294 反目
日本海東縁変動帯さま、レヴューありがとうございます!
「――飛竜だぁああああっ!!」
それに気づいたのは見張り番をしていた神殿騎士の一人だった。
勇者クラインによって戦力外と後方待機を命じられた、〝虹色の剣〟とヴィンセント率いる神殿騎士たち。聖教会の命を受けた神殿騎士たちはともかく、〝虹色の剣〟はそれに従う義理はなかったが、属性竜の脅威を知るドルトンたちはアリアの意図を察し、神殿騎士を無駄に死なさないために従うことを決めた。
それにはもちろん、クレイデール王家とも繋がりのある上級冒険者として、聖教会との反目を避ける意味もあったが、一番の理由は、アリアとスノーというクレイデール王国の最大戦力を信頼していたからだ。
それでも大人として、まだ成人したばかりのような少女たちを政治から守りたいという想いはあり、問題が起こったならば、たとえ聖教会と反目してでも火竜との戦いに割り込むことを決めていた。
そのとき遠くから聞こえてきた戦いを始める〝竜〟の咆吼に、全員が一瞬、そちらへ意識を向けた瞬間、周囲から飛竜が飛び出してきた。
「うわぁあああっ!」
この岩山のどこにこれほどの数の飛竜が潜んでいたのか、高速で迫り来る一体の飛竜が見張り番の神殿騎士に襲いかかる。悲鳴をあげながらも咄嗟に盾を構える神殿騎士。だがその瞬間、彼の頭上を一閃の矢が飛び抜けた。
『グガァァアアアアアアアアッ!?』
狙い違わずその矢が飛竜の片目を撃ち抜き、攻撃を受けた飛竜は慌てて飛び抜けるように空へと逃げていく。
「ドルトンっ!」
一行の中でいち早くそれに気づいて矢を射ったミランダが声をかけると、瞬時に理解したドルトンが盾と斧を持って前に出る。
「ヴィンセント殿! 孤立している者から狙われるぞ!」
「すまない! 総員、密集して上空よりの攻撃に備えよ!」
ドルトンの声に、虚を突かれて硬直していたヴィンセントも、盾を構えながら部下たちに指示を出す。
本来なら敵の攻撃を察知するのは斥候の仕事だが、それをするアリアがいないことで対応に遅れてしまう。それでも百年の経験があり、レンジャーを兼ねる森エルフのミランダがいたことで、不意打ちを受けることなく対処することができた。
飛竜はランク4にもなる難敵だが、たとえ魔術師と斥候がいなくとも五体程度なら対処はできる。
「前方からも来るぞ!」
だがそこに、勇者たちが向かった岩山のほうからも、さらに四体の飛竜が迫ってきていた。
飛竜は、亜竜とされていても幻獣ではなく魔物であり、知能は真正の竜種ほど高くない。それ故に〝集団で潜む〟などという行動を取ると考えていなかったことで、それが油断に繋がってしまった。
いや、恐るべきは知能が低い亜竜を完璧に統率していた属性竜だろう。岩山で何が起きたか分からないが、少なくとも火竜はこの地に訪れた人間種を敵と見なした。
「ジェーシャはミラを守れ! フェルドと俺は降りてきた奴からぶっ叩くぞ!」
『おう!!!』
魔術師であるスノーが居ない今、空にいる飛竜を倒せるのは弓兵であり精霊魔術師であるミランダだけだ。神殿騎士も弓は使えるが、分厚い表皮を貫ける可能性は低く、集中攻撃を受けかねないミランダの護衛に、大盾を構えたジェーシャが就いた。
しかし、飛竜は火炎のようなブレスを吐くことができず、その攻撃は巨大な爪と牙、そして尾の先端にある毒針だ。
故に飛竜が攻撃するためには地上に降りなければならず、そこがドルトンたちの攻撃する機会なのだが、問題はその攻撃力だった。
ドワーフでランク4の戦士であるジェーシャなら耐えられる。だが、ランク4のヴィンセントはともかく、ランク3の神殿騎士では盾で受けてもそのまま潰される可能性があった。
九体の飛竜が上空を旋回し、隙を見て飛び降りるように神殿騎士に襲いかかる。
「――【斬撃】――」
瞬時の判断。それを見て飛び出したフェルドは、攻撃を受けることは考えず、直接戦技を使って飛竜の羽根を切り落とした。
使用後にわずかに硬直する戦技は乱戦では使いにくい。一人で戦うことが多かったアリアは確実に倒せるときしか戦技は使わなかったが、フェルドは冒険者らしく仲間を信じ、戦技を使って確実に敵を減らそうとした。
それでも複数の飛竜が同時に襲ってくれば、受けに回っている人間たちのほうが不利になる。
「来るぞ!」
「ぐぁあああああああ!」
飛び込んできた一体の飛竜が多少の傷などお構いなしに飛び込み、巨大な尾で神殿騎士の一人を薙ぎ払った。
悲鳴をあげながら宙を舞う彼に、もう一体の飛竜が空中で爪を立てようとした、そのとき――
「――【十字斬】――」
高速で飛び込んできた人影が、空中で飛竜の翼と首を斬り飛ばした。
その人物とは――
「ナイトハルト殿!」
ヴィンセントの叫びに着地した剣士ナイトハルトは、顔を顰めながらも剣に付いた血糊を振り落とし、その剣を上空の飛竜へ向ける。
「不甲斐ないお前らのために私が来てやったぞ! 感謝するがいい!」
不遜な言いようだがそれでも彼の参戦により勝機が生まれる。だが、ナイトハルトがいたはずの火竜との戦いはどうなったのか?
「癪に障る奴だが、勇者が竜程度に後れを取るものかっ、じきに火竜の悲鳴も聞こえてくるだろうよ」
勇者パーティーの仲はけして良いとは言えないが、それでも互いの力量だけは信じている。まるでそれを示すかのように岩山のほうから再び火竜の叫びが聞こえてきた。
***
「……聞き違いかな? まるで僕と戦うように聞こえたけど?」
突然正気を取り戻した私たちに、勇者クラインは朗らかに笑いながらまったく笑っていない目を向けていた。
これほどのことをしておいて何様のつもりかしら。
「そう言った」
「へぇ……」
薄く笑ったままのクラインから殺気混じりの威圧が滲み出る。
いまだにその実力を測れない〝勇者〟の実力……。空間を満たそうとする嫌な気配に傷ついた火竜さえも地に伏したまま身構えた。
「どうやって元に戻れたのかな?」
「人の心を完璧に縛れるものか」
そんな問いかけにアリアが、自ら殴りつけて傷つけた額から流れる血を親指で拭い、悠然とナイフとダガーを構えると、クラインの口元がわずかに歪む。
……よく言うわね、アリアも。
痛みで緩む程度の技に見えるけど、私たちはそれを避けることもできず、抵抗することもできなかった。おそらくそれが精霊の【加護】であるのなら、対処方法が分かるまで自分を傷つけることでしか逃れることのできない、恐ろしい技だわ。
でも、見えていたわよ? 影の中から飛び出したネコちゃんの触角に顔を張り飛ばされて、動けるようになったのよね? それを素直に教える必要も無いのだけど、私の呪縛を解くのに【幻痛】はないんじゃない?
「まぁ確かに心が揺れにくい人には効きづらいんだけど」
クラインは苦笑するようにそう言うと、おもむろに私たちへ指先を向けた。
「それじゃ、困るんだよ」
「――っ!」
さっきは、なんの前兆もないその動作だけで私たちは操られかけた。でも、今回はそれじゃない。
「どちらにしても調教は必要だからね」
クラインの指先に集まる強い光。魔術じゃない。それが先ほどの〝魅了〟や〝洗脳〟と同じ精霊由来の【加護】なら、これは〝拘束〟だ。
闇の加護が精神を縛り、光の加護が身体を縛る。それが本当に加護ならまた囚われることになる。
私がとっさに抵抗できるように体内の魔素を高めると、アリアが一瞬だけ私を見る。
ああ……なるほど。
ダンッ!
「諦めたのかい、アリアっ!」
避けることもせず彼のほうへ飛び出したアリアをクラインが嗤う。その指先から放たれた光の粒子がアリアを取り込むその瞬間――
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
アリアの影から飛び出したネコちゃんが、その光に向けて膨大な闇の魔素をブレスのように吐き出した。
「なにっ!?」
光と闇が拮抗する。ネコちゃんはずっとクラインを警戒していた。私たちが精神を縛られたときも姿を見せず、最小限でアリアの援護をしていた。
ネコちゃんは勇者が敵になると、ギリギリまでその存在を隠していた。
しかしクラインは、驚きながらも即座に片手で剣に手をかける。
先ほど火竜を倒した攻撃ならネコちゃんを迎撃できる。
でもね――
「っ――」
剣が鞘に縛り付けられるように凍り付いていた。クライン……あなた、余裕を見せすぎよ。私から目を離すなんて。
真下から忍び寄っていた【氷の鞭】が剣を凍らせ、その動きを一瞬止めた。
ほんの一瞬……でも、それで充分よね。アリア。
「貴様っ!」
「ハァ!!」
その瞬間、ネコちゃんの身体を踏み台にして飛び越えたアリアが、一瞬の隙を見せたクラインの頭部をナイフで斬りつけた。
ついに始まった勇者との戦い。
その真の実力とは!?
いつも誤字報告ありがとうございます。





