第66話 東欧の鎮魂歌 (レクイエム)
7月6日・9:30
「……堅気じゃなさそうな連中が、何人かいるわね。でも、単なる見張り。武器はまだ持っていないわ」
防弾仕様のキャンピングカーを走らせ、アシューレが取締役に収まった貸倉庫会社『アレクセイ・コンテナーズ』の敷地を監視する、チーム・バンドーと特殊部隊連合軍。
レディーは早くもテロリストらしい人間を数名発見したが、ここはあくまで、フェリックス社が株式の保有により子会社化した、いち民間企業。
今の所、彼等も私服警備員の域を出ていない。
「取りあえず、俺達が捜査令状を持ってアシューレに事情聴取を行う。だが、非常時にはこの車が盾になるんだ。だから運転が出来る人間、魔法で援護出来る人間を最低ひとりずつここに残したい。俺とグルエソ以外で、車を運転出来る者は手を挙げてくれ」
ニコポリディスの言葉に反応し、手を挙げたのはバンドーとシルバのみ。
大災害後の統一世界に於いて、環境汚染の槍玉に挙げられた排気ガスに関わる自動車の数は減少し、それに伴う運転免許取得のハードルは上げられていたのだ。
「俺も農業じゃなかったら、車の免許なんか取らなかったな。やたら高いし、教官は鬼軍曹だし」
昔話で愚痴をこぼすバンドーを隣で笑うのは、かつてのリアル鬼軍曹を義父に持つシルバ。
「分かった。すまないがバンドー君とフクコ君は車に残ってくれ。見た感じ、一般職員は普通に勤務中だ。俺達がアシューレに会いに行った所で、待ち構えたテロリストに社内で銃撃を受けるなんて事はないだろう」
フェリックス社が『アレクセイ・コンテナーズ』を子会社化した時点では、鉄道工事完成と同時に予定していた爆弾テロを淀みなく遂行する事が、会社としての最優先事項だったはずである。
その為に、爆弾や武器の合法的な保管場所が必要だったのだろう……と、含み笑いを浮かべるニコポリディスは確信していた。
しかし今、その計画はチーム・バンドーや特殊部隊の知る所となり、エディやアシューレが慌ててこの会社を隠れ蓑に対策本部を設置していたとしても、何ら不思議ではない。
「俺と……そうだな、シルバ君はアシューレの尋問に協力してくれ。他のメンバーはグルエソを中心に社内を捜索だ。恐らくこの会社には、エディも出入りしているだろう……爆弾が見つかる可能性は高い」
「分かりました!」
短時間で一致団結した一同は士気を高め、そのタイミングを見極めたニコポリディスは少々声のトーンを落とし、やがてゆっくりと語り始めた。
「アキンフェエフ警視総監の見解を伝える。まずは、急展開とは言え賞金稼ぎの諸君を危険な目に遭わせる事をお詫びする。我々警察にとってもエディ・マルティネスは要注意人物であり、これまでの彼の罪状を加味すれば、極刑に値するテロリストだ。従って、諸君らの正当防衛が問われるシーンに於いて、エディをはじめとするテロリストの殺生の権利を保証する」
これまで、悪党を斬りつけて負傷させても、その命までは奪わなかったチーム・バンドーとレディー。
警察の最高権力者から受けたお墨付きは、むしろその場の空気を重くさせ、チームリーダー、バンドーの胸を激しく締め付ける。
「……いくら悪党相手とは言え、俺達は遂に、人を殺す権利まで手にしちゃったんだな……」
「警察だ! 『アレクセイ・コンテナーズ』代表取締役、ドル・アシューレに話がある。捜査令状も取ってあるんだ、出てこい!」
満を持してアシューレの尋問に挑む一同。
インターホン越しに対応した女性職員は、ニコポリディスの野太い声と警察という威圧感に度肝を抜かれ、消え入る様にアシューレの元へと駆け出した。
「待っていたよ。だがタイミングが悪く色々と面倒臭くしたな、チーム・バンドーと警察の皆さんよ!」
一般職員の不安げな眼差しをものともせず、柔和な笑顔とは裏腹な挑発的態度で来客を煽るアシューレ。
自身はテロ計画に深く関与してはいるものの、ガチノビッチらの死傷現場に居合わせた訳ではないだけに、その表情には余裕がある。
「……昨日の夕方に、お前の会社所有の倉庫近辺で地雷によるテロが発生した。そのテロは、前もって賞金稼ぎ組合に依頼を持ち込んだ男が、とある賞金稼ぎチームをおびき寄せる罠だったと、我々は踏んでいる。現在、依頼を持ち込んだ男の身柄を拘束して取り調べ中だ」
ニコポリディスはジャンナコプーロスの逮捕を含め、これまでの捜査の過程を報告。
その間、アシューレはアテネで勝負を預けた格闘技のライバル、レディーの姿を発見し、己の宿命を再確認した。
「……この会社がフェリックス社の傘下に入ったのは、現在指名手配中のテロリストが鉄道工事の現場労働者として派遣された、その時期と重なっている。我々はフェリックス社のテロ計画主導疑惑と、テロ当事者の身柄隠匿疑惑、そしてテロに用いる爆弾や武器の所在について、お前の尋問と会社の捜索を行う権利がある!」
「フッ……俺はじきにフェリックスの人間ではなくなるが、いいだろう。こっちに来るがいい……」
一般職員から身を隠し、勝手知ったる社長室で来客に対応しようとしたアシューレ。
だが彼は、不吉な予感から咄嗟の反応を見せたシルバに右腕を掴まれ、周囲の視線に晒されたままオフィスでの尋問を余儀なくされる。
その傍ら、グルエソを中心に爆弾や武器の捜索もスタートし、立場の悪化したアシューレは左手でポケットの携帯電話をまさぐりながら、何やらメールらしきものを送信していた。
「……あれは何だ? 見張りの連中が1ヶ所に集まっていくぞ?」
キャンピングカーからレディーの双眼鏡で周囲を監視していたバンドーは、突然駆け足で会社の非常口付近に集結する怪しい男達を見逃さない。
彼等は非常口から段ボールの様なものを運び出し、中から慌ただしく何かを取り出して仲間に手渡していく。
「あの鈍い光……拳銃に間違いありません!」
フクちゃんは人間レベルを超越した視力を駆使して、非常事態を確信。
アシューレから何らかの合図を受けたテロリスト達が、社内で捜査を進めるニコポリディス達を包囲しようとしていたのだ。
「車を乗り入れて奴等の気を引こう! この車なら撃たれても暫くは大丈夫なはずだ!」
バンドーの判断にフクちゃんも頷き、堂々たる警察車両が『アレクセイ・コンテナーズ』の敷地内に侵攻を始める。
「……話せる事はこれだけだ。ところで皆様、爆弾とやらは見つかりましたかな? 俺はただ、ニーズがありながら正当に評価されない中小企業を立て直す為に、フェリックス社の指示でここの取締役になったまでだ。爆弾テロなどと、とんだ濡れ衣を着せるのはやめていただきたいね!」
隠蔽工作には自信があるのか、アシューレは窓の外に仲間を集結させつつも、更に強気な口調になっていた。
アシューレを拘束出来ない可能性がちらつき、ハインツら社内を捜索するメンバーの表情には焦りの色が隠せない。
だが、元レンジャー隊員にして爆発物のエキスパートであるグルエソだけは、壁に掛けられた古い時計を眺めて、何やら確信めいた笑みを浮かべている。
「アシューレさんと言ったな、流石は大企業の顧問弁護士さんだ。この会社の規模に見合わない、いい趣味の時計だよ」
グルエソの意外な審美眼に、無意識のうちに緊張感が緩むアシューレ。
仲間が周囲を完全に包囲する時間を稼ごうとばかりに、得意気な表情で壁掛け時計について語り始めた。
「……お前にも分かるか。モロッコの行商で見つけた骨董品だ。もう職人はこの世にいないからな、俺が天寿を全うさせてやるのさ」
大災害どころか、20世紀の動乱まで乗り越えたとおぼしき貫禄を放つその時計は、それまで捜索に夢中だったリンやレディーの興味も引いている。
「この時代、この造りなら、恐らくかなり軽い時計であるはずだ……。だが、壁にもたれかかる様に掛かっているのはおかしい……。この掛け方なら、普通は前のめりになって、もっと文字盤が見やすいはずじゃないか?」
時計の重量バランスの疑問を、さりげなくアシューレに問いかけるグルエソ。
確かに、人間の頭の高さより高い位置にある時計が、人間の視線から逃げる様な角度になっているのはおかしい。
「……おっと、すまないな。掛け方を間違えたよ。この時計は重量のバランスが悪く、上半分に機械が集中しているんだ。後で直すよ」
アシューレは、出来るだけ自然な言い訳でその場を乗り切ろうとしている。
だが、彼の嘘を見抜いたグルエソは、一同の中で一番背の高いシルバを時計の前に呼び出した。
「シルバ。お前なら手が届くだろう。この時計を降ろしてくれ。絶対に落とすなよ」
シルバはニコポリディスと相談し、アシューレの右腕を掴む役割を交代してからグルエソの元へと歩み寄る。
そして、グルエソの警告通りに両手でしっかりと時計を掴み、ゆっくりと降ろしていく。
「見ろ。凄い機械の数だろ。単なる裏側の重みだよ」
アシューレは軽く笑い飛ばして見せているものの、その目は笑っていない。
グルエソは時計を裏返してデスクに置き、その機械を虫食いに外して新たに組み合わせた。
「……この組み合わせで、1個の爆弾だよ、アシューレ。あまり俺を舐めるな」
グルエソが組み合わせた機械の形に、一同は声を失う。
虫食いの形で上下左右に散らばっている様に見えた機械は、実は細い導線で確実に繋がっており、時計の奥には火薬ケースらしきものが存在している。
「上手く隠したつもりだろうがな。お前が社長室に俺達を誘導したがったのも、爆破させるスイッチみたいな物がそこにあるからだろ?」
「……社長、まさかそんな……!?」
グルエソの言葉に煽られた一般職員の動揺は、瞬く間にオフィスを混乱の渦に巻き込んでいく。
爆弾が見つかった事で、捜索に汗を流していたハインツやクレア達もアシューレの周りを取り囲んでいた。
「アシューレがヤバいぜ! 窓を撃ち破れ!」
オフィス周辺を包囲していた、拳銃を持つテロリスト達。
リーダー格の合図で、5人が一斉に拳銃を構える。
「させるかああぁぁ!」
間一髪のタイミングで、バンドーとフクちゃんを乗せた防弾仕様のキャンピングカーが敷地内に殴り込みを敢行。
その巨体とスピードに恐れをなしたテロリスト達は瞬間的に持ち場を離れ、キャンピングカーを標的に捉え直した。
「車が……バンドーだわ!」
外の騒音にいち早く気づいたクレアは、手近な窓を開けて様子を確認しようと動き出す。
「クレアさん、危ない! 伏せていて下さい!」
シルバの叫び声に反応し、咄嗟に身を伏せるクレア。
そのタイミングで、外から数発の銃声が一斉に鳴り響いた。
「銃声!? 何が起こっているんだ!?」
悲鳴と怒号に溢れ返るオフィスを尻目に、チーム・バンドーと特殊部隊は状況を冷静に把握する。
会社の周りを拳銃を持ったテロリスト達が包囲し、アシューレの援軍に入ろうとした所を、すかさずバンドーとフクちゃんが妨害したのである。
(よし、この隙に……)
混乱の合間を縫って逃走を謀るアシューレの行動は、既に読まれていた。
社長室の前に先回りしたレディーが、ヌンチャクを構えてアシューレとの決着を望んでいたのだ。
「文武両道のエリート弁護士も、もうただのテロリストね。あんたを倒して、警察に突き出してやるわ!」
「……くっ、本来ならお前の相手をしている暇はないのだが……特別に時間を作ってやる」
現在のアシューレにとって、まずはこの場を脱出してエディ、ガルシアと合流する事が最優先。
そして、昼までに集まる兵隊とともにチーム・バンドーを始末し、水道局を地獄絵図にしてフェリックス社への復讐を果たす。
だが、彼の中に流れるスポーツエリートの血は、レディーとの勝負を拒否出来なかった。
パアアァァン……
バンドーがテロリスト達の気を引いている間、銃弾はキャンピングカーに向けられている。
しかしながら、車の防弾仕様にも限界があるのは明らか。
シルバはバンドーの援護の為に窓から周囲を見渡し、リンに目で合図しながら窓を開けて自然の風を取り込んだ。
「一撃で、全員飛ばします! 職員の皆さんは奥に避難して下さい! はああぁぁっ……!」
シルバと阿吽の呼吸を見せるリンはその目に蒼白い魔力を宿らせ、自然を取り入れたひとつの窓からの風魔法に全神経を集中させる。
「……ニコポリディスだ! 『アレクセイ・コンテナーズ』から爆弾が見つかり、現在テロリストから銃撃を受けている。現行犯だ! お前達もこれなら動けるだろ!」
痺れを切らしたニコポリディスがベオグラード警察署に応援を要請している間、クレアとハインツは一般職員を奥の会議室に避難させ、チーム・バンドー反撃の舞台はいよいよ整った。
「ジェシーさん、窓から左斜め前45度、10メートルが目標です!」
「……はいっ!」
自然の風をオフィス内に取り込んで対流させ、限界まで拡張した勢いをひとつの窓から絞り出す。
まるで滝を下る流木の様なパワーが、キャンピングカーに気をとられて背後が無防備なテロリスト達を容赦なく襲う。
「おい、何だこれ!? 竜巻か!?」
「何でこんなタイミングで……うわああぁぁっ!」
5人の拳銃部隊は瞬く間に強風に巻き込まれ、ある者は地面に激突、またある者は宙を舞い、そしてまたある者は仲間同士の正面衝突の餌食となり、もれなく拳銃を手放してしまった。
「リン、ありがとよ! クレア、シルバ、ようやく出番だぜ! どおりゃっ!」
1階の窓から飛び降りる事には、何のためらいもない。
ハインツはこれまで溜まったストレスを爆発させる様に、我先にテロリスト達の駆除を買って出る。
「ありがとうございます、ジェシーさん。ゆっくり休んで下さい!」
ハインツを孤立させない為、シルバとクレアも後を追って現場へと急行。
一時的な魔力切れの症状を起こしたリンはニコポリディスに支えられてオフィスの椅子に腰を掛け、ニコポリディス本人はアシューレと戦うレディーのバックアップに向かった。
「死にたくなけりゃ、無駄な抵抗はやめるんだな! 最悪、お前らを殺していいんだとよ!」
ハインツは銃を探すテロリストの動きを先回りして剣を抜き、ナイフ程度の武器では勝負にならない事をアピールする。
「しゃらくせえ!」
ドラッグでもキメているのか、定まらない視線で恐れ知らずの猛攻を仕掛けるテロリスト。
その動きは敏捷だが、手にしたナイフがハインツの防具を突き抜けるだけの間合いにはなかった。
「おうおう、その程度の攻撃なら刺さっても構わないぜ!」
冷静に間合いを半歩詰め、ハインツは相手の肩口を剣で軽く突く。
上半身には防弾チョッキらしきものを着込んでいる様だが、下半身は丸腰そのものである。
「あばよ!」
素早く身を屈めたハインツは男の太股を剣でひと突き。
その激痛と鮮血に青ざめるテロリストを前方に引き倒し、背中を踏みつけて勝負あり。
「お前……女か!? 舐められたもんだぜ」
クレアと対峙するテロリストの武器はナイフ1本だが、自身が女性に負けるとは全く考えていないらしい。
接近戦に持ち込もうと、じわじわと間合いを詰めてきた。
「……あっそう、あたしも同じ作戦だったのにな……」
クレアは男が間合いを詰めるリズムの裏から更に距離を詰め、左手で抜いた短刀からあっさりと相手の右手に握られたナイフを叩き落とす。
「がっ……てめえ!?」
女剣士の俊敏さ、冷静さに翻弄される男は無謀な突進を見せるものの、クレアの右手から伸ばされた剣に胸の防弾チョッキを勢い良く突かれ、一時的な呼吸不全から力なくその場に崩れ落ちた。
「あんた、昔軍人だったんだろ? 俺もガキの頃の前科で弾かれなけりゃ、今頃軍人だったのによ!」
シルバの相手は、かつてそれなりの理想をもっていた男らしい。
素手でテロリストに挑むシルバの意気込みを汲み取り、互いに素手での格闘に挑む。
「……やむを得ない理由があったとしても、テロリストに魂を売る様な男は、いずれ軍にも居場所はなくなるぞ!」
シルバはこれまで対戦した男達の幻を背中に感じながら、力比べからの投げ技に転じた。
だが、敵もさるもの。
咄嗟に重心を移動してその場に踏みとどまる。
「……運のいい奴は、運の悪い奴の気持ちは分からないものさ。だからと言って、運の悪い奴同士が傷を舐め合う人生は虚しいだろ。つまり、道はただひとつ。どんな手を使ってでも高みに登らないとダメなのさ!」
言葉に合わせて、身体にも力が入る。
男が繰り出した前蹴りは、シルバにとっては読みやすいタイミングだった。
「……せいっ!」
前蹴りを狙って男の足を掴み、シルバはそのまま強引に捻り倒す。
「……くっ、あがががっ!」
散らばった拳銃を取りに行く可能性を少しでもゼロに近づける為、敢えて相手の関節外しも辞さない荒療治。
男はあらぬ方向に曲がった自分の右足を見て、激痛と合わせ技のショックで気を失った。
「こっちは2丁上がりだぜ!」
残る2名のテロリストは、フクちゃんのシールドに閉じ込められた挙げ句、バンドーによるキック玉転がしの犠牲者となり、すっかり目を回して前後不覚になっている。
もう、抵抗する気力もないだろう。
「何だお前ら、俺の獲物がねえぞ!」
手持ちぶさたなグルエソは、やむなくテロリストが手放した拳銃を拾い集め、ベオグラード警察署の援軍を待っていた。
「……はああぁぁっ!」
レディーとアシューレの対戦は、一進一退の大激戦。
ヌンチャクの存在と格闘技の真剣勝負経験から、序盤はレディーが押していたが、科学的にスポーツを極めたアシューレは冷静な状況判断とペース配分によって、的確な反撃とスタミナの温存を両立している。
「動くな! もう仲間は片付けたぞ。アシューレ、そろそろ観念しろ!」
バトルを暫し静観していたニコポリディスだったが、消耗戦が予想出来る展開から自身の拳銃を構え、遂にレディーの助太刀を決意した。
ピピピッ……
ニコポリディスの介入とほぼ同時に、アシューレの携帯電話が鳴り始める。
その瞬間、これまで一時も集中力を切らさなかったレディーのヌンチャクがその動きを止める。
「……アシューレ。電話だ。出てもいいぞ」
拳銃を構えたまま、余裕の笑みを浮かべるニコポリディス。
外にいる5人のテロリストはチーム・バンドーに捕らえられ、今アシューレに電話が出来るのは恐らく、エディとガルシアだけなのだ。
「……電話はこの勝負が終わってからでいい。レディーから仕掛けてきたのだからな。俺はあくまで正当防衛さ」
表向き平静を装い、未だ口の達者なアシューレだが、今エディやガルシアとの通信記録を残してしまえば、自身の逮捕は決定的。
彼はまだ、レディーを倒した上でニコポリディスから逃走し、エディとガルシアに合流するプランを諦めてはいない。
「……隙あり!」
小休止してスタミナを回復させたレディーが、これまで殆ど攻撃していなかった、アシューレの膝をヌンチャクで一撃。
意表を突かれたアシューレは激痛に顔を歪め、思わず膝を突いて倒れてしまった。
「チャンス! ニコポリディス、まだ戦わせて! あたしの得意な形だわ!」
レディーはうつ伏せに倒れたアシューレの左足首を固め、得意の関節技を決めにかかる。
「……何だ? これは試合ではないぞ。俺が大人しくギブアップするとでも思ったのか!?」
その額には冷や汗が浮かんでいるものの、アシューレにとってレディーの寝技は、ニコポリディスの拳銃に比べて何の脅威も感じない。
弁護士でもある自分をフェアプレーで観念させた所で、大人しく服役するとでも思っているのだろうか?
レディーの甘さを笑い飛ばそうとしたその時、実は甘いのは自分自身であったとアシューレは思い知らされる。
「ぐはあぁっ……!?」
不快な音がアシューレの耳を蹂躙し、やがて襲い掛かる激痛。
レディーは相手の足首にヌンチャクを挟んで容赦なく左足首をへし折り、アシューレの独力での逃走が不可能となったのだ。
「……あたしも格闘家として、こんな結末は気持ちのいいものではないわ。でも、あんたに同情の余地はない。今のあんたは、取り除かれるべき障害よ」
甘さを捨て去り、冷酷な表情を崩さないレディー。
その光景にニコポリディスも息を呑む中、ベオグラード警察署からの援軍が到着する。
7月6日・11:00
「特殊部隊ニコポリディス隊員。ベオグラード警察署のムルジャ巡査長です! チーム・バンドーの協力を得て、まずは一般職員を全員避難させました。次にやるべき事を教えて下さい!」
チーム・バンドーやニコポリディスから、余り良い印象を持たれていないベオグラード警察。
警察組織のしがらみの都合上、末端の巡査達に罪はないのだが、自分達が協力を渋っていた事件が急展開を見せた件に関して、彼等は下手に出ざるを得なかった。
「……うむ、ご協力に感謝する。チーム・バンドーが捕らえた5人のテロリストを留置所に入れておいてくれ。アシューレは足首を骨折していて、逃走の恐れは殆どない。オフィスに爆弾が内蔵された時計があるので、まずはその回収。そして、他に爆弾や地雷、武器などが隠されていないか、アシューレを尋問してくれ」
ムルジャ巡査長をはじめとするベオグラードの警察官は、ニコポリディスの指示に忠実に動き出す。
10名以上の大所帯はチーム・バンドーとレディー、そしてニコポリディスにも安心感を与え、ひと仕事終えた彼等はアシューレを取り囲み、彼に最後の質問を浴びせた。
「お前が大人しく話すとは思っていないが……アシューレ、エディとガルシアは今何処にいる? 他にテロリストの仲間はいるのか?」
ニコポリディスの質問に、当然アシューレは答えない。
足首の激痛で言葉も出ない可能性はあるが、何よりも彼の意地に懸けて、残された僅かな希望を手放す訳には行かない。
「……やむを得んな。残りのテロリストは俺達で探すしかない。おい、ムルジャと言ったな! まずはアシューレの携帯電話の履歴を調べろ。逆探知が可能なら、恐らくそいつが仲間のテロリストで、指名手配出来るはずだ! そして、アシューレを絶対社長室に入れるなよ! 爆弾を爆発させる恐れがあるからな!」
ニコポリディスはそう言い残すと、チーム・バンドー、レディーとともにキャンピングカーに乗り込み、エディとガルシアの捜索に向かった。
「大人しくしろよ、生かして貰っているだけで幸せな立場なんだからな」
ムルジャ巡査長はアシューレの右手に手錠をかけ、もう片方を社長室向かいの非常口のドアノブに固定する。
「ムルジャ巡査長! 2階を含めたオフィス内にある全ての壁掛け時計から、爆弾と地雷のパーツが見つかりました! 合計4個です!」
部下からの報告を受け、この会社がテロリスト達の隠れ蓑になっていた事を再確認するムルジャ巡査長。
更なる危険を排除する為、彼は険しい表情でアシューレに詰め寄った。
「おい、爆弾と地雷は4個で全部か!? 銃やドラッグ、不正な金もあるのか!?」
ムルジャ巡査長の尋問にも動じず、不敵な笑みを浮かべるアシューレ。
そんな彼に手を差し伸べるかの如く、社長室から謎の呼び出し音が聞こえる。
携帯電話に連絡が取れない現実を踏まえたのか、フェリックス社員専用の小型端末に通信が入ったのだ。
「……あの呼び出しは何だ? エディ・マルティネスからか、それともフェリックス社の幹部からか……? 逆探知してやる、通信に出ろ!」
ムルジャ巡査長は自身の拳銃を抜き、社長室から小型端末を持ってアシューレの元へ駆け寄る。
「……下手な真似はするなよ! 通信に出て適当に話を持たせればそれでいい!」
額に拳銃を押し付けられたアシューレだが、その不敵な笑みに変化はない。
自らの手柄を焦ったムルジャ巡査長は、アシューレに最後の武器を与えてしまったのだ。
「……この端末からは、爆弾と地雷を爆破させる事が出来るんだよ。一生ムショ暮らしなんてゴメンだ。俺は美しく勝ちたいからな……あばよ!」
小型端末から放たれる、爆破の合図。
アシューレ、ムルジャ巡査長、そして10名超の警察官を巻き込み、4個の爆弾と地雷が一斉に爆発する。
『アレクセイ・コンテナーズ』の広大な敷地にも収まり切らない大爆発は高々と黒煙を上げ、その様子は既に現場を離れたバンドー達のキャンピングカーにも伝わっていた。
7月6日・12:00
「カレリン、交代だ。昼飯でも食ってこい」
水道局の監視を続けるカレリンは、持ち場を長年の相棒であるコラフスキに譲る時間を迎えている。
「さっきの音、何なんだろうな? 工事現場ではあんな音は出ないだろ? 何だか心配だよ」
カレリン達の耳にも、『アレクセイ・コンテナーズ』で発生した爆発音は届いており、自身に関係がない事とは言え、各々不安の色を隠せない。
「……まあ、俺達は今の仕事に集中しようぜ。音はデカかったが距離はありそうだし、俺達が力を貸しに行った所で何も出来ないさ」
人生初、企業のプロジェクトリーダーを任されたカレリンの負担を減らす為、コラフスキは努めて余計な心配事を取り除こうとしていた。
「そうだな……ところでコラフスキ、フェリックスの顧問弁護士のドル・アシューレにさっき会ったんだけどよ、奴はあんなガラの悪い見た目だったかな?」
提示されたIDカードが本物だったとは言え、カレリンにとってもやはりあの風貌は気になるらしい。
しかしながら、コラフスキもアシューレの見た目に関する情報は持っていない。
「クレア達に訊いてみろよ。あいつらやたら顔が広いからな。アシューレだろうが、テロリストだろうが、多分知ってるだろ」
相方のアドバイスに納得したカレリンは、昼休みに入るタイミングで現場を離れ、クレアの携帯電話にコールした。
ピピピッ……
「カレリンからだわ!」
クレアの携帯電話が鳴り響くその時、バンドー達は現在封鎖されている貸倉庫の事故現場に潜伏中。
カピーノ巡査が尋問したジャンナコプーロスの証言によると、エディとガルシアが指揮するテロリスト達は、この倉庫に集合して武器を調達する事が確実視されている。
それに伴い、キャンピングカー以外にもベオグラード警察の援護車両2台を従えた、総勢20名を超える大部隊が配置されていた。
彼等の耳には、既に『アレクセイ・コンテナーズ』で爆発があった事実が知らされており、アシューレやムルジャ巡査長をはじめとする関係者の大半が、ほぼ即死という推測も伝えられている。
「カレリン、どうしたの? 水道局で何かあったの?」
アシューレの玉砕と思われる爆発は、同じフェリックス社絡みの水道局案件にも、役所や警察の不安を募らせている。
そんなクレアの声のトーンに、カレリンはむしろ驚いて非常事態を否定した。
「いやいや、大した事じゃねえんだけどよ、クレア、お前はフェリックスの顧問弁護士、ドル・アシューレってのがどんな風貌か知ってるか? さっき水道局に来て、汚職の密告者と話す名目で数分間中に入っていたんだよ。IDカードが本物だったから疑わなかったんだが、どうにもチンピラ臭いんだよな……」
「カレリンが、アシューレが水道局に入ったって言ってるわ!」
顔面蒼白のクレアは、堪らず周囲に大声でカレリンとの通話内容を漏らす。
「何だと……!? もっと詳しく話を訊くんだ!」
ニコポリディスを筆頭に、キャンピングカーの内部は大騒動。
カレリンは受話器越しの混乱に首を傾げながら、クレアからの返事を待っていた。
「カレリン聞いてる!? 本物のアシューレってのは、洗練された雰囲気のイケメンタイプなのよ! でも、さっきの爆発で死んだみたいなの! あんたが見たアシューレってのは、ひょっとして金髪丸刈りのやんちゃ系? それとも長髪無精髭のワイルド系?」
アシューレのIDカードを借りられる関係にあるのは、恐らくエディとガルシアの2人だけ。
クレアの自信満々な切り返しに合点が行き、カレリンも膝を叩いて返答する。
「両方だよ! 金髪丸刈り野郎がアシューレ、長髪無精髭野郎は秘書だと言ってたぜ!」
「その2人はテロリストよ! 今度会ったらボコボコにしなさい!」
エディとガルシアが水道局に潜入した事を確信し、額に冷や汗を浮かべるクレア。
彼女はカレリンを叱りつけて強引に電話を切り、一同を自身の元に集めて報告を始めた。
「水道局に、アシューレに成り済ましたエディとガルシアが潜入したみたい! 数分で出ていったらしいけど、それって多分……爆弾を仕掛けたって事よね!?」
クレアからの報告に、一同は言葉を失う。
アシューレ、エディ、ガルシアの3人が、フェリックス社に造反してでも無差別テロに打って出る覚悟を決めたからである。
「……まずいな。水道局の職員は勿論、カレリン達の命も危ない! 早く現場に急行しなければ……」
「ニコポリディス巡査部長、テロリストとも戦えるだけの特殊訓練を受けた警官は、全てここに集結させています! 今、ここの戦力を分散させてしまうと、テロリスト達を一網打尽にする事が難しくなりますよ!」
ニコポリディスの意向に従い、ベオグラードの警察官をまとめるアテネ出身のカピーノ巡査。
彼は自ら尋問したジャンナコプーロスの証言に自信を持っており、この場でエディやガルシアごとテロリストを一網打尽にする事が最善であると考えていた。
しかし万が一、テロリストとの戦いが長引く間に水道局の爆弾が爆発してしまった場合、罪のない人間を巻き込む惨劇が起きてしまう……。
ニコポリディスは今、究極の選択を迫られている。
「エディ……いや、ルベンは自分から罠に飛び込む様な男ではありません! 恐らく最後にここに来て、戦況次第では逃亡するはずです! 奴を拘束して爆弾の在処を吐かせる為に、こっちから奴を水道局に追い込むべきですよ!」
因縁の相手を知り尽くすシルバの提案を受け、エディを水道局に追い込む作戦を採用したチーム・バンドーとレディー、そしてニコポリディス。
倉庫周辺での作戦はカピーノが指揮を執り、より確実なテロリスト逮捕の為、魔導士をひとりサポートに置く事が決まった。
「私がここに残ります。水道局の職員を守る為には、フクちゃんのシールドが必要ですからね」
警官隊のバックアップに立候補したのはリン。
彼女を守れない事に後ろ髪を引かれたシルバだが、いつになく自信に満ちたリンの笑顔を信じ、軽いハグを交わして持ち場に着く。
「カピーノさん、テロリストが来たら、あの防火用水道の補修部分を拳銃で撃って下さい。あそこから水が少しでも出せれば、より強力な魔法が使えます!」
風魔法だけではなく、水魔法も使えるロケーション。
おまけに、『アレクセイ・コンテナーズ』のオフィス内よりも風通しの良い、まさに自然に囲まれた環境。
これだけの条件が揃い、尚且つ先制攻撃が可能であれば、魔導士の力は拳銃の脅威さえ凌駕するのだ。
「来ました! 装甲車3台、少し遅れて高級乗用車が1台です!」
見張りの警官からの無線連絡に、辺りの緊張感は一気に高まる。
レディーは双眼鏡で高級乗用車をチェックし、その車が鉄道工事現場に停められていたアシューレのものである事を確信する。
「ニコポリディス巡査部長、チーム・バンドーの皆さん、レディーさん、お気をつけて……そりゃっ!」
カピーノはキャンピングカーを見送った後、リンの要請通り、水道管の補修部分に銃弾を撃ち込む。
アルミテープのみの簡易補修はいとも簡単に剥げ落ち、通路とともに封鎖されていた防火用水道に、再び細い水飛沫を上げさせた。
「バンちゃん、一番後から来る高級乗用車がエディとガルシアだわ! あたし達が先回りしてあの車に圧力をかけて、奴等の統率を乱しましょう!」
「よっしゃあ!」
テロリストの装甲車と入れ替わる形で、一気に倉庫から道路に飛び出すキャンピングカー。
後ろから指揮を執りながら戦況を眺めるつもりだったエディとガルシアは、巨大な警察車両の圧力を受け、猛スピードで来た道を戻って行く。
「な、何なんだよ! この車は!?」
表情を引きつらせて逃走する、エディとガルシア。
この道を抜けて広い通りに出た後、左折すれば水道局方面、右折すれば繁華街方面である。
だが、繁華街方面への通路は塞がなければならない。
キャンピングカーは車ごとエディを破壊しかねない勢いで相手に迫り、そして追い抜き、バンドーのドリフト技で通路に蓋をした。
「どわっ……もっと丁寧に運転しろよ!」
ハインツからのクレームなど、今は聞く必要はない。
エディはやむ無く進路を変え、2台の車両は水道局へと近づいている。
「まだ少し武器が残っているはずだ! 倉庫に行け! 俺達が援護する!」
先頭車両から飛び出した倉庫周辺のテロリストを統率する男は、マシンガンの様なものを構えて警察車両を牽制。
あの武器が本物であれば、警官も迂闊には近づけない。
「今、倉庫に水を入れますね……はああぁぁっ!」
隣にいるリンの目が光り、やがて彼女の身体は蒼白い魔力に包まれていく。
そんな神秘的な光景を目の当たりにして、カピーノ巡査は最前線にいながら、何処が安らぎにも似た雰囲気を手にしていた。
「……凄い! 水が蛇みたいだ!」
警察車両内で拳銃を構える警官達は、水道管から飛び出す水飛沫がリンの魔法を受け、まるでとぐろを巻く様に倉庫に侵入する瞬間、思わず自分の目を疑う。
「……何だ!? 何でこんな所に水が来るんだよ!?」
いつの間にか自身の膝まで水が押し寄せる現実を受け入れられず、倉庫内のテロリスト達は武器が水浸しになる恐怖に大混乱。
その様子に痺れを切らし、全ての車両から大挙して押し寄せたテロリスト達は、どうにかして水の勢いを止めようと悪戦苦闘していた。
「……風魔法で、出来るだけ相手を倉庫に押し込めます……! 残ったテロリストは……皆さんで捕まえて下さい!」
水魔法と風魔法の同時使用は、リンの心身にかなりの負担が掛かっている事をその表情から窺わせている。
カピーノ巡査は迷いなく即答し、全警官に指示を徹底する。
「これで……とどめ!!」
全てをなぎ倒さんばかりの強風がテロリスト達を襲い、水道付近の者は見るも無惨に転倒。
倉庫内のテロリストとその付近に待機していた者は、まるで洗濯機の洗濯物の様に倉庫内に押し込まれた。
「……警察だ! 武器を捨てて投降しろ! 武器を捨てない者の命は保証しないぞ!」
カピーノに先導された警官達が、水と風の脅威に翻弄されたテロリスト達を包囲する。
倉庫内のテロリストに抵抗する力はもうないだろうが、マシンガンを構えた現場リーダーは迷わずその引き金を引く。
ダダダッ……
マシンガンの連射は、風魔法の衝撃からか正確性を欠き、警官には着弾しない。
だが、現場リーダーがマシンガンで時間を稼ぐ間に、他のテロリスト達は風魔法で飛ばされた自身の拳銃を確保してしまう。
カピーノ巡査は苦渋の表情を浮かべ、現場リーダーのテロリストを迷わず射殺した。
「……畜生、やっちまえ!」
流石は荒ぶるテロリスト。
倉庫内で失神する一団を除き、数的不利にも弱気を見せる事なく、激しい銃撃戦が幕を開ける。
「……ぐわっ……!」
互いに車両を盾にしてはいるものの、テロリストの意地による抵抗が、数的優位にある警官の負傷者も増やしている。
魔力を使い果たしたリンは自身の限界に沈黙し、この無益な争いが一刻も早く終わる様に、車内で耳を塞ぎながら懸命に祈りを捧げていた。
「……大人しくしろっ!」
自らも肩を銃撃されたカピーノが、最後の抵抗者を逮捕し、銃撃戦は終了。
テロリストの死者4名、負傷逮捕者13名、投降者3名。
警官の死者はなく、負傷者が10名。
だが、その負傷者の中に救急搬送が必要な重体者が2名いた。
7月6日・13:00
バンドー達によって水道局に押し込まれたエディとガルシアは、やむ無く拳銃を構えて傷付いた高級車から脱出。
しかしながら、彼等が水道局で車を乗り捨てたという事実は、まだ爆弾の爆発までには時間があるという事の証明にもなる。
「カレリン! あんたは爆弾テロリストを水道局の中に入れちゃったの! だからちゃんと仕事して汚名返上しなさいよ!」
クレアはキャンピングカーの窓からカレリンの一団を発見し、彼等に発破をかける。
水道局内に爆弾が仕掛けられたと警告すれば、カレリン達が監視している水道局の汚職役員達は、我先とばかりに逃げ出すに違いないからだ。
『水道局の職員の皆様、来客の皆様、そして監視を続ける新興宗教信者の皆様。こちらは警察です。つい先程、この水道局の建物内に、何者かの手によって爆弾が仕掛けられたと言う情報を得ました! この件が無差別テロなのか、それとも単なる愉快犯なのか、今は断定出来ませんが、皆様は速やかにこの建物から退出し、出来るだけ遠くへ避難して下さい!』
警察の回線を利用して、水道局関係者に避難を呼び掛けるニコポリディス。
その報告が終わると、まるで堰を切った様に人波が出入口に押し寄せてくる。
「おい、汚職役員どもが正面から堂々と出てきやがったぜ! 全くテロリスト様々だな!」
チーム・カレリンいちの荒くれ者、クロアチア出身のバデリが、嬉々として不謹慎な叫び声を上げる。
カレリン達を筆頭としたフェリックス社専属の賞金稼ぎは、非常事態になりふり構わず自己保身に走る汚職役員達を待ち伏せし、少々手荒な対応で一気に拘束を成功させた。
「……お前達が、セルビアを堕落させたんだ……! そんなはした金に、全てを売り飛ばしやがって……!」
故郷への愛と、爆死した師匠への愛を踏みにじられ、クラマリッチの怒りは爆発寸前。
かつて同じ様に、ラトビアの銀行頭取を急襲したカレリンとコラフスキが、慌てて彼を制止する。
「クラマリッチ、よせ! お前には無駄にする時間はないはずだ!」
拘束した汚職役員をフェリックス社の仲間に預け、チーム・カレリンはエディ達を水道局に入れた責任感から、チーム・バンドーとの共闘を決意。
クレア、そして特殊部隊の爆弾エキスパート、グルエソとともに爆弾の捜索に当たる事となった。
7月6日・13:30
「ガルシア、待ちやがれ!」
ハインツ、レディー、そしてフクちゃんの3名はガルシアを追跡。
相手の手には拳銃が握られているものの、フクちゃんがシールドを準備している事で危険はかなり回避出来るはず。
「へっ……誰が追って来ているのかと思えば、ガキとオカマ野郎もいるじゃねえか! 魔法を使う女さえなけりゃあ楽勝だぜ!」
ガルシアはまだ、フクちゃんの実力と正体を知らない。
爆弾の隠し場所を訊き出す為、出来る事なら殺さずに拘束したい所だが、自信過剰な人間は逆に手加減が難しかった。
「ガルシア、爆弾は何処に仕掛けた!? 素直に教えれば命だけは助けてやるぞ!」
ハインツは剣を抜き、ガルシアとの距離を詰めながら最後の説得を試みる。
「しゃらくせえ! その剣で銃の間合いに勝てると思ってんのかよ!?」
長髪を振り乱して拳銃を構えるガルシア。
フクちゃんは瞬時に3人分のシールドを発生させ、ガルシアの容赦ない発砲に先駆けて防御体制を確立した。
パアアァァン……
ガルシアの放った弾丸はフクちゃんのシールドに吸収され、やがて地面へと転がる。
ガルシアはジャンナコプーロスと全く同じ行動を繰り返し、後には弾切れの空砲が轟くだけ。
「おらよ! 少し痛い目に遭って貰うぜ!」
ガルシアの弾切れを確認したハインツは猛スピードで間合いを詰め、前のめりに滑り込む様な姿勢から相手の両足首の付け根を斬りつける。
これで、ガルシアの逃走はほぼ不可能となった。
「ぐはあっ……畜生、立てねえ……」
未だその目は闘志満々だが、地面に大の字で転がるガルシアはまさに万事休す。
ハインツはガルシアの喉元に剣を突きつけ、彼に最後のチャンスを与える。
「……これが最後だ。爆弾の隠し場所は何処だ?」
「……さあな。自分で探しな。エディさえ生き延びれば、テロリストとしての俺の魂は死なないのさ……ぐふっ……!」
ガルシアはハインツとのやり取りの中、突然口元に大量の出血を滲ませる。
彼は自らの舌を噛み切り、自殺を図ったのだ。
「バカ野郎! 何て事を……!?」
ハインツとレディーは慌ててガルシアの口を開かせたが、既に周囲は血で赤く染まっている。
「……あたしと戦う男はバカばかりよ。みんな大バカよ……」
アシューレに続き、ガルシアも誇りの為に死を選んだ。
失意に沈むハインツとレディーは、見た目少女のフクちゃんに肩を抱かれながら、ゆっくりと水道局に歩き始めた。
「エディ……いやルベン、もう諦めろ! お前の運もここまでだ!」
シルバはバンドーとともにエディ・マルティネス……いや、因縁のライバルであるルベン・エスピノーザを追跡している。
互いを知り尽くしたシルバ相手には、下手な鉄砲を数撃った所で当たりはしない。
加えてシルバをサポートするバンドーの魔法を知ってか知らずか、ルベンはこれまでの相手より遥かに慎重で、弾丸の無駄遣いは一切していない。
「爆弾の隠し場所を教えたら、命だけは助けてやるって警察も言ってるよ!」
「うるせえ!」
逮捕されたらほぼ死刑が確定しているルベンに、バンドーのほのぼのジョークはまるで通用しなかった。
「……くっ、行き止まりか?」
水道局の敷地の終了を告げる、10メートル以上にも及ぶ高い金網バリケード。
所々に鉄条網が張り巡らされており、いくら百戦錬磨のルベンと言えども、ここをよじ登りながらシルバとバンドーの追撃をかわす事は出来ない。
「動くな! 大人しく引き下がれば、どっちかひとりは見逃してやるぜ!」
バンドーのジョークを逆手に取り、いよいよ開き直って拳銃を構えるルベン。
賞金稼ぎの防具には、銃弾を防ぐだけの強度はなかった。
「……分かったよ。ケンちゃん、後は任せた」
バンドーはシルバと顔を見合わせた後、非情にもあっさりと親友を盾にして己の身を屈める。
だが、シルバにはこれがバンドーの魔法発動の合図である事が分かっている。
バンドーの魔力が発せられる額の光を隠す事で、ルベンにガード態勢を取らせない作戦なのだ。
「……シルバ、ようやくお前を始末出来るぜ。安心しな、これだけ近けりゃ外しはしねえ。苦しまない様に1発で死なせてやる。バンドーとやら、逃げるなら今のうちだぜ!」
ルベンが引き金に指を掛けた瞬間、シルバの背後で準備されていたバンドーの風魔法が蒼白く細い光となって、ルベンの右手首に絡み付く。
「……!? 何だ!? 右手が勝手に……!?」
シルバに向けられていたはずの銃口が、風魔法の圧力で徐々に自身の顔面に押し込まれる。
慌てて左手で銃口を跳ね除けようとするものの、人間の筋力ではどうする事も出来ず、遂に風魔法は拳銃の引き金に力を加え始めた。
「……や、やめてくれ! 分かった、分かったよ! 爆弾は水道局1階の通路と役員専用のプレハブ通路の継ぎ目に隠してある! 爆発は14:00だよ! 魔法を解いてくれ!」
得体の知れぬ恐怖を目の当たりにし、顔面蒼白のルベンは遂に爆弾の隠し場所を白状した。
バンドーは念の為に魔力をキープしたまま、シルバからクレアへ電話をかけさせる。
「よし、大人しくお縄を頂戴しろよ!」
ニコポリディスから借り受けた手錠をルベンの両手に掛け、シルバとバンドーの屈強な幼馴染みコンビが暑苦しいマンマークで逃走を防ぐ。
チーム・バンドーとレディー、そして特殊部隊と警察の共同戦線は、遂に凶悪テロリストのいち組織を壊滅させたのだ。
7月6日・13:40
「後20分しかないわ! 皆急いで!」
シルバからの連絡を受けたクレアは、グルエソやカレリン達の力も借りて必死の捜索。
プレハブ通路の構造は、事前に調べ上げたカレリン達に一日の長がある。
「……おい、あれだ! やっと見つけたぞ!」
カレリンが意地で見つけたのは、水道局の通路とプレハブ通路の入口側にある継ぎ目にひっそりと置かれた、中型の爆弾。
グルエソはクレア達を遠ざけ、爆弾の解体作業に着手した。
「……アシューレが隠していた爆弾と同じ型だ。これなら解体出来る。だが、余り火薬の量は多くない。どうやらテロリスト達も、関係者全員皆殺しとまでは考えていなかった様だな」
集中しつつもリラックスを忘れず、無難に爆弾を解体するグルエソ。
額に浮かぶ汗が引き始め、その顔にはやり遂げた男の充実感が満ちている。
「グルエソ、お疲れ様! シルバ君とバンドーもエディを捕まえたみたいだし、取りあえず一件落着ね!」
クレアが安堵感を全開にしたちょうどその頃、シルバとバンドーはエディ・マルティネス、本名ルベン・エスピノーザを連行して正面入口前に到着した。
「バンドーさん、シルバ君!」
警察車両から手を振りながら、リンとカピーノ巡査をはじめとする部隊が合流。
最後に肩を落として歩くハインツとレディー、そしてフクちゃんも姿を現し、役者が全員出揃う。
「凶悪テロリストも、こうして手錠に繋がれると無様なもんだな。あーあ、これでようやく落ち着いて小便が出来るぜ!」
「クラマリッチ、俺も行くぜ! 漏れそうだ!」
苦笑いを浮かべる女性陣の前を横切り、クラマリッチとバデリは水道局のトイレへと直行。
「カレリン、良かったわね。汚職役員は拘束出来たし、エディやアシューレはフェリックス社を裏切って無差別テロをしようとしたみたいだから、きっとあんた達の株は上がるわ。出世したらおごってよね!」
これから仕事で敵対する事になるかも知れないが、クレアは素直にカレリン達の新しい道を応援している。
カレリンとしても、一時は自分の判断が大惨事を招く危険性があっただけに、安堵感も半端なものではないはずだ。
ドオオォォン……
突如として鳴り響く爆音と、立ち上る黒煙。
その発信地は、事もあろうに今しがたクラマリッチとバデリが用を足しに行った水道局のトイレである。
「……そんな……!? クラマリッチ! バデリ!」
驚きの余り、声にならない叫び声を上げるカレリン。
シルバとニコポリディスは、肩を震わせて甲高い笑い声を発するルベン・エスピノーザを睨み付けた。
「……バカだなぁお前ら、爆弾がひとつだけって誰が言ったよ!? 誘爆用の小さな奴も仕掛けていたのさ! もっとも、小さくとも2人くらいなら即死だぜ! ハハハハハ……!」
「貴様! 自分が何をしたか分かっているのか!? 貴様の経歴なら間違いなく死刑だぞ!」
激昂したカピーノ巡査はルベンに詰め寄り、彼の胸ぐらを掴みながら激しく揺さぶる。
「ああ!? 死刑が怖くてテロリストが出来るか!? 俺にはもう、フェリックスの後ろ楯はねえんだ、死刑なんて怖くねえよ! お前らの苦しむ顔が見れたらそれでいいのさ、俺を誰だと……あががっ……!」
ルベンの独演会を強引に遮断する、サイレンサー付きの銃声。
業を煮やしたニコポリディスが、特殊部隊のテロリスト殺生権利を行使して、ルベン・エスピノーザを射殺したのだ。
「もっと早く、こいつを殺せば良かったよ……。俺の警察キャリアは、今日で本当に終了だ。死刑など、待っていられるか! チーム・バンドーの諸君、レディー君、グルエソ、カピーノ。短い間だったが世話になったな……」
怒りと絶望に声を詰まらせながら、凶悪テロリストの亡骸に更なる蹴りを喰らわせるニコポリディス。
普段は穏健な人権派として知られるシルバやリンも、彼の悲壮な決意には掛ける言葉が見つからない。
「……そんな……そんなのありかよ!? ああ〜! うわああ〜!」
救急車が到着するまでの間、カレリンは自責の念に押し潰されそうになりながら、その目に涙を浮かべて何度も何度も天を仰いでいた。
(続く)




