6 話をきかない国の人々
打ち倒した魔物の死体を踏みつけながら、身軽な動作で飛び出してきたのは、明らかに人間。
(手が長い?)
そう見えたのは、まるで腕と繋がっているかのように、自由自在に動き回る双剣を握りしめていたからだ。
さすがに汗をかいたのか、袖で額をぬぐう。銀髪に一房まざった緑の髪もぐしゃっとさせながら。
「アラン様、手伝ってくれるかと思ったのに」
のんびりと言いながら近づいてきたのは、ミユキの護衛剣士。
(このひと、なんでいるの……!?)
彼は試験をすっぽかして姿を消していたはずだ。
だからこそ、アキラはレグルスと二人きりになってしまったのだ。
その上、さらにアランに攫われてもいる。
話し合うこともできずにいたところで、魔物と遭遇。
アランが戦闘に入るかと思ったが、すでにたった一人によって何体もの魔物が屠られたところであった。
「完全復活しました」
片目を瞑ってにこりと笑み崩れて言ってくる。
「もしかして……、あなた先に一人で迷宮に潜っていたとか? だから試験に来なかったの?」
「あ。いっすねそれ。その手があったか。アキラくん意外と策士っスね!」
破顔一笑。裏表のなさそうな笑みを前に、アキラは眉を寄せる。
「褒められて……る?」
「それほどでも!」
「そこで謙遜されたら、あまり褒められていないということに?」
絶望的に会話がずれている気がするのだが、何がどれほどずれているのか説明しても徒労に終わりそうな予感がある。
アランはといえば、アキラの背から腰に腕をまわして並んで立ちながら、微笑んでいた。
「手伝う必要があれば手を出していたが。魔物というより、その双剣を避けるのに体力使うからな」
「隙あらば切ろうとしていたのバレていますね!!」
「もちろん」
(変だ)
カストルの発言もいちいち変だけど、にこにこしながら頷いているアランも変だ。
絶対確実に穏当な会話じゃない。
問題は、ここが迷宮下層の洞窟の奥で、魔物が多数うろついていて、この変な二人に合わせていないと自分の生存すら危ういということだ。
(聖女候補ってなんで無力なんだろう……。実はこの身体の持ち主はレベル99だったりしないかな……。戦ってみたら戦えるなんてことないのかな)
レグルス及びアランが過保護なおかげで魔物と触れ合う機会がないが、実はその気になったら魔法や技をばしばし繰り出せる、なんてことはないのだろうか。
以上、空しい妄想。
地底湖で首長竜と対峙したときはあっさり引きずられているし、今なんて足を挫いてアランに支えられている。
聖女の力に目覚める兆しは一向にない。
横に立つアランを見上げると、すぐに気付いて見下ろしてくる。
これ以上ないほど、瞳が優しい。
そのまま唇を奪われてしまいそうな危機感を覚えるのは、つい最近同じような距離で見つめ合ったレグルスのせいだ。
心なしか、アランの目も唇に向けられている気がする。気付かなかったふりをして前に向き直った。
「お嬢さん探しているんですけど。会ってません?」
「カタリナ家のミユキ嬢のことなら、今のところ会っていない」
「やっぱり。入口が違うと合流は難しいんですかね」
カストルは納得したように頷いてから、不意に目を細めて視線をアキラの足元へと投げてきた。
(いまの、足を痛めているのを確認した)
しかもそれを、言葉にしないで伝えてきた。
「入口が違うことには気付いているんだな」
アランの確認には直接答えずに、カストルは唇に笑みを浮かべた。
「最後の組の後追っていたんですよ。スバルさんと途中まで一緒だったんですけど、はぐれちゃって。スバルさんはお姫様と一緒に。ね、どうしてアキラくんここにアラン様といるんすかね?」
スバルの目撃情報が、アランがもたらしたものより後であることにホッとしつつも、当然の疑問に対してアキラは答えを迷う。
この場にレグルスがいないことを、どう伝えるべきかと。
「アキラの護衛は私だ」
「組み合わせが変わっているはずなんですけど」
アランが実に簡潔に答えたが、カストルもひかない。
「私が迷宮の魔物に負けることはないし、アキラを傷つけることもない。レグルスが失格になる危険性は万が一にもない。一人でいるところを誰かに狙われて、隙をつかれない限りは無事に迷宮を脱するだろう」
「なるほどー」
声の愛想は良かったが、カストルの目はすでに一切笑っていなかった。
今の説明はかなり情報に乏しいが、アランとレグルスの関係が友好的なものではないことくらいは伝わっているはず。
(レグルス……一人にならないでよ。追ってこないで……!)
レグルスはティナたちと別行動になることに躊躇はないはず。追う気があれば一人で追って来る。
だが、アランが一人で現れたときにアキラでさえ疑ったように、「候補者とはぐれた護衛」がひとの信用を得るのは難しい。
出来ることなら、追うのは諦めて事情を知るティナたちと行動していて欲しい。下層はティナの護衛達には荷が重そうだったから、レグルスの能力は必要なはず。
だけど、レグルスはその道を選ばないだろうという確信がある。
(レグルスはわたしを追ってきてしまう……)
彼はミユキが聖女になることを、決してよく思っていない。アキラの性別を知ったことと関係するかはわからないが、どうかすると本来の候補者よりも入れ込んでいる節があった。
そのレグルスからしてみれば、「候補者」を奪ったアランはもはや敵以外の何者でもないはず。
一方で、アランの考えもわからないわけではない。
他の候補者の護衛が、そもそも信用できないのだろう。
一番信頼のおける自分自身で本来の候補者を護衛すること。他の人間を排除すること。
それが確実で安全だという判断から、アキラを攫うという暴挙に出た。
スバルが姫君を守り切れるなら、合流もしないかもしれない。「他チームの人間」である姫君が、すでにアランの中では不確定要素と判定されている恐れが十分にあるからだ。
(わかる……。アランとスバルが滅茶苦茶強い上に、二人とも必勝を念頭に行動しているとすれば、これで間違いない)
力技すぎる。
そして、アキラ自身の考えとはズレている。
敵はなるべく減らしたい。
減らす為には、考え方の違いを冷静に話したい。
アキラにとっては未知の、「聖女」の情報も手に入れたい。
この先は人に会いたいのだ。
「カストルくんは、人に会った? 一人で行動して、危ない目に遭わなかった?」
「うーん。危なくはなかったっすね」
アキラの考えなど見越したかのように、カストルは尻尾を掴ませない話し方をする。
(この人は、やっぱりミユキさんの為に動いているよね。本当なら、迷宮内ではレグルスさん同様わたしの為に……!)
考えた瞬間、アキラは額をおさえた。
「アキラ?」
「カストルくんに筋を通してもらおうにも、うちの護衛も筋を通してない……!」
最優先すべき割り当ての候補者である姫君から離れてアキラの元に来てしまっている。アキラの利益の為だけに動いている。
「この状況で誰かに何を言っても説得力が全然ないし、信頼を得るなんて無理です。レグルスさんを回収しましょう」
「嫌です」
「だめです! わがままやめてください!!」
アランなら。
話せばわかってくれるに違いないとまだ信じていたのに(攫われた後だけど)。
アキラの願いに対して、実に感じの良い笑顔を向けてきたアランは、アキラを支える手に力をこめながら爽やかに言い切った。
「あの男だけは絶対に許しません。あなたは私と朝まで過ごすんですよ。どこか二人きりになれるところへ行きましょう。それまでは、絶対にこの手を離しません」




