252 卒業イベント 『仲間』
「暴徒をただの人間だと思うな! 兵士は一般人を避難させるんだ、急げ!」
「「「はっ!」」」
悪魔の〝唄〟に共鳴した者たちが突然暴れ始め、破壊と火の手が広がる王都に城から騎士団と兵士たちが出陣する。
あきらかに暴徒であり、悪魔の影響を受けた者たちであるが、騎士団は討伐ではなく鎮圧という手段しかとれない。たとえ悪魔の力で〝人〟ではなくなっていようと、市民を守る騎士は市民を殺すことができなかった。
見た目があきらかにバケモノであったり、アンデッドになっていたら話は違ったのだが、悪魔の唄に共鳴したのは教会に通う信心深い者たちであり、たとえ襲われていてもその知り合いや家族は騎士や兵士たちの行動を阻害した。
「やめてください! この人は錯乱しているだけなんです!」
それが悪魔の策略とも気付かずに……。
徐々に火の手が回り始め、夜空を血色に照らし出す。炎を消そうとする衛士と市民を襲う暴徒たち。それを倒そうとする兵士の邪魔をする家族たち。
そんな泥沼に陥り始めた王都の中で、隔絶した〝個の力〟を持つ者たちが激しい死闘を繰り広げていた。
『ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『ぁああああああああああああああああああああああああああああぁあっ!!』
ドゴンッ!!
燃える蟲の巨人と漆黒の獣がぶつかり合い、絡み合った二つの巨体が街並みを破壊しながら、飛び散った燃える蟲が火の手を広げていく。
だが、幸か不幸か、エレーナやアリアが最も警戒していた、人に寄生する蟲の拡散だけは防げていた。
あのカルラがそこまで考えて炎を撒き散らしたのか、理解の範疇を超えているが、燃える街とどちらの被害が深刻かそれはネロが考えることではない。
アリア以外に興味のないネロとて、彼女が住む街を好んで壊したいわけではない。だがネロも、アモルを滅ぼさないかぎり、さらなる被害が生まれることも本能的に理解していた。
――闇――
ネロが咆吼のように顎を開き、竜のブレスの如く闇の粒子をアモルへ叩き付ける。
『ぬごぉあああああああああああああああああああああっ!』
これまでどんな攻撃でも痛痒を感じなかったアモルが苦悶の叫びをあげた。
闇魔術【腐食】と【闇の錐】を昇華させたネロの一撃は、炎の中でも動けていたアモルの再生力を上回るダメージを与え、ついにアモルの表面が崩れ始めた。
だが――
『ィィイキァアアアアアアアァアアアアアアアアアアッ!!』
叫びをあげたアモルの身体に一瞬、白いメイドのような影が重なる。
すると突然、アモルの炎に包まれた身体が引き裂かれるように裏返り、外側を咀嚼するように食らい尽くして、巨大な蚯蚓のような蟲が姿を現した。
すでに肉体が消滅し、魔石の中にわずかに残されていたアモルの魂が、それと同時に消費されていくのを感じながら、ネロは新たな段階へと進化したアモルであったモノを睨むように目を細めた。
全長およそ三十メートル。太さで一メートルを超える巨大蟲は、うねる巨体で周囲の建物を破壊しながら、すり鉢のような無数の牙を剥き出し、ネロを巻き込むように巨大な炎を吐き出した。
***
「……なんだ、ありゃ」
巨大な蟲と幻獣が戦い、街並みが破壊されていく光景を遠くに見たヴィーロが唖然として呟く。
ヴィーロもランク7である属性竜との戦闘経験はある。だが周囲を気にする必要のない砂漠での戦闘は、それが死闘でも冒険者として竜と戦うという、現実離れした高揚感があった。
蟲のバケモノも幻獣クァールも竜には及ばない。だが、見慣れた街並みが破壊され、人々が炎の中に消えていく光景は、凄惨な〝現実〟としての恐怖を感じさせた。
彼ら〝虹色の剣〟は、宰相ベルトからの依頼により王城の警備を依頼されていた。本来ならベルトからの依頼はアリアと同様に王族の警護だったが、彼らの姿があると貴族派を徒らに刺激する事と、被害が出るとすれば会場内に留まらないと王女エレーナが進言したことで〝虹色の剣〟は城の外部に詰めていた。
「ヴィーロとジェーシャは騎士団と暴徒の鎮圧に当たれ! ミラとフェルドは俺に付いてこい! あのデカ物をやるぞ!」
「ええ~~、オレらはこっちかよ!?」
ドルトンの指示に両手斧を構えていたジェーシャが不満を口にする。
対人戦に特化したヴィーロと違い、大きな武器を扱うジェーシャは魔物相手に適している。だが、ダンジョンでのミノタウルス・マーダー戦のように、攻撃力が高い敵の場合は、ランク4のジェーシャやヴィーロでは一撃死の可能性があるからだ。
特に今は、蟲のバケモノと幻獣のネロが戦っている。その間に割り込もうとすれば、通常のパーティー戦闘では予期せぬ被害が出かねないとドルトンは判断した。
ヴィーロたちと同じランク4でもミラを連れていくのは、ミラの魔法攻撃力が高いこともあるが遠隔攻撃が主体であるからだ。それでも危険はあるが百年以上冒険者をしているミラは危機判断力に優れていた。
ネロとも知らない間柄ではない。ネロが自分たちのことを覚えていることを期待して援護に向かおうと決めたその時、その中の一人……フェルドが険しい顔つきでドルトンに声を掛けた。
「……ドルトン。すまないが俺はアリアの援護に行かせてもらう」
フェルドの行動は予定されたものではない。あらかじめ決めていた行動指針では、悪魔が出現した場合、〝虹色の剣〟は、聖女派や悪魔の眷属など、アリアの戦闘を邪魔する者の排除を行うことになっていた。
アリア、カルラ、上級悪魔……。戦闘力5000を超える人外級の戦闘に介入できる人間など、それこそ勇者の伴となる英雄クラスの領域だ。割って入るだけでも命を懸ける必要がある。
それ以上に、アリアがカルラとの決着を望んでいたからだ。
「あいつらの戦いに割り込むのか?」
「そうじゃない」
真意を確かめようとしたドルトンにフェルドは静かに首を振る。
「どんな決着でも、力を示したアリアは他から特別な目で見られるようになる。英雄か怪物か……。だが俺は仲間としてあいつを〝独り〟にするつもりはない」
仲間たちの目を見て話すフェルドに全員がその意味を理解して一瞬沈黙し、その中でアリアと最も付き合いの長いその男が最初に動いた。
「あ~……いいんじゃねぇか? 俺が行ったら死んじまうが、お前なら大丈夫だろ。たぶんな!」
「ヴィーロ……」
ヴィーロがおっさん臭い仕草で自分の肩を叩くと、心底嫌そうにドルトンのほうへ歩き出す。
「あっちは俺たちに任せろ。この期に及んで力の出し惜しみなんてしたら、俺の女にどやされるからな! 絶対後でお前らに酒奢らせるからな!」
「……了解だ、ヴィーロ」
ヴィーロは後方で待機ではなくフェルドの代わりに巨大蟲へ向かうと決めた。それを見たドルトンはニヤリと笑うと、ミラとジェーシャに向き直る。
「そんな覚悟があるなら止めるのは野暮だな。ジェーシャ、お前も戦いたいか!」
「おう!」
「なら決まりだ! 全員命を懸けろ!」
最後にフェルドとドルトンは拳をぶつけ合い、〝虹色の剣〟は各々の戦場へ向けて飛び出した。
***
悪魔の方角へ飛んでいった〝あの女〟を追って、私も夜の街を駆け抜ける。
ドドンッ!
「――っ」
進行方向から響く衝撃音にカルラがまだ戦っていると分かった。
さらに速度を上げて建物の屋根へと駆け上がり、炎と瓦礫を包み込む黒い煙を突き抜けると、そこに会場で見たときと変わらないカルラと悪魔の姿があった。
『ァアクゥマァァアアアアアアアッ!』
先に辿り着いていたあの女が悪魔の下へ向かい、カルラを警戒しながらも悪魔はコレットの顔で慈母の如く微笑んだ。
「どうしました、契約者ドノ。イジメられましたか? 可哀想に……でも、もう泣かなくてもイイですよ」
ドシュッ!
コレットは蟲になった左腕であの女の胸を躊躇なく貫いた。
それが攻撃であるはずもない。あの女は胸を貫かれながらも恍惚の表情を浮かべ、吸収されるように取り込まれると、コレットは蟲でできた左腕の代わりにあの女の上半身を生やした。
『……キィカカカカカカカカカッ』
「コレでずっと一緒ですよ、契約者ドノ」
悪魔の左腕で狂ったように笑うあの女を、コレットは愛おしそうに見つめていた。
契約の対価はリシアの魂でも、悪魔の契約者はあの女だった。リシアにとっては騙されたのかもしれないが、悪魔にとって契約者とは、魂ではなくその意思らしい。
それでも、魔石に封じられた〝記憶〟だけで契約者となれるのか?
単なる記録媒体である魔石を悪魔が契約者として見ているのは、いまだにリシアの魂も縛られているのだと私には思えた。
「お待たせしまシタ?」
あの女を取り込んだコレットが、私とカルラに優雅な仕草で頭を下げる。
「どういたしまして。纏めたほうが処分が楽でしょ?」
煽るようなコレットの言葉にカルラも煽り返す。だが、コレットはカルラが待っていた理由に気付いていた。
「少しは休めまシタ? そろそろアナタたちも、本気出してもイイのですよ?」
ずっと死に掛けていたカルラは体力値が幼児程度しかない。たとえ【加護】で無限の魔力を得たとしても活動限界がある。
カルラが【加護】を使っていないのは、私が魔力を温存したのと同様に少ない体力を温存しているからだと考えていた。
カルラが本気で戦えば悪魔といえども無事では済まなかったはずだ。そうなれば王都の被害はもっと広がっていた。
でも、カルラが加護を使わなかったのは、そんな、彼女らしくない温情とも、単なる温存とも少し違う気がした。
「〝前座〟相手に本気なんて出すはずないでしょ?」
カルラは悪魔が相手でも変わらない。尊大に傲慢に嘲笑う。だがそんなカルラにコレットは三日月のような悪魔の笑みで応えた。
「ヤってみろ」
『キャァハハハハハハ!』
コレットは奇声をあげるあの女の口から瘴気弾を雨のようにばらまいた。
いつでも動けるように警戒していた私は、体術を使って飛び避けるように屋根の上を飛び回り、カルラは宙に浮かんだまま魔力を溜めていた右手を振るう。
「――【大旋風】――」
ゴォオオオオオオオオッ!!
魔力を含んだ巨大な旋風が瘴気弾ごと黒煙を吹き飛ばす。
カルラの強さは加護に頼ったものではない。その精密すぎる魔力操作があるからこそ膨大な魔力を余すことなく扱えるのだ。
その証拠にコレットは旋風に体勢を崩しても、私やカルラ自身はほとんど影響を受けていない。私はその瞬間にナイフを構えて夜空に飛び出し、カルラが左手に溜めていた魔力を解き放とうとした、その瞬間――
『――撃てぇ!!』
聞こえてきたその声にカルラの動きが一瞬止まる。
その一瞬後に、城の方角に見えた数十の人影から無数の【火矢】が放たれ、この場にいた全員に降りそそいだ。
「――【魔盾】――」
私は両手から二枚の魔盾を出して火矢を逸らし、コレットもあの女になった左腕を振るって攻撃を防ぐ。
攻撃魔術を使ったのは誰か? 悪魔や蟲に対しても効果があるとはいえ、これだけ火の手が上がっている街中でまた無差別に火を使うなんて正気?
バサァ!
「…………」
ミスリルで出来たドレスの裾で火矢を払ったカルラは、普段浮かべている笑みを消した、寒気がするような暗い目差しを火矢が放たれた方角へ向ける。
「……ああ、忘れていたわ」
そう言って再び私に目を向けたカルラは、いつもの笑みを浮かべて白銀ドレスの裾を指で摘まむ。
「少々、用ができましたわ。ここは任せるわね、アリア」
そう言って広場のほうへ飛んでいくカルラ。コレットが眉を顰めてそれを追おうとするが、私も顔を顰めたままペンデュラムを振るい、なし崩し的に私と悪魔との戦闘が始まった。
***
「着弾!」
「効果はどうだ、悪魔は!?」
悪魔とその周辺に向けて魔術を放った宮廷魔術師と魔術師団の者たちが、効果を確認しようと目を凝らす。
「報告は簡潔に行え」
そんな部下たちの様子に筆頭宮廷魔術師であるレスター伯爵は顔を顰めながらも、その口元の端がわずかに上がっていた。
低位の攻撃魔術を弾幕に使うのは、安定的な戦果を得る一般的な戦術だ。上位悪魔に対して効果は薄いが、あの場には一撃でも攻撃を受ければ簡単に死にかねない者が確実に存在していた。
王城に悪魔が出現し、王族を守っていたレスター伯爵は、カルラとアリアが戦場を街に移した時点で自ら師団を率いて城から出陣した。
レスター伯爵はこれを良い機会だと捉えた。情報で聞いたランク6だという悪魔は確かに脅威だが、レスター伯爵にとって自分の娘以上の脅威は存在しなかった。
かつて全属性取得の実験に使い捨てた娘は、自力で力を付け、息子たちを殺した。
同じ道具ではあったが息子たちは使える道具として大事に育ててきた。それを使う前に殺され、まだ王太子の婚約者としての使い道があったからこそ怒りを抑えて生かしてやったカルラは、加護を得て実力で父を超えてきた。
いつ牙を剥くか分からないあの娘は危険だった。エルヴァンが失脚した今、生かしておく意味もなくなった。
「悪魔に動きは見えません!」
「よかろう、第二射、斉射準備!」
悪魔側に動きがないのを見てレスター伯爵が次の斉射を命じる。だが、そこに観測班らしき魔術師の中から一人の男が歩み出た。
「ほ、報告があります!」
「……なんだ?」
「悪魔を追っていったご息女も、現地におられる可能性があり、一斉掃射は危険があると思われますっ」
「…………」
部下の報告にレスター伯爵が口元を歪める。
彼は王家が行ったダンジョン攻略に派遣した者の一人で、カルラの顔も知っていた。
レスター伯爵は子飼いの部下である貴族の魔術師をダンジョン攻略へ派遣せず、平民に近い魔術師をダンジョンへ送った。そんな死んでも損害がない者を送ったはずだったが、全員が生きて戻ってきた。
そんないらない部下がせっかくの機会を潰そうとしている。カルラの体力値なら一撃でも直撃すれば死に至る。それを邪魔する発言をした部下にレスター伯爵は無言のまま周囲の部下に手を振った。
「閣下、なにを――」
「――【氷槍】――」
「――!?」
突然、仲間であった者から放たれた氷の槍に腹を貫かれ、男が声もなく崩れ落ちる。氷だったゆえに血が流れることなく、内臓を潰されて苦しみ続ける男を、レスター伯爵とその周囲にいた貴族の魔術師たちが侮蔑の表情で見下ろしていた。
「事が終われば癒やしてやる。それまで死ななければな。第二射、用意!」
彼らの凶行に一般の魔術師たちは怯えたように下を向き、貴族の魔術師たちが倒れた男など気にした様子もなく魔術を唱え始めた、その時――
――轟!!
「なにっ!?」
突如天より放たれた炎が魔術師数名を飲み込んだ。とっさに下がりながら空を見上げたレスター伯爵は月の中に浮かぶ黒髪の少女を見た。
「ごきげんよう、お父様。素敵な夜だと思いません?」
動き出した虹色の剣。
その中で始まる親子の戦い。
次回、『父娘』
因縁の精算……。





