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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
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第24話 転移の標

「全部、お前のせいじゃねぇか!」


 万感の思いを込めて非難する。が、ロイはそうだ、と悪びれていない。


「……ああ、クソ。警戒してた俺がバカみてぇだ」


 頭をガシガシと掻く。事情次第では七大神と一戦を交える覚悟だったのだ。セティ達にテンカを追わせたのも、巻き込まないためだ。パストロイは力の大半を天界に捨てたと言う。万全の備えで挑めば勝てると踏んでいたが、積極的に戦いたい相手ではない。

 ロイはからからと笑う。

 

「俺がお前達を害する気だったなら、怖くて出て来れるはずがないだろう、黒衣の死神。お前の顔を見た途端に、一目散に逃げだしていたさ。神罰騎士団のプレイヤーがそうだったようにな。なに、俺は後始末をしたいだけだ。お前が居合わせてくれて助かった。《ドラゴンホーン》では最深部まで辿り着けないと思っていた」

「残りの討伐隊を置いてきた本当の理由はそれか」

「そうだ。足手纏いになる。ところでオウリ――」


 なんだ、と聞き返すより早く、紫煙を顔に吹き付けられた。煙い。風で煙を散らすと、ロイの姿が見えない。忽然と消えた。


「腐っても空間を司る神だぞ。これぐらいの芸当はできる」

 

 ロイは転移門の前に移動していた。

 空間転移か。

 俺が八咫姫に手を伸ばすと、ロイは降参だと両手を上げる。

 

「待て待て、喧嘩っ早いな。久我もそうだった。俺がからかうと、すぐに手を出す。ここまで来たのなら、俺はいない方がいい。オウリはパストロイの加護をどうやって受けた?」


 慌てた様子のロイに気勢を削がれ、八咫姫から手を放す。


「古ぼけた祭壇で神の血ってのを飲んだ。ワインだったけどな」

「美味かっただろう? ワインには一家言あってな。味を再現するのに苦労した。それは余談か。この世界で神の血は文字通りパストロイの血、即ち俺の血を指す。変異体が転移門を使えたのも、俺の血を飲んだからだ。俺がここで血を流せばその血を啜り、変異体はパストロイの加護を得る。これ以上、変異体に加護持ちが増えるのは避けたい」

「知るかよ。増えたところで高が知れてる」


 《ネームレス》だけでも問題はないと思う。

 しかし、元凶が逃げ出すのは釈然としない。

 そうかな、とロイが笑う。


「俺は最深部から逃げる際、80階から60階に転移した。生きるか死ぬかの瀬戸際だったのでな。追ってきた変異体を全滅させることはできなかった。だが、誓ってもいい。俺を追ってきた変異体は、あんなに多くはなかった。60階と80階を転位で往復することで、加護持ちの変異体が仲間を呼び込んだのだろう」

「変異体って言っても所詮魔物だろ。そこまで知恵が回るのものなのか」

「動物だって一度引っかかった罠には警戒する。転移門に触れれば違う場所へ行けると学習したのだろう」


 それはそうだろうが。まだ、何か隠してないか。

 ロイの言った手順で変異体が仲間を増やしたのは事実だろう。だが、60階の転移門はヘルゲやナジェンダが抑えているのだ。行き来は不可能。加護持ちの変異体が増えたとしても、喫緊の問題になるとは思えない。

 これ、60階の変異体を全滅させりゃ、いいんじゃないのか。80階に加護持ちの変異体が何体いたところで、一度触れた転移門にしか転移できないんだし。

 ん? もっと簡単な方法があるか。


「転移門の機能を停止すればいい。そうすりゃ、変異体を閉じ込められる」


 それに変異体の絶滅も狙える。

 魔物は実のところ小食だったりする。だが、異世界の魔物だからか。変異体はやけに食欲旺盛だ。ロイは61階以降の《魔力》を、《境界門》の発動に回しているらしい。《魔力》がなくては迷宮の魔物は生まれない。変異体は互いに喰らいあうしかないのだ。

 俺がそういうとロイは渋面になった。


「俺も最初はそう考えていた。60階までの変異体を掃除して、転移門を停止させればいいと。だが、俺は……ノェンデッドに見張られているようでな。転移門開閉の手順を盗まれるわけにはいかん。少なくとも俺が《境界門》を閉じるまでは。《境界門》を閉じない限り、延々と変異体は増え続ける。昨日の会議で俺が席を外したのを覚えているか。あれは転移門の設定を正していたんだよ。どうも、ノェンデッドに設定を弄られていたようでな。行ったことのない階にも行けるようになっていた」

「……空間の神がなに出し抜かれてるんだよ」


 加護持ちの変異体を増やしたくない理由はコレか。

 ノェンデッドが設定を弄れば、変異体は地上まで一気に行けるのだ。

 それだけでもないだろうが。


「ノェンデッドがやらかさないか、見張るために残りたいのか。それならそう言えよ」

「袂を分かったが……仲間だったからな。言い出しづらかった。俺は力の大半を天界に残して来た。転移門にアクセスできる端末が、天界に残されているようなものだ。ノェンデッドは専任のオペレーターではないが、設定を弄るぐらいならばできるらしい」


 チッ。これがロイの我儘だったらな。いくらでも文句を言えたのに。

 だが、そういう事情なら、別行動を認めるしかない。

 そもそも転移門を使わずとも、地上へ向かうことはできる。他ならぬ俺が証明したことだ。ましてや、ノェンデッドが噛んでいる。ここで変異体を叩いておかないと後が怖い。

 俺達だけで最深部に行くしかないだろう。

 変異体を放置して、鋼国が滅ぶのも嫌だし。

 しかし、思いを笑顔に隠し、言う。


「ロイの事情は理解した。だが、ただ働きは御免だね」

「くくく。冒険者はそうでないとな。報酬がなかったとしても、お前は勝手に動くのだろうが……いいだろう。俺もオウリに借りを作りたくない。受け取れ」


 そう言って渡されたのは三角と四角の石である。魔法陣が刻まれている。《鑑定》すると転移の楔と転移の(しるべ)と出た。三角が転移の楔で、四角が転移の標だ。転移の標は一つだが、楔の方は三つあった。


「転移の楔がある場所に転移の標で転移する。転移できるのは一日一回だけだ。転移する者に触れていれば、一緒に転移させることができるが、転移させる質量に応じて《魔力》を消費する。下手な者が使うと《魔力》切れで死ぬ恐れがある」

「おっかねぇな」

「ゲームマスターのアイテムだからな。まともな調整がされていないのさ」

「これ、ヤーズヴァルもイケるのか? 凶悪なツラをしてるが、寂しがり屋なんでね。一緒に連れて行ってやらないと泣くんだわ」

「オウリの《魔力》ならば余裕だろう。アリシアは危険といったところだな」

「へぇ。意外と消費《魔力》が少ない」

「転移の標を使うと念じてみろ。候補が浮かぶはずだ」

 

 試しに念じてみる。転移の楔の周辺が俯瞰した映像で浮かぶ。映像は数秒で消えた。覗き見には使えないらしい。いや、使う気はない。むしろ、使われる可能性が……うん、俺が責任を持って管理しよう。


「そうだ。ヤーズヴァルに一つ渡しておいてくれ」


 転移の楔をロイに投げる。「退路の確保か」と転移の楔を、ロイはポケットにしまった。


「俺は転移門から長い時間離れられん。それでもいいか?」

「安全な場所にいてくれるならそれでも」

「最後に忠告しておこう。仲間割れはするな。転移させられるのは味方だけだ。害意のある者は転移させられない。魔物の群れに取り残されるテンカは見たくない」

「それはテンカに言ってくれ」


 転移の標と楔をインベントリに仕舞う。制限を差し引いても便利なアイテムを貰った。

 報酬として申し分ない。

 

「いいぜ、契約成立だ。変異体を掃除しても釣りが出る」

「釣りは出ないだろうな。むしろ、足が出るかも知れん」


 少し待て、と言い残し、ロイは転移門に消えた。

 暫くして、戻って来たのは、


「…………ここは……迷宮なのかしら?」


 ロイだけではなかった。なぜか、ラウニレーヤもいた。

 

「……おい、ロイ。どういうことだ?」

「ラウニレーヤを鍛えてくれ。足が出た分はいずれ」

「待てッ!」


 踵を返すロイに手を伸ばすが、するりとかわされてしまう。人を食ったような笑みを浮かべ、ロイは転移門に消えた。やられた。ラウニレーヤを一人残し、ロイを追いかけるわけにもいかない。


「……ここは何階なのかしら?」

「……80階だよ」

「……ここが」


 ラウニレーヤは感慨深げであった。ソシエの奈落が100階まであったと言うことを、それとなく王族には伝えられていたのだろう。


「…………ここは危険だ。戻れ」

「ちょ、ちょっと……なにをするの!」


 ラウニレーヤを引きずり、転移門を潜る。


「……どこだ?」


 ラウニレーヤを返すことで頭が一杯で、特に階層を指定しなかったからか。知らない場所に出た。雰囲気は教会だ。絨毯を挟んで左右に長椅子が並ぶ。

 

「祈りの間よ。いい加減放して。痛いの」


 我知らず、力を込めていたのだろう。ラウニレーヤに手を振り払われた。


「こんな場所、迷宮にあったか」

「迷宮じゃないわ。王族の屋敷よ。女王ハーチェの無事を家臣はこの場所で祈っていた。だから、祈りの間」

「……へぇ」


 気のない返事を返すと、俺は転移門に飛び込む。ラウニレーヤが叫んでいたが、知ったことではない。ラウニレーヤのお守は契約に含まれていない。これで厄介事を置いてこれた……らいいんだけどな。嫌な予感が消えない。予想通り、転移門が起動し、肩を怒らせたラウニレーヤが……あれ、ロイがいないな。てっきり、俺が折れるまでロイがラウニレーヤを寄越すのだと思っていた。なんでラウニレーヤが一人で転移できるんだ?


「わたしはパストロイの血を引いているの。だから、追い返そうとしても無駄よ」

「はっ? パストロイの?」

「ロイよ。ロイはオウリに正体がバレたって笑っていたけれど聞いてないのかしら?」

「……いや、分かった。全部、分かった。“影の伴侶”がロイか」


 ……道理でロイが鋼国の安全に拘るはずだ。

 自分の仕出かしたことの後始末をしたい。

 ロイはそういった。

 殊勝な心掛けではある。

 しかし、本当かよ、と穿って見てしまう気持ちもあった。ロイになんのメリットもなかったからである。強いて言えば自己満足が満たされるぐらいか。

 だが、疑念は完全に払拭された。

 子孫を守りたい。それは立派なメリットだ。

 ソシエの奈落が通常の迷宮と違うのも納得である。妻、女王ハーチェのために、せっせと住みやすくしたのだろう。

 ラウニレーヤを鍛えろというのも逞しく育てという親心か。《ネームレス》は世界屈指のパーティーだ。そんなパーティーに護衛されつつ、レベルを上げる機会はそうない。


「……説得される気はないか、ラウニレーヤ。迷宮に入っていいのは討伐隊だけだぞ」

「わたしも討伐隊に参加するに決まっているでしょう?」


 だよな、と思いつつも、俺は説得を続ける。


「王女が討伐隊に参加したらダメだろ。メリオがハゲたらどうするんだよ」

「そう思って一度は自重したわ。でも、今回は大義名分があるの。こんなチャンス逃せないわ。迷宮の管理者として全貌を確かめないとね。ロイに誑かされて良かったわ」

「……ちなみになんて誑かされたんだ?」

「冒険したくないか、って」

「……それに乗る王女も王女だ」

「気が付いたのよ。祈って待つだけなのは性に合わないって」


 お手上げだ。

 しかし、ロイはやけにラウニレーヤを煽るのが上手い。

 直接会ったことのあるセティはハーチェをお転婆だと言っていた。

 ハーチェとラウニレーヤは似ているのかも知れない。

第三章の連載を再開して一ヶ月。

ストックも少なくなってきたので、来週はお休みさせていただきます。

次回更新は2/1(月)8:00です。

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