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ゼノスフィード・オンライン  作者: 光喜
第2章 ドレスザード神国
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第1話 プロローグ

 ――― 宿屋の主人 ―――


 キシャ村。

 ドレスザード神国の外れにある小さな村だ。

 村人は全員顔見知りで、これという特産も無い。

 そんな村で私は農作業に従事するかたわら宿屋を営んでいた。

 子供は都会に憧れ、神都へ行ってしまった。エルフとは思えないほど子宝に恵まれた。部屋は沢山余っていたし、たまに訪れる旅人は無聊を慰めてくれる。

 思いつきで始めた宿屋だったが案外性に合っていたと思う。

 もう百年は続けているか。

 だが、未だに別れには慣れない。


「丁重にもてなして頂きありがとうございます」


 黒衣の少年が手を差し出す。私は手を握り返し、言う。


「それが私の仕事だからね」


 少年が悪戯っぽく笑う。


「俺はハイヒューマンですよ?」

「この村は国境の森に近い。ヒューマンの商人も来る。彼らは人種で差別をしない。私もそれに倣っただけだよ」

「それなら俺は行儀のいい商人に感謝しないといけませんね」

「ははは。いいよ。しないで。商人程差別する人達を私は見た事が無い。商人は種族ではなく金の多寡で差別をするだけなのさ。ウチの村は貧しいからね。客にはならないらしい。それはもう横柄なものだよ。彼らにあったらよろしく言っておいてくれるかな」

「横柄なのに?」

「客は大切にしないといけないだろう。私は彼らからそれを学んだんだよ」

「どっちが商人だか分かりませんね」

「彼らが言うには素を出せる場所は貴重らしい。下手に客がいる場所だと気を張ってないといけないから。王国と神国を行き来する時は大抵数日泊まって行くんだよ」

「ま、会えたら伝えておきますよ」


 少年はそう言うと一行に向きなおり……朗らかな顔から一転し、物凄い渋面になった。

 エルフの子供達が少年にジト目を向けていたからだ。


 少年の一行は十三名の大所帯である。

 流石に部屋が足りず、何名かの子供は私の部屋に泊めた。

 宿屋という場所柄、色々な人達を見てきた。

 だが、こんな奇妙な一行を見たのは初めての事だった。

 エルフの子供を連れたヒューマンと言うと奴隷商しか思いつかない。しかし、子供達の首には隷属の首輪ははまっておらず、子供達の少年に対する態度は尊大ですらあった。

 好奇心に負け、子供に関係を訊ねた。

 すると思いもよらぬ話を聞かされた。

 子供達はヒューマンに攫われ、奴隷とされていたらしい。

 そこを助けてくれたのが少年だという話だった。

 今は親元に帰るため旅をしている最中なのだという。

 経緯を考えれば心に傷を負っていても不思議ではない。しかし、子供達にそんな陰は一切見えなかった。だからこそ、迂闊にも踏み込んで訊ねてしまったのだ。

 私は微笑む。

 子供達の遠慮のない態度が、少年への信頼に思えて。


「なんだよ、シュシュ」


 少年が声をかけたのは、子供達のリーダーの少女だ。


「お主、本当にオウリか?」

「礼節には礼節を以って接しろ、ってのがウチの教えなんだよ」

「あれ、兄さん。目には目を歯には歯を、じゃなかった?」

「同じ意味だ」

「信じるでないぞ! 似て非なる言葉だ、セティ!」

「チッ。細けぇな、シュシュは。はいはい、分かりましたよ。これからは敬語使ってやるから。そうやって小さい事に目くじら立てるから、いつまで経っても胸が大きくならないんですよ」

「丁寧な言葉遣いにはなったが!」

「な? 言葉を取り繕う事に意味はないのさ」

「言葉を取り繕わなかったら、ただの悪口ではないか!」

「あれもダメ。これもダメ。小姑みたいだな。てか、アリシアは? どこ行った?」

「ここにいるぞ。見たか、オウリ。あの包丁を。素晴らしい研ぎだ」

「はい。平常運転、と」


 少年が「行くぞ」と一声かけると、騒いでいた子供達が黙って後に続く。少年の隣には彼の妹が並ぶ。少年の背中をシュシュと呼ばれた少女がよじ登っていた。しかし、少年は彼女を一顧だにせず歩き続けていた。良くある事なのか子供達ですら無視だ。最後尾に包丁に見惚れていた女性がつく。無言で組まれた隊列に彼らの旅路を垣間見た気がした。


「オウリ、がんばれよ」

「負けたらぶっ飛ばすからな」

「すぐ負けるのダメ。おやつ沢山買って来た。全部、食べるまで耐えて」


 子供達がバシバシと少年を叩いていた。


「おーおー。てめぇら。他人事だと思ってよ。好き勝手言ってくれてまァ。あれから更にデカくなってんだろ。もうね、俺は今から憂鬱ですよ。つか、おやつ多くねぇ? 小遣いの500ルピでこんだけ?」

「ふへへへ。シュシュから巻き上げた」

「シュシュ、賭け事弱い」

「ち、違うぞ、オウリ! 妾は勝ったのだ! 最初は……」

「最初に勝って気を良くして、根こそぎ全部持っていかれた、と。お前、それ、カモられてるから。シュシュ、今後一切賭けごと禁止な。破ったらお前、小遣い無し」

「くっ。お、横暴だ!」

「えぇ? 働けよ。不甲斐無い魔王サマと比べ。ガキ共は逞しくなったなあ」


 私は入口で手を振り……はた、と気が付いた。


「待ってくれ、どこへ行く気だ!? その先には山しかないぞ!」


 少年が振り返る。


「ええ、山に用があるので」

「悪い事は言わない。今はよした方がいい」

「ヤーズヴァルがいるから?」

「そう。知っていたのか。まさか君も王に?」


 ヤーズヴァルは各地に(ねぐら)を持つ。キシャ村の近くの山も塒の一つ。一旦、羽を落ち着けると、一か月は籠っている。この期間は村の者も山には近付かない。

 だが、稀にヤーズヴァルがいると知って山に登る者がいる。

 王国の故事からヤーズヴァルは王騎竜と呼ばれる。ヤーズヴァルを従える事が出来れば王になれるという話だ。昔話である。従えたからと言って、王座はついて来ない。

 しかし、未だにヤーズヴァルに挑む腕自慢は後を絶たない。

 私は進路を塞ぎ、両手を広げる。

 少年だけなら兎も角、子供達がいるのだ。

 見す見す命を散らせるわけにはいかない。

 少年は苦笑し、こう言った。


「玉座になんて興味無い」


 山に目を向け、目を細めた。懐かしそうに。


「ペットに会いに行くだけ」

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