263 旅立ち
「ダンジョン?」
聞き違いかと思ったけど、アリアは本気でダンジョンへ向かうつもりみたい。しかも私を連れて。
「私、病み上がりなのですけど?」
「以前よりマシでしょ?」
まぁ、確かに全属性を持っていた頃に比べたら随分と楽にはなっている。私自身は自覚がなかったけど、アリアから言わせると食べる量も増えているみたい。
嫌だわ……太ったらどうしましょ?
肌の血色もだいぶマシになったようだし、レベル5の属性一つの対価としてはささやかなものだけど、良かったと思いましょう。
「ダンジョンへ行く理由は?」
そして、一番重要なことを聞いてみる。なんとなく予想はしているけれど、そんな非常識なことをアリアは事も無げに言葉にする。
「ダンジョンの加護を貰いに行く」
「……正気?」
まさかとは思っていたけど、私たちだけでダンジョン攻略を考えているなんて……。
「二人じゃない。ネロもいる」
「あら、そうなの」
アリアの言葉に応えるように、彼女の影から唸り声が聞こえた。
それでも無茶であることには変わりない。私も幼い頃からダンジョンに挑んできたけど、一人では限界があって途中までしか攻略できていない。
まぁ、仕方ないわね。あなたの気が済むまで付き合ってあげる。
最後に世話になったセレジュラに挨拶をしに行くと、彼女は面倒くさそうに手を振って私を送り出してくれた。
「私はもうこんな歳だから、今更属性を減らそうなんて考えていないけど、駄目だったら無茶しないで、尻尾を巻いて逃げ帰っておいで……無茶苦茶弟子」
「……ええ。そうさせてもらうわ」
本当にお人好しばかりね。
そうして私はアリアやネコちゃんと一緒に森から出ることになった。
森の中を通ってセイレス男爵領の街へ向かう。私だけではなくアリアまでフードで顔を隠しているのは、顔見知りがいるかもしれないという話だった。
それなら街に寄らなくていいのでは? と思ったけど、アリアは私の体調を考えて、馬車を手配する予定だと聞かされた。
「まだ顔色が悪いからね。ダンジョンに着くまで体調を調えてもらわないと私が困る」
「そもそも、どこのダンジョンへ向かうつもり?」
私が【加護】を得た、フーデール公爵領離島のダンジョンは近くにあるけど、一カ所のダンジョンで精霊に出会えるのは一度だけ。
この国にはラクストン公爵領にも大規模ダンジョンはあるけど、相当な遠出になるだけでなく、亜竜種が出没するまだ一度も攻略されていない高難易度のダンジョンで、王家もそこの攻略だけは諦めていると聞く。
中級以下のダンジョンでは、攻略はできても精霊がいない。もしかしたら新しく精霊が生まれたダンジョンがあるのかしら?
街にある安い屋台で、久々にまともな食事をしながら私がそう問うと、アリアも野菜のごった煮を食べながら教えてくれる。
「私たちが向かうのは、レスター伯爵家管理の大規模ダンジョンだ」
「……正気?」
思わずまた同じ言葉を呟いて、今度はアリアの額に手を当てると、彼女の肩に乗った黒猫が私の手を尻尾で叩く。……幻惑でも触感があるのね。
私があのダンジョンに潜っていたのは、国家所有の大規模ダンジョンの中で一番難易度が低いから。
だからこそ前王太子一行もそのダンジョンを攻略した。それから数年しか経っていないので、まだ魔物も少なく、難易度も下がっている可能性がある。
でも――
「あそこはまだ、私の顔を覚えている人が大勢いると思いますけど?」
幼い頃からずっとあの場所を拠点にしていた私は、表でも裏でも顔が知られている。
もし私が見つかった場合、私はともかく、高名な冒険者として顔が知られているアリアは、名声に傷が付くと思うのだけど。
「だから、もう少し体調を調えてもらわないと私が困る。はい、これ」
「…………」
アリアはそう言って、銅の水筒に入った刺激臭のする薬を寄越して、せっかくまともな食事をしたのに私はその薬を顰めっ面で飲み込んだ。
「……あのダンジョンの精霊は、あまり人に友好的でないという噂もあるわ」
どちらかというと人を理解できていない、と言うべきかしら。だから願いを曲解されて、アモルやナサニタルがあんな力を得てしまった。
「攻略は三回目でしょ。上手いこと交渉して。お前は身体を癒やすことだけ考えていればいい。私の願いも使っていいから」
「どうしようかしらね……」
苦い薬を飲まされたので、少しだけ意地悪な言葉を使ってしまうと、アリアは視線だけでじろりと睨んでくる。
「本気で怒るよ」
「苦いお薬を増やされたら堪らないわね」
アリアの突飛な行動も、たぶん彼女の中で色々と論理立てて考えた結果、行動を起こしているのだと思うけど、アリアは口数が少ないから、周囲が振り回されることになるのね。
そんなことを考えながら進む王都への旅。
危険な道を通ればもっと早く着けるけど、馬車が安全に通れる道を選ぶと三週間以上かかるみたい。まともな街道だと山賊も出ないから暇だわ。
本でも読めればいいのだけど、私の資産は凍結されている。さすがに死んだ人間が冒険者ギルドに預けた金は下ろせないもの。
隠し拠点まで戻れたら何かしら残っていると思うけど、そうなると〝魂の茨〟の使用を止められているのはつらいわね。
私の【影収納】には、衣服と一緒に大金貨も数枚入れてあったけど、中身はすべて消えていた。
一度死んだせいかしら……? ただ空間を拡げているだけかと考えていたけど、空間転移に近い物かもしれないわね。
怖い考えだけど、お腹の中で破裂しないだけマシだと思うしかないわ。
そんなわけで今の私は一文無し。服も旅もアリア任せで、金貨十枚ほど借りているけど、無駄遣いはできないのよね。だから暇つぶしにできるのは、こうして白紙の本に日記を書くことくらいしかない。
王都を迂回するように南下して、私たちは特に感慨もないダンジョンのある街に到着する。
管理は相変わらずレスター伯爵家だけど、アリアの話では、家族を全員失ったお母様は実家へと戻され、遠縁の分家が新しいレスター伯爵になったそうね。
別にどうでもいいけど、禁書の類いはもう読めないわね。でも、あらかた覚えているから、そのうち私が本にしてばらまいてしまいましょう。
「冒険者ギルドに行くよ」
「……わかったわ」
いちいちツッコむのも面倒だけど、どうするつもりかしら?
中に入ると、外套を着ていても若い女二人連れだと分かるのか、ギルドの中にいた冒険者たちから多くの視線が向けられた。
「ご用件はなんでしょうか?」
わざわざおじさんがいる受付に向かったアリアがそこでフードを取ると、そのおじさんは目を瞬いた。
「おや、お久しぶりですねぇ。私を覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん。私を覚えているの?」
「ここは若い方が少ないのですよ。久しぶりにダンジョンへ潜られるのですか?」
どうやらこのおじさんはアリアの顔見知りらしく、久しぶりに親戚の子が訪ねてきたような優しげな顔をしていた。
「うん。長期でダンジョンに潜るので、後ろにいる奴の冒険者登録をしてほしい」
「長期ですか……。そちらの方の冒険者登録は了解しました。ランクの試験がありますが……」
「それは王都のギルドですることになっている。とりあえず……」
そこでアリアがちらりと私を見るので、その場で氷を作ってカウンターの上に置くと、受付のおじさんは驚いた顔をした。
「氷……魔術師の方ですか」
けれど……無詠唱で氷を出した私の実力を見て、おじさんは何かを思い出したのか、訝しむように目を細めた。
「……こちらは初めてですか?」
「ええ、そうよ」
「では、フードを取って顔を見せていただけますか?」
私は覚えていないけど……彼は〝私〟と会ったことがあるのかも。
顔を見せるのはいいけれど、どうしたものかしら。先ほどとは逆にちらりとアリアに視線を送ると、アリアが頷いたことで私も諦めてフードを取る。
最悪は……私をアリアに殺してもらいましょうか。
「これは……失礼。私の勘違いのようでした……」
私の顔を見たおじさんが額の汗を拭きながら頭を下げる。
「アリア……?」
どういう事かとアリアを見ると、彼女は無言で私の背後を指さした。
そこには冒険者たちが私を呆けた顔で見つめていて、その中の一人がぼそりと呟きを漏らす。
「すげぇ……雪みてぇだ」
彼はどこか遠い北方から来たのかもしれない。
黒い髪は銀に近い白になり、土気色の肌も白くなった。それだけでなく私の顔も、血行が良くなったことでだいぶ印象が変わってしまったみたいね。
「それで、お嬢さん。お名前はどうしますか?」
おじさんが冒険者ではなく、どこかのお嬢様でも相手にしたような言葉遣いをするのを聞いて、アリアも少しだけ口元をほころばせて口を開いた。
「……〝白雪〟……で」
彼女の名称はスノーに統一いたします。





