154 黒豹バティル
すみません。一話に収まりませんでした。
(なんだこの小娘はっ!?)
バティルは考える。自分に臆することなく刃を向けるこの人族の女は何者なのかと?
始まりはキルリ商会の番頭が持ってきた依頼だった。
この町を統べる四つの勢力は、牽制しあっていても敵対状態ではない。この町に生きている以上ある程度の妥協は必要であり、それぞれの得意分野で棲み分けてきた。
それ以上に『カルファーン帝国』や『魔族国ダイス』等のこの町を軍事拠点として狙っている輩に隙を見せるわけにはいかなかったからだ。
そんな微妙な力関係の中で、キルリ商会の薬関連を扱う番頭から、若い錬金術師の女とその護衛を捕らえてほしいと依頼された。
キルリ商会でも荒事専門に雇われている連中はいるが、所詮は一般人相手の武力しかなく、その時点でその護衛の力量が、素人である番頭の目からしても異様だったことが窺えた。
ランク5のような本物のバケモノは滅多にお目にかかれないが、ランク4の猛者ならこの人口五万人程度の町にも十数名存在する。
だが、仮に相手がランク5だとしても、たった一人では個であり群であるムンザ会の敵ではない。それでも少なくない被害が出ることを考え大金貨百枚の報酬を吹っかけたがキルリ商会の番頭はそれを了承した。
おそらくその女たちには大金貨百枚以上の価値があるのだろう。これまでも腕のいい旅の錬金術師を拉致して薬漬けにする程度のことはキルリ商会の常套手段だった。
若い女、しかもここでは珍しいメルセニア人の女で見目もいいなら、大金貨数十枚の値は軽く付く。
それならば……奪ってしまえばいい。
もしもその女たちに想定以上の価値があるのなら、片方を人質として薬を作らせ、見目もいいなら最終的にキルリ商会の長老連中に売りつければ、バティル個人と薬部門の番頭が一時的に不仲となっても問題はないと考えた。
それに薬部門の番頭から受けた印象では、女たちに恥をかかされた恨みもあるようなので、逃がさない限りはそれほど印象も悪くならないはずだ。
ムンザ会は裏社会の武力を提供し、キルリ商会は食料や生活必需品を提供する。たかが若頭と番頭の諍い程度で、組織の全面戦争になどなるはずがない。
その女が薬で癒したという子どもの一人を捕らえ、それを人質として女たちを迎えに行かせたが、その護衛らしき女は迎えにやった男の部下を殺し、手足をへし折って真正面から乗り込んできた。
この町でムンザ会に逆らうなど愚かで――胆力のある女だと思った。
それでも所詮は人質を見捨てられない甘い女だ。そう考えたが、ランク2やランク3の手下どもに叩きのめして連れてこいと命じてみれば、わずか数秒で手下たちが逆に殺される結果となった。
危険だな……と即座に理解する。理性のたがが外れた狂犬はムンザ会にもいるが、この女はそれ以上に危険な〝狂戦士〟だと理解した。
二百人もの獣人の群に臆することなく飛び込み、冷酷に、冷徹に、わずかな躊躇もなく敵を殺していく様は、ある種の美しさがあった。
まだ幼いともいえる人族の女がここまで強くなれるのかと、思わず感動すら覚えた。
バティルは思う。
自分に同じことができるのか――と。
桃色の金髪を靡かせる女の実力はランク4の上位で、同じくランク4のバティルよりも総合戦闘力では上だろう。
でも、その差は魔力量の差に過ぎない。魔力が多ければ継続戦闘力が増し、放てる戦技の数も多くなる。だがそれでも、体力や筋力値、耐久値はバティルのほうが上のはずだ。真正面から戦えばバティルのほうが有利に立つ。
バティルは二百人と戦うことはできない。それでも個人の戦いは別だ。
トゥース兄弟を倒した力は不明だが、それでもこの危険な女を無事に帰すわけにはいかない。
百人以上殺されて帰したとあってはバティルの面目は地に落ちるだろう。それ以上に自分から奪おうとする女を、バティルは生かしておけなかった。
このスラムのような町のゴミ溜めで育ち、同じような獣人の浮浪児を集めてバティルは幼い頃からずっと、他者から奪うことで生きてきた。
幾人もの仲間が死に、幾人もの仲間が加わり、力だけでムンザ会若頭の一人とまでなった。
その自分の〝群〟が殺された。たった一人の女に。
もう誰にも奪わせない。地位も群もすべて自分の物だ。
それを奪おうとする敵に、バティルの心中は砂漠に涌くというどす黒い油に火を放ったかのように、尽きることない怒りに燃えた。
「……小娘が、そのはらわた俺が食い千切ってくれるわっ!!」
***
浅黒い肌の黒豹のような印象を抱かせる獣人――ムンザ会若頭の一人バティルがテラスの手摺りを蹴って飛び降りた。
【バティル】【種族:猫種獣人♂】【ランク4】
【魔力値:187/200】【体力値:452/470】
【総合戦闘力:1203(身体強化中:1446)】
浅黒い裸の上半身を日に晒し、両手に魔鉄製らしき黒い手斧を二本構えてゆっくりと近づいてくる。
「殺すぞ、女」
「やってみろ」
ガキィインッ!!!
その瞬間、同時に踏み込んだ私の黒いダガーとバティルの黒い手斧がぶつかり、甲高い音を響かせた。
筋力の差で押される。手首と筋力で受け流し、素早く振るう黒いナイフの刃がもう一つの手斧に阻まれ、すかさず放たれた彼の蹴りを足の裏で蹴り返すように距離を取る。
「うらぁあっ!」
瞬時に飛び出したバティルの斧が迫る。私はそれに合わせて後方回転するように後退しながら腿から引き抜いたナイフを投げ放ち、バティルがそれを躱した刹那、真横から襲うペンデュラムの刃が彼の肩を掠めて、バティルも一旦距離を取った。
やはりステータス面ではバティルの方が上か。
技量は同等。速度は私がやや上だが、それ以外はバティルが上。総合戦闘力では私の方が上だけど、短時間の正面戦闘では私のほうが分が悪い。
それと私は二百人と戦った疲労感が酷い。まぐれ当たりの一撃でも受ければ即座に死が見える戦場で、糸の上を目隠しで綱渡りするような戦いは思ったよりも肉体と精神面に負荷がかかり、ジッとしていても汗が噴き出してくる。
だけど――それでいい。
「!?」
疲憊した身体を引きずるように極限まで無駄を省いた歩法を使い、一瞬で距離を詰めた私にバティルが目を見張る。
掬い上げるような黒いナイフの一撃。瞬時に対応したバティルが体重と重力を味方にして黒い斧をナイフに叩きつけた。
ギンッ!!
一撃の強さに反して響く軽い音にバティルが驚きを見せた瞬間、その反動をそのまま使って私のダガーがバティルを襲う。
「ちっ!」
だが、それでもバティルは退くことなくもう片方の斧を振るってきた。
「――っ」
私もナイフでそれを受け止めるしかできず、受け止めきれずに斧が腕を掠めた。
けれど私のダガーもバティルの肩を抉り、それに構わず血が噴き出したまま振るわれた豪腕を私は四つん這いになるようにして躱し、全身を弓の如くたわめた矢のような蹴りをバティルの足元に放つ。
「はっ!!」
「うらあぁあ!!」
互いに気勢を放ち、バティルの蹴りと私の蹴りが互いの腹を蹴ってお互いを吹き飛ばした。
「……けふ」
「……ちっ」
私は軽く咳き込み、バティルは血混じりの唾を吐き捨てる。
どちらもダメージがあるが、身体強化をしているので戦闘不能になるほどのダメージはない。
同時に構えを取り、今度は相手の隙を窺うようにすり足でジリジリと距離を詰めていく私たちを、生き残りこの場に残った獣人たちが息をすることもできずに見守っていた。
強いな……。私が戦った同じランク4でも、身体能力に頼り切った吸血鬼たちとはひと味違う。
私と師匠の戦闘スタイルは疲弊した状態でも最善の戦闘を行える。極限まで無駄を省き、相手の力さえ利用して必殺の一撃を放つ。
だから相手が幾ら強くても、私が敵を倒せないのは私の練度が低いからだ。
「――ふぅ」
息を吐く。身体に溜まった熱と微かに涌いた焦燥感を息と共に吐き捨て、静かにナイフを構え直した私に何を感じたのか、バティルが何かに押されるように飛び出した。
「うるぁああああっ!!!」
「…………」
鋭い刃閃。触れるだけで灼けつきそうな斧の刃。その刃をナイフで受け流しても筋力の差で私にわずかな傷を作った。
「そのまま死にやがれ!!」
「…………」
まだ足りない。何が足りない? いや、そうじゃない。答えは私の中にある。
豪腕を以て振るわれるバティルの斧。
私はその鋭い刃の腹に手で触れるようにしてわずかに受け流し、刃を押すような反動と歩法を使って半歩だけ横にずれた私の横を斧の刃が擦り抜けた。
「――なっ」
バティルが思わず声を漏らす。
それでもすかさず下から斜めに斬り上げられる斧を、膝で斧の柄を蹴り上げるようにしてわずかに逸らし、蹴り上げた反動すら使い半歩下がって回避する。
疲弊した筋力は極力使わない。これまで習った技と戦場で会得した技術、そして高レベルに鍛え上げたスキルでそれを躱す。
目が魔素の流れを観る。探知が敵の気配を読む。微かに放つ威圧が敵の行動を阻害する。隠密スキルが私の次の動きを隠す。
私の中で何かが嵌まった気がした。
筋力を使わない技と技術のみの応酬。単純で複雑な技のみで攻撃を受け流していく私に、ついにバティルの額に汗が流れはじめ、獣のような叫びをあげた。
「貴様はなんなんだっ!!?」
【アリア(アーリシア)】【種族:人族♀】【ランク4】
【魔力値:213/330】10Up【体力値:103/260】10Up
【筋力:10(14)】【耐久:10(14)】【敏捷:17(24)】【器用:9】
【短剣術Lv.4】【体術Lv.5】1Up【投擲Lv.4】
【弓術Lv.2】【防御Lv.4】【操糸Lv.4】
【光魔法Lv.4】1Up【闇魔法Lv.4】【無属性魔法Lv.4】
【生活魔法×6】【魔力制御Lv.5】【威圧Lv.5】1Up
【隠密Lv.4】【暗視Lv.2】【探知Lv.4】
【毒耐性Lv.3】【異常耐性Lv.2】1Up
【簡易鑑定】
【総合戦闘力:1497(身体強化中:1853)】69Up
私はもっと強くなりたい。
約束を果たすために……。
エレーナの希望を叶えるために。
カルラの望みを……あの子を殺してあげられるようになるまで……。
次回、ムンザ会編 決着。
アリアもついにランク5への階段を登り始めました。





