第20話 お宝探索隊
エレナが辺境伯領に来てから、早いもので三週間が経った。
「今日もよろしくお願いします!」
朝食後、クララと共に玄関ホールに向かうと、ブルーノ、ミア、アデット、ノックスがとても良い笑顔で整列しているのを見て、エレナは苦笑した。
「毎日ありがとうございます……じゃあ、行きましょうか」
「はい。今日は東側から攻めてみようかと思っていますが、宜しいですか?」
ブルーノの問いに頷けば、一行は庭を抜け森の中へ進み始める。
ミアがニコニコしながら声を弾ませた。
「今日もお宝探索楽しみですね」
前を進むブルーノ、ミア、アデット、後ろを歩くクララとノックスに挟まれながら、エレナは思った。
(こんなはずじゃなかったんだけれど……)
ゾロゾロと森を歩いているが、当初の予定ではこうではなかった。
屋敷に来てから三日目、エレナはアルフレードにあるお願いをした。
「──森へ入りたい?」
「はい。草木を眺めるのが好きで──少しでいいので散策したいんです」
嘘ではないが、本当はクララと二人で妖精を探すのが目的だった。
アルフレードは一拍間を置いて了承してくれた。
「わかった。でも森へ行くのは朝にしてほしい。アルジェントは夏近くまでは暮れるのが早いし、明日から私も仕事で一緒には行けないだろうから」
「わかりました。ありがとうございます!」
こうして始まった朝の散策は、最初は本当にクララと二人で行って戻って来た。
初日から妖精が見つかることはなかったが、古くからある森の様子に可能性を感じ、エレナは燃えていた。
「森はどうだった?」
夕方になり、アルジェント城での仕事から帰ってきたアルフレードに、エレナは興奮気味に話した。
「空気が綺麗で、朝の森もとても素敵でした。ニカモアの花も咲いていたんですよ」
アルフレードと隣にいたブルーノは目を丸くした。
「ニカモアの花?」
「はい。図鑑では読んだことがあったのですが、本当に蜜が赤色なのは驚きました。秋に咲く花だと思っていたのですが、春にも咲くんですね」
ブルーノがクララに視線を送ると、彼女は表情を変えず「本当です」とばかりに頷いた。
ニカモアはアルジェント地方で秋に花を咲かせる薬草だ。
だがごく稀に春に咲くものもあり、実は秋のそれよりも薬効が何倍にも高い。アルジェントでは「太陽神の涙」と呼ばれ高値で取引されている。ニカモアの花は非常に小さく、春に咲くサルモアという別の花に良く似ていて、見つけるのは非常に困難なものだった。
「本当に素敵な森で、楽しかったです。明日も行ってきますね!」
それから毎日、エレナはクララと森へ散歩に行き、妖精フーを探した。
人の手が殆ど入らず昔からの姿を残す西の森は、珍しい植物や初めて見る鉱物が多く、単純に散策自体も楽しかった。
「これ、綺麗だったのでお見せしたくて」
「あ、ああ……ありがとう」
エレナは夕食の席で毎日アルフレードに森の話をし、時にはお土産として草花や綺麗な石を持ち帰りアルフレードに渡した。
ただただ散策が楽しくて、アルフレードとブルーノが話を聞きながら驚きの表情を浮かべ目を見合わせているのを、エレナは気付いていなかった。
秘密の妖精探しがおかしな事になってきたのは、少ししてからの事だった。
散策を初めて一週間も過ぎないうちに、ブルーノが言い出した。
「西の森は私が一番詳しいので、ぜひご同行させて下さい」
こっそり妖精を探すため、事情を知っているクララと二人だけで行きたかったが、まだ足を踏み入れていない所にも案内してくれるというので、できるだけ森を歩き回りたいエレナは了承した。
さらに1週間経ってから、ミアとアデットが散策に加わった。
「クララばかりずるいです」
「私もご一緒したいです」
専属侍女の二人の言い分も最もなので、次の日からは五人で行くことになった。
そしてさらに数日後、ノックスが大きな鞄を背負って待ち構えていた。
「お宝探索には、荷物持ちは多い方がいいでしょう」
どういうことかと首を傾げたエレナは、ノックスに説明され目を丸くした。
「エレナ様が見つけてくる物は非常に珍しいものばかりなので、使用人達の間で『お宝探索』と言われて皆が同行したがっています。同行させたくないクララとの攻防戦が毎日すごいんですよ」
「え、お宝?」
「ニカモアの花も、ルルッカの実も、白狼石もそうですし、昨日見つけたと仰っていた樹木茸なんかは、乾燥品が僅かに出回っているくらいのキノコなんです。それを直接採集できるなんて、本当にすごい事なんですよ。私も料理長としてぜひご同行させて下さい」
エレナはそこでようやく、アルフレードとブルーノの様子に思い至った。
(確かに、森の話をしている時、二人はいつも驚いたり困惑したような表情をしていたような……)
エレナは特別なことをしていた自覚が全くなかった。
幼い頃から妖精を探すために領地の森を歩き回り、手掛かりを探すために民話や魔獣の本、植物や鉱石の図鑑や文献も片っ端から読み漁っていたエレナ。魔術師長の研究を手伝うようになってからは、さらに知識が増えた。
知っている物というのは、目に付きやすくなる。
「あ、これ本で見たことがあるわ」
知識では知っていたそれらを実際に見つけたことが嬉しくて、エレナは純粋にただ報告していただけなのだ。
「さ、参りましょうか!」
期待に満ちた笑顔でノックスに言われれば、エレナは申し出を断ることができなかった。
こうして、クララと二人で始めた妖精を探すための朝の散歩は、大人数のお宝探索になってしまったのだった。
エレナは仕方なく、この状態で妖精探しを続けることにした。
「サーリャ! おはよう」
遠くに見えるのは、立ち寄った竜舎に入るなり笑顔で駆け寄るエレナと、喉を鳴らしそれを歓迎するサーリャ、そして少し後ろに離れた所でニコニコと見ているブルーノ。
竜舎の入り口に残った四人は、中の二人と一頭の様子を眺めながら、自然に見えるように笑顔を浮かべつつ声を低くして囁き合った。
「……信じられねえな。サーリャが腹を撫でさせてるぞ」
「ブルーノ様ですら、あれ以上近づけないのに」
「エレナ様以外に飛ばしてる殺気やばいですもんね」
「さすがエレナ様です」
妊娠中の竜は本当に気性が荒い。普段は世話をしたり騎乗しているブルーノですら触るのを嫌がるのだ。エレナは気付いていないが、後ろで微笑むブルーノの首筋には、薄ら冷や汗が伝っていた。
エレナ達の様子に細心の注意を払いながら、ノックスがさらに声を低くした。
「おいクララ。エレナ様は何故あんなに植物や鉱物に詳しいんだ。普通の令嬢ではあり得ない知識量だぞ」
ノックス達が森に同行し始めたのは、純粋にお宝探しがしたいからではない。
魔力量以外は一般的な令嬢だ、とオルフィオから連絡を受けていたにも関わらず、異常な程に珍しい物を見つけてくるエレナを観察するのが目的だった。
「王城で婚約者候補として勉強に励まれた成果かと」
「ふざけんな。あれはそういう範疇を超えてる。今日だって月夜草と月光草を一目で見分けていた。場数を踏んだ薬師だってそんなことできる奴は殆どいないぞ」
ノックスが唸ると、クララは肩を竦めた。
「はあ──魔術師長ですよ。城での講義は殆ど彼女が受け持っていました。エレナ様はもともと自然に興味をお持ちでしたが、魔術師長の研究の手伝いをさせられるうちに、知識が桁違いに増えたんです。古文書を読み解けるのも、瞬時に草花の見分けがつくのもその為でしょう」
魔術師長のおかげで知識が増えたのは本当だが、もともとエレナが妖精を探すために自ら勉強していたことは濁して答えた。
エレナが妖精を探しているのは、クララと魔術師長しか知らない三人だけの秘密だ。
ここでクララが正直に説明すれば、ノックス達からアルフレードの耳に、そこから侯爵の耳にも入るかもしれない。
(アルフレード様はかなり前から何故かエレナ様に執着しているし、話を聞けば絶対に一緒に探すと言って目立ってしまう。妖精探しにモンテヴェルディ家は関係ないのだから、話す必要はないわね)
クララは無難に答えたつもりだったが、思わぬ部分にノックスが反応した。
「研究の手伝いだと──?」
その瞬間、ノックスだけでなくミアとアデットの空気までピリ付いたのを感じ、クララは三人から僅かに距離を取る。
「ただの植物の研究ですよ。何です? 殺気飛ばすのやめて貰っていいですか」
「──すまん。魔術師長とはちょっと色々あってな」
「色々って──」
「お待たせ! そろそろ戻りましょうか」
クララが続きを尋ねようとした時、エレナとブルーノが戻ってきた。
四人は一瞬で殺気を消し去り「そうですね」と笑顔で答えると、竜舎を後にした。




