第27話 武闘大会参戦!⑱ 新たなる胎動、そして決戦へ!
準決勝第2試合、チーム・カムイ VS チーム・エスピノーザの一戦は、エスピノーザの知略により一時は追い詰められたチーム・カムイが、新鋭ミューゼルの活躍により勝利を収めた。
この結果、決勝のカードはチーム・バンドー VS チーム・カムイとなり、所属選手の不祥事により3位決定戦の出場権利を剥奪されたチーム・エスピノーザは大会から追放、地元のチーム・ルステンベルガーが3位の栄冠を手にする事となる。
5月16日・12:00
「もう……また食堂満員だわ!決勝進出チームにも優先措置が無いって、どういう事なの?」
昼食時故に混雑はやむを得ないとは言え、裕福な家庭に生まれ育ったクレアは、武闘大会の食事環境の貧困ぶりに苛立ちを隠せない。
「……またトレーニングルームのホットドッグってのは、流石に嫌ですよね……。決勝まではまだ時間がありますし、待ちますか……」
リンはクレアを慰めてはいたものの、やはりその表情からは憂いの色が窺えていた。
「……あ、いたいた!バンドー!」
突然、背後の人混みから声がする。
そのよく通る声と、独特なイントネーションは男性でも女性でも無い、ぶっちゃけオネエキャラ……。
バンドーの後ろ姿を発見したレディーが、彼に声を掛けたのだ。
「レディーさん、どうしたの?」
バンドーはレディーの声に振り返り、そこにチーム・カムイのメンバーが勢揃いしていた事に一瞬、身体が硬直してしまう。
「手伝ってくれたお礼よ!皆で一緒にお昼御飯を食べましょう!」
これから戦う相手からの食事の誘いに、チーム・バンドーの面々は思わず互いに顔を見合わせ、言葉を失っていた。
結局、レディーの厚意を受ける形となった、フクちゃんを除くチーム・バンドーの面々は、チーム・カムイのメンバー達とキッチンの大型テーブルをシェアしながら、昼食をともにしている。
バンドーが調理を手伝っていたのは、ギリシャの伝統的な豆料理であるファヴァであり、レディーはレモンの酸味に加えて、ビートの甘味を独自の隠し味に使っていたのだ。
「……これ、イケます!」
父親がブラジル人であり、豆料理に馴染みの深いシルバの反応は上々で、東欧育ちのクレアとハインツにもこの料理は違和感無く受け入れられている様子である。
「これ、めっちゃ美味い!」
バンドーやリンに舌鼓を打たせたのは、ケフテデスと呼ばれるギリシャ風ミートボールであったが、これは普通のミートボールとはひと味違う。
「……何でしょう?肉だけの味じゃないですよね。小麦でもないし、野菜でもない……魚ですね!」
「つくねみたいな感じ?いや、もっと高級感があるけどね!」
リンとバンドーは中華と和食の味覚をフル動員して、レディーのケフテデスには磨り潰した魚肉が繋ぎとして使われている事を見抜いた。
「なかなかグルメな奴等ね。でも、試合で勝つのはあたし達よ!」
レディーはバンドー達の味覚の鋭さには舌を巻いていたものの、勝負の行方には自信満々である。
「感謝するぜ、こうやって敵をもてなしてくれるなんてな!だが、こんな空気だと、戦う気力が鈍っちまいそうだよ」
いち早く食事を終えて頭を下げるハインツは、気持ちの切り替えに早くも自らの剣を触り始めた。
「ははは!違えねえ。戦う前から、実はいい奴なんて感情は持ちたくねえよな!」
カムイはハインツを豪快に笑い飛ばし、対面していたシルバを横目に、隣のリンに色目を送る。
「お前、美人だな……どうだ?俺達のチームに入れば、もっと稼げるぜ……」
「……なっ……!」
カムイのその行動にシルバは嫌悪感を露にし、その目は無意識の内にカムイを睨み付けていた。
「……へへっ、カリカリすんな。冗談だよ!俺達は男ばかりでむさ苦しいのに、お前らは女が2人もいて羨ましかっただけさ!」
シルバの怒りを見越して挑発を仕掛けたカムイは、してやったりという笑みを浮かべ、試合前の緊張感をさりげなく両チームに植え付ける。
「……ちょっと、むさ苦しいってどういう事よ?あたしがいるでしょ!?」
物心ついた時から女性として育てられてきたレディーは、自らを女性としてカウントしないカムイにすかさず釘を刺し、そのやり取りを聞いていたハッサンらチームメイトは一斉に爆笑を隠さなかった。
「……ああ、すまんレディー、ウチにも女が0.5人いたな」
その後は特に荒れる事も無く、充実の昼食を終えてトレーニングルームに集合したチーム・バンドー。
大食漢のシルバは、結局トレーニングルームのケータリングであるホットドッグも口にしていた。いよいよ、これから作戦会議である。
「シルバ君、大丈夫よ。リンがあんな高圧的な男や、オネエキャラのいるチームに行く訳ないでしょ。そもそも、まだ図書館司書休職中なんだし」
クレアは、未だ表情の晴れないシルバに声を掛け、リンもクレアの意見に頷いた。
「……よし、皆聞いてくれ。決勝の対戦相手のマッチングを考えて、またオーダーを変えようと思う」
武闘大会の戦略を担うハインツの言葉に、チームの緊張感が一気に高まる。
「まず先鋒のバンドーだが、ファイトスタイル的には相手の次鋒のゲリエとマッチする。クレアは相手の中堅のレディー、リンは魔導士として相手の副将であるハッサンとのマッチアップが妥当だ。ここは確定したい。残るは俺とシルバだが……」
「……自分を、カムイと戦わせて下さい!」
ハインツのプランを遮るかの様に、シルバの懇願が閑散としたトレーニングルームに響き渡る。
リンを巡るひと悶着があったが故に、この展開を予想していたメンバーは少なくなく、ハインツ自身も何ら驚きの表情を見せずに話を続けた。
「本来なら同じ剣士、俺とカムイの大将戦となるのが妥当なんだろうが、ウチに体格で奴と渡り合えるのはシルバしかいない。エスピノーザ戦を観る限り、奴は寝技には弱そうだし、シルバがその気ならむしろありがたい。頼んだぜ。俺かバンドーが、お前のフォローは必ずする!」
ハインツはシルバの目を真っ直ぐに見据えてカムイとの対戦を託し、その顛末に安堵したシルバは力強く頷く。
「……つまり、俺が先鋒でミューゼルを倒す。奴の今の戦いぶりを観ていると、これ以上調子に乗せるのはまずい。出る杭は打っておく……まあ、そういう事だな」
何やら自信に満ちた含み笑いを見せるハインツの裏には、準決勝での対戦相手が満身創痍のルステンベルガーだけだった事への、欲求不満の様なものが垣間見えている。
早く試合がしたい、100%で来れる相手と試合がしたいのだ。
突如、慌ただしくなるトレーニングルーム。
団体戦と反対側のフィールドで開催されている個人戦も、いよいよベスト8が出揃っており、決勝が15:00開始のバンドーやカムイ達は、14:00までは個人戦出場者にトレーニングルームを明け渡さなければならないのである。
「……あっ、ごめん。今どくから」
バンドーはトレーニングに訪れた個人戦出場者に一礼し、チームメイトとともに観客席へと帰ろうとしたその瞬間、個人戦出場者の中に昨日見た顔が含まれている事に気が付いた。
「ケンちゃん、あの人、チーム・マガンバの……?」
バンドーはその、チーム・マガンバ関係者の複雑な名前が上手く喉から出てこなかった為、隣のシルバの肩を叩いて援助を求める。
「ベルナルドさんです。サミュエル・ソン・ベルナルド。カメルーン系、フランス系が多いチーム・マガンバでしたが、ベルナルドはポルトガル系の名前ですね……」
シルバには元来の博学に加え、軍隊時代にあらゆるルーツの同僚達と一緒に行動してきた経験値があった。
アースが統一され、この世界の公用語は英語に制定されたものの、兵士達としては上官の悪口を公用語でこぼす訳には行かない。
彼の高い語学力は、まさに兵士としての息抜きに不可欠な生活の知恵として、自然に身に付いたものなのである。
「何か噂してるな……。ん?お前ら何処かで……?」
風の噂に振り向いたベルナルドは、目の前にいるチーム・バンドーの面々をそれとなく記憶しており、その手には、団体戦では使っていない剣が握られていた。
「ベルナルドさん、こんにちは。バンドーです。今、決勝に備えた打ち合わせをしていたんだけど、昨日団体戦に出ていたベルナルドさんが、どうして個人戦に出ているんですか?」
ベルナルドは水魔法が使える格闘家として、この大会で名を上げた選手のひとりだが、そもそも団体戦の準々決勝と個人戦の1回戦が完全にバッティングしており、彼は大会初日の個人戦には出場していなかった。
バンドーはそこの疑問を解消したがっている。
ベルナルドは涼しい顔でバンドーの問いを受け流し、トレーニングルームの端に掲示された大会規約を指差して口を開いた。
「お前も剣士なら、大会のリザーバーは知っているだろ?俺は団体戦のメンバーだったが、剣士として個人戦のリザーバー登録もしていたんだ。今年の個人戦は32人が参加していて、大会初日は1回戦しか出来なかった。つまり、俺が団体戦1回戦で負けていれば、個人戦の怪我人次第でリザーバーにも入れるのさ」
個人戦の武闘大会では、激しい戦いの結果勝者にもダメージが蓄積し、次の試合に参戦出来なくなる事態が時折発生する。
その際に、大会参加者に遜色無い実力者を予備登録しておき、不測の事態に備えるのだが、今年の剣士個人戦は32名の大トーナメントだった為、リザーバーの不足を懸念した運営が、団体戦とのダブルブッキングや、本職が剣士ではない選手の登録を許可していたのだ。
「剣なんて、俺達の本職じゃねえんだが、俺達はとにかく貧しいからな。とにかく目先の試合に勝ってファイトマネーが欲しいのさ。負傷で棄権した奴が偶然俺と同郷だったんで、指名してくれたんだ。ポルトガルのマデイラ島だよ」
「……やっぱり。両親はブラジル系ですか?それともアンゴラ系?」
亡き父親がブラジル系のシルバは、ベルナルドのルーツに興味を抱いて質問を続ける。
「親父がアンゴラ系で、お袋がカメルーン系だな。マデイラは良かったぜ。貧しかったけれど、皆貧しいから差別やいじめは余り無かったしな。海に囲まれた離れ小島だから、川や湖にも少し塩分があってよ。そんな水を操ろうと悪戦苦闘していたら、知らない間に強力な水魔法を覚えていたんだ」
自分の過去を臆せず語るベルナルドは、チーム・マガンバの他の選手に比べると、人生の悲壮感を余り感じさせない率直なキャラクターに見える。
人間、怒りや憎しみが成功の原動力になる事は確かだが、それだけでは人間関係を維持出来ない。
優れたチームには、やはり優れたムードメーカーが必要なのだ。
「マガンバさんとは、フランスで会ったんでしょ?ポルトガルからフランス、そしてドイツで大会参戦って、俺とケンちゃんも同じコースだよね!」
バンドーは、奇遇にも自らと同じコースから成長したファイターがいた事に感銘を受けている。
ある意味無計画だった人生経験の旅から、ビッグイベントの戴冠にあと一歩まで来ているのだ。
このチャンス、必ずものにしなければ……。
「俺はデカい街で、必ずのし上がってみせる。お前らが優勝したら、取りあえずマデイラに旅行して金を落とせ。分かったな!」
ベルナルドはバンドーを見下ろして笑い飛ばすと、すぐに鏡に向き合って黙々と慣れない剣の素振りを始めた。
「戦っている時は近寄り難くても、普段はいい人が多いんですね……」
客席までの通路の中、リンは今まで自分が剣士や格闘家に持っていたイメージを改めながら、深く息を吐いて背筋を伸ばす。
つい2週間前までは、魔法を使う事すら恐れていた彼女が、今やチームの為に戦う事を恐れなくなっていた事と、決して無関係ではあるまい。
「ろくでなしは沢山いるわよ、リン。大会に出て賞金を貰おう、賞金を稼ぐ為に悪党を倒そうと考えているあたし達がまともに見えるのは、弱い奴を襲って金を奪おうと考えている奴が、この世界に溢れている証拠でもあるんだから」
こう受け答えるクレアには、女性や子どもの為の剣術道場をオープンさせるという夢があり、剣術とは大切なひとを守るものという信念を持っている。
また、世界最強の剣士を目指すハインツの辞書には、楽な方に逃げる為に悪行を重ねるなどという文字は存在しない。
そして、両親の仇討ちを望むシルバにとっては、自らが悪党になるなどもってのほかである。
バンドーに至っては、恵まれた環境で自分を育ててくれた家族の期待に応えたいという決意を、つい先程固めたばかりだ。
最後に、悪行を拒む仲間達の意思を、拳や剣を使えないリンが、魔法で守り抜く。
この結束が、チーム・バンドーの強さを支えているのである。
5月16日・13:30
アレーナの客席に戻ったバンドー達はフクちゃんと合流し、団体戦総合の部・第3位である、チーム・ルステンベルガーの表彰式を観覧していた。
チーム・エスピノーザの不祥事で3位決定戦が中止され、戦いによって掴み取った栄冠では無かったものの、トーナメントの対戦順で対戦相手の魔法によるダメージが最も大きいチームとも言え、地元の大観衆はその健闘にスタンディング・オベーションで惜しみ無い拍手を贈る。
満身創痍ぶりが懸念されたルステンベルガーも、来年に気持ちを切り替えた満面の笑みでブロンズトロフィーを掲げ、そんな彼をチームメイト達が笑顔で支えていた。
「フクちゃんも今日の午前中だけで、嫌っつう程人間の意地を観ただろ?女神様として、何か感想はあるかい?」
ハインツはフクちゃんに視線を向け、神族の視点から観た、この旧時代的な武闘大会の感想を求めている。
急に話を振られたフクちゃんではあったが、既にこの事態を予測していたかの様な澱み無い口調で、フィールドに語りかけた。
「……最初に観た時は、随分と非効率な戦いだと思いました。でも、参加者ひとりひとりから戦う理由、負けられない理由が伝わって来て、戦いを通してお互いを理解できる、存在意義のあるイベントだと感じましたね。このイベントに熱狂する人間と、お互いの想いを理解するまでも無く全てを吹き飛ばしてしまう、核兵器の様なものを作り出す人間が同じ生き物とは、余り信じたくありませんが……」
チーム・バンドーの周辺に暫し訪れる沈黙。
最初に口を開いたのはバンドー。
そして、また長い沈黙が訪れる。
「自分の力を知れて、勝てばお金が貰える事をプラスに捉えた時点で、俺達にも凶暴な何かが眠っているよ……。皆戦争は嫌いでも、政治家の選挙がもしも殴り合いで決まるとしたら、皆喜んで観ちゃうだろうしね。俺は……武闘大会を観て、観客が日頃の暴れたいストレスを解消してくれれば、それでいいと思う。次の武闘大会まで、家族や友達に優しい人間であってくれるのなら……」
5月16日・13:40
当初の予定より10分遅れで準々決勝から再開された、剣士個人戦トーナメント。
14:00からトレーニングルームで最後の調整を行うチーム・バンドーにとって、個人戦トーナメントを観るのはこの試合が最初で最後になるが、優勝候補筆頭の登場に観客席は興奮の坩堝と化していた。
「赤コーナー、メナハム・フェリックス!」
フェリックスはイスラエル出身の21歳。
以前から天才剣士と噂されてはいたが、西ヨーロッパの武闘大会には初参戦。
しかし、初戦から器の違いを見せ付けて一躍スター候補に名乗り出る事となる。
「青コーナー、ヨアキム・イルザンカー!」
イルザンカーはオーストリア出身の30歳だが、いわゆる力自慢の素人枠。
その圧倒的なパワーにものを言わせてベスト8までは勝ち上がったものの、スピードやテクニックには欠ける為、フェリックスの相手ではないという下馬評だ。
「メナハムは旧アメリカ系の資本家が設立したイスラエルの企業、フェリックス社の身内です。旧アメリカ系の資本家達は、アースの実権がロシアに握られているこの50年を快くは思っていません。フェリックス社が、今や一大産業になった魔法学校や剣術学校と資本提携しているという現実が、この企業の影響力と野望を端的に表していますね」
シルバは冷静に情勢を説明し、フェリックスの西ヨーロッパ上陸が単なる腕試しでは無く、イスラエルの政治経済的なプロジェクトの一環であると推測している。
その理由は、登場する地域によって変化するフェリックスの風貌にも裏付けされていた。
「……何?あの頭……モヒカン?褐色イケメンなのに、勿体無いわね……」
イケメンとお菓子にはちょ〜目ざといクレアは、フェリックスの奇抜なヘアスタイルに幻滅していた。
その風貌は、100年程昔にドイツで物議を醸した、ネオナチと呼ばれる極右スタイルで、ナチスドイツがユダヤ人の迫害を行った歴史をリスペクトする、反社会的勢力の代名詞である。
「イスラエルは、良くも悪くも旧ユダヤ系の聖地とされています……。そこで育った剣士が、敢えてナチスをイメージさせる風貌で、更にドイツに乗り込んでいる訳ですよね……」
リンはシルバの意図をいち早く読み取り、隣に陣取るフクちゃんも僅かながら表情を曇らせた。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
「うおおぉっ!」
自身の圧倒的な下馬評の低さを自覚していたイルザンカーは、試合開始のゴングと同時に突進を仕掛ける。
205㎝・120㎏の巨体は目に見えて鈍重だが、どんな名手でもこの巨体の間合いには入らなければならない。
フェリックスの狙いは当然、パワーに関係なく秒殺が可能な胸の防具の破壊にある。
しかし、175㎝・65㎏と、剣士として恵まれた体格とは言えないフェリックスは、イルザンカーの身体を屈めさせない限り、胸への攻撃が届かない状況にあった。
「ふおおっ……!」
その体格差故に剣を振り降ろす攻撃に偏りがちなイルザンカーは、厳密な狙いを定めないパワースウィングで、フェリックスが自身の懐に入る前にダメージを与えんと威嚇する。
「……これだけデカい剣なら、乗り心地が良さそうだな!」
パワースウィングに動揺するどころか、余裕の笑みを浮かべるフェリックスは、イルザンカーの剣の軌道を見ながら攻撃を軽やかにかわし、相手の剣の最下到達地点にタイミングを合わせたジャンプを披露して見せた。
「……何だと!?」
突然、両腕にのし掛かる重みに驚嘆したイルザンカーの視線の先に映るもの、それは彼の剣の峰に爪先立ちするフェリックスの姿。
「そおおぉりゃっ……!」
フェリックスはイルザンカーが剣を振り払う前に素早く飛び上がり、相手の背後を難なく陥れる事に成功する。
「本当にパワーだけなんだな!お前!」
シャアァッ……
余裕を持ってイルザンカーの背中の防具を切り裂いたフェリックスは、観客の熱狂には反応ひとつ見せず、相手が振り返るよりも早く、イルザンカーの正面に対峙した。
「……!?お前、いつの間に……」
余りの早業に背中の痛みすら感じていないイルザンカーは、ただ呆然と立ち尽くす。
「素人がここまで来たんだ。お前は子どもに自慢していいぞ。さっさと平凡な生活に戻るんだな」
不敵な笑みを浮かべてイルザンカーを挑発するフェリックス。
その態度に、己の実力を理解しているイルザンカーも、流石に冷静ではいられなかった。
「うるせえ!お前みてえなガキに言われる筋合いはねえよ!」
最後の突進で捨て身の攻撃を仕掛けるイルザンカーの足元を、フェリックスは冷静に見極めながら、タイミングを合わせて相手の股下を潜り抜けようとスライディングを敢行する。
「馬鹿が!押し潰されに来やがって!」
これ幸いとばかりに渾身の一撃を振り降ろすイルザンカー。
だが、フェリックスは自らの顔面をガードするかの様に正面に剣を構え、相手の剣の軌道に自らの剣の先を擦り合わせる事で、イルザンカーのパワースウィングを自らのスライディングのスピードアップに利用した。
キイイイィン……
剣先を鋭く擦り合わせ、そのパワーの反動で一歩先へと送り出されたフェリックスは、正確なテクニックでイルザンカーの胸の防具を華麗に貫き、相手の股下を潜り抜けた。
「ストーップ!イルザンカー選手、胸の防具損壊により、戦闘不能と見なす!」
カンカンカンカン……
「1ラウンド1分28秒、勝者、メナハム・フェリックス!!」
目を見張る圧勝ぶりに、アレーナは熱狂の渦に包まれる。
勝って当然とばかりの態度を取るフェリックスは、大歓声に応える事もなく、敗れたイルザンカーに声を掛ける為に歩き始めた。
「……凄え……世界は広いな!フェリックスか……俺も早く戦いてえよ!」
実力だけでなく、軽量級の剣士としての華を持ち合わせるフェリックスに、体格の近いハインツは興奮を隠せない。
そんなハインツの興奮ぶりに、10代の頃から変わらない剣術馬鹿ぶりを再確認したクレアは穏やかな笑みを浮かべ、腐れ縁の相棒を優しく見守っていた。
「お前のスピードなら、最初の一撃から今の技で勝つ事も出来た。だが俺は故郷の後進達の為に、ひとりでも多くの対戦相手のデータを取る事が義務付けられているんだ。悪く思わないでくれ」
フェリックスはうなだれるイルザンカーの肩を叩き、軽い握手を交わして控え室へと歩き出す。
通路でやや緊張気味に自らの出番を待つ、リザーバー登録繰り上がりのベルナルドとすれ違ったフェリックスは、ベルナルドの全身を一瞥してひと言声を掛けた。
「……次の相手はお前だな。緊張する必要は無い。俺は、そこそこ出来る奴の目利きは確かなんだ」
5月16日・14:00
トレーニングルームに集合したチーム・バンドーは、途中でチーム・カムイと交代するまでは、完全情報シャットアウトのもとトレーニングが出来る。
バンドーはナイフを使ったパンチのトレーニングの為に、シルバと格闘スタイルのスパーリングをこなし、ハインツは自分の得意とするサウスポースタイル以外の戦術の確認の為、右利きのクレアとのスパーリングに入る。
リンはフクちゃんをパートナーに、自然の入らない地下のトレーニングルームで魔法のウォームアップを行い、アレーナでの魔法フルパワーに備えていた。
「皆、ここまで来たら絶対……」
「……ちょっと待って!」
ハインツがチームに気合いを注入しようとした瞬間、クレアが横槍を入れて制止する。
「何だよクレア、用なら後にしろよ……」
自らの気合いのひと言を止められてしまい、ハインツはクレアを軽く睨みながら不満を露にしていた。
「バンドーに言わせないと。だってチーム・バンドーでしょ?」
クレアの悪戯っぼい微笑みに、一瞬呆気に取られたバンドーであったが、やがて彼の脳裏には、まだまだ短いチーム・バンドーの歴史が走馬灯の様に浮かび上がっていく。
軍の除隊許可が出ないシルバを賞金稼ぎ登録させる為に、取りあえず自分が代表になった事がきっかけとなり、やがてクレアが加わって剣の基礎を学び、ハインツからは姿勢を厳しく指導され、静かなる実力者リンで最後のワンピースを埋めたチーム・バンドーの歴史。
女神様であるフクちゃんの想定外の協力は、ひとえに自然に馴染んで動物を愛するバンドーの人柄が招いた、とびきりの幸運だ。
この最強チームで、まだまだ行ける所まで行きたい……!
「皆、ここまで来たら、絶対勝つぞ!!」
「おう!!」
5月16日・15:00
「これより、第25回ゾーリンゲン武闘大会総合の部・決勝戦を行います!選手入場、チーム・バンドー!」
遂に訪れたファイナルの瞬間。
思えば剣術工房を訪れた際、1チームの欠員により募集されていた出場枠に、チームの成長を願うハインツが参加を促した事から全てが始まっていた。
当初掲げられていた目標は、クレアが参加費を差し引いて確実に利益が出る計算に基づいた「3位以上」。
目標は既にクリアしており、今のチームに準優勝で良いと考える者はひとりもいない。
通路からアレーナ、そしてフィールドへと向かう花道には、昨日までは考えられない程の大歓声が飛び交っていた。
一番歓声が大きいのは、大会参加選手中ダントツの美貌と、氷の様に相手を追い詰める冷静な魔法戦術で熱狂的なファンを生み出したリン。
剣士、そして軍人として実績のあったクレア、ハインツ、シルバにもファンが定着している様子だ。
「バンドー!頑張れ〜!」
自分に送られた声援に思わず客席を見回してしまったバンドーは、Tシャツやグッズから、元来他のチームを応援していると思われる子ども達の姿を確認する。
勝っては調子に乗り、負けては落ち込み、未熟な剣術を体力や頭突きでカバーする、泥臭い格闘センスを持つバンドーは、まだ武術を習い始めたばかりの子ども達にとって目標にしやすい、親近感の湧く選手なのだ。
「続いて、チーム・カムイの入場です!」
昨年に続いてファイナル進出を果たしたチーム・カムイは、既にゾーリンゲン武闘大会のレベルは卒業していると見て良いだろう。
従って、彼等がよりハイレベルな剣士や魔導士、格闘家の集うアースの首都・ロシアに、拠点を移してもおかしくはなかった。
だが、カムイ本人の人生の目標が父親に復讐する事である限り、ギリシャの刑務所に収監されている父親から遠く離れる事は考えにくい。
彼の意識を変えられる可能性があるのはチームメイトだけであり、ミューゼルとゲリエを正式メンバーに迎えた彼の、更なる精神的な成長に期待したい所である。
チーム・カムイの一番人気は、地元ドイツ出身であり、その冷静かつ的確な戦いぶりで「3勝0敗・負傷やメンタル不調による棄権ゼロ」という、大会参加選手随一の成績を叩き出したミューゼル。
彼がもし決勝でもこのペースの成績を残せば、新人賞は勿論、大会MVPの獲得も夢ではなかった。
「チーム・バンドー先鋒、ティム・ハインツ!」
チーム・バンドーの先鋒の名がコールされた瞬間、アレーナからは歓声とも、どよめきともつかない声が上がっている。
チーム・バンドーの先鋒はこれまで、キャリアの浅いバンドー本人が一貫して務めており、実力派剣士のハインツは大将級の位置付けであった。
だが、現在剣士として急成長を見せているミューゼルを倒すには、それなりに力のある剣士を対峙させなくてはならない。
この勝負を制した者は、双方の大将であるシルバやカムイの有力なバックアッパーとなるが故に、ある意味真の決勝戦とも言えるだろう。
「それじゃあシルバ、自慢の防具、テストさせて貰うぜ!」
ハインツはセラミックプレートをクレアから受け取り、自身の両膝のパットに挿入して感触を確かめる。
「……奴等、動いてきたわね」
当該チームには予め配布されているオーダー表を片手に、レディーは充実した緊張感に包まれていた。
「……俺達に合わせてきたって事は、奴等がビビってるって事だろ。気持ちいいじゃねえか」
ハッサンは自身のネックレスを握り締め、神に祈りを捧げながらも余裕の笑みを浮かべている。
「ミューゼル、奴は今までの相手とは違う。恐らく、今のお前では勝てないだろう」
試合を直前に控えて集中力を高めるミューゼルに近付いたカムイは、チームメイトに残酷な忠告を送る。
思わず全身を硬直させるミューゼル。
「……だが、もしお前が勝ったらここで土下座させて貰うぜ。最近、他人を見下す人生が続いていて、このままじゃ人として駄目だと思っているんだ」
穏やかな笑顔でチームメイトと約束を交わすカムイの姿に、ミューゼルはチームリーダーの真意を理解し、拳を合わせて大きく頷いた。
「チーム・カムイ先鋒、アレクサンダー・ミューゼル!」
地元の大歓声を浴び、昨日までとは比較にならない程の自信を身に纏ったミューゼルは、ゆっくりとハインツの待つフィールドへと歩みを進める。
「ハインツ選手、ミューゼル選手ともに、純粋な剣士ではありますが、ゾーリンゲン武闘大会の伝統に乗っ取り、決勝戦は全て総合ルールに統一されます。両チームとも、勝利への執念を見せ付けて下さい」
男声アナウンスに煽られたアレーナの興奮はピークに達し、その空気は両剣士のフットワークをいつもに増して軽快にさせていた。
「……実力的には絶対、ハインツの方が上よ。先鋒戦だから、仮に苦戦して時間をかけても、シルバ君のバックアップに備えるまでにスタミナも回復するわ。ただ……」
クレアの分析は、そこで終了した。
勝負は、何があるか分からない。
「ラウンド・ワン、ファイト!」
「覚悟しな!」
試合開始のゴングと同時に軽快なステップを見せ、ミューゼルとの間合いを素早く詰めるハインツ。
ミューゼルは基本、格上相手には守勢に回る。
定評のあるガード技術で相手の攻撃を凌ぎながら弱点を探し、盗める技は盗んで行くのが彼の基本戦術だ。
ハインツはそんな対戦相手に釘を打つ為に、積極的に胸を貸す格上の役目を、試合を通して全うする覚悟だったのである。
「とぅあ!」
お得意のサウスポースタイルから、ミューゼルの利き腕方向に先手を打ち込むハインツ。
右利きの剣士にとって、サウスポースタイルからの攻撃は身体的メカニズムに逆らう方向へのガードが必要となる為、二の腕の筋肉に負担がのし掛かる。
ミューゼルは咄嗟に斜め右に身体を開き、自らの攻撃の活路を見出だそうとするも、試合序盤とは思えぬキレで細かいヒットを打ち込み続けるハインツの気迫に、成す術無く押されていた。
(……くっ……何てスピードだ。この攻撃を続けるスタミナがあるのか?)
これまでの対戦相手とは桁違いのスピードに正確な技術が加わり、意図していない程の防戦一方に追い込まれるミューゼル。
「……すげえ……これがハインツの本気……」
静まり返った観客の反応と同レベルで、バンドーはこれまで見た事の無いハインツの猛攻に言葉を失っていた。
「どうだ?そろそろ覚えたか?」
息もつかせぬラッシュに汗ばみながらも、未だ余裕を感じさせるハインツは軽くミューゼルをけしかけ、相手のガードからの反撃を意図的に引き出そうと試みる。
「……うおおぉっ……!」
強引にハインツの太刀筋に自身の剣を被せたミューゼルが、ハインツの左腕ごと刈らんとする勢いのスウィングを見せ、相手を跳ね飛ばそうと感情を叩き付ける。
「まだまだ遅いぜ!」
ミューゼルのスウィングを読んでいたハインツは、すかさず剣を持つ左右の手首の位置を入れ換え、瞬間的な右利きのフォームで相手の懐に忍び込んだ。
「……まさか?避けないのか?」
サウスポースタイルを叩き折る意図の大振りを見せていたミューゼルの剣は、あっさりとハインツの頭上を空振りで通過し、瞬間的な右利きのフォームでコンパクトな振りを意識するハインツの確実な攻撃が、ミューゼルの右の腰の防具を完璧に粉砕する。
「うわあぁっ……!」
自らの剣を空振りした勢いと、ハインツの攻撃による衝撃でバランスを崩したミューゼルは、その勢いのまま畳に尻餅を着いて倒れた。
「スリップ!ノーダウン!」
レフェリーのアナウンスが響いたこの瞬間、それまでハインツの気迫に押されていた大観衆が、一気に熱狂を爆発させた。
つい数時間前にはエスピノーザを完璧に追い詰めていたミューゼルが、今ハインツに完璧に追い詰められているのである。
「……さあ、早く立ちな」
額に汗が滲み、少々呼吸が荒くなっているハインツではあったが、それを見越してのスリップを誘発する攻撃である。
スタミナ回復の時間は、己の剣で作るのだ。
「……えげつねぇ〜。もう少し抑えても勝てるだろ……」
ベンチから両者の実力差を理解したハッサンは、ハインツのオーバーペース気味な戦いに、軽い皮肉を浴びせる。
「それが奴の流儀なんだろ?お前らが頑張って、奴を休ませなければいいだけさ」
両腕を組んで戦況を見つめていたカムイはハッサンをたしなめ、再びミューゼルに視線を移した。
(……何かを掴んで帰って来いよ、ミューゼル……)
「ファイト!」
「……くそっ!」
ポイントを奪われたミューゼルは、試合再開後の間合いを活かして、今度は自ら前に出て行く。
一方のハインツは再びサウスポースタイルに戻り、相手の攻撃を受けにくいポジショニングを意識しながら、無理をしないカウンター戦術に切り換えていた。
「ハアアッ……!」
一発逆転を狙うミューゼルから胸の防具を狙われたハインツは、落ち着いて相手の剣を叩き上げ、瞬間的に上体の起きたミューゼルの下半身に喰らい付き、その左膝の防具をフェンシングの様に突き崩す。
「やりました!これで2ポイント先取です!試合の流れが優勢ですし、このポイントは大きいですね!」
シルバはハインツの戦いぶりを冷静に評価しながらも、改めてチームメイトの実力を見せ付けられて興奮を隠せずにいた。
「ミューゼル!落ち着いて!視野が狭くなってるわ!」
アレーナの大歓声の合間からでも、レディーのオネエ声は何故か聞こえてくる。
何故かは分からないのだが、マジでオネエ声は聞こえてくる。
その言葉に目を覚ましたミューゼルは、単調な突進を止めて細かなステップワークを使い、ハインツのサウスポースタイルに寄り添う様に、自らの攻撃チャンスを生み出そうと試みる。
(落ち着いて来やがったな……くっ!)
ミューゼルのステップワークから攻撃のリズムを読み取ろうとしていたハインツは、突然の裏拍リズムによる突きにバランスを崩しかけた。
(……今だ!)
カキイイィン……
下半身を無防備に晒し、一瞬反り返ってしまった相手の隙を逃さず、ミューゼルは返す刀でハインツの左膝の防具を切り裂く。
普段、膝への攻撃では聞き慣れない硬質な打撃音に、ミューゼルのクリーンヒットだと勘違いした観客からは大歓声が上がるものの、対峙する両者の表情は実に対照的。
(……膝を直撃したはずなのに、動きが止まらないのか……?)
ミューゼルは自身にポイントが入った事への手応えこそ感じていたものの、膝への攻撃でハインツの鋭い出足を封じるというプランを達成する事は出来なかった。
(……ダメージが、殆ど無い……。大したもんだぜ、シルバ!)
一方のハインツは、ダメージを受けたはずの左膝の予想以上の好調ぶりに、思わずガッツポーズを取ろうとしたが、相手陣営からの余計な詮索を恐れ、慌てて細かな剣の素振りに切り換える。
「そろそろカタを着けてやる!」
やや動揺の残るミューゼルのフォームの甘さを突いて、再びハインツのサウスポースタイルによる猛攻が始まる。
ポイントの差はごく僅かな両者であったが、ハインツの出足を止められなかったミューゼルからは落胆の表情が窺え、時折見せるカウンターからは力が失われていた。
「早く決めなさい!早く決めなさい!」
鬼の形相で母親の様にハインツの尻を叩くクレアを目の当たりにして、チーム・バンドーの面々に微妙な空気が流れる。
「でええぇいっ……!」
サウスポースタイルからの連続攻撃に、時折織り込まれる右手の返し技。
ミューゼルの右半身に蓄積するダメージは、会場の空気からも伝わっていた。
「くおおぉっ……離れろ!」
力任せにハインツを弾き飛ばしたミューゼルは一旦後退りし、上体を屈めて全力のタックルを試みようとしている。
相手のその姿勢にすかさずサウスポースタイルを解除したハインツは、大きく右側に開いて両手首の位置を入れ換え、剣を振りかぶってミューゼルを迎え撃つ。
「……今度こそ、動きを止めて見せる!」
ハインツが剣を振りかぶる所までを先読みしていたミューゼルは、剣先を前に突き出したまま相手の右膝に照準を合わせた。
「来るか!?持ちこたえてくれよ!」
ハインツは敢えて下半身へのガードを捨て、ミューゼルの構えから僅かに覗く胸の防具を斬り裂かんと、上体を大きく捻る。
ガキイイィッ……
ミューゼルの突きはハインツの右膝を直撃するも、セラミックプレートの強度に賭けたハインツはダメージを受け流す様に右膝を曲げて引き、自然と前傾した姿勢のまま全力で剣を振り切った。
シャアアァッ……
ミューゼルが剣を突いた後の無防備な胸の防具は、ハインツの渾身の一撃に完膚なきまでに切り裂かれ、その残骸は呆然自失として動きを止めたミューゼルの身体から、力無く落ちていく。
「ストーップ!ミューゼル選手、胸の防具損壊により戦闘不能と見なす!」
カンカンカンカン……
「1ラウンド3分49秒、勝者、ティム・ハインツ!!」
「やった〜!最高!」
沸き上がる大歓声に隠れがちではあったものの、自らの勝利を祝う様なクレアの感情の爆発に煽られ、バンドー、シルバ、リンも互いに手を取り合って小躍りしていた。
パーティーに情が移りかけていたフクちゃんは、喜びたい気持ちを抑えて眉間にしわを寄せ、何度も頷いていたものの、見た目中高生に見える女の子のリアクションとしては渋過ぎる。
完敗に打ちのめされたミューゼルは畳に両膝を着き、やがて両手も着いて畳に這いつくばっていた。
そして、その目からは無意識の内に流れる大粒の涙。
駆け寄ったハインツも、チーム・カムイの面々も、その姿に過去の自分の姿を重ね合わせ、安易な慰めを排除して彼を見守る。
かつてその消極性を指摘され、ルステンベルガーから見限られた夜にさえ流さなかった涙の熱さは、本気で剣術に打ち込んだ、チーム・カムイでの鍛練の日々に比例していた。
この2日間で、敗北がこれ程までに悔しい事を知ったミューゼルは、これからも成長を続けるだろう。
チーム・カムイのドイツ人として……。
(続く)




