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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第31話 八咫姫

 ダンジョンイーターへ踏み込み――つんのめる。両手を突き、跳び上がる。


「冷てぇ」


 地面が凍っていた。《アイスリンク》か。

 逆さまになった視界。氷の槍が地面に突き刺さる。俺の《アイシクルランス》よりも一回りは大きいか。分かっていたつもりだが、かなりの水魔法の使い手だ。

 背中を押される感覚があった。《魔力感知》が《魔力》を圧力として伝える。圧力が増す。迫ってきている。《エアハンマー》の発動――思い止まる。逃れようとした方向に《魔力》の高まりを感じた。薄らと霧が出ている。ミスト系の魔法の予兆だ。

 風を受け、その場で回転。《エアライド》に着地。


「誘ってるのか」

 

 十本近い氷の槍が飛来してきていた。しかし、露骨に弾幕が薄い部分があった。

 霧が発生している箇所だ。


「一本釣りの次は追い込み漁かよ。蜘蛛のクセに。なら、網を破るまで」


 《エアハンマー》で霧に穴を開ける。《瞬動》で開いた穴を一気に抜ける。


「ゲッ。ピリピリする」


 霧に触れていないはずだと言うのに。

 

「《麻痺》なんてそうそう入るもんじゃないんだが」


 《アイシクルランス》でも喰らうのは危険らしい。あれは確率で《鈍足》の状態異常に掛かる。だが、この分だと確率を無視して、問答無用で《鈍足》になるだろう。水魔法には状態異常の持続時間を伸ばす《バッドタイム》、状態異常の効果を上げる《バッドトリップ》の魔法がある。《鈍足》がどんどん強化されたら、いずれ避けきれなくなる。


「ったく。いやらしい魔法が多いんだよ、水魔法は」


 俺はあまり水魔法を使わない。しかし、それは水魔法が弱いことを意味しない。

 補助的な魔法が多いため、格上と戦う時には重宝する。弱体化させ、倒す。常道だ。

 だが、この手はプレイヤーのパーティーには通用しない。状態異常を入れても、神官に解除されてしまうからだ。そのため俺の《水魔法》スキルは伸びておらず、結果として益々水魔法が遠ざかった。

 《鈍足》を入れたいのであれば、風魔法の《グレイシアバースト》があるし、動きを止めたいのであれば、土魔法の《アースバインド》がある。代用できない《クリエイトウォーター》や、《プリズムリフレクション》をたまに使うくらいか。

 シュシュがいればな。

 《闇の帳》で魔法を喰らうことができれば、かなり楽に戦うことができただろう。

 

「俺が《魔力》を切れれば……」


 親父の魔法を潰したあの斬撃だ。

 しかし、あれが成功したのは《未来視》の助けがあったからだ。できないことはない。だが、確実に成功できなければ、実戦では危なくて使えない。


「ないものねだりしても仕方がないか」


 氷の槍は身を捻ってかわし、霧は風で散らしながら進む。俺の行く先々で地面が凍って行く。《アイスリンク》だ。凍った地面を見下ろし、神罰騎士団じゃ勝てなかったな、と思う。実質、魔法は封じられているのに、いざ近づけば踏ん張りの効かない地面だ。


「どうやら俺はお前の天敵らしい」


 空を自由自在に飛べ、かつ、近接戦闘ができる。

 そんなことができるのは俺だけだろう。

 柱のような脚をすり抜け、ダンジョンイーターの背中に着地。


「《終の太刀(ついのたち)》」


 初手から抜刀術の奥義で入る。背中が大きく切り裂かれた。地面が傾く。ダンジョンイーターが跳んだのだ。柱で俺を押し潰すつもりらしい。

 ふぅん。背中に脚は届かないとは思ったが、魔法も発動できないみたいだな。魔法は視線が通らない場所には使い辛い。正面に回らなきゃ魔法は受けずに済むか。

 八咫姫を鞘に納め、両手を傷口に突っ込む。《チャクラ》と《魔力循環》を同時に発動。ベクトルの違うバフを一つへまとめ上げる。《煌氣法》。爆発的にステータスを強化するバフを、破壊の力へ変え、掌から押し出す。


「《煌氣衝》!」


 黄金の光が溢れ……消えた時には等身大の空間ができていた。衝撃。抉った空間に退避しており、俺が柱で潰されることはなかった。


「死脈の如き顎門。知恵持たり、等し並みなり――」


 フェルニゲシュを取り出し、詠唱する。

 流石に体内から魔法を放てば、反射することもできねぇだろ。


「――我は鱗を持たぬ竜。灼熱の息吹を写さん」

 

 赤い閃光がダンジョンイーターの内部を焼く。内臓の見えるグロテスクな通路が開通した。

 右手に八咫姫を、左手にフェルニゲシュを持つ。八咫姫を突き立てながら、異臭漂う通路を駆け抜ける。


「闇を祓いて、鉄を鍛えたり。されど真髄は変わらじ――」


 ……えッ!?

 目を疑った。通路が狭まったのだ。尋常ではない再生速度。バグってるのは経験値だけじゃないってか。間に合うか? 魔物の体内に閉じ込められるなんて御免だぞ。焦りつつも俺の口は淡々と詠唱を紡ぐ。


「火よ、原初の姿を取り戻せ」


 小さな火を残し、通路から脱する。

 通路が閉じようとした瞬間、僅かな隙間から炎が噴き出す。体内に取り込んだ《イグニス・プロモディアルス》が、敵を焼き尽くさんと狼煙を上げたのだ。瞬く間に炎がダンジョンイーターを包み込む。キシャァァ、と悲鳴が上がる。蜘蛛なのに声帯があるのかよ。

 

「油断し過ぎだ」


 ダンジョンイーターは生物として強すぎる。

 敵と出会ったことがなかったのかも知れない。

 フェルニゲシュを仕舞い、地面を滑る。滑走を楽しむように、炎でできた影が揺れる。本当によく滑る。とはいえ、凹凸はある。それに足を引っ掛け、俺は前のめりに跳ぶ。


「《バニッシュメント》」


 遠心力を乗せた一撃で脚先を叩き斬る。脚先と言っても俺の身長ほどはある。

 切り取った脚先を《エアシュート》で飛ばす。突き刺さる。が、すぐに抜けた。凄い再生能力……ハッ、とその場を退く。脚が地面を穿つ。斬った脚が再生していた。


「……なんつー再生能力してんだよ」


 《イグニス・プロモディアルス》の炎は消えていた。

 しかし、ダンジョンイーターにダメージの痕跡はない。

 

「単体火力じゃ最強クラスの魔法だったんだが……」

 

 クソ使い辛い魔法を頑張って当てたのに無傷だと言うのはショックがデカい。

 いや、無傷とも限らないのか。

 《生命力》は減ってるはず。

 そう思いたい。

 まさか、境界門から《魔力》の供給が行われる限り、不死身なのでは――


「おう、怒ったか」


 氷の槍が飛んできた。

 ひょい、と避け、


「《フネラルブレイド》」


 地面から生まれた刃がダンジョンイーターの腹を斬り付ける。

 土中の鉄分を集め、葬送の刃を生み出す。それが土魔法、第五階梯フネラルブレイド。無から炎を生み出すのは、「ああ、魔法だな」と納得することができる。だが、《フネラルブレイド》は鉄分を集め、と設定が理屈っぽいので微妙な気分になる。絶対に土中の鉄分だけであんな刃は作り出せない。


「……ああ、ダメか。まぁ、そうだよな」


 ゲーム的な感覚で水魔法を使うのだから、土魔法が弱点ではないかと思ったのだが。

 ダンジョンイーターが網を吐いた。口内で結んだと言うのか。器用な真似を。《ファイアボール》で燃やす。炎上する網が絡むのも厭わず、《瞬動》でダンジョンイーターへ跳ぶ。頭を《虎影脚》で蹴り上げ、顎下に潜り込む。《スラッシュ》。振り切った勢いで、腰を捻って《烈風脚》。風を纏う蹴りが傷口を抉る。八咫姫を鞘に納め、両手で傷口に瓶を押し込める。《エアライド》で駆け上がり、ダンジョンイーターの頭に立つ。

 

 ――三。


 右手が光り出す。気息を整え、腰を落とす。


 ――二。


 光が強まる。このアーツは溜めるほどに威力が増す。ただし、溜めている最中は動くことができない。《イグニス・プロモディアルス》といい、滅多に使えないスキルを使えるな、と笑う。


 ――一。


「《冥獄殺》」


 命のやり取りの最中に、ただ佇むのが如何に難しいか。僅か三秒足らず。取りも直さず死が隣にいた時間である。千載一遇の好機を逃した愚者に、お前が死線を超える番だと拳が輝く。突く。考えた瞬間、突き終っていた。俺の身体はアーツの補正により、自身でも認識できない速度で動いていた。これぞ拳闘士の奥義、《冥獄殺》。

 ダンジョンイーターの頭が爆散した。

 攻撃は上下から行われた。

 上は言わずがな、《冥獄殺》だ。下は攻撃アイテムである。傷口に仕込んだ瓶、あれが攻撃アイテムだった。何度か再生を見たおかげで、再生の速度は推測できた。再生によって瓶が取り込まれれば、圧力でアイテムが効果を発揮する。そのタイミングに合わせ、《冥獄殺》を放ったというワケだ。

 燃えた蜘蛛の網を払いながら、ダンジョンイーターを注視する。

 死んだか?

 答えは――


「……頭を潰しても死なねぇのかよ」


 ダンジョンイーターが動き出していた。

 頭が再生し切っていないのに、柱や壁を飛び跳ね、立体的な軌道で俺を振り落とそうとしてくる。それだけならサクサクと八咫姫で突きつつ、暴れ馬に乗っていられた。だが、八つある目の一つが復活した途端、《パラライズミスト》を使ってきた。そして、霧に向かって跳躍したのである。


「チィッ」


 飛び降りる。インベントリから取り出した剣を《エアシュート》で射出。柱に突き立て、足場とする。ダンジョンイーターを見下ろしながら魔力回復薬を飲む。《パラライズミスト》で《麻痺》してくれたら楽なのだが……儚い希望だったか。ダンジョンイーターが跳びかかってきた。あの質量を受け止めるのは骨が折れる。かわす。背後へ抜ける。肩越しに振り返ると、俺がいた柱が根元から崩れていた。


「……なんだ?」


 なぜか、ダンジョンイーターを見ていると心がざわめく。

 頭を再生させながらダンジョンイーターが突貫してくる。目に視線が吸い寄せられる。何か。何かが変わっていた。だが、見極める暇はなく、俺は八咫姫を構える。

 脚の振り下ろし。

 サイドステップでかわし、斬り付け――


「………………は?」


 八咫姫が砕け散った(・・・・・・・・・)


***

 

 嘘だろ。

 え?

 八咫姫が。

 砕けた?

 これまでも。これからも。

 一緒に戦う相棒が。

 壊れた。

 は?

 信じられない。信じたくない。

 だって、おかしい。

 《耐久度》は残ってたはずじゃねぇか。

 そうだ。《鑑定》だ。

 《鑑定》……《鑑定》を……どれを《鑑定》すれば……?

 無事なのは鞘だけ。

 刀身は粉々なのだ。

 壊れている。間違いなく。


 ――動揺が魔法の手綱を緩める。《エアライド》が解除される。頭から落ちる。


 痛い。

 クソッタレ。

 夢じゃねぇのかよ。


 ――柱が降ってくる。脚だ。見る見る大きくなる。


 俺はここで死ぬのか。

 避ける気にもなれない。


 ――脚は俺の真横に突き刺さる。凍った土砂が俺を打ち据える。吹き飛ばされる。デコボコの凍土が顔を抉る。氷は土の味がした。ペッと吐き出す。残ったのは血の味。


 俺を嬲る気なのか。

 一思いに殺して欲しい。


 ――再び衝撃。まるでお手玉だ。俺の通った後に赤い線が引かれる。


 拳を開く。

 黒い石があった。

 いつの間にか握り込んでいた。

 八咫姫の核だ。

 失敗しちゃった。

 しきりにそう言っていた。


 ――氷の槍が迫る。風を操り、地面を滑る。そう、かわしたのだ。右へ、左へ。氷の槍はその大きさ、速度を増しているが、俺を捉えられない。絶望に沈もうとも、身体は生存に足掻く。ダンジョンイーターに俺を嬲る気などなかった。俺が避けていたのだ。


 うるせぇ、八咫姫。

 少し黙れ。

 謝罪なんて聞きたくねぇ。

 いいか。

 失敗したのは俺だ。

 刃筋を立てるのを失敗した。

 だから、責任は取る(・・・・・)


 ――身体をスピンさせ、立ち上がる。赤く光る(・・・・)八つの目が睥睨していた。


 ダンジョンイーターの目の色は覚えていない。

 だが、赤くはなかった。魔族化しているのだ。しかも、魔王に至っている。


「……最悪な気分をありがとうよ。勝ち誇ってんじゃねぇぞ、クソが!」


 《煌氣法》を発動させ、跳ぶ。馬鹿みたいに力が溢れてくる。怒りでスキルの制御が甘くなっている。蹴り上げ。ボンッ。ダンジョンイーターの頭の一部が吹き飛ぶ。足を引き戻し、踵落とし。目が二つ弾け飛んだ。回し蹴り。正拳突き。手足が光っている。アーツが発動しているのだ。だが、そんな意識はなく、ただ苛立ちをぶつける。

 最後だけは意図的にアーツを発動し、ダンジョンイーターをぶっ飛ばす。


「《砲天響》!」


 思うに。魔法はもっと自由なものだ。スキルという枠組みがあるから絶対だと勘違いする。現代に普及している《生活魔法》は、プレイヤーが作り上げた魔法が、スキルとして汎用化されたものらしい。魔法があってスキルがあるのではない。その逆だ。

 だから、できるはずだ。

 八咫姫の核を飲み込む。


「葬送の刃よ。死の抱擁を!」


 《フネラルブレイド》の魔法を改竄(・・)する。

 土中にしか発動できない条件を撤廃。

 俺の身体に発動させる。

 さぁ、好きなだけ喰らえ、俺の血と肉を。

 黒い何かが腹を突き破り姿を現す。刀の切っ先だ。


「オオオオオォォッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 切っ先を掴み、強引に引き出す。

 着地と同時にしゃがみ込む。暴発気味の《煌氣法》で《生命力》が落ち込んだ上に切腹だ。無理を重ね過ぎたか。回復薬を取り出すと、腹にかけて傷を塞ぐ。苦笑する俺の横には黒光りする刀が刺さっていた。八咫姫と寸分変わらない形状だ。柄まで再現されているのだから、魔法が如何に不確かなものか分かる。《クリエイトウォーター》で血肉を洗い流すと、全く同じに見えた八咫姫の相違点に気付く。刃と峰の間にある鎬が赤く染まり、一本の赤線を成していた。

 土壇場で進化したらしい。

 俺は使い手の成長で武具が進化するのだと思っていた。

 だが、ゴルドバの考えていた通り、血肉を啜って武具は進化するようだ。

 口の端を持ち上げながら、柄を取る。


「……これからもよろしくね、ママ? 復活早々飛ばしてくれるじゃねぇか」


 普段は俺の女房を気取っているくせに、俺が腹を痛めた途端母親呼ばわりだ。

 いいね。

 それでこそ、俺の相棒だ。

 身体が鉛のように重い。

 だが、頭はクリアだった。

 どうやら俺は《萎縮》していたらしい。


「ノェンデッドは茶々の入れ方が上手い」

 

 八つも目が赤くなれば、俺だって魔族化に気付く。だから、頭が再生しきっていないタイミングで《穢れ》を撒いたのだろう。柱に飛び移る際、ダンジョンイーターから目を離した。あの時だ。直後、ダンジョンイーターを見て不安が掻き立てられた。あれは見る人を《萎縮》させる《魔王の威風》の発露だったのだ。八咫姫が砕け、心が弱った隙間に、スキルはぬるりと滑り込んできたのだ。魔族化するとステータスが上がる。そりゃ、同じタイミングで刀を振るえば、刃筋を立てるのに失敗するさ。

 回復薬を飲んでいるとダンジョンイーターが戻ってきた。

 最前のダメージは影も形もない。

 だが、


「好都合だ。鬱憤晴らしに付き合え」


 俺は笑った。

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