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バンドー  作者: シサマ
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第59話 賞金稼ぎ、決断の時


 6月30日・7:00


 オランダ到着早々泥棒を撃退し、アムステルダムの高級ホテル宿泊をゲットしたバンドー、ハインツ、ミューゼル、そしてフクちゃん。

 

 だが、深夜にかかってきた1本の電話が、彼等の気分を沈ませてしまった。

 ハインツとクレアの旧友であり、ゾーリンゲン武闘大会ではバンドーも秘策を授かった賞金稼ぎの仲間、ミハエル・カレリンが、フェリックス社の専属賞金稼ぎに応募する事を決意したのである。


 「出世欲の強いカレリンはまだ分かるんだが、コラフスキまでがフェリックス社に行くとはな……」


 ハインツはカレリンの直情的な性格を理解しており、富と名声を得られるチャンスには飛びつく可能性を認識している。

 しかし、彼の相棒のゴラン・コラフスキは冷静な剣士だけに、安易な決断はコラフスキが思いとどまらせてくれるはず、そう考えていたのだ。

 


 東欧のラトビア出身のカレリンは、貧しい地域故の困難に耐え、功名心の下に底辺からの脱出を懸けて剣士の道を選択している。


 ゾーリンゲン武闘大会でチームを結成した同じ東欧出身の剣士、クラマリッチとバデリも、カレリンやコラフスキと決断をともにし、負傷により入院中のチームメイト、シャウセンスクを除き、チーム・カレリンのメンツは丸ごとフェリックス社専属の賞金稼ぎに応募する形となった。


 「……まあ、2人とも最後に挨拶に来るって言うし、そこで詳しく訊くしかないよね……」


 飾らない性格で親しみやすく、実力的にも近いレベルにあったカレリンの決断に、バンドーもショックを隠せない。

 

 とは言え、ナシャーラの声明通り、腐敗した権力に対する戦いにのみ賞金稼ぎが駆り出されるのであれば、高給が保証されたフェリックス社の仕事は誰の目にも魅力的だろう。

 カレリンとコラフスキは、自分達の決断の理由を説明する為にアルクマールに合流し、ハインツとクレアを納得させると豪語した。


 「……友達が敵になるかも知れないのは、辛いですよね……。でも、僕達に完敗したチーム・カレリンが、統一世界の勢力図まで塗り替えようとするフェリックス社で、果たして出世出来るんでしょうか……?」


 ゾーリンゲン武闘大会では、チーム・カレリン相手に無傷の5人全員勝利を飾った、チーム・カムイ所属のミューゼル。

 言葉にすると嫌味な物言いに聞こえるかも知れないが、彼は純粋にカレリン達の身を案じている。


 「……そうですね。フェリックス社からダメ出しされて、解雇されるならまだいいですが、大金が動いているだけに、危険な仕事の捨て石にされてしまうかも知れませんよね……」


 フェリックス社に対して、最大限の警戒を続けているフクちゃん。

 彼等の中で、少なくともメナハムやザハビは悪党には見えないものの、これまでの経緯から想定するに、組織としての危険性を看過する事は出来なかった。


 「午前中に列車で出れば、昼にはアルクマールに着くみたいだ。取りあえず名物のチーズでも堪能してから、皆と今後の身の振り方を相談しよう!」


 見知らぬ土地への好奇心か、それともチームリーダーの責任感か。

 バンドーは元気を取り戻し、出発への身仕度を整える。



 6月30日・9:30

 

 「……何だか、列車の旅は久しぶりだな。やっぱりキャンピングカーよりは快適だぜ」


 快晴に恵まれたアムステルダムの街並みから、やがて田園風景、そして風力発電所……。

 ハインツが列車の窓から眺めるオランダの景色はのどかなもので、一見してバンドーの故郷、ニュージーランドと大差ない様に思えていた。

 

 しかしながら、ここは人間の手によって整備された自然。

 手付かずの自然が生い茂るオセアニアとはまた違う、ヨーロッパならではの安心感の様なものが、ゆったりとパーティーを包み込んでいる。


 「……ハッサンさんとゲリエさんは、イスラム教徒です。オランダにはイスラム教徒が多いので、僕達はオランダに第2の拠点を構えようと、アルクマールの古い空き家を買ったんですよ。今回の件で、ますますアテネの治安は悪化するでしょうから、正しい選択だったと思います……」


 メンタル面の弱さを理由に、チーム・ルステンベルガーに加われなかった過去を持つミューゼルは、生粋のドイツ人。

 だが、チームリーダーであるカムイとその相棒、レディーがアテネ出身である事から、チーム・カムイは長らくギリシャをホームグラウンドにしていた。

 

 その背景には、高額な報酬よりもギリシャの悪党を減らさなければいう、カムイとレディーの使命感の様なものがあったに違いない。

 しかし、今や権力は限界まで腐敗し、庶民はフェリックス社と宗教団体に操られようとしている。


 カムイの父親、パパドプロスを正当に裁く手続きを終えた段階で、いち賞金稼ぎがギリシャの為に出来る事はもう、なくなってしまったのかも知れない。



 6月30日・10:30


 「あ、レディーさんが迎えに来てる!」


 アルクマール到着を確認したバンドーには、元来目立つ風貌であるレディーの存在感がホームからでも一目瞭然。

 まだ住み慣れているとは言えないものの、チームの準ホームグラウンド、アルクマールの空気はミューゼルにも安堵感をもたらしていた。


 「さっき、カレリンからクレアに連絡があったみたいで、昼過ぎにはアルクマールに来るって。ゲリエは明日になるけれど、カムイとシルバも夕方には合流する予定だから、随分騒がしくなるわね。バンちゃん達を迎えに行くついでに、夕食の買い出しもしてきたの」


 こういう時ばかりは、オネエキャラの男性である事が勿体ない程の器量を見せるレディー。

 これ幸いとばかりに重い食材をバンドー達に預け、意気揚々とアルクマールを案内する。


 「この香り……チーズ市が始まってるわ。カレリンの話はどうせ楽しいものじゃなさそうだし、軽く食べて行きましょうか」


 「やった! 賛成!」


 カレリンの決断にショックを受け、今朝はどうにも食欲の湧かなかったバンドー達だったが、新鮮なチーズの香りには(あらが)えない。

 駅近くの広場で開催されるチーズ市は、観光客向けに衣装や小道具まで伝統を再現した、まさにチーズを取り巻く一大エンターテインメントなのだ。


 

 「すげ〜! 絵で見るのと同じ形のチーズだよ!」


 時には写真より美味しそうに見える、絵画やアニメーションで描かれたチーズ。

 そんな、ある意味刷り込まれた理想郷を再現したチーズや当時の衣装、当時の小道具に魅せられる一同を待っていたのは、チーズを使った料理が食べられる屋台の数々。


 「ここの屋台のイチオシは、ハーリングサンドなんだけど、まずは無難にチーズサンドね。5つちょうだい!」


 レディーはその風貌に加えて、オネエ言葉のインパクトも抜群。

 しかしながら、料理好きの彼女(?)は既にチーズ市では馴染みの顔らしく、屋台は手慣れた連携で、あっという間にチーズサンドが一同のもとへと届けられた。


 「……これ、焼いたパンとチーズだけ!? 美味いよ、これだけでも十分なんだね!」


 朝食抜きの空腹も相まって、バンドーは即座にチーズサンドを完食。

 気を良くしたレディーは、ついでにもう一品料理を注文した。


 「あれ? 魚が丸ごと挟まったパンだ。オセアニアでは余り見ないけど……レディーさん、この魚は?」


 「それがハーリングよ。バンちゃんのルーツ、日本では確か『(にしん)』って呼ばれていたはず。塩漬けしてあって、まあ、アンチョビの鰊バージョンって感じね」


 オランダの名物、ハーリングサンドは、塩漬け鰊をパンに挟み、ピクルスやオニオンをまぶしたもの。

 外見は、揚げていない魚を挟んだハンバーガーの様な形である。


 「おう、俺もこいつは初めてだが、魚の塩が効いていると、ただのパンが実は甘いって事が良く分かるな。美味いぜ!」


 ハインツ、ミューゼル、そしてフライドポテトやきな粉ねじりと言った、普通の人間と比較してもかなりジャンキーな嗜好の味覚を持つ女神、フクちゃんも屋台のサンドイッチを堪能し、一同はチーム・カムイのアジトに到着した。


 

 「お帰り〜! 無事で何よりだわ!」


 すっかりリラックスしたクレアとリンに迎えられながら、チーム・カムイのアジトをまじまじと見渡すバンドーとハインツ。


 古い空き家を買い取っただけに、表向きはお世辞にも綺麗とは言えない。

 だが、プレハブ小屋の様な仮住まいを想像していた彼等の予想を裏切る、2階建てのまっとうな一軒家である。


 「……玄関も掃除したかったんですけど、汚い方が泥棒が寄り付かないから掃除するなって、ハッサンさんに言われたんですよ……」


 オランダではまだ仕事がなく、加えてリンは基本インドア派。

 掃除が出来ずに暇を持て余している様子は、その声のトーンからも窺えていた。


 「……そう言うハッサンは何処に行ったんだ?」


 無意識のうちに、アジト内も詳しく観察を続けるバンドー。

 リビングや女性陣の寝室らしき部屋、そしてキッチンに関しては、流石に細かく手が入っている。


 「あんた達と入れ替わりで、アムステルダムの賞金稼ぎ組合に出掛けたわ。仕事を探しに行ったんだろうけど、昨日の今日だから、組合もフェリックス社から圧力をかけられていないか確認しに行ってくれたのよ、きっと…」


 女性2人とオネエキャラのレディーに囲まれて、ハッサンもひとりの時間が欲しかったのだろう。

 クレアは彼の単独行動を、最大限ポジティブに解釈した。


 「昨日の事に関連して、そろそろ新しいニュースもあるはずだ。ここにテレビかラジオはあるのか?」


 「……はいはい、急かさないの」


 レディーはせっかちなハインツをなだめる為に、リビングの奥にある廃棄品を修理したとおぼしき、旧式のオンボロテレビの電源を入れる。


 【……続きまして、昨日声明のあった世界的大企業『フェリックス』と、新興宗教団体『POB』関連のニュースです。ギリシャのアテネでの騒動の影響は、ヨーロッパ中に拡大しています。スペインのバルセロナ、セルビアのベオグラード、クロアチアのザクレブ等、治安の悪い地域や地理的にロシアに近い東欧の大都市を中心に、『POB』の信者が地元の警察や役所で強い抗議活動を行っている模様です】


 この映像が物語る現実を想定はしていたものの、その拡散スピードに言葉を失う一同。

 これまで、『POB』の存在はあくまで地下レベルの認識しかなかったが、大企業の後ろ楯を得た信者が表舞台に現れ、現体制への不満が一気に噴出していたのだ。


 【……尚、この動きに対して、政府は『POB』と『フェリックス』対策本部を設立する声明を発表しましたが、現在の所、『POB』の認可取り消しや『フェリックス』への経済制裁、軍による事態の鎮圧などは考えていないとの事です】


 「……そりゃそうだろう。フェリックスの息がかかった連中が密輸している武器やドラッグは、元々は軍や警察の管理下にあったものだろうしな。政府としても、奴等とグルになっている人間がいる事を知られる訳には行かねえだろうよ」


 平静を装った政府の対応に、すかさず突っ込みを入れるハインツ。


 「……ナシャーラさんの魔法は、人間業とは思えない程に強力でしたが、それでも戦車や戦闘機に勝てるレベルではありません。政府としても、兵器が自分達の手にあるうちは、宗教団体や賞金稼ぎの反乱は大丈夫という認識なんでしょうね……あっ!?」


 「……何だ、地震か!?」

 

 冷静な分析を行っていたリンに横槍を入れるかの様な、突然の横揺れがアジトを襲う。

 幸い、揺れはすぐに収まり、アジトにも被害はなさそうだ。


 「……短いけど、結構揺れたね。実家にいた時も地震があったし、何だかこいつもフェリックス社の仕業かと疑っちゃうよな……」


 フクちゃんの視察と、バンドー一族のビジネスパートナーでもある貿易商、クォンの分析によれば、フェリックス社は密輸品の隠し場所を兼ねて、地層プレートに刺激を与える様な場所での建設工事を世界規模で行っているという。

 

 これらの行動が、統一世界をパニックに陥れる為の意図的なものであると断定するのは、まだ早計だ。

 しかしながら、こうして世界中に地震の頻度が高まっている現実を見るに、現在独自調査中と思われるクォンからの報告が、フェリックス社の横暴を阻止する鍵を握っている事は間違いない。


 「……あ? おいおい、テレビが映らなくなったぜ! この程度の揺れで壊れるたぁ、どんなオンボロだよ?」


 瞬間的な横揺れのショックで接触不良を起こしたテレビ。

 ヨーロッパ屈指の賞金稼ぎ、チーム・カムイと言えども、流石に家を購入すれば暫く財布の口が固くなるものだ。


 「しょうがないでしょ! テレビにまでお金かけられないんだから。こんなもん叩けば直るわよ、とおっ!」


 ハインツの態度に段々と苛立ってきたレディーは、格闘家として鍛え上げられた手刀を無駄に駆使しながら、打撃によるテレビ映りの回復を模索する。


 「レディー、叩いてテレビの映りが直る時代は100年前に終わったのよ……」


 クレアはレディーをたしなめつつ、わがままなハインツを頭頂部ごとアイアンクローで鷲掴みにしていた。



 「……クレア、ハインツ、いるのか?」


 外からノックの音と、馴染みの声がする。

 

 玄関の曇りガラス越しに見える人影は2体。

 訪問者は恐らく、カレリンとコラフスキだ。


 「カレリンか? ここだここだ! 時間通りに来るとは大したもんだな!」


 クレアに頭頂部をアイアンクローされたまま、ハインツは旧友をアジトへと呼び込む。


 「……ハインツだな? 邪魔するぜ……おっと、増毛中だったのか、悪かったな」


 訪問の瞬間、クレアに頭皮のマッサージを受けているハインツを目の当たりにしたカレリンは、旧友の秘密を知ってしまった罪悪感に襲われていた。


 「……ん? バカ、違う! ただのコントだよ!」


 目の前の寸劇に目が泳ぐ、バンドーとリン。

 どうやら、長い付き合いの者にしか分からない阿吽の呼吸というものがあるらしい。



 6月30日・12:30


 カレリンとコラフスキの決意表明は、コーヒーとお茶菓子を添えた、随分とカジュアルな舞台が提供されている。

 どうにもやりにくい雰囲気を感じている両者の為に、まずはハインツが自身の偽らざる心境を伝える事となった。

 

 「……カレリン、俺とクレアはお前の性格を良く知っている。デカイ稼ぎや、出世のチャンスがあれば飛び付くとは思っていた。でもよ、フェリックスってのは疑惑のデパートみたいなもんだぜ。表向きはやり手の複合企業だが、裏では武器やドラッグの密輸にも絡んでいるんだ。ひょっとしたら、犯罪の片棒を担がされるかも知れねえ。考え直す気はないのか?」


 ハインツの言葉に対して、両者は神妙な表情を見せはするものの、特に感情の変化らしきものは窺えない。

 不気味な沈黙を恐れるバンドーは、続けて自らの意見を述べる。


 「……俺達は仕事をこなす過程で、偶然黒幕が奴等の関係者だった事が何度もあるんだ。俺達は奴等からマークされていると思う。だから、俺達と一緒に戦えとは言わないよ。でも、あんたらがフェリックスの配下になったら、俺達と戦わされるかも知れない。俺はあんたらに世話になったし、それは嫌なんだ」


 武闘大会でのトレーニングの記憶が、両者の脳裏をよぎったのだろう。

 カレリンは一瞬、向き合っていたバンドーから目を逸らした。

 

 「……あたし達はバンちゃん達と同じく、フェリックスとは対立する立場ね。あんた達があたし達を倒す命令を受けたとしたら、どっちが勝つかは目に見えてるでしょ?」


 両手を組んで話を聞いていたレディーは、敢えて挑発的な言葉でカレリン達を牽制する。

 チーム・カレリンが勢揃いしてもチーム・カムイには歯が立たず、魔法を覚えたバンドー個人も既に格下ではない。


 「うるせえ! 俺達だってあれから経験を積んでるんだ! やってみないと分からねえだろ!」


 案の定、レディーの態度は直情的なカレリンの激昂を呼び、クレアは見慣れた光景に頭を抱えていた。


 「まあ、そう興奮するな」


 暫く沈黙を守っていたコラフスキはカレリンの怒りを鎮め、言葉を選びながらゆっくりと弁明を始める。


 「……お前達の言いたい事は分かる。目先の富や名声の為に、命やモラルを危険に晒すなって事だろ? カレリンの代わりに俺が話すよ。俺達がフェリックスの賞金稼ぎに立候補する理由は富や名声だけじゃないんだ。俺達の世代にとって、これが最初で最後の革命のチャンスだからなんだよ」


 「……革命?」


 コラフスキの口から突如として発せられる、聞き馴染みのない大袈裟な言葉に、リンやミューゼルは一瞬呆気にとられていた。


 「……今の統一世界の体制が完成して、もう50年だ。世界を変革する一大決定だったにもかかわらず、基盤整備を急ぐ為に世界の財閥や銀行の仕組みは維持された。まずここで、クレアの家系は命拾いした事になるだろう。そして、治安を維持し、農業と自動車産業を伸ばしたいオセアニアの野望は、移民の資格の厳選を許可されて成就した。これはバンドーの家系だな」


 クレアとバンドーは、自分が家族や周囲の環境に恵まれている事を既に自覚済み。

 故に、コラフスキの持論に特別な感情を抱く事もなく、あくまで冷静にその認識を受け入れている。


 「ハインツやリンの家系は統一世界の恩恵を受けていないだろうが、少なくともドイツやフランスで生活出来た。本人の努力は認めるが、剣術学校以外でラトビアから出られなかった俺達とは、チャンスや選択肢の数がそもそも違うという事を理解して欲しい」


 差別や貧困に耐え、浪人してまでも剣術学校の資金を貯めたハインツ。

 ストリートギャングに両親を殺され、命の恩人であるカムイの下で強くなる以外に未来の選択肢がなかったレディー。


 彼等は当然、コラフスキの話に納得してはいないものの、取りあえずはチーム・カレリンの本意を最後まで聞く姿勢は崩さなかった。


 「俺達は昔、銀行の悪徳頭取を急襲してブタ箱に入っていた。今ではバカな事をしたと思っているが、当時は誰かがそれをやらなければ、ラトビア自体が食い物にされていたんだ。その頃に出来た仲間達は今でもずっと仲間だが、俺達を非難した奴等は、それから自己保身に合わせて、信条や人間関係までコロコロ変えている。賢い生き方よりも大事にするものがあると最近思うようになったんだよ」


 「……おい、お前達勘違いすんなよ! 俺達は金持ちじゃねえが、この所ドイツでそれなりに稼いでいたんだ。10年くらいそこそこに金を貯めて、ラトビアで若い奴を育てるくらいの事は出来るんだよ!」


 相棒の言葉に勇気づけられたのか、カレリンは横から早口でまくし立てる。


 「……でもよ、現実に文句ばかり言って行動しない訳には行かねえだろ? 軍や警察に協力しても、結局この世界を守るだけだろうし、お前達と組んだ所で、この世界を変えられる力はねえ。だが、フェリックスの財力とネットワークがあれば、何かを変えられる。悪い方に変わっちまったら、そこを変える為にまた戦うまでさ!」


 カレリンとコラフスキの言葉に、未来まで見据えた賢明なビジョンは含まれていない。

 しかしながらその熱さと、自らの過ちを認める正直さが、正しい道の模索に時間をかけているバンドー達に一瞬の迷いを呼び起こしていた。


 「……心配するな。いくら金を積まれても、武器だのドラッグだのに関する仕事は断る。奴等がそんな仕事を強要する組織なら降りるぜ。俺達は腐敗した権力と戦う賞金稼ぎになりたいんであって、賞金首になりたい訳じゃないからな」


 コラフスキの微笑みを最後に、アジトには暫しの沈黙が訪れる。

 

 結局、バンドー達は両者の決断を尊重し、唯一の懸念は、この後のクレアの激励に集約される形となった。


 「……分かったわ。カレリン、コラフスキ、あんた達の信じる道を行きなさい。でも、あたし達は仲間だし、友達よ。もし、大変な事態になった時は連絡をちょうだい。自分達だけで解決しようとは思わないでね」


 「……ありがとう、クレア」


 カレリンとコラフスキはクレアに頭を下げ、仲間達と軽いハグを交わす。

 日系の家系でハグの習慣を持たないバンドーは、代わりに固い握手で彼等を送り出し、元来交流の少ないレディーとミューゼルはその輪には加わらない。


 「フェリックスに合流するのは、何も俺達だけじゃないぜ! 武闘大会の参加者では、チーム・マガンバのメンバーも何人か合流する。つまり、東欧系やアフリカ系の連中は統一世界に不満があって、その不満の数だけ傭兵は増えるって訳さ!」


 別れ際のカレリンが颯爽と切ってみせる啖呵。

 その中身は、一同も薄々感づいてはいた。

 

 チーム・マガンバのマティプは、かつて自身の境遇から金銭への執着を見せてはいたものの、バンドーと同じく剣術、格闘技、そして魔法を兼備するコンプリートファイター。

 腐敗した権力に対抗する姿勢を明確に打ち出したフェリックス社にとって、是非とも傭兵に加えたい逸材のひとりである事に疑いはないだろう。


 「世話になったな、より良い世界でまた会おう」


 コラフスキの微笑みを最後に、両者はアジトから立ち去る。

 残された一同は、何とも形容し難い脱力感に襲われたまま、未だ画面の回復しないテレビをぼんやりと眺めていた。



 6月30日・12:30


 その頃、チーム・カムイの魔導士ハッサンはアムステルダムの賞金稼ぎ組合を訪れ、フェリックス社の声明が賞金稼ぎの仕事に与える影響を調査していた。


 多角的な巨大企業であるフェリックス社には、本業のスーパーマーケットや剣術、魔法学校の経営だけではなく、賞金稼ぎの報酬に関するサポートも行っているという噂が流れている。

 スクールビジネスで得た莫大な利益を賞金稼ぎと組合に還元し、治安の改善を見計らって会社の施設や店舗を進出させる、ビジネスの帝王学に乗っ取った経営と言ってもいいだろう。


 (……こうなるとは予想していたが、予想以上だな……)


 いち早くハッサンの目についた変化は、腐敗した権力の象徴の撲滅。

 つまり、元警官や元軍人による犯行の取り締まりの強化と、それに伴う報酬の大幅な引き上げだった。


 (……あくまで捕獲が前提で、殺傷すると報酬が極端に下がるシステムになっている……。どうやら現時点での奴等の狙いは、芋づる式に警察や軍の黒幕を引きずり出す事らしいな)


 その一方で、最近チーム・バンドーやチーム・カムイが経験した、地元警察やアニマルポリス、特殊部隊との共同作業に関しては、フェリックス社からの賞金サポートがなくなったからなのか、報酬はかなり下がってしまっている。


 「一晩で随分値上がりした仕事があるな! お前ら大所帯だし、一気に成金のチャンスじゃねえのか!?」


 地元の賞金稼ぎのチームリーダーらしき2人の男の会話に、耳をすませて聞き入るハッサン。


 「……でもよ、元警官とか元軍人って、拳銃とか持ってるかも知れねえだろ……? 俺達のパーティーには魔導士がいねえんだよ。遠隔攻撃が出来ねえとくりゃ、まずは命を優先しちまうぜ」


 「……そうか……。やっぱ俺達もフェリックスに応募して、いいメンバーをあてがって貰うしかねえのかな……?」


 賞金稼ぎになる者の中には、優れた資質や明確な目的意識を持つ人間も確かに存在はしている。

 だが、現実の賞金稼ぎという人種は、地道に堅気の仕事をこなす事の出来ない自堕落な力自慢や、差別や貧困からやむ無く鍛え上げた能力を武器とせざるを得ない、そんな人間が大半なのだ。

 

 彼等には、命を懸けてまで守らなければならない家庭は勿論、どうしても貫きたい個人のプライドといったものも、そうそうあるものではない。


 (まずいな……。これから賞金稼ぎの定義は、大企業のサラリーマンみたいなもんに書き換えられちまうのか……?)


 自身の未来に多少の不安を抱えながら、半ば放心気味に組合をうろついていたハッサンの前に、突如として巨大な人間の壁が立ちはだかった。



 「……どうしたハッサン? シケたツラしやがって」


 カムイとシルバが、パパドプロスの移送を終えてスペインから帰還し、立ち寄った組合で見慣れた顔を追いかけてきたのである。


 「カムイ、シルバ! 帰ってたのか!」


 「……ええ、たった今ですけどね。自分達もナシャーラの会見は気になっていたので、仕事に影響がないか調べようと思ったんですよ」


 ハッサンとの再会に、爽やかな笑顔で安堵感を伝えるシルバ。

 彼は早速持ち前の生真面目さを発揮して、組合の変化を確認する調査にカムイを誘っていたらしい。


 「パパドプロスの奴は懲役25年。悪党の多いスペインだから短めの刑になっちまったが、奴の身体と年齢を考えれば、獄中死がほぼ確定だよ。めでたい事だな」


 実の父親であるパパドプロスと壮絶な殴り合いを展開したカムイの顔面には、3日程経過した今も若干の腫れが残っていた。

 しかしながら、長年の懸念事項が解決した事により、現在の彼からはその年齢に相応しい、大人の余裕の様なものが感じられる。


 「声明を受けた所で俺達のスタンスに変わりはないだろうが、これまでのペースで仕事をこなしても、報酬は減りそうだ。どうするカムイ?」


 ハッサンはチームリーダーのカムイに意見を仰ぎ、カムイはシルバと顔を見合わせて互いに頷く。

 そしてカムイは、珍しく周囲に配慮した小さめの声で、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


 「……シルバの情報によると、チーム・HPのハドソンとパクは反フェリックス派だ。ルステンベルガーやギネシュ達の動向はまだ分からないが、奴等はドイツやトルコで地位を確立している。中立の立場こそ取っても、フェリックスの配下には収まらないだろう。まずは仲間を拡大して、仕事と情報網を共有する事が重要だな」


 「……なるほど。仕事に合わせてチームを拡大縮小して、時に小さい稼ぎを多角的に、時にデカイ稼ぎも狙うって事か。おもしれえ!」


 カムイとシルバが練り上げたプランに、早速興味津々のハッサン。

 野心のある賞金稼ぎがフェリックス社に流出すれば、旧来の仕事は実績のある賞金稼ぎのもとに多くのオファーが殺到するはず。


 「ハッサン、さっき受付でデカイ仕事をオファーされたんだ。簡単な仕事じゃないが、俺達チーム・カムイとチーム・バンドーが10人揃えば、実力的には世界トップレベルのパーティーだ。受けるか受けないか、お前の意見を聞かせてくれ」


 チームの今後について、カムイとシルバはハッサンの理解を得る事に成功。

 彼等はその足でハッサンを受付に引きずり込み、賞金稼ぎとして新たなサバイバルの第一歩を踏み出そうとしていた。

 


 6月30日・14:00

 

 「でやああぁっ……!」


 アジト近くの空き地に響き渡る、叫び声と剣の交錯音。

 夕食の準備をレディーに任せ、バンドー、クレア、ハインツ、ミューゼルは剣のトレーニングを行い、リンとフクちゃんは魔法のレパートリー拡大に知恵を出し合っている。


 「……リンさんの魔法は、既に人間としてはトップレベルです。ただ、貴女は感情的に穏やかな方ですから、クレアさんの火炎魔法の様な、短距離の素早い先制攻撃は苦手でしょうね。風魔法にバリエーションを増やしたい所ですが……」


 フクちゃんはリンの伊達眼鏡を観察しながら、何やらアイディアが閃いた様子だ。


 「眼鏡のレンズに小さい穴が開いていれば、その細い隙間から速く強い風魔法を送れるのですが……」


 「え? でも、眼鏡は日常生活で魔法が暴発しない様にかけているものだから、普段から穴が開いた状態で使う訳には行かないんですよ……」


 フクちゃんの提案に感謝の意を示しつつも、リンは実用性の問題からそのアイディアの採用を見送ろうとする。


 「……フクコさん、ちょっと待って。僕、レンズが割れちゃった双眼鏡を捨てられなくて、まだ持っているんですよ。これ、小さくて軽いから、リンさんが眼鏡と一緒に首からかけても大丈夫だと思うんですが……」


 ミューゼルは自身のリュックをまさぐりながら、古い小型の折り畳み式双眼鏡を取り出した。


 「……これは、レンズが一直線に配置されていますね。はい、問題なく使えます」


 恐らくは、ミューゼル本人も急用に間に合わせで購入した安物なのだろう。

 しかしながら、シンプルな作り故にボディーの強度はそれなりにあり、リンの両目から正確に魔力がコントロールされれば、風魔法でも壊れる心配はなさそうである。


 「ミューゼルさん、これ、試してみてもいいですか?」


 「……も、勿論ですよ!」


 リンと殆ど言葉を交わした事のないミューゼルは、初めて意識する彼女の美貌も相まって緊張を隠せない様子。


 「ミューゼルさん、ありがとうございます。リンさん、今、兄とクレアさんがスパーリングをしていますね。ちょうどいいチャンスですから、後頭部に軽くお見舞いしちゃいましょう」


 中途半端に割れた双眼鏡のレンズを外しながら、涼しい顔で非情な命令を下すフクちゃん。

 既に彼女がバンドーの妹ではない事を知らされているミューゼルだが、旧知のクレアやリンの前でも徹底したプロ意識を貫く女神様に、改めて驚嘆の表情を浮かべていた。


 「……バンドー、随分強くなったわね! でも、あんたに剣を教えたのはあたしよ。そう簡単には負けないわ!」


 バンドーは、気持ちが(たかぶ)るとつい格闘技に走ってしまい、冷静に剣を意識すると基本戦術から冒険出来ず受け身になる、そんなジレンマを背負っていた。

 クレアはそこを熟知しており、パワーで上回る相手を技術と経験で上手くかわしながら、要所で反撃を見せている。


 「……バンドーさん、ごめんなさいね……えいっ!」


 「……あっ!? 痛てっ! 何? 誰か髪引っ張った!?」


 軽い力で放たれたリンの風魔法は、双眼鏡のレンズの穴から素早くバンドーの後頭部を掠めた。


 「リンさん、成功です。これで先制攻撃は勿論、貴女が素早く相手にマークされても回避出来ますよ」


 リンの資質を考えれば、この程度の応用は朝飯前。

 そう言わんばかりに、フクちゃんは極めて冷静に新しい技の習得を祝う。


 一方バンドーは、後頭部に気を取られている隙を突かれてクレアに敗北してしまった。



 「全く、魔法のテストならスパーリングが終わってからにしろよな……」


 敗北したバンドーはフクちゃんを恨めしげに見下ろしながら、練習場をハインツとミューゼルに明け渡し、クレアとともに休憩に入る。


 思い返せば、オセアニアを出てからはアテネ空港のテロ騒ぎ、イスタンブールでのテロ回避、テロリストや汚職警官とのバトル、新興宗教信者の暴動と、心休まる暇のなかったチーム・バンドー。

 パーティーがバラバラに集結したこのアジトには、今の所テロリストの追手の心配もなく、ヨーロッパ再上陸からようやく安息の時が得られたと言って良いだろう。


 「……そうだ! ヨーロッパに戻って来た事をメグミさんに知らせよう!」


 バンドーは、この旅で親交を深めたポルトガルと日系ハーフの女性、アニマルポリスのメグミ・オリベイラにメールを打ち始めた。


 ポルトガル警察の役職であるメグミの父親は、動物保護の為にヨーロッパ中を駆け回る娘の身を案じて、彼女をアニマルポリスから引退させる事を望んでいる。

 バンドーとしては、折角親しくなったメグミがアニマルポリスを引退した瞬間、彼女との交流が失われる事態だけは避けたい。


 「……よし、送信っと!」


 メールの内容は、ごく簡単な再会の挨拶と、現在地がオランダのアルクマールである事だけ。

 フェリックス社と新興宗教団体『POB』の問題に関しては、警察組織に籍を置くメグミが知らない訳がないという認識により、敢えて触れる事はしなかった。



 ピピピッ……


 「……え!? メグミさん!?」


 バンドーがメールを送信して、僅か10分余り。

 恐らくメールを読了してすぐのタイミングで、バンドーの携帯電話にメグミからのコールが返ってきたのである。


 「はい! バンドーです!」


 「あ、バンドーさん!? 良かった! シドニーからアテネに行く便がテロ騒ぎで到着しないって聞いた時から、心配していたんです! 仲間は皆無事なんですか!?」


 その声のトーンから、離れている間もメグミが自分達の事を心配してくれていた事が伝わってくる。

 バンドーは一瞬、もう少し早く連絡をするべきだったと自分を責めそうになったが、ゆっくり通話する余裕のある現在の正当性を強引に受け入れた。


 「心配かけてごめん、今、仲間のアジトに来ているから安全だよ! 凄く返信が早くて嬉しいけど、そっちで何かあったの!?」


 アニマルポリスは当然、世間一般のスケジュールで動く様な職種ではない。

 しかしながら、勤務時間を差し置いてプライベートな通話を優先させる背景には、伝えたい重要な情報がある事は間違いないだろう。


 「……警察がフェリックス社と宗教団体の対策を強化する為に、フェリックス社の重役と繋がりのあるシンディを、いきなり対策本部に引き抜いてしまったの……。今、私は東欧のアニマルポリス、ターニャとコンビを組んで仕事は出来ているんだけど、この問題がいつ解決するか分からないし、シンディの気持ちを考えると心配で……」


 メグミが妹の様に目をかけていたシンディの、本人が望まぬ配置転換。

 元来シンディは、旧来の価値観には収まり切らない天然なキャラクターだけに、組織の都合だけを考えた人事異動にはメグミでなくとも不満はあるはずだ。


 「そりゃ大変だな! シンディはああ見えて切り替えの出来る強い娘だと思うけど、いざという時、人質みたいな扱いになったら危ないよ! メグミさん達は今何処にいるの?」


 居場所を聞き出した所で、バンドーがメグミに会いに行ける保証はない。

 

 だが、必要であれば単独行動の許可を得てでもメグミの力になりたい。

 バンドーの胸にはこれまでにない、ある種の決意の様な感情が沸き上がっている。


 「明日から暫く、ベルギーのブリュッセルで対策会議が開かれるんです。だから、私達も暫くベルギー一帯で任務に当たるの。オランダなら隣だし、詳しく話すチャンスがあるかなって……いきなり電話してごめんなさい」


 「ハ〜イ! 私はターニャ。ターニャ・ラドよ。バンドー君、初めまして!」


 メグミの受話器を奪い取ったのか、突然相方のターニャが会話に割り込んでくる。

 その声は大きく歯切れ良く、長身で快活な女性をイメージさせるに十分なキャラクターだ。


 「……あ、初めまして、レイジ・バンドーです。あ、あの〜、ターニャさんは東欧のアニマルポリスだと聞きましたが、ブルガリアとかもテリトリーなんですかねえ?」


 突然のターニャ登場に、話のネタが浮かばないバンドー。

 取りあえずチームメイトであるクレアの故郷の名前を出して会話を伸ばそうと試みたが、この選択がプラスに作用する。


 「私の故郷セルビアは勿論、ブルガリアもテリトリーよ! バンドー君の仲間、クレア財閥の姉妹は私の親友! もっとも、妹のローズウッドが私と同じ動物好きで、彼女からマーガレットとも仲良くなったんだけどね。あ、もしかして近くにクレアいるの?」


 初会話にもかかわらず、馴れ馴れしい程にフレンドリーなターニャの扱いに少々困惑したバンドーは、隣でお菓子を食べているクレアに思わず受話器を譲った。


 「あ、ラドっち久しぶり〜! 元気してた〜?」


 これまで彼女の存在が知らされなかった事が不思議なくらいの、砕けたマブダチっぷり。

 その喋りまくりは、トレーニング中のリンやフクちゃんの動きが止まる程の圧倒的破壊力である。


 「うんうん、ベルギーね。仕事じゃなくても近い内に会いに行くわ!」


 チームリーダーのバンドーでさえ躊躇していたベルギー行きの判断を、クレアはあっさりと独断で決めてしまう。

 だが、これは裏を返せば、バンドーはクレアの決断に乗っかればいいだけとも言えた。


 「……メグミさん、今、俺達はとあるテロリストの恨みを買っているみたいなんだ。だから、前みたいに一緒に仕事は出来ない。でも、今の俺達には奴等の撃退と、この世界の崩壊を食い止める目標がある。暫くヨーロッパにいるから、困った時には力になるよ!」


 「ありがとう、バンドーさん……!」


 つい3ヶ月前までヨーロッパの事を何も知らない、ただの旅人だったバンドー。

 その頃の彼を知るメグミを、今や支える程に逞しくなったバンドーの成長に、受話器からは彼女の感慨が込み上げている。



 「おらぁ、今帰ったぞ!」


 大声を張り上げながら、上機嫌でバンドー達に接近する3つの人影。

 カムイ、シルバ、そしてハッサンが、山の様な資料を手にアジトに帰還したのだ。


 「何それ? 凄い量ね。そんなに沢山の仕事持ってきて、こなせるの?」


 シルバの出迎え以前に、クレアもリンもその資料のボリュームに圧倒されている。


 「バカ、違えーよ! 仕事はひとつだけだよ! オランダとベルギーにまたがる大仕事だ! 半端な奴等にはこなせねえが、デカく稼げるぜ!」


 ベルギーの名前が出た事で、バンドーとクレアの表情が一瞬明るくなった。

 

 だが、彼等とカムイの明るさの理由は、知人と会える事の喜びだけでも、デカく稼げる事への喜びだけでもない。

 この世界の為に、自分達にしか出来ない生き方を決断する旅が、まさに今、全ての賞金稼ぎに課されたからなのである。



  (続く)

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