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「第五話」時間稼ぎ


 親父の斬撃、フウカの風刃。

 片や無窮の武錬により研ぎ澄まされた剣閃。片や巫女が行使する風の神の”権能”。


 並大抵の祟神程度であれば一撃で葬れるであろう威力を誇るそれらを浴びせられ続けてもなお、祟神と化した【山神】の巨体が膝を突く様子はなかった。──風刃。不可視の斬撃により切り裂かれる手首から先が、ものの一瞬でボコボコと再生する。


 (やっぱり、再生してる)


 カゲルの【漆哭星】を顔面に食らわせた時もそうだった。致命傷、本来ならば即死に成り得るはずの一撃を叩き込まれたはずなのに、何事もなかったかのように、当然のようにその頭部を再生させ……大地を操る”権能”を行使して私達を攻撃してきた。


 別に神が自らの損傷した肉体を再生させることは珍しくない。

 問題は、それが莫大な力を使うということなのだ。


 (腕一本再生させるだけでも莫大な力が要る。【山神】でもそう何度もできるようなことじゃない……なのに)


 頭を吹き飛ばされ、腕をもがれ、斬撃をどれだけ食らっても、結果的には無傷。

 無尽蔵とも思えるその力の源は、本当に【山神】自身の力に留まるのだろうか?


 「……カゲル、あとどのぐらい戦えそう?」

 「日が沈むまでってとこかな。お前から供給される霊力の質がいいから、まぁもうちょいいけるかもしれねぇけど」

 「えっ、そうなの?」

 「気づいてなかったのか? まぁどうでもいいけど」


 どうでもよくはねぇだろというツッコミはさておき、それならば話は早い。

 相手の弱点がわからない以上、私とかゲルができることは唯一つだ。


 「とりあえずぶん殴るわよ! 殴ってるうちに弱点見つかるはずだから!!」

 「わーお脳筋! 嫌いじゃねぇぞそういう頭の悪さ!!!」


 そう言ってカゲルは私を抱えたまま、【山神】の方へと突っ込んでいく。巨体の周りを飛び交う二人のうち、フウカが目線だけでこちらに気づく。


 「姉さま!」


 風刃を何発か放ち、すぐさま隣接して飛ぶように近づいてくる。


 「親父に伝えて! カゲルがでっかい攻撃するから、当たらないように気を付けてって!」

 「えっ!? あっ、はい!」


 親父はどこだ、どこにいる。目で追うよりも先に、裂くような削るような乱暴な音が、【山神】の足元から響いてきた。──そこには重力を無視して、【山神】に刃を突き立てながら身体を駆け上がる親父がいた。


 「ちぇえぇええええええええいいいっッッ!!!!!」


 人間業ではない。落ちるよりも早く駆け上がるという水の上を歩くことの応用で、彼は【山神】の身体の表面に線を描くように斬撃を食らわせ続けているのだ。

 自らの身体を駆け上がってくる親父を煩わしく思ったのか、”権能”を行使することすら忘れて、その巨大な腕を振り回し、蚊を潰そうとするかのように自らを殴りつける。


 当たらない。親父の進撃も、止まらない。

 斬撃が足元から腰へ、胸へ、ついには頭部から切り抜け駆け上がり……宙へと躍り出る。


 (あの構えは……)

 

 逆手に握り直した刀。刃は下へ、頭から地面に落ちるような構えは、全体重を刃に乗せて落ちる命知らずの構えそのもの。──そして、一撃必殺の斬撃が繰り出される!!!


 「──【大嶽割】ッッッ!!!!!」


 ズドン、崩れ潰され引き裂かれる。

 純粋な”断つ”斬撃のような真面目なものではない。あれは、力任せに”壊す”ことだけを目的とした粗雑で、乱暴で、愚直な破壊だった。


 「……すごい」

 「お父様……」


 その証拠に、【山神】の頭頂部から心臓を切り潰した先の丹田辺りまでが、あの化け物のような侍の斬撃によってぐちゃぐちゃに真っ二つに裂かれていたのだ。

 ふと、刀を握りしめた親父の視線が……こちらに向く。


 後に続け。

 そう、言われている気がした。


 「──カゲル! フウカ!」

 「おう!」

 「……はい!」


 印を組み上げるフウカの周囲に風が巻き起こる。それは鋭く音を刻みながら、カゲルの掌に現れた黒炎へと注ぎ込まれていき……その勢いを増強、増幅させ、真っ黒い漆黒の渦が顕れる。


 「手を貸すのはこれっきりですから」

 「つれねぇなぁ、もうちょっと仲良くしよう……ぜっ!!!!」

 「「【獄渦】ッッ!!!」」


 振りかぶり、水平に投げられた黒い竜巻。周囲の風を巻き込み喰らい、それを糧に黒炎の渦は勢いをさらに増していく。そして、真っ二つになった【山神】の巨体を完全に飲み込んだ。


 「す、すごい……あんなにいがみ合ってたのに息ぴったり! しかもすごい威力だし!」

 「だよなぁ。案外相性いいのかも……なぁ? 風巫女サン?」

 「話しかけないでください」


 三者三様の心持ちの中、黒い竜巻に焼き焦がされていく【山神】に視線が集中する。


 「……?」


 決着。脳裏に輪郭を帯びてきたその単語は、しかし目の前で真っ二つに叩き割られたはずのそれが、黒炎に包まれながらも再び音を立て大地を揺らしながら再生していく現実にかき消された。


 「再生してる!?」

 「はぁ?」


 先程のカゲルの攻撃を耐えた時は、頭部を粉砕した”だけ”だったから駄目だと思っていた。それに加えて心臓や丹田、弱点と呼べる全てを力技で叩き切ったその一撃は……あの不死のカラクリごと粉砕する、はずだった。


 それでも、【山神】はその巨体を復元させていく。

 黒い竜巻が止んだその向こう側には、無傷にして不動の巨神の姿があった。 


 勢いは衰えず、歩みは止まらず、破壊は撒き散らされる。親父は刀を握りしめ、一心不乱に【山神】の周囲を飛び交い、斬撃を食らわせ続ける。無限対有限、いつかは底をつく私達に待ち受けるのは、持久戦消耗戦の果ての惨い敗北だった。

 

 「……なんなのよ、もう」

 「姉さま!」

 

 ビュウン! 風が音を裂き、私とカゲルに迫っていた木の根の攻撃を吹き飛ばす。


 「……フウカ」

 「気を確かに! 大丈夫、あれだけ身体を復元しているのです……少なくとも既に力の半分は──」


 勇ましく私を鼓舞していたフウカの目、【山神】を真っ直ぐと見据えた彼女の目。

 それは、徐々に曇っていく。血の気が引き、わなわなと唇が震えている。


 「……消耗、してない?」

 「え?」

 「あれだけ”権能”を行使してるのに、力の総量が全く減ってません……!」

 

 絶望。

 これだけやっても、その力の一端すら削げなかった。


 (……あれ?)


 しかしそこに挟み込まれる、違和感。

 神が持つ力は膨大ではあるが無限ではない。どれだけ強かろうが信仰を得ていようが、一柱の神が行使できる”権能”には限界がある。それはこの国の最高神である陽ノ輪空渡命も例外ではない。


 決して無限ではない、底もあるし上限もある。

 なのに、何故。──いや、ああ、そうかそういうことだったのか。


 「カゲル!」

 「あ? ……へぇ、なるほどな」


 契約しているからなのか、言葉を介さずともやけに冷静な声色で口を開く。


 「【天喰】ッ!!!」


 向かってくる木の根の攻撃を一通り吹き飛ばしてから、フウカに呼びかける。


 「おい風巫女! お前って力の流れを”視れ”るんだろ?」

 「それがっ、なんですか!」

 「足元だ! 【山神】の足と、踏みつけてる地面の力の流れを見てみろ!!」

 「はぁ!? そんなの見てなにが──」


 フウカは驚いたような、呆けたような顔をしていた。

 それは私とカゲルの予想が見事に的中していたこと、的中してしまっていたことを端的に示していた。


 「──嘘、そんな。こんなの、なにをどうやっても……!」 


 【山神】の”権能”は主に自然に関するものが多い。植物を操る、そこに住む生き物をある程度使役する……他にはそう、自然そのものが持つ力を分けてもらうとか。

 

 「祟神になっちまったとはいえ、惨いことするよなぁ」


 私の目線は【山神】の足元から、その周辺に栄えていたはずの自然だったものたちへと移っていく。枯れ果て、緑が消え、徐々に命を吸われつつある木々の彩りを。

 

 「……搾り取ってるんだ。山から、全部」

 「そう。地面からいくらでも吸い上げられる以上、地に足つけたアイツを殺すことは不可能だ」


 勝てるとか勝てないとかそういう次元の話ではない。

 私達が相手にしていたのは一柱の神に収まる力ではなかった。あれは、山だ。山ひとつ分の生命力を持った超存在であり、災害そのものなんだ。


 「だからまぁ、今からアイツを地面から引っ剥がすぞ」

 「……は?」

 「は?」


 聞き間違いか? 


 「えっ、ごめんもう一回言ってくれる?」

 「だーかーら、アイツを空にぶっ飛ばすんだよ。空中で仕留めれば地面から力を吸い取れねぇし、そのまま殺せる」

 

 子供の頃、ライカがよく言っていたことを思い出す。──”足が水に沈む前に走り続ければ水の上を走れる”。机上の空論、実現させることなどできない、そもそも考えて思いつきすらしないであろう暴論の類だ。

 

 「そんなこと、できるわけがありません」


 青ざめた顔で、フウカがカゲルに言い放つ。


 「【山神】様を空中に吹っ飛ばす? あの巨体を? 本気でできると思っているんですか?」

 「そんな怖い顔すんなよ。なにも空の彼方まで吹っ飛ばせって言ってるわけじゃねぇ……一瞬でいい。一発ぶち込めるだけの時間さえ作ってくれればあとはどうにでもできる。お前ならできるだろ?」 

 「信じられるとお思いですか……? 貴方の強さは認めましょう。ですが、祟神である貴方はあまりにも危険すぎる。私が全力を出し切った後を貴方に任せることなど、断じてありません」

 

 木の根を振り払う焼き焦がす攻撃をお互いに放ち、移動しながら、険悪な雰囲気が徐々に形成されていく。カゲルが、大きなため息をつく。


 「だから、なんだ? まさか、そんなくっだらねぇ理由で協力はしないとか言ったりしねぇよな? あぁ?」


 【山神】への迎撃のための一撃一撃が、いつ互いを殺すために放たれるものに変化するのか気が気ではない。重い、苦しい、耐えかねて口が開く。


 「じゃ、じゃあ私! 私に任せてよ! はーい!」

 

 なんも考えてない台詞。両者は黙る、っていうかポカンとしている。

 少し遅れて自分が言ったことを理解、文面が頭の中で反芻されて、徐々に顔が真っ赤にアツアツに、ピカッと光るように脳がざわつく。

 

 「なーんて冗談だよ冗談アハハハッ!!! やだなぁ二人共そんなマジにガン見しなくてもいいじゃんアハハ私なんかが出しゃばってゴメンナサイッッ!!!!」

 「いんや? 案外アリだと思うぞ?」

 「……マジ?」

 

 ぽんぽん、と。なんか意味のわからないまま頭を撫でられ、更にわけが分からない。


 「ってなワケだ風巫女サン。俺のことは信用できないらしいが、コイツの事なら信用できるだろ?」

 「……はぁぁぁぁぁぁぁっ。なるほど、そう来ましたか」


 こいつらなんの話してるの?


 「いいでしょう、貴方の作戦に従い、貴方の強さに全てを託しましょう。──ただし勘違いしないでください。私が信じたのは、貴方ではなく姉さまですから!」

 「へいへい、俺ァ大人しくコイツの”お手伝い”させてもらいますよっと!」


 フウカが嫌そうな顔で印を組み上げると、風がゆっくりと……しかしとても広範囲に動き、フウカを中心に練り上げられていくのを感じる。

 よくわからないが、二人共仲直りをしたのだろうか? そうなると多分、フウカは【山神】を地上から引っ剥がすための準備をしているのだろう。 


 そうなると私たちがやるべきことは一つ。

 時間稼ぎだ。


 「フウカ!」

 「は、はい?」


 今にも【山神】の方へと飛び出していきそうなカゲルを静止し、フウカに呼びかける。


 「頼りにしてるわよ!」

 「──」


 ぽかんとした顔。次に、むにょっとした……なんだ、変な顔と声で吠えてきた。


 「え、えぇ……応えてみせますともぉ!!」


 風の勢いが一気に強まる。気合が入ったのだろうか? よく分からないが、私たちは私たちのやるべきことを為すだけだ。


 「行くわよ、カゲル!」

 「ああ!!」


 吹き荒ぶ風を突っ切りながら、【山神】の方へと向かう。

 堕ちた巨神を、鎮めるために。





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