成仏
「⋯ハッ!」
『ガタンゴトン⋯ガタンゴトン⋯』
特急が通り過ぎる。
「大丈夫?すみれさん」
「⋯うん、大丈夫」
寝転んだ場所からは動いていない。
思惑通りだ。
OLと目を合わせて無意識に前を歩くのなら、
そもそも地面に立たなければいい。
地面に立たせてくるくらいの強制力でも、
霊美ちゃんに抑えてもらえる。
そして、OLの思考を乱すことが出来た。
確実にイチャイチャの効果が出ている。
「続けよう、霊美ちゃん」
「⋯分かったわ、何か策があるのね」
「うん、任せといて⋯あ、そうだ」
霊美ちゃんの耳に顔を近づける。
「意識ない時は、何してもいいからね」
「っ!?」
エロければエロいほど、効果が望めるだろう。
最中に意識がないのが残念だけど。
「もうっ!こんな時にふざけないで⋯いくわよ」
「うん」
霊美ちゃんの顔が近づいてくる。
OLの顔を見る。
目が合う。
行きたくない。
でも行かなきゃ。
寂しい。
会いたい。
「⋯むっ!」
『ぱ』
『ガタンゴトン⋯ガタンゴトン⋯』
キスしている間に起きた。
地面に寝転んでいるせいか髪が乱れ始めている。
「どう?」
「うん、だんだん彼女の意識が置き換わってきた」
「なるほど、
どういうものがに変わっていったのかしら?」
「寂しいとか、会いたいとか」
「じゃあ次は、それを反映するわね」
「うん」
OLの顔を見る。
目が合う。
行きたくない。
寂しい。
会いたい。
皆に会いたい。
抱きしめたい。
撫でたい。
「⋯ハッ!」
『ガタンゴトン⋯ガタンゴトン⋯』
目の前には誰もおらず、天井が見える。
すぐ横で、霊美ちゃんが私の耳の近くに顔を寄せて、頭を撫でてくれていた。
先程から髪が乱れていたのは、
そのせいだったみたいだ。
そういえば、OLも先程の位置から居ない。
「!」
そう思って見回した時、霊美ちゃんの反対側、
私の真隣にOLは座っていた。
彼女の手が私の頭に伸びているように見える。
そして左右に揺らしているようにも。
撫でられてる?。
OLと目が合う。
ありがとう。
私、行くね。
家族を待つ場所は、ここじゃないから。
そう、頭に流れ込んできた。
兄弟姉妹もいないのに、
弟妹達との家族団欒の光景が、一瞬目に浮かぶ。
その白昼夢のうちに、
OLの幽霊は姿を消していた。
「ちゅっ⋯ちゅっ⋯」
霊美ちゃんは今も、
私の頬や頭をすったもんだしてくれている。
そっと健気な彼女の頭を撫で返す。
「!」
「もう大丈夫だよ」
「ッすみれさん!」
『ギュッ』
「おほうおうおう」
仰向けから横向きになるほど引き寄せられ、
今までで一番強く抱きしめられる。
「よかった⋯本当に⋯」
「うん、ありがとう⋯本当に」
しばらく霊美ちゃんの体温を楽しむ。
「そんな所で何してんの?お二人さん」
「「!!」」
すぐさま立ち上がり、
聞き覚えのある声がした方をむく。
そこでは、
依頼主の山中がきょとんとした顔で立っていた。
「あなたこそ、どうしてここに!?」
霊美ちゃんが狼狽する。
それもそのはずで、
山中の自宅待機を思いつき命じたのは、
霊美ちゃんなのだから。
「え⋯ほんまや、なんで駅に?」
おかしな言動だが、これには既に事例がある。
「まさか、また無意識に駅に?」
「うん⋯どうやらそうみたいやわ。
気づいたら目の前にあんたらがおって、
えらいことしとったからついツッこんでもうたわ」
昨日の今日で、
随分と関西弁が朗らかになっている。
いや、寧ろ最初にあった時のやや丁寧な物腰は、
OLに引っ張られたものだった?。
「えっとぉ⋯除霊の方はどない⋯?」
「ええ、完全に除霊しました」
「ホンマに!?」
「そうでしょう?すみれさん」
「うん」
OLは間違いなく、他の霊たちと同じく霧散した。
「そっか⋯そっか⋯ホンマに⋯ありがとう⋯」
お辞儀か脱力か分からない
へたりこみ方をしながら、山中はそう言い続けた。
目の前の心底安堵したような振る舞いは、
先程の自分たちにも重ねられる。
「ここで話すのはなんですし、
場所を変えませんか?」
「うん、お言葉に甘えてそうさしてもらうわ」
丁度よくやってきた各駅停車に、
ゆっくりと乗車する。




