258 卒業イベント 『激情』
「ミハイル様……アリアがっ」
「落ち着け、セオ」
破損した王城の一角から、少年たちがアリアの戦いを見つめる。
セオは暗部の戦闘執事としてミハイルの補佐となり、卒業パーティーにおいて必ず起きるであろう諍いに対処するため裏方に務めていた。
そのため招待客の避難を優先したことで、会場での戦いに参加できなかったセオは、同じく裏方に徹したミハイルと同様、歯がゆい思いをしながらアリアの戦いを離れて見ていることしか出来なかった。
「…………」
それだけでなく、セオはわずかな期間とはいえ護衛役として側にいた、あの少女のこともやりきれない思いを抱いていた。
ミハイルを含めた王家側の人間はリシアを敵側としか見ていなかった。確かにセオもそう考えていたが、彼女とアリアとの最後の場面を偶然目撃することができたセオは、彼女を知る人間だからこそ冥福を祈る。
迷惑で厄介な〝敵〟ではあったが、悪人ではないことをセオは知っていた。
「セオ、気を逸らすな。アリア……アーリシアが戦っている間、彼女が守ろうとしているものを守るのが私たちの役目だ」
「……はい」
アリアを心配するセオを叱りながらも、ミハイルは自分の無力さに打ちのめされていた。
セオはアリアを慕っている。それはミハイルも同じだが、憧れや崇拝にも似た気持ちも大きかった。この場での自分の役割を理解して裏方に徹しているが、それはミハイルが、この戦いでアリアの隣に立つことが出来なかったからだ。
この一件でアリアの存在は大きな影響力を持つだろう。
実力で新たな王太女として立った王女エレーナ。
戦闘力でアリアさえも超える最凶の魔術師カルラ。
そして王国を混乱に巻き込んだ聖女リシア。
この場において、アリアと同等の場所に立てたのはこの三人だけだった。この決着がどうなるとしても、今のミハイルが国内外の干渉からアリアを守ることができるのだろうかと表情を暗くした。
(それでも……私は……)
***
周囲すべてを閃光に包まれるような雷の中、私の渾身の力を振り絞り天に放った銀の光が稲妻を斬り裂く。
ドドォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
巨大な雷が落ちるような轟音が響き、私の周囲すべてが塵も残さず吹き飛ばされるような衝撃の中で、私はさらに力を振り絞る。
ビキィン――――…………
あり得ない規模の力のぶつかり合いに、両手で掲げた黒いナイフとダガーから亀裂が入るような音が聞こえた。
澄んだ音色で響く金属音が消えると同時に雷も終わり、暗雲が斬り裂かれた夜空に口から血を零したカルラの姿が見えた。
血塗れのカルラの唇が微かに笑う。私は食いしばる口元を隠すように口を閉じる。
私たちの戦いは終わらない。
ゴォオオオオオオオンッ!!
その瞬間、真っ直ぐに落ちてくるカルラと天に飛び上がった私がぶつかり、巨大な鐘を打ち鳴らすような音が響く。
カルラはもう大きな魔術は使えない。魔力の問題ではなく、カルラの身体がそれに耐えられないはずだ。
それは私も同様だ。受けたダメージは激しく、動くたびに体中が悲鳴をあげていた。
私は罅の入った二つの武器を投げ捨て、握りしめた砂鉄の詰まったグローブでカルラの顔面を殴りつける。
どうせまともな刃は通らない。カルラもそれに怯むことなく黒い茨に覆われた拳で、私の顔面を殴り返してきた。
ゴォオン――ゴォオン――!
素手の殴り合いとは思えない重たい金属音が私の耳を打つ。ぶつかり合うたびにカルラの魔力と銀の光が飛び散り、激しい衝撃波が夜空さえも揺らした。
ゴォオンッ!!
互いに目に留まらぬ速さでぶつかり、カルラの放った蹴りを私の蹴りが迎え撃つ。
鉄の薔薇の効果でレベル10の身体強化が踏み出すたびに大地を抉る。それに対してカルラは全身に巻き付けた黒い茨を使い、速度と威力で私に迫る。
「ハァアア!!」
「アハハっ!!」
一歩の動きで十数メートルの距離を飛び、放たれる一撃が数十メートル吹き飛ばす。
私たちは絡み合うように打ち合い、高速移動で場所を変え、まだ無事だった建物を粉砕しながら殴り合う。
ゴォオンッ!
カルラの肘打ちが私の顔面を打ち、その衝撃で結っていた髪がほどけ、仰け反りながらもカルラの腕を掴んだ私は、髪を靡かせカルラの顔面に頭突きを放つ。
ゴォオオオオン!!
「「――――っ!」」
そして至近距離から睨むように見つめ合い――
「もっと本気になって」
「ぬかせ」
バチィンッ!
カルラの魔力と銀の粒子が私たちの身体ごと弾けてわずかな距離を空け、一瞬の間もなく打ち合った互いの拳がぶつかり、激しい火花を散らす。
拳の骨が軋み、ついに互いの防御を突破した私たちの拳から血が流れた。
「ハア!!」
銀の粒子を翼のように広げた私が砲弾のように飛び出し、肩からぶつかってカルラの身体を吹き飛ばす。
口から血を吐きながら吹っ飛んだカルラを私が追い、カルラが宙返りをするように無理矢理体勢を変えてミスリルのピンヒールで私を蹴りつけた。
私はそれを咄嗟に踵で受け、カルラの脚を掴んで振り回しながら石造りの建物に叩き付ける。その衝撃で崩れはじめた建物の中で、カルラの脚の茨が私の腕に絡みつき、そのまま蹴りを放つように私をその建物に打ちつけた。
崩壊する壁や天井の中で蹴りや拳で打ち合いながら、同時に床を蹴り砕いて飛び上がった私たちは、崩壊する建物の天井を突き破って空に舞い、カルラが腕を振ると同時に膨大な魔力が物理的な衝撃となって吹き荒れた。
「――っ」
私は銀の光を身に纏いつつ、衝撃に逆らわずに宙を舞う。だがその瞬間魔力を噴き上げて迫るカルラが巨大な鉄球の如く私を吹き飛ばす。
「ごふっ」
身体が軋み、口内に血が滲む。でもその一瞬でカルラの身体を掴み、その身体を蹴り上げながらどこかの建物に突っ込んだ。
ドゴォオオンッ!!
戦場が消滅した神殿の周囲から貴族街に移る。
銀の光とカルラの魔力が避難した貴族邸の調度品を巻き上げ、カルラが巨大な石のテーブルを投げつけ、私はそれを蹴り砕き、舞い散る巨大な破片をカルラに向けて蹴り飛ばした。
「ふっ!」
カルラが息を吹き、ドレスの裾で受け止め、自分の膝で蹴り砕く。
その一瞬で飛び上がった私は天井を蹴ってカルラの脳天に踵を蹴り落とした。
ゴォン!
それをカルラが腕を十字にして受け止め、私の脚を掴むと石の床に叩き付けると、そのまま天井にも叩き付けて、魔力の衝撃波で押し潰すように吹き飛ばす。
「ハァ!」
視線が切れた一瞬に銀の光で衝撃波を抜け出し、気配を消して二階の石床を蹴り抜いた私は、埃に紛れるようにカルラの背中を蹴りつけ、漆喰の壁も撃ち抜いて弾き飛ばした。
「っ!」
私は銀の光を腕に巻き込むようにそこへ撃ち放つ。だがカルラはその瞬間、全身から魔力と衝撃波を撃ち放ち、埃を瓦礫ごと吹き飛ばし建物を崩壊させる。
飛び散る破片を飛び避けながら飛び込んだ私は、銀の光を全開にした跳び蹴りを砲弾のような勢いで嵐のように蹴り放った。
「ハァアアアアアアアア!!」
気迫を込めた蹴りの連打がカルラを吹き飛ばし、その向こうにある複数の貴族邸を突き破りながら突進する。だがカルラは黒い茨を周囲に打ち込み強引に突進を止め、カウンターで膝蹴りを私の顔面に打ち込んだ。
ゴォオン!!
斬撃は通じなくても打撃は衝撃となり、ダメージが蓄積する。
私たちの攻撃も互いの防御を貫くことが多くなり、血が混ざった唾を吐き出す私に、カルラも血を吐きながら笑っていた。
「もっと、もっとよ、アリアっ!! そうじゃないと私は殺せないわ!」
打ち合い、蹴り合い、私たちはもう防御もせずに殴り合う。
カルラの一撃が私を打つたびに彼女の心が伝わってくる……。
私の心も伝わっているはずだ。
「……なら、どうして泣いているの?」
カルラは笑いながら泣いていた。私にはその姿が、泣きながら殴りかかってくる幼子のように見えた。
私たちは大人になった。でもそれは魔力で成長しただけで、無理に大人の知識を得ただけの私たちは、親の愛を求めて泣き叫ぶ、どうしようもないただの子どもだった。
私たちは子どもでいられなくなった子どもだ。子どもでいることを諦めた子どもだった、エレーナや……きっとリシアもそうだ。
運命に抗うため、私は生き残るために……カルラは復讐のために戦うことを選び、私は生きるために戦い、カルラは死ぬために戦う。
だから私たちは殴り合う。
互いしか見えなくなったこの世界で、幼い子どものように泣きながら殴り合う。
「私を殺してよ、アリアっ!!」
笑いながら、泣きながら、叫んだカルラの血塗れの拳が私の頬を打つ。
「私と一緒に死んでくれないの……?」
その拳は今までで一番……痛かった。
私も血まみれの拳で殴り返し、吹き飛ばされたカルラが寂しげに笑う。
「意地悪な人ね……」
崩壊する貴族邸の屋根に飛び上がり、魔力を噴き上げて飛び込んできたカルラの蹴りが私の腹を打つ。
「どうしろっていうの?」
銀の光を巻き上げ飛び込んだ私の肘がカルラの額を打つ。
「私にはこれしか残っていなかった」
飛び込んだ私の身体に黒い茨を巻き付けたカルラが、そのまま投げるように地面に叩き付けた。
「これ以外に私が生きていたことを示すことが出来なかった!」
叩き付けられた地面から強引に脚を曲げてカルラを引き寄せた私は、そのままカルラの顔面を蹴り抜く。
「私が生きていればもっと人が死ぬ……」
カルラは血まみれの唾を吐き出しながら、そっと右手を天に掲げ……その夜空に王都の六方向から天に昇る炎が、徐々に纏まりつつある様子が目に映る。
「……【神怒】……物質に物質を重ねる禁忌の行いに対する神の怒り……この魔法が炸裂すれば王都は消える」
あの炎が王都の真上に集まり、カルラが発動ワードを放った瞬間、レベル8の火魔術が王都を焼き尽くす。
あれを止めるにはカルラを殺すしかない。
カルラはそれほどまでに〝死〟を求める。
カルラの力を受ければ分かる。魔術だけじゃない。身体強化も思考加速も、身に付けたあらゆる耐性も、復讐を果たすために常に命を狙われ続けた結果だ。
そして〝最強〟の力を得て復讐を果たした〝最凶〟を誰も放置はできず、カルラが息絶えるまであらゆる生き物の血で大地が染まるだろう。
だからカルラは、狂おしいまでに〝死〟を求めた。
自分を正しくないという者たちの手ではなく〝私〟の手で……。
「……この馬鹿」
私の呟きにカルラの気が一瞬逸れて、大地を砕きながら飛び出した私の膝がカルラの防御を貫き、あばらを数本蹴り砕く。
「〝私〟が! 殺してあげると、言ったっ!!」
こんなことをしなくても、暴走したならいつでも殺してやった。
たとえ私の命に代えてでも……。
「そんなに私が信じられないかっ!」
戦技である鉄の薔薇に戦技を重ねるように、私は無手の両手と両脚を使い、八連を超える【兇刃の舞】を撃ち放つ。
カルラの全身を手刀と蹴りが打ちのめす。その力に耐えきれず私の左腕が折れて、全身から血が噴き上げた。
カルラも複数の骨が折れて血を吐きながら吹き飛んだ。
だがカルラは止まらない。私に対して泣きそうな顔で小さく微笑むと、ボロボロになった身体を茨で操り、全身の黒い茨を纏めて槍のように突き出した。
無謀な戦技を使った今の私にそれを防ぐ術はない。でも、血まみれの右手がわずかに動いて【影収納】の底から取り出したそれで茨の槍を斬り裂いた。
カルラの目が見開かれる。
その深い紫色の瞳に、小さな〝黄金の短剣〟を構えて飛び込む私の姿が映る。
カルラ……
「お前は今日、ここで死ね」
私たちはぶつかり合うように絡み合い、地面に叩き付けられ、カルラに馬乗りになった私はカルラの心臓目がけて黄金の短剣を振り下ろした。
ある意味、この作品らしい泥臭い戦いです。
次回、ついに二人の戦いはどのような結末を迎えるのか。
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『悪魔公女』第一巻の書影を活動報告にて公開しております。
発売日、コミカライズなどの情報もありますので、よろしかったらご覧ください。
凄いですよ!





