305 英雄
「ふんふ♪ ふんっ!」
――ベキッ!
野太い声で鼻歌を唄っていたミニスカートのメイド服を着た……〝男性〟岩ドワーフのゲルフが木炭を素手でへし折る。
木炭と言ってもただの木から作られた炭ではない。ゲルフの店で使う木炭は高位魔物の革に焼きを入れて形を整えるために必要な物で、異常な高温を維持できるトレントの木材から作られた最高級品だ。
通常の木炭も使用しているが、鍛冶屋の兄から教えてもらったこのトレントの木炭は密度がとても高く、鋼の如き強度があった。
「これでしばらくは持つわね。在庫が切れる前に補充を頼みたいけど、ミラちゃんやジェーシャちゃんはいつ戻ってくるのかしら」
ゲルフは五十年以上、〝虹色の剣〟にトレント材の補充を依頼している。ランク5パーティーになって依頼料も高額になっているが、いまだに昔の値段で受けてもらっていた。
でもこれは一方的にゲルフが恩恵にあずかっているのではなく、彼らが駆け出しだった百年も前から、サマンサとミランダにほぼ無料で装備を提供してきた結果だ。
「ふふん♪」
可愛い女性衣装を作ることを生き甲斐とするゲルフにとって、〝虹色の剣〟の女性陣に衣装を提供するのは趣味であるが実益もある。
彼女たちの装備を見た女性騎士や冒険者たちが、自分も着てみたいとゲルフの装備を求めるようになった。そのおかげで余暇の時間は減ってしまったが、その代わり、趣味に多くの金銭を注ぎ込めるようにもなった。
「久しぶりにドレスちゃんを作るわよ!」
ゲルフにはコツコツと作り続けている一着のドレスがあった。
自分も着られるドレスも作り続けているゲルフだが、完全趣味で作るものは線の細い人族少女用のドレスだった。
これをアリアのような細身の少女に着せて、見て楽しむために作っていた。
最近ではもう一人、ドレスが似合う〝少女〟と会うことができて、このドレスが完成したら着てもらおうかと考えていた。
「……え? 無い……?」
そのドレスが無い。いつもの場所、作業場の隅で人型に着せて、後は簡単な仕上げ作業をするだけの、ほぼ完成していた真紅のドレスが人型だけを残して消えていた。
「どこ! 私のドレスちゃんっ!」
何処を探しても見つからず、口を開いたまま頬に両手を当てて、ひょろひょろと海藻のように揺れているゲルフはもう一つ……〝白いドレス〟が消えていることに気づかなかった。
その脇に代金のように置かれた、数枚の真っ赤な竜の鱗と書き置きを残して……。
〝ドレスを返してもらうわ。ついでに他のドレスも借りていくわね〟
そして……。
その傍らで取り残された〝黒いドレス〟は、胸元に取り付けられて、いつの間にか最初から生えていたように融合していた〝逆鱗〟が鳴動し、まるで消えた〝敵〟の姿を追い求めるように、風もない室内でその裾を静かにはためかせた。
***
Side Snow.
《――行くのか、娘よ――》
「ええ、そろそろ相手も動き出す頃だわ」
いまだ傷のために長く動けず、巨体を横たえた火竜ラディウスの言葉に、私は薄い笑みを浮かべてそれに返す。
あの連中には動いてもらわないと私が困るのだけど、あまり動きが速すぎるとそれはそれで困るのよ。
「彼らには見届けてもらわないと……」
でも全員はいらないわ。見届け人は一人か二人で充分よ。その他の人たちには残念だけど、アリアのために消えてもらいましょう。
でも……。
《――まだ〝道〟はある――》
「そうだといいけど、今のところは〝無い〟わね」
ラディウスが再びそう語りかけてくる言葉に、私はそっと首を振る。
私と火竜ラディウスは協力関係……いえ、共犯と言っても良いかしら。ラディウスは勇者の禍根を断つため、私はアリアのために命を使うと誓い合った。
でもラディウスは偶にこんなことを言ってくる。本当に困ったお爺ちゃんね……。
永遠に近い生命を持つ属性竜だから年齢なんて関係ないけど、短い寿命の生き物が自ら死に向かうことを忌避している。
でもね……短命だからこそ燃え上がる炎もあるのよ。
「あなたはもう少し休んでいて。その命の使いどころは私が決めてあげるわ」
《――……そうしよう――》
少し突き放すようにそう言うと、ラディウスはそれ以上言わずに、身体を休めるように目を瞑る。勇者にやられたラディウスの傷はまだ癒えない。もしかしたらもう治らないかもしれない。
まるで私みたいね……。
「では、行ってくるわ」
さあ、お出掛けしましょう。
「勇者パーティーのお迎えに……ね」
***
ファンドーラ法国の聖都ファーンを〝虹色の剣〟が脱出したことで、枢機卿クロフォードは秘密裏に追っ手を送り出した。
「連中が国外に出る前に捕らえるのだっ!」
勇者死亡の責任を追わせるための〝贄〟が必要だ。だが、そのとき勇者パーティーに同行していた他の者は神殿騎士ヴィンセントの隊だけで、彼には謹慎を申し渡しているが、彼に責任を負わせてもサース大陸聖教会の責が消えるわけではない。
贄には聖教会以外の者である必要があった。しかし、外国籍……しかも大国クレイデール王国出身の〝虹色の剣〟は知名度もあり、国外に出られては聖教会と言えども手を出せなくなる。
そこでクロフォードは、失ってしまった懲罰部隊の代わりに、とある者たちを懐柔することを試みる。
「残ったあの者たちを味方に付けさえすれば……」
焦燥感の募る顔でクロフォードが独りごちる。彼は徐々に追い詰められ、その精神はついに禁断の手段にまで手を染めようとしていた。
それより少し前、エルド大陸聖教会所属の大型帆船から、飛び立とうとするものがあった。
「急げ!」
「「「ハッ!」」」
剣聖ナイトハルトの苛立ったような声に、エルド大陸から連れてきていた従者たちが魔道具に魔力を注ぎ込み、それが膨らみ始める。
それは大型の〝気球〟だった。大型と言っても十人乗るのが精一杯で、勇者死亡の遠征時には同行者が多く使えなかった物だ。
地形を無視して移動できる気球なら目的地まで早く到着できる。風の魔術を使えば更に速度は上がるだろう。実際にサース大陸北部、メールン国家連合へ辿り着いた船団に乗っていた勇者は、補給の済む間、この気球を使って大陸中央の岩石地帯近くまで遠征し、その地の魔物を狩っていた。
そのときに逃走した魔物の一部が流れ、幾つかの国家に被害を及ぼしたが、そんなことを気にするのは、勇者パーティーの戦士ダグラスくらいだろう。
「出立するっ!」
ナイトハルトの掛け声でゆっくりと気球が浮上し、サース大陸でも滅多に見ることにない気球を、港町の住民が唖然とした顔で見送っていた。
「我らが勇者クラインの仇を討ち、邪悪を倒す!」
ナイトハルトが剣を握りしめて大空に声をあげる。
気球に搭乗しているのは八名。最大乗員数より少ないのはその分を食料と燃料である火属性の魔石を積み込むことで、長期間の活動を想定したからだ。
その内訳は、ナイトハルトにエルド大陸の神聖騎士五名。そして……。
「これが空? なんて寒いのかしら」
「…………」
赤銅色の肌をした、両目の瞼を縫い合わされた鉄エルフの女が、不機嫌そうに身を震わせる。寒いのなら服を着ればいいのだが、彼女は頑なに露出度の高い鉄エルフの民族衣装から着替えようとはしなかった。
そんな女の態度にもう一人の鉄エルフ、咽を潰された男が唇だけでニヤリと笑い、女が目を閉じたままそちらを見て頬を膨らました。
なんてことのないそんな二人の様子に、神聖騎士たちが緊張した様子を見せる。
神聖騎士は神殿騎士とは違う。神殿騎士が信仰を守るために鎧を纏うのに対して、神聖騎士は信仰の敵を討つために剣を握る。
エルド大陸で選ばれた百名の神聖騎士はすべてランク4以上であり、今回の勇者渡来の際にも十名の神聖騎士が露払い役として選ばれていた。
それが何故、勇者は彼らを遠征時に連れて行かなかったのか?
それは彼らが厳格な聖教会の信者で、自由な行動をするクラインとあまり反りが合わなかったからだ。
そして……この鉄エルフの双子の姉弟。この二人を見張るために十名すべての神聖騎士たちが必要だった。
サース大陸の鉄エルフは、すべて精霊への願いのために闇エルフへと変わってしまったが、他の大陸ではそのままの姿で暮らしている。
鉄エルフは森に暮らす森エルフと違い、山に住み、岩ドワーフに近い生き方をしている、鉄と火に愛された種族だ。
闇エルフは種族の生存のために精霊へ願い、その代償として精霊に肌の色を変えられた過去がある。だがそれはこのサース大陸でのみ起こった現象であり、千年前に渡来したエルド大陸の船団は、原住民であるクルス人との争いを避けるため、闇エルフを邪神に魂を売った人類共通の敵として彼らを迫害した。
聖教会を敵として人族と争う闇エルフたち。その中で聖教会に捕らえられた闇エルフの一部は、捕虜としてエルド大陸にも送られていた。
単なる好奇心や、神敵として民に見せしめ信仰を集める等の意味もあるが、その理由の多くは、彼らが鉄エルフの関心を引いたせいだった。
鉄エルフはかつての同族であった闇エルフを仲間とは認めず、どうして変化したのか実験をするように飼い殺した。
そして……あるとき、連れ去られた闇エルフのすべてが死亡した。
それをしたのがこの双子の姉弟だった。
呪術の実験として、あらゆる苦痛を伴う拷問を繰り返した姉弟は、囚われていたすべての闇エルフを連れ去り、最後には闇エルフとなった原因である〝種族にかけられた精霊の恩恵〟を剥ぎ取るという実験を行い、結果的に全員を殺してしまう。
しかしその行為は、比較的良心的な鉄エルフの上層部によって咎められ、その代償として姉は両目の瞼を縫い合わされて封じられ、弟は咽を潰され、岩山の牢獄に収監された。
だが姉弟は諦めていなかった。いや、こうなることを予見してあえて捕まったのだ。
逃走しながらの実験は効率が悪いと、姉弟は自ら得意とする〝視線〟と〝声〟の呪術の基である〝瞳〟と〝咽〟を封じられるだろうと考え、それを〝呪術の対価〟として、闇エルフから剥ぎ取った〝精霊の恩恵〟を呪術を以て自らに取り込み、新たな〝精霊の恩恵〟として、鉄エルフのまま〝英雄級〟へと成り果てた。
その力を以て脱獄した二人は、数十名の鉄エルフの同胞を殺して国外へ脱出し、複数の国家でまた実験と称して、多くの人を殺害した。
〝英雄級〟の力を得るに至った姉弟を各国家は討伐することができず、相手が英雄級ということで、ついに〝勇者〟が出陣する。
だが、勇者は……クラインは姉弟を殺さなかった。
クラインは二人を無力化しても命は奪わず、その権威を以て彼ら双子を勇者パーティーに取り込んだ。
今となってはクラインの思惑はもう分からない。しかし二人は暴れることはあっても逃げ出すことなく、クラインの許に居続けた。
その勇者亡き今、姉弟を止められる者は居ない。だが、それでも二人は逃走することも反乱を起こすこともなく、ナイトハルトの要請に応じて〝邪悪〟討伐の遠征に参加している。
「……ちっ」
そんな姉弟にナイトハルトが小さく舌打ちをする。彼も二人と戦って負けるつもりはないが、勝つのも難しい相手だと理解している。
ナイトハルトは二人を信用していない。それでも聖教会を敵に回してまで裏切るとまでは考えてはいなかった。
たとえ逃げ出しても、この大陸で鉄エルフである赤銅色の肌は目立ち、どこへ潜伏しても見つかり、すべての国家によって追い立てられるだろう。エルド大陸に戻るとしても現状で裏切るとは考えづらい。
それに二人は……特に姉のほうはクラインと悪い関係でなかったと記憶している。だからこの討伐にも参加するとナイトハルトは計算していたが、実際にこうして共にいると、言い知れない不信感を覚えた。
それを神聖騎士たちも感じているのだろう。彼ら五名は特に信心深いことから選ばれたが、姉弟を警戒して気が休まらないでいる。
「おい、お前ら、あまり勝手な――」
「何か来るわ」
苦言という釘を刺そうとしたナイトハルトの声を姉の鉄エルフが遮る。
「……なに?」
目が見えないのにどうしてそれが分かるのか? 姉があらぬ方角へと顔を向け、弟の鉄エルフが無言のままいきなり気球と篭を繋ぐロープの一本を斬り裂いた。
「貴様っ!?」
気球が傾くように高度を下げた、その瞬間――
ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
快晴の空に雷のような轟音が響く。
それと同時にわずかに高度を下げた気球の上を巨大な稲妻が飛び抜け、耐魔処理された気球が帯電しながら大きく揺れる。
「何事だっ!!」
ナイトハルトが篭の縁に掴まりながら声を張り上げる。
その視線の先で〝真紅のドレス〟の裾を翼のようにはためかせた黒髪の少女が、隈の浮いた顔でニコリと笑い、離れているにも拘わらずその声は確かにナイトハルトまで届いた。
「ごきげんよう。死ぬにはよい日和ね」
次回、スノー対勇者パーティー。
その実力とは!?





