実像の幽霊、心の反射
駅のホームの端に、OLのような人が一人。
顔は見えないが、およそ私のOL像に合致している。
そして、細々としたもやが彼女を
中心として全くいない。
まるで避けているかのように。
「ねえ霊美ちゃん」
「何かしら」
OLを指さす。
「あの人、見える?」
「⋯?誰もいないわよ?」
「⋯私はそこに、見えるんだよね。OLの人」
「!」
気づけたのが幸運なほど、
そこにはっきりとした存在感がある。
よくよく見ると、呼吸のような体の上下や、
身動ぎの一つもない。
背景のように、そこにいる。
「いるのね⋯そこに」
「うん」
二人とも何も言わず、予定していた位置に着く。
「その⋯すみれさんの口ぶりを見るに、
はっきりと幽霊が見えているのかしら?」
「うん、今までになくはっきりと」
霊美ちゃんに聞かなかったら
気づかなかったくらいに。
「では、始めましょうか」
「うん」
リップを塗って、向かい合う。
『はむ』
『ちゅ』
『む』
『ちゅぱ』
幽霊を見る。
特段の変化もなく、身動ぎ一つしない。
「どうかしら」
「なんにも⋯」
これでいいのかという不安感が募る。
「ちょっと見に行っていい?」
「幽霊を?」
「うん」
忍び足で幽霊に近づき、観察する。
肩に垂れる長い髪、少し手入れが行き届いてない。
今の季節に合わないロングコート、
底の厚くないブーツ。
仕事用の手に持つ用の鞄。
少し前に出て、顔を見る。
うん、山中の言っていた通りの、憂鬱そうな美人。
幽霊だからか血の気の引いた顔。
焦点の合わない目をしている。
でもどこか吸い込まれるような⋯。
あ、今、目があった。
行きたくない。
でも行かなきゃ。
行きたくない。
「⋯!」
「⋯さん!」
「すみれさん!」
「ハッ!」
『ガタンゴトン⋯ガタンゴトン⋯』
眠りから覚めたように、頭が冴えてくる。
特急が目の前数センチを横切っている。
「はぁ⋯よかった⋯」
霊美ちゃんがへたり込んでいる。
「まさか⋯私⋯」
「ええ、急に立ち尽くして、
特急が来た時に足を出して⋯本当にびっくりして⋯
何とか引っ張って止めることができたわ⋯」
「そ、そっか⋯そうなんだ⋯」
その事実を受け止め始めた時、
体から力が抜けて地面に座り込んだ。
「本当に⋯よかっだ⋯」
霊美ちゃんの目から涙が零れ始める。
「ありがとう⋯ぐすん」
つられて涙が出てきた。
ひとしきり泣いた後、元の位置に戻る。
「スン⋯幽霊の様子はどうかしら」
「えっと⋯特に変わってない、
でもさっきの状態になって、
分かったことがあったの」
「何かしら」
「幽霊が死んだ原因。すっごい社畜で、
早くに家を出たけど駅で
ギリギリまで行くか行かないか葛藤してたの、
それに頭がいっぱいになって、
特急の通過のアナウンスで間違えて
足を踏み出したみたい」
「そう⋯なのね、さぞ世を恨んでいることでしょう」
「あるいは、死んだことに気づかずに
ずっと生前と同じことを繰り返してるか」
自分の勘では、その説が大きい。
今までの恨みがありそうだった霊たちとは、
見え方が違うから。
だからこそ堂々巡りの思いが、
私たちに敵意よりも共感を
もたらしたのかもしれない。
「うん⋯で、今までの幽霊たちは、
私たちをを見て聞いてくれていたから、
除霊できてたんだと思う。その点、
彼女はこっちを見ていないし、多分音も届いてない」
さっきの私みたいに。
「だとすると、
私達の出る幕ではなくなってくるわね」
「そうだろうね、でも時間が無いし、
やるだけやりたいと思うの」
OLは今は黄色い線の
内側50センチほどに立っている。
その幅でどうやって彼女の視界内に入り、
イチャイチャするか。
⋯こうするしか思いつかない。
目視で定めた50センチの幅に寝転ぶ。
コンクリートが冷たい。
「すみれさん!?」
霊美ちゃんが驚くのも無理はない。
唐突に恋人が駅にホームに寝転んだのだから。
「来て、霊美ちゃん」
「来てって⋯え!?」
霊美ちゃんの腕を引っ張って寝転ばせる。
「上に乗っかって」
「え、ええ⋯」
「この状態でキスして」
「ええ!?」
『クイ』
「んむ」
そしてOLの顔を見る。
案の定目が合う。
行きたくない。
でも行かなきゃ。
行きたくない。
寂しい。




