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第48話 閑話:父の嘆願

「坊やの様子は?」


 シャーロットが亡くなって三日目の朝、憔悴した様子の辺境伯に、ヴェレニーチェは尋ねた。

 彼女は、あれからずっと辺境伯の屋敷に滞在している。

 

「今は眠っています。竜の魔力のせいで、それも浅いですが……」


 あれからアルフレードは泣き叫び続け、体力が尽きると気絶し、体内で暴れる竜の熱に焼かれて飛び起きる。それを延々と繰り返していた。


 シャーロットの葬儀は、屋敷の者のみでひっそりと行った。

 今のアルフレードの状態では、事情を知らない者を呼ぶ事はできなかった。


「……シャーロットは、アルフレードに『守護のための譲渡』を行った()()、襲撃で受けた傷が悪化して亡くなったという事にしよう」


 ヴェレニーチェは、シャーロットの死因を偽造することに決めた。


 命に危険が及ぶ程の魔力譲渡は、国際法で禁止されている。

 シャーロットが行った事は、死後であっても認められることではなく、譲渡されたアルフレード共々、罪を問われる行為だった。


 妻と息子を罪人にしたくない辺境伯は、それを受け入れた。


「ヴェレニーチェ様……ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。ご協力頂き、感謝申し上げます」


 辺境伯は頭を下げようとしたが、ヴェレニーチェはそれを止めた。


「モンテヴェルディ、勘違いするんじゃないよ。私は決して、お前のためにやった訳ではない。むしろ……謝らなければならないのは、私の方だ」


 もちろんヴェレニーチェが、親子が罪に問われる事を憐れに思ったことは確かだ。


 アルフレードの状態は特殊で、竜から魔力を譲渡されたなんて例は今までに聞いたこともない。

 もし公にすれば、国際機関に連行され、アルフレードが研究素材として扱われるだろう事は明白だった。


 だが、ヴェレニーチェが真実を隠すことに決めた一番の理由は、別の所にあった。


「捕縛したヘルヴァは、今回の事件は、私と陛下の指示でやった事だと主張している。もちろん、そんなことは大嘘さ。だが、今の所、状況は最悪でね」


 ヘルヴァは、元々は魔獣と魔力についての研究で成果を挙げていた研究者で、ヴェレニーチェの部下だ。

 彼は数年前から、人々の平和のため、国王直々に『魔獣の凶暴性の抑制方法』について研究するように命じられていた。


 だが事件の知らせがあり、すぐに彼の研究室や屋敷などを徹底的に調べた結果、ヘルヴァは命じられた研究を全く進めず、竜を服従させる方法──()()()()()()()()()()()事が判明した。


「今にして思えば……ヘルヴァにしては研究の進みが遅いし、おかしな点はいくつもあった。だが、あいつとは十年以上の付き合いだし、温和で優秀……善良な奴だと勘違いして、私をはじめ、陛下でさえ、疑うことをしなかった。完全に我々の失態だ。本当に……申し訳なかった」


 ヴェレニーチェは深々と頭を下げた。


「今回の事件を、公にすることはできない。納得できることではないと思うが、全てを秘匿してほしい。幻惑香の存在が世に知れれば、最悪、国が滅ぶ」


 飛竜の飼育が認められているのは、アルジェントが常に過激な宗教国家である隣国の脅威に晒されており、緊急時の戦力が必要なためだ。


 そして、重要なのは、人と共存できる竜が非常に少ないという点だった。

 戦力になりつつ、もしもの場合は自力で制圧が可能な数。


 その絶妙なバランスが、竜を従わせる幻惑香の存在によって、大きく崩れてしまう。

 人道に反しているのはもちろんだが、他国にとって脅威だと感じられれば、戦争になる可能性が高い。


 しかも、ヘルヴァは悪辣なことに、()()()()()()研究を行っていたと主張し、そう思わせるための様々な証拠を偽装していた。


「あの後、追及を逃れようとした親族が、自爆した。全焼したヘルヴァの屋敷から、二人分の遺体と、竜の骨も見つかっている。誘拐の現場にいた共犯者だと、ヘルヴァも認めた。幻惑香の存在もろとも、ヘルヴァは秘密裏に処刑することが決まった。今回の事は、シャーロットの事も、坊やの事も、首謀者の事も、何も公にしないでほしい」


「事件そのものを……隠蔽するということなのですね」


 辺境伯は、失ったものの多さに、そして、それを隠さなければならないことに絶望した。

 これ以上、誰かの責任を追求することも、王を糾弾することも、謀反も許されないと、そういう事だった。


 愛する妻シャーロットも、ヴィーノも、アルフレードの輝かしい未来も失われてしまった。


 ヴィーノは母として、卵の事を、アルフレードの事を守ろうとしただけだろう事は、辺境伯にはわかっていた。

 そのおかげで、血溜まりの中にいたはずのアルフレードに、全く傷が残っていなかった。


 だが、ヴィーノの命懸けの譲渡を愛と呼ぶには、その代償が苛烈すぎた。

 もはやこれは、アルフレードにとっては、呪いでしかなかった。


「……私は……陛下や、貴方様を、決して恨みません。今回の事は全て承知し、これからも、国のために身を粉にして仕える事を誓います」


 辺境伯は暗闇を映す瞳でじっとヴェレニーチェを見つめた。


「その代わり……どうかお願いです。息子を……アルフレードを必ず救うと、竜の呪いを解くと、貴方も私に誓って下さい!」


「ああ、誓おう。必ず救う。何年かかっても」


 ヴェレニーチェが真っ直ぐに目を見て答えると、辺境伯はその場に崩れ落ち、慟哭した。


 幸せの象徴だったモンテヴェルディ家の屋敷中に、悲しみが染み込んだ。






 憔悴したアルフレードが、涙を流すこともできなくなった頃。

 抜け殻のように生気を無くしたアルフレードは、ヴェレニーチェによって王城に連れて行かれた。


 そうして、事件のことを知る国王やヴェレニーチェ、騎士団長である侯爵や、父である辺境伯達は、全ての証拠になりうる、アルフレードの飛竜の呪いの一切を秘匿するという契約魔術を交わした。


 国王は、ヘルヴァの凶行は自分の責任であると深く後悔した。

 あまりに悲惨な状態のアルフレードを哀れに思い、王は契約に一つ条件を付け足した。


「事件について、竜の呪いについては、全てを秘匿する。ただし、アルフレード・モンテヴェルディ自身がそれを打ち明ける場合は、それを咎める事はできない」


 アルフレードが王を、国を恨み、世界からの糾弾を欲するなら、国王は甘んじてそれを受け入れるつもりだった。


 だが、アルフレードは屋敷にいる僅かな者にしか、真相を話すことはしなかった。

 父である辺境伯とも距離を取り、屋敷の奥に閉じ籠り、苦痛に苛まれながら隠れるようにして暮らした。


 アルジェントの領民達には、嘘を広めた。


 金目当てで誘拐されたが、アルフレードはすぐに救出された。

 シャーロットはその際に犯人から深い傷を負い、それが原因でそのまま亡くなった。

 母の死を悲しんだアルフレードは魔力暴走を起こし、屋敷から出る気力を無くした。


 そんな筋書きだった。


 領民達は悲しみに包まれた。

 だが、その悲しみが長く続かないよう、早くに記憶が風化するように、王家が策を巡らせ、また辺境伯も、そうなるように、悲しみを滲ませながらも、平然と振る舞い尽力した。


 こうして、モンテヴェルディ家を襲った事件は、闇に隠されたのだった。



次回から、エレナサイドのお話に戻ります。

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