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バンドー  作者: シサマ
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第64話 飛び火する憎悪


 7月5日・13:00


 代打仕事を無事成功させ、ハインツとともにベオグラードの賞金稼ぎ組合に戻ったチーム・バンドーとレディー。

 

 ボクシッチ達の拘束を請け負う仕事の為に組合に向かう途中で、不運にも交通事故に遭った賞金稼ぎ3人組。

 彼等は大した怪我もなく組合を訪れ、チーム・バンドー達の仕事ぶりに感謝の意を述べていた。


 「賞金を逃したのは残念だが、事故の加害者側から補償が出る事になったから大丈夫だ。あんたら、流石は武闘大会ファイナリスト連合軍だな。ありがとよ!」


 3人組のリーダーであるガチノビッチは、M字型に禿げ上がった頭髪こそ寂しさを感じさせるものの、かつては東欧でそれなりに名を売った、厳格な雰囲気の剣士。

 しかしながら、現在38歳という年齢から自身の衰えを自覚し、近年は低難度の仕事で次代の賞金稼ぎを育成する役割を担っている。


 「……今は激動の時代だな。あんたらも知っているチーム・カレリンのクラマリッチは俺の弟子だよ。俺があと10歳若かったら、喜んでフェリックス社の傭兵に立候補していただろうが、若い奴等には一攫千金を夢見るよりも、自分の実力に見合った仕事で経験を積む事を忠告したいね」


 含蓄のあるベテラン剣士からの言葉に、組合の日系人オペレーター、シノブも深く頷いていた。


 「ガチノビッチさんには、いつもお世話になっています。財政と治安の悪化で、賞金稼ぎは組合を捨ててフェリックス社に行っちゃうし、有能なオペレーターも退職しちゃうしで、私みたいな半人前がベオグラードに来るはめになっちゃったんですぅ〜!」


 これまで見てきたオペレーターの中でも、ダントツで頼りなく見えるシノブ。

 小柄で幼く見える日系人故に、マスコット的な人気はありそうだが、オペレーター本人がこの発言では、ベオグラード組合そのものの存在意義が問われてしまう。


 「……まあ何だ、あんたらの問題はあんたらで解決するしかねえよな。俺達が知りたいのはベオグラードの現状だ。フェリックス社や宗教団体が、今目をつけている不祥事はあるか? ガチノビッチと言ったな、カレリン達が東欧で仕事をしている情報はあるか?」


 ハインツは要点だけをかいつまみ、シノブとガチノビッチ、両者に質問を浴びせた。


 「……まあ、クラマリッチからある程度聞いてはいるが……。奴等の仕事に関わる話を、あんたらに教える義理はねえだろ?」


 ハインツはあくまでも、仲間の身を案じてカレリン達の情報を要求している。

 とは言うものの、今は仕事上の繋がりがない知人の情報をいちいち詮索する彼に対し、ガチノビッチも不信感を拭えない様子。


 「……自分はチーム・バンドーのシルバです。フェリックス社は表向き穏便ですが、最終手段としてテロリストも雇っています。自分達は以前、彼等の仕事を妨害したので、テロリストはチーム・バンドーを狙っているんですよ。人脈的にカレリン達が利用されてしまうかも知れません。カレリン達が安全なら邪魔はしませんので、情報があれば教えて下さい」


 フェリックス社のお抱えテロリスト、エディ・マルティネス。

 シルバはその正体を、自身の軍隊時代から因縁の深いルベン・エスピノーザだと睨んでおり、チーム・バンドーを始末するまで、彼が手段を選ばない可能性を危惧していた。


 「……カレリン達はベオグラード水道局の汚職を見張っているらしい。まあ、フェリックス社専属の賞金稼ぎは会社の腕章をしているからな。近くに行けば会うチャンスはあるだろ」


 シルバの真摯な眼差しに折れたガチノビッチはそれとなくヒントを残し、若い仲間とともに組合を後にする。


 「ありがとうございます!」


 シルバはつい反射的に出てしまった軍隊式敬礼でガチノビッチを見送り、ハインツからの質問を受けたシノブは、対人のぎこちなさが嘘の様な素早い手つきで情報をかき集めていた。


 「……先程、ガチノビッチさんが話していた水道局の汚職が、現在最も市民の怒りを買っている問題ですね。あと、違法行為は特に見当たらないのですが、ベオグラードは鉄道事業に多額の中国資本が入っていて、中国と繋がりの深いロシアの介入を受ける懸念があると、宗教団体の信者が鉄道工事の現場で計画の見直しを訴えています」


 「フェリックス社の宗教団体は、確か地域の誇りを取り戻せみたいな教義だったな……。施工業者も中国系やロシア系の企業だったら、確かに地元の人は不愉快だよね」


 バンドーはシノブの報告を受けて、マドリードでともに仕事をしたペレス建設の中国系主任、カイフンの事を思い出す。

 

 ペレス建設は、悪徳大企業であるガルーボ建設への怒りと恨みが中国のみならず、地元の新興業者をも巻き込んだ稀有な例。

 しかし、現在のベオグラードがインフラ整備で中国資本に頼る理由は第一に安さと早さであり、そして一部役員の懐に入ってくるであろう、中国資本からの謝礼金……つまり賄賂も疑われていた。

 

 「行き先は決まったわ。まずは軽くお昼を食べて、ふた手に分かれて情報収集ね」

 

 早速パーティーの行動を仕切りにかかるクレア。

 もっとも、彼女の手に握られているのは水道局や鉄道工事の情報ではなく、街のレストラン情報チラシである。


 「カレリン達に接触するのは、やっぱり東欧人のクレアとハインツがいいと思う。俺とケンちゃんは、テロリストが現れる可能性がある鉄道工事の現場を見てくるよ」


 バンドーは自らメンバー編成を提案し、水道局にはクレアとハインツ、そして非常時の後方支援にリンを派遣。

 鉄道工事の現場には自身とシルバ、後方支援にフクちゃん、そしてテロリストの顧問弁護士であるアシューレと戦い、周囲のテロリスト達の人相も覚えているレディーをメンバーに加えた。



 7月5日・15:00


 水道局付近で汚職の糾弾をしている、新興宗教『POB』の信者と思われる人々。

 フェリックス社のホームタウンであるテルアビブや、『POB』が盛り上がるアテネから派遣されたとおぼしき信者もいるが、彼等の顔立ちを見る限り、地元セルビアの信者が大半を占めている様子。


 フェリックス社の野望が着々と成果を上げている現実に、クレアとハインツ、そしてリンは危機感を新たにしていた。


 「……おい、お前達腕章をしていないな? フェリックス社専属の賞金稼ぎ以外は、水道局周辺の仕事は出来ないはずだぞ」


 フェリックス社の仕事では見慣れない顔だが、剣と防具の存在で賞金稼ぎである事は一目瞭然。

 水道局正門前を監視していた剣士の一団が、怪訝な表情でハインツ達に近寄って来る。


 彼等の左腕には、フェリックス社のロゴが刻まれた腕章が装着済み。

 逃げも隠れもしない堂々たる監視体制は、水道局や警察のいち職員にはむしろ、過激派の宗教信者やテロリストを寄せ付けない安心感を与えていた。

 

 「……ああ、悪いな。俺達別にあんたらの邪魔をしに来た訳じゃないんだ。カレリンに話があってな。何処にいるか分かるか?」


 「リーダーに何の用だ? そんな話なら会社を通して貰わないと困るな」


 友人を呼ぶ軽い認識のハインツと、プロジェクトリーダーを呼ぶ重大性を意識する剣士との溝は、話を続けてもなかなか埋まらない。

 ハインツは苛立ちから頭を掻きむしり、クレアとリンも説明に困り果てていたその時、チーム・カレリンのセルビア代表、クラマリッチが偶然その場を通りかかる。


 「……? お前達、確かチーム・バンドーの……」



 クラマリッチの仲介により、どうにかカレリンとの面会にこぎ着けたハインツ達。

 入社早々に東欧プロジェクトの賞金稼ぎリーダーを任され、これまでになく引き締まった表情をしているカレリンを見るからに、この経験は彼にとってはプラスになっているのかも知れない。


 「……テロリストなんて話は聞いちゃいないぜ。まあ、会社が堂々とテロなんて言葉は使わないだろうが、鉄道工事に反対するプロジェクトなんてものがあったとしても、俺達とは別件だ。鉄道についての話や、お前らの所在を訊いてきた奴もいねえし、俺達が利用されるなんて考え過ぎだよ」


 落ち着き払った話しぶりのカレリンを見る限り、フェリックス社は賞金稼ぎにテロリストの片棒を担がせる様な真似はしていないらしい。

 今後も注意は必要だが、ハインツ達はひとまず安堵の表情を見せていた。


 「……ハインツ、あれを見ろ。俺達が何故、入社早々このプロジェクトを引き受けたのか、その理由だよ」


 カレリンの指差す先には、何やら即席のトンネル状のものが伸びている。

 厳密に表現するなら、航空機に横付けする搭乗口を延長した様な、白いプレハブに覆われた通路と言うべきか。


 「……何だありゃ? 随分長いな。水道局の入口から地下道にまで伸びてるじゃねえか」


 ヨーロッパの歴史ある都市の景観には全くそぐわない、異様なハリボテ感。

 ハインツが強引な推測をしたとして、そこは極秘の荷物や資料を運び出す為の通路……としか判断のしようがなかった。

 

 「……俺はてっきり、あれは悪党から金や個人情報を守る為の通路だと思っていた。だが、実態はまるで逆さ。あの通路を通って、汚職した役員が追及を逃れ続けているんだよ」


 カレリンは呆れ返る様に頭を抱え、今やすっかり色褪せた水道局の宣伝看板を軽く蹴り上げる。


 

 2045年の大災害以前、セルビアは水道の水が飲める美食の国として、世界上位のハイレベルな水質を維持していた。

 

 大災害により、世界の大半は大幅なインフラ整備が必要となったものの、セルビアは統一世界誕生後も東欧随一の水質維持に力を入れ、その努力は地域住民の誇りとなる。


 だが、徐々に他地域からの飲料水への依存度が増えていき、水質維持を名目とした庶民の高額な水道料金は飲料水メーカー、そして彼等と癒着した水道局役員の懐に消えていく。

 その結果、遂に水道水からの食中毒が頻発するのだが、水道局はその過程を隠し続けていたのだ。



 「……汚職役員の逃亡先は、よりにもよって飲料水メーカーがあるロシアだ。だが、フェリックス社は半年前から監視を続けている。決してロシア憎しの感情でこの活動をしているんじゃなく、俺達セルビア人の怒りに投資したんだよ」


 セルビア人として、故郷の堕落に黙ってはいられないクラマリッチ。

 カレリンは彼の気持ちを汲み取り、ハインツ達に自身の仕事を説明する。


 「……俺達の仕事は、ずらかる準備をしている残された汚職役員どもを捕らえる事だ。書類とデータは一足先に退職した役員が持ち逃げしていて、今は物的証拠が出せない。だから警察は及び腰だが、職員からの密告や音声の隠し録りはある。東欧の水を汚染させた罪を許す奴なんて、ひとりもいねえよ」

 

 フェリックス社が前もって監視を続けている背景には、自社のスーパーマーケット進出という野望があったに違いない。

 とは言え、セルビアの水質改善に協力し、東欧の水を世界に売り出すルートを確立出来れば、この地域からの信頼と収益は莫大なものになるはずだ。


 「……フェリックス社のビジネスにはめられている感じもするけど……カレリン、あんた達にとって誇りの持てる仕事で良かったわね。安心したわ。ところで、鉄道工事については何も知らないの?」


 「……鉄道を早く、安く仕上げる為に、役所が中国マネーと中国労働者を受け入れている事には、当然不満はあるさ。しかし、俺達は東欧の稼ぎに不満を持ってドイツに行った人間だし、もうすぐ鉄道工事は完成するんだ。今なお怒る権利があるのは、セルビアから出られない人間達だけだよ。俺達が怒って見せた所で、そいつは都合が良過ぎるからな」


 クレアからの質問に割り込んだのは、セルビア育ちのクラマリッチ。

 彼はチーム・カムイのミューゼルを追い詰めた技巧派剣士だが、自身のスタンスに関しては巧みな立ち回りを良しとしない、不器用な男らしい。



 「……完成間近の工事を中止する様に求めても、それでセルビアの人の雇用を増やして貰える訳じゃないですよね……。鉄道の完成は遅れるし、宗教団体の抗議には一体何のメリットがあるんでしょう……?」


 カレリン達に抱いていた不安が杞憂に終わり、トラブルに巻き込まれる事もなかったハインツ達は、鉄道工事の現場でバンドー達との合流を目指す。

 

 「……民族の誇りは、緊急のインフラ整備よりも尊いものだと洗脳しているんだろうよ……いや、待て」


 リンの疑問を皮肉でかわそうとしていたハインツは、慌てて顔色を変え、隣のクレアと向き合った。


 「テロリストが下調べする時間を稼げる……!」



 7月5日・15:10


 ハインツ達とほぼ時を同じくして、目的地の鉄道工事現場に到着していたバンドー、シルバ、フクちゃん、そしてレディー。

 

 もっとも、現場は関係者以外立ち入りが禁止されている。

 バリケードの前で抗議行動を続ける新興宗団体『POB』の信者には、シルバとフクちゃんが聞き込みを行い、アテネでの戦いで逃亡したテロリストの顔を見ているバンドーとレディーは、現場の作業員や監督者に扮装したテロリストがいないか監視を始めていた。


 

 「……? おおっと待ってくれ。あんたらこの辺りじゃ見ない顔だが、東洋人っぽいな。もし中国人なら近寄るなよ。中には気の荒い奴もいるからな」


 『POB』信者に近づこうとした瞬間、一同をまとめる立場にあるらしい、スーツ姿に眼鏡の男性から足止めを喰らうシルバとフクちゃん。

 東洋的な黒髪のフクちゃんと、ブラジルと日系のハーフであるシルバのコンビは、セルビア人にとって中国人の様に見えなくもない。

 

 「……あ、すみません、自分達はニュージーランドから、友達を訪ねてニシュに来たんですよ。セルビアに来たからにはベオグラード観光にも寄ろうと思ったのですが、役所の近くの鉄道が不便な訳はこれだったんですね!」


 咄嗟の言い訳だったが、シルバとしては100点満点の状況説明である。

 ニシュではターニャが、ベオグラードでは賞金稼ぎ組合のシノブが証人になってくれるはずだ。


 「何だ、観光客か? ニシュはともかく、ベオグラードの治安が悪化している事を知らないのか? 悪い事は言わない、早く帰った方がいい。何かあってからじゃ遅いからな」


 まるで騒ぎを起こす前提の様な話し方をする、スーツ姿の男性。

 バリケードにかぶりつきでヤジを飛ばしている信者は、公用語が英語になった統一世界でも、何処で覚えたのか丁寧な中国語で遠くの作業員を罵倒している。


 「……ベオグラードで、中国人が何かやらかしたのですか?」


 初対面のフクちゃんは、誰が見ても東洋人の女子中高生といった印象。

 彼女の素朴な質問には、両腕に刺青を入れた強面の信者も穏やかに対応した。


 「……いや、普通の中国人は悪くない。コストと時間に目が眩んで、地元の業者を採用しないベオグラードの役所が悪いんだ。だが、中国の作業員も中国語で俺達の悪口を言っているのさ。水道局の汚職といい、他の地域にプライドを売り渡す様なこの街には、皆ウンザリしているぜ」


 夏場、そして西陽も降りてくる時間帯の作業は過酷を極める。

 暑さの為か中国人作業員はマスクをしていないが、粉塵飛び交う現場でその判断は危険である。


 「……中国人はマスクをしていない様ですが、マスクをしている顔立ちの違う作業員もいますね。彼等はセルビア人ではないのですか?」


 シルバはマスクをしている作業員の目を凝視するものの、彼の立ち位置からでは人種の識別までは難しく、バンドーとレディーからの情報を待つ事にした。


 「奴等は皆ラテン系だ。セルビアに住んでいる奴もいるのかも知れないが、恐らくは安く使える、仕事を選べない前科者か何かだろうよ。」


 刺青を入れた信者は、何処か恨めしそうに作業現場を眺めている。

 彼もかつて、この地で作業員として働いていたのかも知れない。


 「……俺達だって、現場を妨害する様な真似はしたくないんだ。ただ、このままベオグラードが小悪党に都合のいい街になってしまうのは嫌だし、黙って見ていられないだけなんだよ」


 スーツ姿の男性はそう言い残し、他の信者達と合流して抗議行動を再開した。



 「……レディーさん、どう? 怪しい奴はいる?」


 場所を変えながら、見覚えのある顔を探すバンドーとレディー。

 

 レディーが持つ双眼鏡は、ミューゼルが壊してリンの魔法道具にされたものとは違い、しっかりとした高級品。

 身軽な彼(?)が、チーム・カムイの諜報担当として有能である事の証明であろう。


 「……う〜ん、マスクしているから分かりづらいわねぇ……。ただ、中国人でもセルビア人でもなさそうな、ラテン系の奴等が沢山いるわ! アテネのテロリストもラテン系が多かったし、人目を逃れて奥で作業してるのかも……?」


 テロリストを判別出来る可能性はありそうだが、バリケードを越えて監視すれば、こちらがテロリスト扱いになってしまう。

 もどかしさを感じていたバンドーとレディーの目前で、ひとりのラテン系作業員がその場に倒れ込んでしまった。


 「どうした!? 熱中症か?」


 「……仕方ねえな、あいつを呼べよ」


 炎天下の中、マスクが不可欠な現場作業には熱中症のリスクがつきまとう。

 中国人作業員は、普段から余程過酷な環境に慣らされているのか、最初からマスクをしていない。


 「夏のこんな時間帯に休憩も取らせず、マスクが必要な作業なんて馬鹿げてる! お前らの故郷では、これが当たり前なのか!?」


 現地調達のラテン系作業員をまとめているとおぼしき男性が、怒りも露に駆け付ける。

 彼は顔立ちこそ精悍だが、ヘルメットの下から無造作な長髪が伸び、更にマスクから無精髭もはみ出し放題という、およそ堅気には見えない風貌だ。


 「……あの男!? バンちゃん、隠れて!」


 「わわっ!?」


 長髪の男性を見るや否や、レディーはバンドーを連れて手近な注意標識の陰に身を隠す。


 「……痛たた……レディーさん、あの男がテロリストなの?」


 「……あの男、あたしが逃がしちゃったアシューレに助けられていた奴だわ……確か、ガルシアとか言う名前よ……」


 サウール・ガルシアは、エディ・マルティネスことルベン・エスピノーザの部下で、現地の調査や末端のテロリスト達をまとめるナンバー2。

 生活に困らない彼が、敢えていち労働者として現場に潜入している現実は、いずれ彼等の得意とする爆弾テロがこの地で行われる……という危険性を示していたのだ。


 (ケンちゃん、こっちこっち!)


 ガルシアと中国人作業員が口論している隙を見て、バンドーはシルバとフクちゃんを無言で標識の陰に招き寄せる。


 「……ガルシアが現場作業員に転職したとは思えないし、今中国人と分かりやすく揉めているのは、アシューレやエディに向けた合図か何かかも知れないわね……」


 「エディ……いや、ルベンがこの近くに……!?」


 軍隊時代からの因縁がありながら、今まで正当に罰する事が出来なかったテロリスト、ルベン・エスピノーザ。

 レディーの推測に刺激を受けたシルバは、徐々に緊張感が高まっていた。


 「……周囲に怪しげな車はないし、奴等が潜んでいるとすれば、あの現場事務所かな? 高くて階段を上らないと誰がいるか分からないよ」


 バンドーは辺り一面を見渡し、足場の上に建つ、線路ごと見渡せるプレハブ事務所以外にテロリストが身を隠す場所がない事を確認。

 だが、そんな状況から何か閃いたのか、シルバは不敵な笑みを浮かべてバンドーとレディーに耳打ちを始める。

 

 「……奴等の狙いは多分、鉄道工事が完成した時に、企業や役所の人間が集まる式典で爆弾テロを起こす事でしょう。ですから今、逆に自分達から奴等にアピールすれば、チーム・バンドーを憎んでいるルベン達が尻尾を出す可能性はありませんかね?」


 フェリックス本社側の人間、つまり裏稼業を牛耳るヨーラムや顧問弁護士のアシューレは、ビジネスの世界で培われた、物事を大局的に見る力がある。

 だがその一方で、エディやガルシアをはじめとするテロリスト側は時に直情的で、挑発に弱い点があった。


 まだ爆弾が使えず、中国人作業員の目がある今なら、恐れるのは数名のテロリストと最小限の武器だけ。

 シルバの提案は、お互いに「目の上のたんこぶ」となっていた相手との関係に、ピリオドを打てる可能性が高いのである。


 「なかなかいいアイディアだけど……あたし達だけでドンパチするのは危険だし、周りを巻き込まんじゃうわ。アテネの時みたいに、警察の協力とかは得られないの?」


 パパドプロスの件で、テロリストに恨まれているのはチーム・カムイも同じ。

 レディーはテロリストとの決着には肯定的だが、今からカムイやハッサンら、チームメイトを呼ぶ事は難しいだろう。


 「大丈夫ですよ。スペインには特殊部隊と、ニコポリディス巡査部長がまだ滞在しています。ガルシアの写真を撮って、奴等をよく知るニコポリディス巡査部長に認識して貰えば、指名手配中のテロリストとして逮捕が可能です」


 シルバはアテネで共闘したニコポリディス巡査部長の名前を挙げ、自身の義父が隊長を勤める特殊部隊の協力確約にも自信満々だ。


 「……でも、ガルシアだけを逮捕しても工事は続きますし、やがて爆弾テロは優先的に実行されてしまいますよね……。主犯格をおびき出して、一緒に捕らえないと……」


 シルバとレディーの間に遠慮なく割り込み、持論を展開するフクちゃん。

 彼女の懸念は、テロリストのリーダーであるエディ・マルティネスや顧問弁護士のアシューレに、爆弾テロよりもチーム・バンドーの始末を優先させる挑発が出来るのか、という点である。


 「……この超然とした雰囲気……。さっきの仕事ぶりといい、やっぱりバンちゃんの妹としちゃあ無理があるわ! フクコちゃん、あなた一体何者なの!?」


 普段は楽天的なキャラクターのレディーも、遂にフクちゃんの存在感に疑問を抱いてしまった。

 無駄な説明をしている間にガルシアに怪しまれては意味がない為、バンドーは両手を前に出してどうにかレディーをなだめた。


 「レディーさん、自分が気を引いておきます。その間にガルシアの顔写真を!」


 「……え!? ああ、仕方ないわねぇ……」


 シルバは抗議行動中の信者の一団に混じり、レディーはフクちゃんへの追及を一時的に諦める。


 「……中国の企業は、随分無茶な働かせ方をしているみたいですね! いくら前科者だったとしても、ラテン系労働者にも休憩を与えるべきです。自分も抗議行動に参加しますよ!」


 あくまで人道的配慮を強調しつつも、シルバはその体格を活かして信者達の中央に収まり、ガルシアにも聞こえる大声で鉄道工事の休止を求めた。


 「……!? あいつ、まさかチーム・バンドーのシルバか?」


 見間違うはずもない近距離でシルバの姿を確認したガルシアは、驚きの余り一瞬硬直。

 その隙を逃さず、レディーは大きく両目を見開いたガルシアの顔写真の撮影に成功する。


 「オッケーよ! 働く男の汗は美しいわね!」


 「よっしゃあ! あれ、お兄さん何処かで会った様な……?」


 証拠を押さえたバンドー達は、さりげなくガルシアにちょっかいをかける悪ノリを見せ、相手の行動に注目。

 予想外の事態に、ガルシアは慌ててポケットに右手を突っ込み、何やらスイッチの様なものを押すアクションを見せた。


 「ケンちゃん! 上の事務所の窓が……?」


 ガルシアの連絡を受けたとおぼしきスーツ姿の2名の男性が、開けた事務所の窓から身を乗り出して一部始終を見下ろす。

 

 ひとりは短い頭髪を金色に染め、派手な蛍光グリーンのスーツでキメた、如何にもワルなオーラを充満させている小柄なラテン系。

 しかしながら、サングラスとマスクで素顔が隠されており、シルバの目から彼の正体がエディ……いや、ルベン・エスピノーザである確証は得られない。


 「……あれは……アシューレ!」


 一方、もうひとりの男性とは拳を交えた事のあるレディー。

 テロリストには到底見えないシックなスーツの着こなしと、引き締まった細身の肉体、そして幾分甘い顔立ちは、フェリックス社の顧問弁護士、ドル・アシューレに間違いなかった。


 「チーム・バンドー!? あれは……レディーなのか!?」


 アシューレは驚きの表情を見せながらも、本社への連絡の為か、相棒を連れて駆け足で階段から高級車に乗り込む。

 シルバから人相の判別は難しいものの、かつての足の負傷からガニ股になりがちなルベン・エスピノーザの走り方が、ひとりの男性と一致する。


 「ルベン! ……奴に間違いありません!」



 7月5日・15:30


 ラテン系作業員の体調不良を理由に、鉄道工事は一旦休止。

 現場にはハインツ、クレア、リンが合流し、互いに情報交換が行われていた。


 「……カレリン達は大丈夫だ。悪党を殺さずに捕まえないと意味がない仕事だし、周囲も賞金稼ぎに協力的みたいだからな。フェリックスの奴等も、今はまだ本性を明かさず、信用と実績を作ろうとしている。水道局の汚職に関しては、俺達の出る幕はないぜ」


 ハインツはクレア、リンと顔を見合わせ、汚職役員の存在以外、現場に全く不穏な空気はなかった事を再確認する。

 

 「……それは良かったですね。残念ながら……こちらでは作業員に化けたテロリストを見つけました。彼等独自の判断なのか、フェリックス社の指令なのかどうかはまだ分かりませんが、アテネで生き残ったあのテロリスト達が、全員ここで爆弾テロの機会を窺っているとみて、まず間違いないでしょう」


 この所ヨーロッパで名を売るテロリスト、エディ・マルティネスの正体が、因縁の宿敵ルベン・エスピノーザである事を確信したシルバ。

 

 既にガルシアの顔写真は、スペインに滞在するニコポリディス巡査部長のもとで特定作業に入っており、地元警察の協力が得られるのも時間の問題。

 ただ、水道局の汚職を見る限り、肝心のベオグラード警察がフェリックス社に何らかの弱味を握られている、そんな可能性も否定は出来なかった。



 「バンちゃん、本当の事を言って! フクコちゃんはバンちゃんの妹じゃないんでしょ?」


 フクちゃんが、その見た目から想像出来る魔法エリートのレベルを超越していると確信したレディーは、怒濤の勢いでバンドーに詰め寄っている。

 その様子を目にして駆けつけたハインツ達はレディーの周りを取り囲み、OKサインの代わりにバンドーの肩を全員で力強く叩く。


 「……分かったよレディーさん。実はもう、ミューゼルには話しているんだ」



 それから話すこと、実に十数分間。

 にわかには信じ難い言葉と現実の連続に、事情を説明するバンドーの心中は複雑だったが、意外にもレディーの表情はポジティブに高揚していた。


 「……フクコちゃんが、この世に実在する女神様なのね! 女神様なのにフライドポテトが好きだったり、バンちゃんの妹になりきる為に演技とかしていたのね!」


 身体は男性でも、心は女性。

 妙に乙女チックな所のあるレディーは満面の笑みを浮かべ、フクちゃんの存在をファンタジー的に受け入れる気満々にさえ見える。


 「きゃ〜、可愛い〜!」


 母性本能(?)なのか、レディーは思わずフクちゃんに抱きついてしまう。

 

 しかしながら、意地の悪い見方をすれば、彼は単なるオネエキャラの男性とも言える。

 フクちゃんの表情も、リンに抱きつかれている時の楽しそうなそれではなく、ぶっちゃけ嫌そうだ。


 「……ああ、ごめんなさい。今のあたし達は戦う仲間ね。フクコちゃんも自然の守護者として、フェリックス社の無茶な開発を監視しないといけないのね!」


 ようやく冷静さを取り戻したレディーはフクちゃんから離れ、改めて戦う仲間としての彼女を認める。


 「アラーの神を信仰するハッサンとゲリエは、フクコちゃんが女神様なんて言ったらきっと混乱しちゃうわね! でも、カムイは余り細かい事は気にしないから、この事は暫く黙っておくわ!」


 苦労人ならではのレディーの共感力に、チーム・バンドーの面々は皆、一様に胸を撫で下ろしていた。

 


 7月5日・16:00


 その頃、高級車で工事現場を脱出したエディ・マルティネスとドル・アシューレは、通信環境の良い場所に車を停めていた。

 テルアビブのフェリックス本社で待機する裏稼業担当の第1御曹司、ヨーラムとの通信を開始する為である。


 「……ヨーラムだ。こんな時間にどうした? まだ作業中のはずだぞ」


 涼しげな広い個室の中、優雅に紅茶を飲みながら両者に疑念の眼差しを向けるヨーラム。

 生粋の大企業御曹司ゆえ、その浮世離れぶりに嫌味は感じさせないが、炎天下の中、鉄道工事の人員斡旋と爆弾テロ計画を調整するエディとアシューレにとって、この光景は決して心地の良いものではなかった。


 「おい、奴等が来たぞ! チーム・バンドーが、また俺達の邪魔をしに来やがった! そろそろカタを着けたい、俺達に少し時間をくれ!」


 端末のモニター越しに唾を飛ばし、早口にまくし立てるエディ。

 彼にとっても、今がチーム・バンドーを始末出来る千載一遇のチャンスなのである。


 「ダメだ。我々のテロ計画は1週間後、中国企業のトップとベオグラードの役人が出揃う、僅か数時間しか実行のチャンスがない。なのに今、暑さで工事は遅れ気味ときている。貴様らには工事を急がせる義務こそあれ、下らぬ寄り道をしている暇はないはずだ」


 余りにもビジネスライクで、冷淡なヨーラムの対応。

 

 確かに、今ここでエディ達が下手な騒ぎを起こせば、中国企業のトップとベオグラードの役人が警戒感を強め、鉄道工事は延期されてしまうかも知れない。

 そうなった場合、ヨーロッパ各地の権力の腐敗を炙り出し、ロシアを中心とする統一世界の転覆を図るフェリックス社の野望に、甚大な綻びが生じてしまうのだ。


 「……ヨーラム、俺達だって、奴等の顔さえ見なければお前の指示に従っていた。だがよ、結局の所、お前が奴等の知り合いのカレリン達を雇っちまったから、チーム・バンドーがここまで様子を見に来たんだろうが! お前が金と手間を惜しんで、東欧に手っ取り早く東欧人を派遣しようとしたからだろ!」


 これまで何度も燻ってきた、ヨーラムを(さげす)むエディの火種。

 フェリックス社の第1御曹司として、務めて冷静に、自分を大きく見せようとしてきたヨーラムも、遂に我慢の限界を迎えつつある。


 「……私がこれまで、貴様らにどれだけ投資してやったと思っているんだ!? たかだか一介の賞金稼ぎなど、我々の脅威にはならん! アシューレ、この恩知らずにビジネスの厳しさを教えてやれ!」


 堪らず己の拳をテーブルに叩きつけるヨーラム。

 その衝撃で、紅茶のカップは勢いよく転がり落ちた。


 「……ヨーラム、エディの怒りはもっともだ。お前はまだ、ワルどもを手懐けるだけの信念と覚悟が足りないお坊っちゃまだよ」


 暫く沈黙を続けていたアシューレだったが、やがて彼は薄ら笑いを浮かべ、大学時代からその器を疑問視していた御曹司ヨーラムを、遂に一刀両断する。


 「……ヨーラム、自分の足下に何匹もゴキブリが這い回っていて、そのまま眠れるか? まあ、お前は生粋の御曹司だからな。メイドや執事に泣きついてゴキブリを退治して貰っていたのかも知れないが、そんな男は人の上には立てない」


 端末のモニター越しとは言え、両者の間にはまさに一触即発の空気が流れている。

 だが、今から1週間以内にエディやアシューレの代わりを見つける事は不可能に近く、遠くテルアビブにいるヨーラムに、彼等の反乱を阻止する力もなかった。


 「くっ……それ程までに豪語するなら、明日1日だけ時間をやろう。どんな手を使ってでもチーム・バンドーを始末し、せいぜい快適に仕事をするがいい。だが、万が一失敗した時は、貴様らにこの世界での未来はないと思え!」


 激昂したヨーラムは捨て台詞を残し、両者に最後のチャンスを与えて乱暴に通信を遮断する。

 

 アテネで既にガルシアとの関係が出来上がっていたアシューレは、エディとの間にも着実に信用を積み重ねていた。

 大学の後輩であるヨーラムに頭を下げ、会社からポストを用意して貰う……そんなちっぽけな野望は、彼の頭にはもうなかったのだ。


 「……明日はチーム・バンドーで爆弾の予行演習だな。シルバ、もうお前の顔を見なくて済むと思うと、せいせいするぜ。アシューレ! ガルシア達に見せ金を準備させろ!」


 アテネで陣頭指揮を執れずにいたエディはその鬱憤を晴らすべく、総力を結集させてチーム・バンドー殲滅へと意気込む。



 7月5日・17:00


 治安悪化の中、セキュリティの行き届いた高級ホテルは既に満杯。

 チーム・バンドーとレディーは、既に慣れっこになっている安ホテルにチェックインし、自分達の存在を認識しているテロリストの出方をシミュレートしていた。


 「ガルシアの顔写真を撮影した事を、事務所から見ていたアシューレはきっと気付いているわ。奴等はガルシアを隠して、警察の捜査を撥ね付けると思う」


 「一番可能性が高いのは、悪党の被害者を装って賞金稼ぎ組合に泣きつき、俺達を指名して何処かに誘導する事だろうよ。そんな仕事なら、まだ顔の割れていない末端のテロリストでも出来るからな」


 レディーとハインツ、どちらの見方にも説得力がある。

 半人前のシノブがどうにか切り盛りし、万全のバックアップが期待出来ない今のベオグラード組合を通すやり方が、一番確実性が高いだろう。


 「……でも、仮に私達がテロリストの動きを無視した場合、彼等はどう出てくるんでしょう? フェリックス社に雇われて工事に潜入している以上、まさかいきなり無差別テロなんて出来ないと思いますし、もしかしたら、警察が彼等全員を捕らえてくれる時間を稼げるかも知れませんよ……?」


 平和主義的なリンの提案は、つい好戦的になりがちな他のメンバーにとって斬新だった。

 確かに、自分達の身の安全さえ保証出来れば、エディとアシューレがベオグラードから動けないテロリストは、チーム・バンドーより先に追い詰められるのだ。


 

 『お客様にご連絡です。お客様にご連絡です。310号室にご宿泊のプリシッチ様、310号室にご宿泊のプリシッチ様。只今お部屋におられない様ですが、お客様がお見えになっております、ロビーまでお越し下さい』


 呼び出しベルとともに流れる、フロントからのアナウンス。

 この瞬間、リンの抱いた希望は早くも打ち砕かれる。


 「……ダメだわ。今のアナウンスがもし、あたし達に向けられていたら、テロリストの襲撃を疑わなければならないもの。明日にはこのホテルも危険になるわ!」


 クレアは頭を抱え、リンもがっくりと肩を落とす。

 お互いに今、カタを着ける事が最良の選択……そう言わざるを得ない現実に直面してしまった。


 「……あ、17:00過ぎたね。組合も閉まる頃だし、シノブさんに怪しい依頼があったかどうか訊いてみようか?」


 テロリストがチーム・バンドーをおびき寄せるには、地元の賞金稼ぎの手には負えない高難度の事件をでっち上げる必要がある。

 バンドーは携帯電話を取り出し、控えていた組合の電話番号を確認。


 「まさか奴等……カレリンを人質に取ったとか、言わねえだろうな?」


 「ぷっ! 同じ会社の社員じゃない! って言うか、友達とテロリストが同じ会社に雇われているって、洒落にならないわよね!」


 このタイミングで、何故かハインツとクレアの公認夫婦漫才が炸裂し、突如爆笑が沸き起こるチーム・バンドーとレディー。

 これが今、世界の悪党が恐れるトップレベルの賞金稼ぎチームの余裕なのか?



 ピピピッ……


 「どわあぁ! 向こうから来たぁ!」


 今、まさにダイヤルしようとしたベオグラード賞金稼ぎ組合から、バンドーの携帯電話に着信アリ。

 その余りのグッドタイミングぶりに、思わず両手バンザイでえびぞるバンドー。


 「バンドーさん、リアクションがデカ過ぎます!」


 遂にシルバが笑いを増幅させるツッコミを担当するなど、この緊張感がパーティーの新しい魅力を引き出している。

 そんな中、バンドーは深呼吸をして気持ちを落ち着かせて通話に挑んだ。


 「はい、バンドーです」


 「ああ! バンドーさんですね! ベオグラード組合のシノブです! 今いいですか!?」


 電話の主は、やはりオペレーターのシノブ。

 大方の予想通り、ベオグラード組合に事件解決の依頼が舞い込んだらしい。


 

 貸し倉庫業を名乗るひとりの男性から、倉庫の利用客を捕まえ、追い出して欲しいという依頼が寄せられたのは、今日の16:55分。

 当時組合には賞金稼ぎの姿は殆どなく、シノブがひとりで閉館の準備をしている頃、その男性は姿を現した。


 彼が持ってきたのは、依頼の内容が書かれた手紙と、物的証拠の写真。

 そして、5000000CPという巨額の前払い金。


 「……鉄道工事現場の近くで、ヤクザ者が建設会社の社員になりすまして倉庫を借り、建設資材以外にも爆弾やドラッグ、見た事もない大金の出し入れがある……って話なんだね?」


 状況説明の細かさに、バンドーもホテルの備品である紙とペンでメモを欠かさない。


 「そうなんです。爆弾やドラッグの写真が果たして実物なのかどうか検証する余地はありますね。ですが、5000000CPという前払い金を置いて去るという背景には、会社が利益の為に客の素性を調べなかった事実を知られない様に、秘密裏に事件を解決したかったという狙いも窺えます」


 閉館している安心感からか、シノブは電話対応でも本来の力を発揮出来ている。

 そして、閉館間際の高額依頼は、半端な実力の賞金稼ぎを萎縮させ、オペレーターは実力派のパーティーに仕事を依頼せざるを得ない環境を作り出していた。


 間違いなく、これはチーム・バンドーとレディーを狙った罠。

 「見えている地雷」である。


 「毎朝5:00に、客の素性を知らずに建設資材を倉庫に運んでいたという証言を、運送業者から得る事が出来ました! 恐らくその時刻は朝番の人間がいるだけでしょうから、皆さんが倉庫を捜索するにもチャンスかと……?」


 シノブはシノブで、しっかり裏を押さえている様だ。

 しかしながら、朝5:00という人気のない時間帯は、テロリストが仕掛けた時限爆弾が爆発するにも絶好のタイミングと言える。


 「分かった! そいつらにはちょっと心当たりがあるから、今から俺達がその依頼を確認しに行くよ! まだ鍵は閉めないでいてくれ!」


 既に事情を理解したメンバーとともに、バンドーは一路、ベオグラード賞金稼ぎ組合へと向かった。



 

 「……ふぅ。これでひと安心ですぅ……」


 今日も残業になってしまうものの、チーム・バンドーの依頼成功率を考えれば、オペレーターとしてのシノブの評価が下がる事はない。

 安堵感と心労が一気に押し寄せ、そのまま彼女がひと眠りしてしまいそうな、その瞬間……。


 「ねーちゃん、起きろよ! 地元の仕事は地元の賞金稼ぎにまわしてくれねえと、経済が歪んじまうだろ?」


 何者かの声に起こされたシノブが目を開いた先には、3人の剣士の姿。

 その真ん中に立つ男性は、シノブもよく知っているセルビアのベテラン剣士、ガチノビッチだった。


 「ガチノビッチさん……いつからそこに!?」

 

 普段なら声をかけてくれるガチノビッチが、無言で館内に身を潜めていた事実に、シノブは驚きを隠せない。

 そんな彼女の動揺に背を向け、従えた2名の若い剣士に経緯を語らせるガチノビッチ。


 「シノブさん、俺達は交通事故があったとは言え、チーム・バンドーに仕事を奪われたんだよ。悔しかったぜ。外面(そとづら)は紳士にしていたけどな。確かに、俺達はまだまだ経験不足だ。だが、ガチノビッチさんは名剣士さ。この人の技と経験を、俺達の体力でカバーすれば、誰にも負けやしない。この仕事、俺達が貰う!」


 「ねーちゃんよぉ、俺達はあんた達の話を全部聞いて、ガチノビッチのアニキを説得したんだ。無理だと言われても、プライドを賭けなきゃならない時がある。これだけの大金を手にすりゃあ、まずいい剣が買える。度胸さえありゃあ、それだけで少しは強くなる。誰だって、そこそこの剣士で埋もれたくはねえんだよ」


 若い剣士は向こう見ずな所があるものの、真っ直ぐな情熱を持っている。

 一攫千金より実力に見合った仕事がモットーのガチノビッチも、ベオグラードの自治が危ぶまれる中、弟子の不満を解消する道を模索しているのだ。


 「すまないな、シノブ……。これは俺の最後の意地だ。生まれ故郷を自分で守れる男を育てたい。危険で得体の知れない仕事だが、力のある余所者に道を譲る生き方を許すべきか……迷ったよ」


 その血と汗が刻まれた生き様から滲み出る覚悟を、シノブに覆す事は出来ない。

 彼女は酸欠した魚の様に口をパクパクさせながら、最後に思いとどまる様に精一杯の説得を試みる。


 「バ、バンドーさんが……悪党に心当たりがあると言っています……。もうすぐ彼等が合流しますから、作戦を練って、報酬を山分けして、より安全な選択をして下さい……。私は、ここのオペレーターなんです……!」


 シノブの懇願を横目に、彼女の横を通り過ぎる3名の剣士。

 最後に振り向いたガチノビッチは、ゆっくりと自身の考えを述べた。


 「まだ暗くなく、奴等が倉庫に残っている内に襲撃しないと意味がない。爆弾という武器がある以上、奴等がいない隙を突く方が間違っているのさ。奴等がいれば、爆弾は室内で使えなくなるのだからな。今、行かなければダメなんだよ。」


 放心状態でガチノビッチ達を見送る事になってしまったシノブに、ひとりの若い剣士が親指を立てて微笑む。


 「シノブさん、心配要らないぜ! ガチノビッチさんに聞いたんだ。あの会社の倉庫は裏口が弱くて簡単にドアに穴が開くし、近くに防火用の水道とホースもある。そこから水でもぶちまければ爆弾もドラッグも全部おしまいさ! 正面から突っ込むなんてバカな真似はしないよ」

 


 

 「……あっ、バンドーさん、大変です!」


 チーム・バンドーが組合に到着した時、既にシノブは資料を持って裏口に待機していた。


 「ガチノビッチさん達が話を聞いていて、前払い金を持って現場に行ってしまいました! 説得はしたんですけど……」


 シノブの手に握られた資料の中には、短時間で作られた詳細な地図もある。

 事務方に専念出来れば、彼女もかなり優秀な人材に違いない。

 

 「ガチノビッチが!? ヤバいぜ、相手は加減を知らねえ連中なんだ! 銃を持っている可能性だってある!」


 焦りを隠せないハインツ。

 そんな彼を見て、シノブは若い剣士の言葉を思い出し、慣れない大声と早口を大きなジェスチャーで補完しながら、彼等の計画を説明した。


 「ガチノビッチさん達は、裏口から水をまいて爆弾やドラッグを水没させると言っていました! 倉庫の側に防火用水道とホースがあるそうなので、まだ作業中に間に合うかも知れません!」


 「シノブさんありがとう! 皆行こう! 資料なんて走りながらでも読める!」


 バンドーの合図に呼応し、一斉に現場へと走り出すパーティー一同。

 現メンバーの間に遠慮が要らなくなったフクちゃんは、爆発に備えてシールドの準備を整えている。


 「……貸し倉庫業の株式会社アレクセイ・コンテナーズは、2099年7月1日をもちまして経営陣を一新致しました。代表取締役は……ドル・アシューレ!」


 移動中にリンが見つけ、息を切らせながら読み上げた資料に、一同は驚愕する。

 全てがテロリストの自作自演であるとともに、フェリックス社がこの地でのテロ行為を前もって計画していた事が明らかになったのだ。


 

 バアアァァン……


 まだ人の姿がある夕暮れ時に、突如として響き渡る爆音。

 その音量から、決して巨大な爆発ではない事は想定出来るものの、爆心地にいれば生命の保証は出来ないだろう。


 「……そんな……間に合わなかったの!?」


 青ざめた表情で、力なく呟くクレア。

 屍の様な気持ちで、しかし身体は全力疾走を続けるチーム・バンドーとレディー。


 爆発が発生した場所は、疑惑の持たれていた倉庫ではなく、防火用水道の蛇口側の足場。

 テロリスト達は、シルバをはじめとするチーム・バンドーの頭脳派メンバーに備えて水没作戦を予知し、既に地雷を埋めていたのだ。


 

  (続く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] レディのキャラが立っていて好きですね。 [一言] ガチノビッチ・・・・名前もやべぇが、和を乱す先走りの行動もやべぇ。
2022/08/05 22:01 退会済み
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