表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第3章 エラドリム鋼国
69/85

第18話 魔物退治(表)

 地下60階。

 ソシエの奈落の折り返し地点。ここまで来れば一人前の冒険者。そう言われていた節目の階である。その地下60階だが、生態系が狂っていた。大体、階層で出る魔物が決まっているのだが、そんなルールは知らんとばかりに、多種多様な変異体が襲ってくるのだ。

 最早、通常の魔物の姿はない。

 変異体に駆逐されてしまったのだろう。


「……あァ、もう、次から次へと……鬱陶しいな!」


 通路の奥から続々とワイルドウルフが姿を現す。

 いつ途切れるのかも分からない餓狼の行軍だ。

 テンカでなくても愚痴りたくなるだろう。


「ボサッとするな! 回復薬を飲め!」

 

 テンカは指示を出しながら、矢継ぎ早に矢を放つ。

 ワイルドウルフはソシエの奈落の低階層にいる魔物だ。ソシエの奈落のヒエラルキーは、そのまま変異体のカーストとなる。食事にありつけなかったらしく、ワイルドウルフは痩せこけている。餓えた狼は矢を恐れず、距離を詰めてくる。

 テンカはチラと狂戦士を見る。

 狂戦士は肩で息をしており、回復薬も飲めない有様だ。ここで狂戦士が倒れたら、戦線は崩壊するのは明らか。神官は息を荒げながら、無理を押して回復魔法をかけていた。


「……畜生ッ。やっとだ。やっとここまで来たんだ。死んでたまるかよ」


 テンカが弱音を吐く。

 ワイルドウルフが弱い魔物であっても、変異体となればそれなりに脅威だ。

 疲労困憊の狂戦士ではワイルドウルフを止められない。ヨミも浮いている。が、暗殺者は遊撃が基本。足を止めての戦いに向いていない。頼みの綱のロイは別の枝道を一手に引き受けていた。

 俺は走りながら、《風王領土》で状況を把握していた。

 《ドラゴンホーン》が壊滅するかの瀬戸際だ。

 だが、ギリギリ間に合った。


「紅蓮なる劫火よ。敵を阻む壁となれ」


 燃え上がる炎の壁が、狭い枝道を覆い尽くす。火魔法、第四階梯《ファイアウォール》である。《ドラゴンホーン》とワイルドウルフが分断された。何体か、炎の壁を抜けてきたワイルドウルフもいた。だが、《煌氣》を練り、放った《ファイアウォール》だ。現れたワイルドウルフは半死半生で、手を加えるまでもなく、炎に巻かれて息絶える。


「……助かった、オウリ。そっちは片付いたの?」


 言いながらテンカが額の汗を拭う。


「仲間に任せてきた。こっちの方がヤバそうだったからな。てか、素直に礼を言われるとは思わなかった。てっきり余計な真似を、とか言われると思ってたぜ」

「はぁ? 助けられたのに見栄を張る方が格好悪いでしょ」


 今までの言動を思い出せ。突っ込みたかったが自重する。

 これは俺のミスだからだ。

 60階に近づくにつれ、段々と変異体は増えた。だが、次はどのパーティーが当たるか、ジャンケンで決めるぐらい余裕があった。その調子で変異体に対処していたのがマズかった。いつの間にか三つのパーティーが、別々に戦うようになっていたのである。

 《ネームレス》はセティが一人で無双している。

 シュシュとアリシアには《獣王の花冠》のフォローに向かってもらった。


「これ、飲んでくれ」


 《魔力切れ》の兆候が出ているヘルゲと神官の前に魔力回復薬を置く。二人は礼もそこそこに魔力回復薬に口をつける。飲み干すと二人はきょとん、と顔を見合わせた。


「……嘘。《魔力》が全快した?」

「……ヘルゲの顔色、良くなってますよ」


 それ、と空になった瓶を指しながらテンカが言う。


「セティが作ったの?」

「ああ。効き目は御覧の通り」

「二人を見てたら分かる。余ってる? 分けて欲しい」

「シュシュ達が《獣王の花冠》にも分けてるはずだし、構わねぇよ。回復薬、切れたか?」

「あるよ。でも、品質が悪くてね。セティの作った薬と比べたら、だけど。一分一秒を争う時に、何本も飲み干せないでしょ。回復薬と魔力回復薬、十本ずつ。いい?」

「何百本とか言われなきゃ平気だ」


 薬の素材が豊富に生えた森で、セティは五百年引き籠ってきた。暇つぶしに作られた薬のストックは凄まじく、いくつあるのか把握しきれていない。インベントリと魔法の鞄に入るだけ詰め込んできたが、使い果たしたとしても隠れ家で補充できる。

 回復薬をインベントリから出しながら俺は言う。

 

「なんか急に変異体の数が増えたな」

「ボクも正直、油断してた。変異体の群れは最深部にいる、って言われてたはずなのにね」

「それがどうかしたのか」


 テンカは俺の顔をマジマジと見て、ああ、と頷いた。


「ゲーム時代は100階まであった。でも、今は60階までなんだよ。61階へ行くための階段がないんだ」

「…………は?」


 根底を揺るがす情報に頭が真っ白になる。

 

「それより、ほら。オウリ、炎が消える」


 俺は思考の迷路に迷い込み、夢現にテンカの話を聞いていた。

 何それ。

 この階が終点?

 拍子抜けだ。

 百キロ走る気でいたのに途中で、「ここまででいいよ」と言われた気分。

 道理で。60階に挑む時、テンション高ったはずだよ。

 そりゃ、ゴールが目前となれば気合も入るさ。

 俺が最深部と言う。テンカが最深部と言う。互いの頭には違う階層がある。

 しかし、齟齬が生まれたまま、会話は通じてしまっていた。思い込みって怖いな。

 なぜ、気付かなかったのか。違和感はあったじゃねぇか。

 いくら初心者の教導がメインとはいえ、ソシエの奈落の導入はチャプター4だ。そう簡単に踏破できる難易度ではない。一体一体の魔物は弱いため、数を揃えれば踏破もできるだろう。それでもレイドパーティーは必要だ。俺達は十五人もいない。《ネームレス》は数を補って余りある戦力だ。しかし、迷宮に入った当初、俺達は期待されていなかった。

 だが、《ドラゴンホーン》にも《獣王の花冠》にも悲壮感はなかった。

 ソシエの奈落の最深部が60階だと考えていたからだ。

 あー、地図を真面目に見ていれば。すぐに気付いたはずなのに。間抜けだ。

 ん? そうするとロイが一人で迷宮に入った理由も変わってくるか。願いの泉が機能しているか以前に、そこまで到達できないんだし。願いの泉まで行けるか試したってことか。

 だが、階段がないだけなら穴を開ければ済む。

 だから、ロイは自分の目で確かめろ、と言うばかりで、願いの泉へは行けないと断言しなかった……待て。あの発言は会議の時だ。穴が開けられるのか、分からなかったはず。結論が出るのを後回しにしてただけ? そうとも思えない。本当に願いの泉へ行けないとロイが考えていたら、希望を抱かせるような言動は慎みそうだ。

 

 ――ロイは願いの泉まで行けることを知っていた?

 

 そう考えるとしっくりくる。

 意味深なロイのあのセリフ。


 ――時が来れば分かる。テンカはひるむまい。


 あれは周りが制止したとしても、テンカは願いの泉へ行こうとする、という意味だったのではないだろうか。《ドラゴンホーン》が単独で挑むには、願いの泉のある80階は遠いと言わざるを得ない。テンカはひるむまい、というのはそういう意味。元々はなぜ、テンカがファナ家の始祖と認められないか、という話だった。テンカが願いの泉へ行けば、その理由が分かる、ということか。ふむ。ファナ家の事情も察しがつくな。

 だが、そうするとロイはなぜ、テンカに隠し事をしているのか――


「……ボク達、要らないんじゃない?」


 呆れたようなテンカの声で我に返る。

 ヨミが。狂戦士が。神官が。ヘルゲが。ポカン、と口を開けていた。やけに静かだった。死骸、死骸、死骸。魔物の死骸の小山の上に俺はいた。知らぬ間に魔物の掃除は終わっていた。誰がやったのだろうと思えば、俺の手には血を滴らせる八咫姫が。


「……あ~、これ。やったの、俺?」

「……覚えてないの?」


 テンカの顔が引き攣る。


「考え事してた」

「……無意識に倒してたワケ?」

「まぁ、そうなるのかね。ザコだったんだろうな」


 流石に危なければ正気に戻っていたと思う。


「……ザコ、ザコねえ。はぁ、いいよ。キミにとってはザコだったんだろう、実際」

「ロイだってこれぐらいできるだろ。なんでそんなに驚いているんだ?」

「獣神官に驚いていたキミなら理由が分かるんじゃない?」

「魔法使いらしくない戦い方をしてたか」

「とてもキミらしい戦い方をね」


 何か含みのある言い方だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ