる男性と、5歳くらいの男の子を連れてここを訪れていた。


 「……おふたりは、お知り合いなんですか?」


 この期に及んで、何と野暮な事を訊くのだろう。

 シルバは自分でもそう思わずにはいられなかったが、この言葉以外で彼女達の話題に入る事は出来ない。


 「私が図書館司書になったばかりの頃、一番お世話になった先輩なんです! 旦那さんの栄転でロシアに行く為に退職したって聞いていましたけど……」


 「それは本当よ。暫く夫の転勤先のサンクトペテルブルクに住んでいたの。でも、今年になってからソフィア支社に転勤になってね。向こうでは左遷とか言われてるけど、私と息子はこっちの街の方が暮らしやすくて好きだわ。旦那の地元だしね」


 ポニーテールにカジュアルなスポーツウェアという、如何にも活動的な女性を思わせる出で立ちのアデル。

 彼女がリンに近況を報告している間、シルバはアデルの夫と息子に挨拶を交わしていた。


 「……初めまして、ドロフェイです。ワイフがああ言ってくれると助かりますよ。両親はロシアで出世して欲しいと期待していましたから、肩身が狭いんです」


 アデルの夫ドロフェイ・イワノフは、ロシア系のブルガリア人らしく実直で厳しめな顔立ちをしているが、恐らくは家族に頭の上がらない腰の低い男なのだろう。

 その親近感からか、シルバも彼とはすぐに打ち解けている。


 「お兄ちゃん、でっかい! プロレスラーか何かしてるの?」


 母親の遺伝か、幼くして物怖じしない大物感を漂わせている、アデルとドロフェイの息子ルキアン。

 彼は早速、シルバの鍛え抜かれた肉体に目を付けていた。


 「……え? まあ……似たような仕事かな? 1対1で戦う事が多いからね」


 シルバは自分が賞金稼ぎであるという事実をルキアンに説明するべきなのか、若干の迷いが生じている。

 幼い男の子にはプラスイメージのある職業だが、無責任に憧れを持たせてはいけない。


 「……図書館が何者かに荒らされたとか、体制が変わってジェシーが図書館を辞めざるを得なくなったとか、そんな話は聞いていたわ。でも、ソフィアで人気の賞金稼ぎチームに、貴女にそっくりの魔導士がいるのよね……まさかこれって……!?」

 

 アデルは、リンがチーム・バンドーの魔導士として賞金稼ぎをしている事に薄々感づいてはいたものの、まだ確信を持てずにいる。

 リンはルキアンの質問をはぐらかすシルバと向き合いながら、自分達が嘘をつかなければならない時期は終わっていると判断し、互いに頷く事で覚悟を決めた。


 「……アデルさん、初めまして。自分は賞金稼ぎをやっているシルバです。自分達が担当した仕事の黒幕と、ジェシーさんの仕事を奪おうとした人間達にたまたま繋がりがあって、問題を解決する為に賞金稼ぎをやっています。ですが、自分もジェシーさんも、この仕事にこだわりはありません。状況が改善すれば、恐らく今年限りになると思います」


 顔つきや人柄は好青年と言って差し支えないが、その肉体はまさに戦う男そのもののシルバ。

 アデルは彼を改めて眺める事で、リンがチーム・バンドーの一員である事をはっきりと理解する。


 「……あっ、やっぱり……! 初めて見た時から、ジェシーの魔力は桁違いだったわ。どうして図書館司書になったのか分からないくらいにね。でも、そういう理由なら安心だわ。ジェシーもシルバさんも、暇な時はいつでも来てね。おもてなしするから!」


 自分達は決して、目前の大金や強さに囚われている訳ではない。

 フェリックス社をはじめとする、不穏な動きを鎮める為の力になりたい……。

 

 アデルの反応から、そう理解して貰えたと確信したリンとシルバは胸を撫で下ろし、互いの観光予定を伝え合った。


 「奇遇ですね! 私もソフィアに慣れてきたワイフと息子を観光させようと、美術館や博物館を回るつもりだったんです! 一緒に行きましょう!」


 ドロフェイの厚意もあり、5人でのソフィア観光が決定した一同。

 

 ルキアンは父親にはない長身と屈強な体格を持つシルバに、出会った時から興味津々。

 早速肩車をねだり、これまでに見た事のない景色に興奮を隠せない。

 

 「すっげ〜! お兄ちゃんありがとう!」


 シルバがおじさんと呼ばれる事もなく、無事にお兄ちゃん扱いされている現実に、密かに安堵感を覚えているリン。

 そして彼女は、シルバの肩車にはしゃぐルキアンを眺めて、その光景に自分達のそう遠くない未来を重ね合わせていた。

 

 

 7月8日・11:00


 チーム・バンドー加入後、改めて行動をともにし、数多の危機を潜り抜けてきたクレアとハインツ。

 

 互いの大切さを知り、無駄な意地の張り合いがなくなった現在、両者の関係は至って良好。

 とは言え、夫婦漫才の様な騒がしさは相変わらずで、すっかり名が知れているソフィアでは、周囲もそんなふたりの変わらぬ姿を見たがっていた。

 

 「おいハインツ、さっき役所でお前らを見たぜ! 遂に婚姻届提出か!?」


 ソフィアの賞金稼ぎ組合に入るや否や、旧知の剣士にからかわれるふたり。

 ハインツは即座に反論するも、特に怒りや焦りの雰囲気は出しておらず、何処か余裕すら感じさせている。


 「バカ、(ちげ)ぇーよ! ソフィアに長居するかも知れねえから、滞在期間証明書を取ってきただけだよ!」


 本人の居住地以外に長く留まる場合、役所で滞在期間証明書を発行する事により、生活の便宜を図る事が出来る。

 例えば賞金稼ぎなら、度々組合に寄らなくても、希望に近い仕事が電話で組合側から打診されるのだ。


 「……そうか、長居か……。何せクレアん()は財団だからな……。色々根回しご苦労だぜ……」


 何かとハインツを茶化す、この剣士の名前はキリエフ。

 クレアやハインツより歳上の27歳で、ツンツンと尖った髪型に豪快な顎髭という強面、尚且つ大の酒好きである。

 

 しかし、顔は濃いが剣の腕前はイマイチで、剣術学校の卒業成績も伝説の低評価。

 マメに組合に通う情報通ぶりと、誰彼構わずイジりまくるその憎めないキャラクターから、後方支援に徹していても何となく仕事が貰える、この地域の名物男なのだ。


 「あたし達が新米の頃にはもう、おんなじ事してたわよね……。キリエフ、いつまでもそんなおこぼれ商売じゃ行き詰まるわよ」


 他人の生き様には出来るだけ干渉しないクレアだが、基本的にいい奴であるキリエフの人生設計のなさは懸念している。

 その点、ハインツやカムイは剣の道一筋ではあるものの、実力と行動力を兼ね備え、賞金の無駄遣いもしていない。


 「な〜に、心配すんな。30歳で芽が出なければ実家の酒屋を継ぐ事になってるのさ! ハハハ!」


 「……それ、もっと心配だわ……」


 クレアの懸念を豪快に笑い飛ばすキリエフだが、彼の周りにいつでも酒があるという未来は、逆にふたりの気分を重苦しくしていた。



 「……ところでキリエフ、何かいい仕事はあるか? 俺達は少なくとも1週間はソフィアにいるつもりだし、ウチの連中は皆それなりにやれる。賞金が高いに越した事はねえが、この辺の奴等にこなせない仕事なら引き受けてやるつもりだ」


 ハインツはキリエフを前にして、チーム・バンドーの実力を自信満々にアピールする。

 テロリストもさえも退けた今、彼の目標であるモスクワ武闘大会で活躍する為には、あらゆる修羅場も恐れない経験値が必要なのだろう。


 「……そうか。まだ得体が知れないんだが、組合で調査を依頼していた仕事があったよ。何でも最近、ヨーロッパ中でおかしな殺傷事件が続発しているんだが、被害者の傷が外傷じゃなく、内側からダメージを受けた様な不自然な事例らしい」


 「内側からダメージ? それ、新手の魔法か何かなの?」


 キリエフの報告内容が余りにも予想外だった為、クレアとハインツも対応に困惑している。

 矢継ぎ早に、更なる報告を進めるキリエフ。


 「……どうやら、魔法というか特殊能力に、受けたダメージをそのまま相手の内側に返す技があるみたいだな。レセプター・リフレクターとかいう俗称で、その使い手は世界中でも数人しかいないらしい……」


 「レセプター・リフレクター? ……確か、チーム・ルステンベルガーのバイスがその使い手だったはずだが……まさか!?」


 『レセプター・リフレクター』の能力は、絶体絶命の場面で不意に発動こそすれ、努力や修行では身につかない天性のもの。

 ヨーロッパでの使い手となれば、最も名の知れたバイスに容疑がかかる可能性があり、ハインツの表情にも危機感が滲んでいた。


 「バイスはヨーロッパ人だし、武闘大会で有名になったから目をつけられやすいわ。賞金稼ぎ組合に依頼が来ているのも、犯人は現役の賞金稼ぎか、賞金稼ぎ崩れの悪党だと疑われている証拠ね」

 

 賞金稼ぎの中では常識レベルが高く、社会人経験もあるバイスが、ルステンベルガー達を裏切ってまで罪を犯すとは思えない。

 クレアはそう信じてはいたものの、こればかりはルステンベルガー達とコンタクトを取らない限り、真相は掴めないだろう。


 「……その事件の被害者ってのが、フェリックスって会社の関係者ばかりなんだ。ここは世界的な大企業だが、まだブルガリアには進出していない。だから犯人がヨーロッパに隠れるなら、ブルガリアだと疑われているんだよ」


 キリエフのこの言葉は、クレアとハインツの脳裏からバイスの容疑を完全に消し去った。

 

 武闘大会以降にチーム・バンドーと因縁が増えてきたフェリックス社に関して、チーム・カムイ全員、そしてチーム・HPのハドソンとパクとは、利害関係から既に共闘している。

 事件の概要を知る限り、容疑者はフェリックス社に何らかの恨みを抱えている事は間違いないだろう。


 しかしながら、チーム・バンドーはこの間にチーム・ルステンベルガーとの共闘はなく、それどころか互いの交流すら殆ど行っていない。

 ルステンベルガー達からは、フェリックス社のフェの字も聞いた事はなかったのだ。


 「恐らくバイスは目をつけられる。ルステンベルガー達も黙っちゃいないだろう。大がかりな仕事になるかも知れねえ……。クレア、キリエフ、俺が奴等とコンタクトを取るまで、その案件をキープしといてくれ!」


 「分かった!」


 ハインツの指示を受け、クレアとキリエフは組合の受付へ。

 ハインツ自身はルステンベルガーに連絡を取り、バイスの周囲に変わった事がないか、場合によって共闘の可能性があるかどうか、その確認の為に行動する。



 7月8日・12:20


 バンドーとフクちゃんを乗せた飛行機は、無事にイタリアのトリノ空港に到着。

 

 統一世界以前には乗り換えを挟み、3時間を超えるフライトを強いられていた両都市。

 現在、統一世界のイニシアチブを握ったロシアとブルガリアの関係が良好な為か、ソフィアからヨーロッパ主要都市の間には直行便が増え、結果として相手先の観光業も潤っていた。



 「バンドーさん、こっちです!」


 到着ロビーの手荷物預り所までふたりを迎えに来てくれたメグミとシンディは、シンディの名義変更というお役所仕事でのトリノ入り。

 それ故に両者はお堅いスーツ姿なのだが、メグミには似合うフォーマルスタイルも、シンディに着せるとどうにも貸衣装感が拭えない。


 「シンディ、久しぶり! 大人っぽい髪型になっているのは、やっぱり新しい名前に合わせたの?」

 

 シンディは、彼女のトレードマークだったブロンドのツインテールをほどき、肩までの無難なボブカットに落ち着いている。

 バンドーは迂闊(うかつ)な質問は彼女に失礼かも知れないと考えたが、大胆なイメージチェンジに触れないのもどうなのかと、敢えて質問をぶつけてみた。

 

 「そうですね〜。シンディ・ファケッティという本名が使えるまでほとぼりが冷めたら、またツインテールに戻しますよぉ! おばさんになってからじゃ困りますけどね〜」


 シンディ自身、色々と思う所はあったのだろう。

 だが、彼女の天然キャラは健在で、同時にアニマルポリスとしての自分と、メグミと一緒に過ごした日々に強い誇りを持っている事も伝わってくる。


 「良かった、シンディらしくて安心したよ! 新しい名前は何ていうの?」


 安堵感から太字スマイル全開のバンドーの追求をかわし、なかなか新しい名前を教えようとしないシンディ。

 その勿体ぶり具合には、相方のメグミも少々呆れ顔だ。


 「私にも教えてくれないんですよ……。ひょっとしたら、まだ考え中なのかも知れませんね。今昼食だと混みますから、先に役所に行きましょう!」


 メグミの手引きを受けて、一同は空港からトリノ市役所を目指してバス停へと向かう。



 

 「登録完了です、ルアーナ・ガウティエリ様。何かと不便だとは思いますが、暫くはこの名前に慣れて下さいね」


 既に警察本部から通達が出ている為、名義変更は驚く程のスピードで完了。

 シンディの新名義は、ルアーナ・ガウティエリだ。


 「シン……いやルアーナさん、この名前にしたのは、何か深い意味があるんですか?」


 発音や綴りに於いて、本名から出来るだけ遠ざける事が重要な名義変更だが、それこそイタリア式姓名のバリエーションは無限大。

 フクちゃんには、ルアーナがこの名前を即興で思いついた様には見えない。


 「……ルアーナってのは、流産になっちゃった私の妹になるはずの子の名前でした。今、生命(いのち)を分けてあげたかったんです。ガウティエリの方は、普通に好きなお菓子のブランドですね〜」


 感動的なエピソードで皆がしんみり……とは行かないルアーナの天然ぶりは、名前が変わった程度では微動だにしていなかった。


 「それじゃあ、お昼ご飯に行きますよぉ! トリノの美味しいレストランは、実は賞金稼ぎ組合の側にもあるんです。トリノの組合は大きいですから、バンドーさんも一度は寄り道の価値がありますね〜」

 


 

 ルアーナ……つまりシンディの名義変更がトリノで行われた理由は、この街に彼女の実家があるから。

 トリノはミラノに次ぐイタリア第2の工業都市で、かつては自動車産業や航空機産業で名を馳せている。

 

 だが、環境を重視する統一世界下ではそれらの産業は抑制され、やがて競争力が低下したトリノにミラノやフィレンツェの様な華やかさはなく、かと言ってローマやベネツィアの様な観光の売りも少ない。

 どちらかと言えば、ドイツやオランダの雰囲気に近い質実剛健な街になっていたのだ。

 


 「美味かった〜! イタリア料理の美味さの秘密は何だろう、野菜の鮮度が違うのかな?」

 

 ルアーナ推薦のレストランで本場のピザとパスタを堪能した後、そこから程近いトリノの賞金稼ぎ組合を訪れる一同。

 伝統的にずる賢いワルが多いと言われているイタリアは、トリノ、ミラノ、ローマの3ヶ所に賞金稼ぎ組合があり、意外にもトリノの組合が最大の規模を誇っている。


 「はじめまして〜! レイジ・バンドーで〜す!」


 ルアーナの口調に感化されたとおぼしき、軽ノリのキャラで受付にコンタクトしてしまうバンドー。

 だが、やはりここはイタリア、オペレーターも陽気で目鼻立ちのハッキリした女性だった。


 「チャオ〜! 珍しいアジア系の方ですね! 私はオペレーターのカタリーナ、よろしくお願いしま〜す!」


 女性オペレーター、カタリーナがバンドーに組合の説明をしている間、彼女の隣で事務作業をこなしていたインテリ風の男性職員は慌てて眼鏡をかけ直し、今一度バンドーをまじまじと眺める。


 「……ひょっとして、チーム・バンドーのリーダーさん……なんですか?」


 男性職員は対面の受付業務は苦手なのか、歯切れの悪い話し方でバンドーの顔色を伺う。

 しかしながら、その表情からはアジア人を見下す差別的な意思ではなく、バンドーに対するリスペクトの様なものが感じ取れていた。


 「……え? はい、そうですが……。今日は友達の用事のついでにここに来たので、すぐに仕事が欲しくて来た訳じゃないんですけど……」


 またしても他人の口調に感化され、歯切れの悪い態度になったバンドーが取りあえずフリーである事を認識すると、男性職員は手元の資料からとある1件の仕事のオファーを打診する。


 「あ、貴方くらいの実績がある方を探していたんです! 今、この仕事を強引に持って行こうとしている剣士の方がいるんですが……彼はひとりで来ています。この仕事の相手は3人ですので、少なくともあとひとり賞金稼ぎを付けないと、あ、安全面で規約違反になるんですよ……」


 「……おいコラッ! 勝手にふたりにするんじゃねえよ! 賞金が減るだろ!」


 男性職員の陰から焦りの声を上げる、剣士らしき男性。

 

 その声は甲高くてよく通るが、姿は人混みに紛れてよく見えない。

 どうやら、彼はヨーロッパ人としては小柄な体格の様だ。


 「……って、お前がバンドーなのか!? 大した苦労もなくランキングを上げやがって! アジア人となんか組むつもりはねえ、それより俺と勝負しろよ! そうすりゃあ俺のランキングも上がるからな!」


 人混みの中からひょこっと顔を出したこの剣士は、どうやらそれなりにバンドーの事は調べているらしい。

 だが、早口で捲し立てるその言葉には、多分に偏見や誹謗中傷が含まれている。

 

 まだ若く、血気盛んで礼儀の足りない新米の可能性があるとは言え、初対面の人間に対するこの振る舞いには、同行しているメグミやルアーナも憮然とした表情を隠せない。

 

 「おいおい、金が欲しい気持ちは分かるけど、お前は規約違反を指摘されてんだろ? 違う仕事にするか、仲間のひとりでも呼んでくりゃいいだけじゃないか! 俺に怒っても意味ないぜ!」


 バンドーも思わず反発する相手の剣士は、ブロンドヘアーにブルーの瞳を持つ整った顔立ち。

 しかし彼には、実年齢よりも幼く見られるバンドーから見ても明らかに歳下だと分かる、やんちゃな幼さが残っていた。


 「俺はフランチェスコ・ラバッツァ。ヨーロッパ剣士ランキング82位の、トリノ剣術学校特待生だ! まだ在学中だが、訳あって実習させて貰っているのさ!」


 颯爽と自己紹介を始めた、ラバッツァという少年。

 クレアやハインツは高校卒業後に剣術学校に入学したが、チーム・ルステンベルガーのシュワーブは高校を中退して剣術を学んでおり、恐らく彼も高校中退組、まだ17〜18歳といった所だろう。


 「バンドー、お前は歳を喰ってはいるが、俺と同時期に賞金稼ぎに登録した新人だという事を知っている。だが、学校にも通っていない素人が3ヶ月で62位はおかしいだろ!? 武闘大会もチェックしたが、俺の方がお前より上のランクに相応しいはずだ!」


 最新のランキングもくまなくチェックする、ラバッツァの剣術マニアぶり。

 何となく、在学中のハインツもこんな感じのクソガキだったのか……? と、思わず苦笑するバンドーとフクちゃん。


 とは言うものの、この歳でランキング入りという実績は彼に実力がある証拠。

 むしろ何故、この逸材を育成中に危険な目に遭わせてまで賞金を稼がせなければならないのか、バンドー達はその理由を知りたがっていた。


 「……ちょっと私が説明しますね! ラバッツァ様はお父様を交通事故で亡くしていて、お母様もその事故の後遺症で歩行が困難になっているんです。お母様の人工関節代替手術の費用を稼ぐ為に、学校も私達もラバッツァ様に低難度の仕事を斡旋しているのですが……」


 「セコい仕事をチマチマやるんじゃ遅いんだよ! お袋の手術は早ければ早い程成功率が上がるし、あと200000CP、今すぐ稼ぎたいんだ!」


 カタリーナの説明を遮る様に窮状を吐露するラバッツァ。

 人助けが背景にある事が分かり、バンドー達の彼への嫌悪感は少しずつ薄れている。


 「……今、ウチの組合に来ている200000CP以上の依頼で、少人数で出来るものはこの仕事だけです。元マフィアを含めた3人組が空き家をジャックして、古巣の盗品を対象に違法カジノを営業しているという情報なんですが……この空き家は市街地に程近く、明確な騒音や暴力沙汰が報告されていない為……逆に警察も動きにくいんです」


 事務職員が淡々と読み上げる依頼は、一見3人のならず者の拘束でカタが着きそうな仕事に思える。

 だが、元マフィアという肩書きから相手は拳銃を所有している可能性があり、更にタイミングが悪ければ、彼等を粛清しようとするマフィア本体とも鉢合わせする危険性が否めない。


 ラバッツァにバンドーが手を貸しても、フクちゃんの力も借りなければ安全とは言い難いレベルの仕事だ。


 「……3人組を拘束すれば400000CPの賞金が出ますが、それが出来なくても明確な証拠写真を撮影すれば警察が動き……250000CPの賞金が出ます。この賞金は空き家の跡地に病棟の建設を予定している病院からの援助金も含まれていますので、バンドー様がラバッツァ様に手を貸していただければ……ラバッツァ様のお母様の治療も円滑に進む、最善策になると思うのですが……」


 (……バンドーさん、やりましょう。メグミさん達に私の正体を明かす、いいきっかけにもなりますからね)


 男性職員の説明を聞き終わる頃、フクちゃんから快諾のテレパシーがバンドーの耳に送られて来る。

 

 フクちゃんのバックアップがあれば、最悪の事態でも命を失う事はない。

 また、無理して悪党と戦わなくとも、証拠写真を撮影して戻る事が出来れば良いのだ。


 「……じゃあ名義だけふたりにしろよ! 俺がちゃちゃっと走って行って、空き家に押し入って証拠写真を撮って戻って来らぁ! それで250000CPならチョロいぜ!」


 ラバッツァはこの仕事の危険性を、未だ全く理解していないらしい。

 

 恐らく彼が今までこなして来た仕事は、1対1の悪党との勝負が中心。

 その中にたまたま、悪の道へと転落していたランキング剣士がいて、その剣士を倒した実力が評価されてランキング入りに繋がっただけなのだろう。


 「お前バカか!? 元マフィアって事は、拳銃を持ってるかも知れないんだ! 接近戦ならともかく、距離を取られた拳銃に剣が勝てる訳ないんだよ! そんな事はハインツもカムイもハドソンもヤンカーも、ボロニンだって知ってたさ!」


 遂に堪忍袋の緒が切れ、ラバッツァに詰め寄るバンドー。

 

 彼の口から畳み掛ける様に飛び出てくる剣士の名前は、バンドーがともに戦い、ある時は彼自身が倒した男達。

 だが、まだ新米であり、尚且つ剣術マニアのラバッツァにとっては、ランキングにきら星の如く輝いているヒーロー達なのだ。


 「……ラバッツァさん、私達と共闘しましょう。仮に証拠写真を撮るだけなら、貴方の取り分が200000CP、私達の取り分は50000CPで構いません。今日の私達は、賞金を稼ぐ為にトリノに来たのではありませんから。貴方のお母様の回復を願っています」


 小柄なラバッツァよりも更に小柄で、幼さを隠せない彼よりも更に幼く見えるフクちゃんに諭され、流石のラバッツァも沈黙する。


 「……お、お前ら本当にそれでいいのか……? 俺はどうしても、200000CPだけは貰わなきゃならないんだぞ……?」


 弱肉強食の世界で母子家庭となり、他人の善意を信じられる環境にはなかったラバッツァ。

 剣術一本で奨学金を得た彼は、今初めて自身の足跡を振り返っていた。


 「……ラバッツァさん、はじめまして。私達はメグミとルアーナ。これでも一応、警察関係者なんです」


 これまで沈黙を守っていたメグミが、アニマルポリスの手帳を出してラバッツァの説得に挑む。


 「……バンドーさんとその仲間の皆さんは、世間一般の賞金稼ぎとは違います。他人の気持ちとモラルを意識しながら自分を貫く事が出来る、素晴らしい方々ですよ。私もそんな皆さんとお近づきになれた事を、誇りに思います。どうか彼等を信じて、お母様の為の最善策を選択して下さい」


 「……メグミさん……」

 

 バンドーはメグミの言葉を聞きながら、不意にこみ上げてきた涙を慌てて拭い去る。

 自分達の生き様が認められた喜びと、トリノに来た選択が間違っていなかった充実感に肩を震わせる彼は、思わず目が合ったオペレーターのカタリーナと男性職員から、柔らかな微笑みを投げかけられていた。



 7月8日・14:00


 バンドー達がトリノでラバッツァと揉めている頃、ソフィアの賞金稼ぎ組員内の食堂に集う、ひと組の賞金稼ぎパーティー。

 そのメンツはクレア、ハインツ、情報屋のキリエフに加えて、観光を終えて合流したシルバとリン。


 つまり、ぱっと見ではバンドーとキリエフを入れ換えただけの、誰も不思議に思わないバランスの取れたパーティーが成立していたのだ。


 「ルステンベルガーに連絡を取ってみた。残念ながら、バイスは既に拘束されていたよ。常にチームで行動しているアリバイがあったんだが、レセプター・リフレクターの情報が少ないが故に、警察の重要参考人にされちまったんだ。ルステンベルガーとヤンカー、そしてシュワーブの3人も、真犯人を探しにブルガリアに来るぜ」


 目的こそ異なるものの、夕方にはカレリンとコラフスキも合流し、いずれはレジェンド剣士スコットも姿を見せるに違いない。

 賑やかになる、そんなひと言では済まない事態が待っているだろう。


 「……それにしても、キリエフさんとはさっき会ったばかりなのに、何だかチームに馴染んでますよね……」

  

 シルバとリンには、キリエフが単なるクレアとハインツの知人にとどまらない、謎の存在感を持つ男に見える。

 情報とイジりキャラを武器に、おこぼれ商売で世間を渡ってきた彼の適応力は伊達ではなかったのだ。

 

 「……どうやら、お前らだけの手に負えない状況になりそうだな。俺が今のブルガリア情報を提供して交通整理をしてやるよ。あ、賞金の分け前はお前らより少なくていいぜ」


 今回も何となく、他人のパーティーに潜り込む事に成功したキリエフ。

 クレアとハインツはそのしたたかさに呆れ返っていたものの、彼がルステンベルガーやスコットまでもイジり倒せる強心臓ではないと認識し、トラブルの懸念はなさそうである。


 「……犯人がブルガリアに潜伏している確証はありませんし、例えブルガリアにいても広いですからね……。フェリックス社が絡んでいますから、特殊部隊の仲間の力も借りられるはずです」


 シルバのプランを下敷きに、チーム・バンドーとチーム・ルステンベルガー、そしておまけでキリエフのミッションが動き出す。

 

 賞金は有力な情報提供で100000CP、容疑者特定通報で1000000CP、犯人捕獲で2000000CP。

 あらゆる暴力が蔓延する世の中に於いて、『レセプター・リフレクター』の能力者が犯罪に走るという現実は、その高額賞金に見合う脅威なのだ。



 7月8日・15:00


 賞金稼ぎ組合のミニバンを借り、仕事の現場に到着したバンドー達。

 

 幸いにして、トリノ警察署には名義変更によるメグミ達の来訪が前もって伝えられており、警察関係者の彼女達を守る名目で警察のバックアップが実現。

 非常事態にメグミかルアーナがトリノ警察に応援を要請すれば、賞金首には公務執行妨害容疑が適用されるのだ。

 

 「やったねメグミさん! 考えられる最高の展開になったよ!」


 他人との共同作業の経験が殆どないラバッツァはバンドーの興奮の理由がよく分からず、上昇ムードにもキョトンとするばかり。

 

 犯罪の増加により、初期段階の警察案件を賞金稼ぎに頼る事例が増えてきたものの、やはり組織力と拳銃の脅威に対抗出来る警察の力は借りるに越した事はない。

 元軍人のシルバの存在があるとは言え、これ程国家権力を有効利用した賞金稼ぎは、チーム・バンドー以外にないだろう。


 「……ラバッツァさん、行きますよ。まずは安全な場所から現場の周囲を確認しておきましょう」


 初心者に説明する様な話しぶりのフクちゃんに、曲がりなりにもランキング剣士であるラバッツァは早くも機嫌を損ね始めた。

 

 「おいコラ、舐めてんのかよ!? そのくらいいつもやってるぜ! 今の所、空き家の後ろに立つあのアパートから監視している奴はいない。今がチャンスだろ!?」


 ラバッツァはラバッツァなりに、仕事の手順を踏んではいるらしい。

 だが、西陽が降りてくるこれからの時間帯に、西陽に目を細める場所にわざわざ張り付いて監視をする、そんな人間はいないだろう。


 「ラバッツァさん、西陽を背にするこっちの通りですよ。普通に人が往来していますが、立ち止まって雑談しているあの人、ホームレス風の出で立ちで酒を煽るあの人、トランプで遊ぶあの人、全てが警戒対象です。見ていて下さいね、降りますよ」


 (……こいつ、俺よりもガキなはずなのに……。一体何者だ?)


 フクちゃんのただならぬオーラに一瞬身構えるラバッツァだったが、取りあえず助言通りに監視を続行。

 バンドー、フクちゃん、そしてラバッツァの3名はミニバンから降り、空き家へと歩みを進めた。


 「……え!? フクコちゃん危ないわ! 車に残らなきゃ!」


 これまでにないフクちゃんの積極性に驚く、メグミとルアーナ。

 彼女達にとってフクちゃんはまだ、『バンドーの妹である高校生』でしかないのである。


 「……メグミさん、ルアーナさん。ずっと本当の事が言えずにいました。私はバンドーさんの妹ではありません。私の正体と本当の目的を、貴女達に話す時が来たのです。このまま嘘をつき続ける事は、お互いにとっても不幸ですからね……」


 「……それって……どういう事なの!?」


 メグミ達に背を向けたまま、遂に真実を語り始めたフクちゃん。

 たが、メグミとルアーナは当然それ以上の説明を求めていた。


 「メグミさん、ルアーナ、本当にごめん! この仕事が終わったら俺が説明するから! でも、こうしてフクちゃんと一緒に旅が出来て、一緒に戦えるのは、実はアニマルポリスのお陰なんだよ!」


 バンドーは振り向いて彼女達に頭を下げ、再び仕事へと向かう。

 ヨーロッパ全土が快晴の今日、トリノの陽射しは一段と厳しい。


 

 「……予想通り、窓は塞がれていますね。これでは中に入らないと証拠写真は撮れません。ラバッツァさん、どうしますか?」


 「どうするって……ドアから入るだけだろうがよ!? 鍵が掛かってたら蹴破るか、剣でドアを壊すまでだ! 中に盗品が隠されているなら、ドアに爆弾が仕掛けられているなんて事はないだろ!?」


 ラバッツァに質問を浴びせたフクちゃんは、彼の返答にまずは軽く頷いた。


 「……爆弾の危険性に言及したのは正しい認識です。しかし、爆弾以外にも侵入者への罠は無限にあります。バンドーさん、私が鍵を開けますから、ドアの形式の確認をお願いします」


 「オッケー!」


 バンドーと軽いやり取りを交わし、フクちゃんは遠隔魔法でいとも簡単に空き家の鍵を外す。

 彼女が時折、何気なく使うこの魔法だが、風や水が関与していない魔法は普通の人間には使えないレベルである。


 「フクちゃん、これ押戸だね。つまりドアを押し開けた瞬間、ドアの上から石とか槍が降ってくる罠が考えられるんだよ」


 バンドーはラバッツァに笑顔で注意を促し、昔クレアと散々試した、剣先での押戸解放に挑む。


 「おりゃっ!」


 バンドーが勢いよくドアを押し開けると、1〜2秒のタイムラグが訪れた後、天井から30㎝程のロープ止め釘の雨が降り注ぎ、地面に針の山が完成する。

 確実に、侵入者を仕留める為のトラップだ。


 「……たいしたもんだな……」


 フクちゃんとバンドーの手慣れたトラップ解除に、これまで技術と勢い、そして運で戦っていたラバッツァは舌を巻いている。


 「ラバッツァ、後ろの動きはどうだ!?」


 バンドーに指示され、慌てて背後の監視に戻るラバッツァ。

 だが、さっきまで路地裏にテーブルを並べてトランプに興じていた男達の姿が消えていた。


 「まずい! 丁度3人いなくなってる!」


 ラバッツァの叫び声と同時にバンドー、フクちゃん、そしてラバッツァは1ヶ所に集まり、敵の急襲に備える。

 その直後、エンジン音を抑えて静かに彼等に迫る、3台のバイクの姿を確認。


 「……メグミさん、警察に連絡を! 真ん中のバイクの男、サイレンサー付きの拳銃を持っています!」


 「フクコちゃん……そんな所まで見えるの!? やっぱり普通の人間じゃないのね!?」


 フクちゃんの人間離れした視力に、ルアーナともども動揺を隠せないメグミ。

 

 元来、バンドーが風魔法のひとつでも発動させれば、このピンチをひとまず回避する事は出来るはず。

 しかし、バンドーは敢えてフクちゃんの超人的能力を彼女達に見せつけようとしていたのだ。

 

 「ここは市街地の側だ。奴等は何気なくバイクで通りすぎる途中で俺達を撃つつもりなんだよ! ラバッツァ、まだじっとしてろよ! フクちゃん、シールドを!」


 「ほいっと!」


 フクちゃんが人間の魔導士とのレベルの違いを証明する能力、それは銃弾をも弾くシールドの存在。

 余裕の掛け声とともにシールドを準備したフクちゃんは、自身とバンドー、そしてラバッツァを相手のバイクより僅かに早いタイミングで包み込む。


 パスッ……


 サイレンサー付きの拳銃から放たれる弾丸は、やや拍子抜けする程の小音量でバンドーの胸部周辺に撃ち込まれる。

 だが、弾丸はフクちゃんのシールドの弾力であっさりと跳ね返され、バイクの3人組はその目を疑う様に通過した道を折り返した。


 「……何だありゃ!? 確かに弾丸(タマ)は当たっていたよな!?」


 それなりに人気(ひとけ)のある通りでの銃撃を続ける訳にはいかないが、全く無傷のバンドー達を見逃して去る事も出来ない。

 拳銃の男とその仲間は慌てて現場に戻り、短時間の間に全ての弾丸をシールドへ向けて撃ち尽くす。


 「……すげえ……! ハイレベルな魔法ってこんなにすげえのかよ!?」


 シールドを魔法と思い込んだラバッツァは、相手の弾切れを確信して一気にテンションを高めていた。


 「フクちゃん、ありがとう! ラバッツァ、行くぞ! 殺さない程度に暴れるんだな!」


 「おうよ、任せな!」


 市街地の程近くで、何かが起きようとしている。

 好奇心旺盛なイタリア人野次馬達は、剣を抜いたバンドーとラバッツァに目を奪われ、危険も(かえり)みず空き家の周りを取り囲む。


 「そらよ!」


 「……どわっ……!」


 バンドーとラバッツァ、ふたりが期せずして同時に投げたナイフは男達のバイクのエンジン付近に激突し、その衝撃と万一の爆発を恐れた彼等は慌ててバイクを乗り捨てた。


 「ヘイヘイ! アナログ攻撃最強だぜ!」


 小柄だが抜群のスピードを誇るラバッツァは、瞬く間にふたりの男を視界に捉え、細やかなステップから鮮やかに男達の二の腕を斬り付ける。


 「ぎゃっ……!」


 男達はベストのポケットから凶器を出す事すら出来ず、二の腕から流れる鮮血を押さえて地面に転がった。


 「……やべえ、こいつ本物だよ!」


 的確な技術に裏打ちされたラバッツァの早業を見せつけられたバンドーは、拳銃を投げ捨てナイフを両手に構えた男と未だ睨み合ったまま。

 こと剣術に限っては、ビッグマウスのラバッツァに完全に負けている。


 「……テメエら、ただ者じゃねえな。本部の追っ手か?」


 肩で息をしながらも、その男の目にはまだ闘志がみなぎっている。

 拳銃を持っていた事からも、この男が元マフィアとみて間違いないだろう。


 「ただの賞金稼ぎさ。でも、今のひと言でお前の容疑は確定したぜ! 芋づる式にマフィアの情報も吐いちまいな!」


 バンドーは男のナイフを2本ともなぎ倒さんばかりの大振りを見せたが、実は相手が身体を屈めて剣をかわす瞬間までを頭に入れていた。


 「剣だけじゃないぜ!」


 自らの腰の高さにまで下がった男の顔に打ち込まれる、バンドー渾身の膝蹴り。

 鼻血を吹き出して前後不覚に陥る男の脇腹に剣が追い討ちをかけ、激痛とともに男のシャツには鮮血が滲む。


 「さあ、とどめだっ……!」


 「きゅうー」


 バンドーの十八番(おはこ)フィニッシュ、ワールドクラスの頭突きが綺麗に決まり、男は鼻出血多量で戦意を喪失。

 一方、手持ちぶさたのフクちゃんは空き家の内部を覗き込み、盗品と思われる貴金属の存在を確認していた。


 「やったなバンドー! 随分効率の悪い戦い方だがな!」


 バックアップに駆けつけたパトカーのサイレンを聞きながら、3人組の拘束で満額の賞金400000CPを仲良く200000CPずつ山分け出来る、最高の結果を手にしたラバッツァ。

 その精神状態もあり、彼は初めてバンドーを讃えている。


 「ラバッツァ、お前は凄いよ。もう少し謙虚さと慎重さを持てば、俺なんて来月にでも抜かれるさ! お袋さんの為にも頑張れよ!」


 バンドーは太字スマイルでラバッツァの背中をビシビシと叩き、ひと暴れしてストレスを解消したラバッツァも年齢なりの素直さを取り戻していた。


 「バンドー、お前が何故俺よりランキングが上なのか、今分かった。強さだけでは超えられない壁を、お前らは壊しているんだ! お袋が元気になったら、またお前らをトリノに招待するよ!」


 世代を超えて、新たな友情が芽生えたバンドーとラバッツァ。

 フクちゃんは西陽に目を細めながらも、そんなふたりをまるで保護者の様に見守っている。


 「……フクコちゃんの正体が何であったとしても、彼女が優しさと強さを併せ持つ、私達の友達である事に変わりはないわ……。そうよね? ルアーナ」


 メグミとルアーナはフクちゃんの真実に一抹の不安を抱えてはいたものの、期待通りのハッピーエンドにひとまず胸を撫で下ろしていた。



  (続く)

 

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