シリアル(意味深)
「お嬢様。瞬間移動魔術の方は一応形になりました」
「早いですわね。あんなに忙しい忙しいと愚痴っていましたのに」
インハルト家のお屋敷。
毎週定例となっているお茶会で唐突にそんな報告をするカガトくん。
特に急かしたわけでもないのに精力的に働くカガトくんに、ヴィルヘルミナさんもちょっと引いています。
「いや。こういうのって問題が一つ解決するとポンポン上手くいったりするんですよね。ブレイクスルーっていうんでしたっけ」
そう言いながらアハハハハとちょっと壊れた笑みを浮かべるカガトくん。
さすが日本人。特に強制されたわけでもないのに社畜街道まっしぐらです。
これで本人は楽しんで研究しているのだから、ある意味幸せなのかもしれませんが。
「まあ目的地の設定が甘くなるのはどうしようもないんで、目的地にアンカーを置く形になります。このアンカー目がけて飛ぶという形になるんですけど、周囲の障害物のことなんて考えてないんで、今の段階ではちょっと危なくて広めることはできないですね」
「考えすぎではありませんの? 着地点に人避けをすればいいだけでは?」
「それはそうですけど、複数人が同時に使った場合に空中で衝突する可能性もありますし。自動で障害物を感知して軌道を変えるくらいはできるようにしないと」
「はあ。まあ貴方がやりたいのなら構いませんけれど」
新しい魔術として公表するには十分に形になっているというのに、ごく僅かな確率の事故を想定して改良を続けるなど、やはり魔術師は変わり者だなと思うヴィルヘルミナさん。
しかし予定よりモノが早くできたから休もうとなるところを、予定より早くできたから期限まで改良を続けようとなるのが日本人だから仕方ありません。
そういった職人気質な性質が今日の日本のモノづくりを支えているのです。
「それでお嬢様。ちょっと話は変わるんですが」
「何ですの?」
それまであからさまに疲れた様子を見せていたカガトくんが急に真剣になり、ヴィルヘルミナさんも気を引き締めます。
あ、これシリアスと見せかけてボケが来る前兆だと思ったあなた。先生怒らないから前に出てきなさい。
「勇者くんの魔術の理不尽ぶりを考えていて思ったんですが、彼もしかして俺たちの世界と繋がる門を開けるんじゃないですか?」
「……」
突拍子もない、しかし確かにあり得そうな事実に、ヴィルヘルミナさんの表情が固まり空気が凍り付きます。
「……カガト」
「はい」
「今すぐこの部屋の周囲に間者の類が潜んでいないか調べなさい!」
「もうやってます。今この部屋の半径二十メートル以内に、別の部屋で仕事をしているメイド以外の反応はありません」
「さすがですわねカガト」
「それほどでも」
「ところがどっこい!」
ヴィルヘルミナさんに褒められてドヤ顔状態のカガトくんでしたが、そのカガトくんの背後の扉が開きミィナさんが転がり込んできます。
何故転がって来るのか。彼女に聞いたら「ノリです!」と答えるので深く考えてはいけません。
「話は聞かせてもらいました! 人類は滅亡します!」
「いや、そのネタお嬢様には分からないから」
「な、なんですってー!?」
「期待通りの反応が来た!?」
大混乱の室内。というかヴィルヘルミナさん。
国家機密レベルの発言を聞かれていた上に人類が滅亡するとか言われたらそりゃ混乱します。
「と、とりあえず落ち着いてくださいお嬢様。というかミィナさん。俺の感知魔術をどうやってすり抜けたの?」
「隠密と盗み聞きは商人の嗜みです!」
「うんそれ商人じゃなくて盗賊のスキルだよね」
そうつっこむカガトくんですが、世の中には商売のついでに諜報活動を行う例などいくらでもあるので案外間違っていません。
「まあ聞かれたのがミィナでよかったと思いましょう。カガト。今後はもっと気を付けなさい」
「……すいません」
先ほどとは一転、叱られて凹むカガトくん。
その姿を見てヴィルヘルミナさんが何かに目覚めかけましたが、話が進まないので今回は割愛します。
「それで、もし仮に勇者様が貴方たちの世界への門を開けるのならば、どうなると思いますの?」
「未知との遭遇から誤解が生まれての戦争ってのはよく聞く話ですけど、各国に日本人が居る今の状況ではそこまで心配しなくてもよさそうですね」
「仮に穏便に交流が始まったとしても、政治問題。人権問題に法律、貿易、技術エトセトラ。恩恵と問題が手を繋いで全力疾走してきますよー」
「……やはり私の手には余りますわね」
どう考えても国レベルの話ばかりで、ヴィルヘルミナさんはお手上げとばかりに肩をすくめます。
「陛下に相談するしかありませんわね。それに、日本人のいる他の国とも対応を協議する必要がありそうですわ」
「おー。大事になりますね」
「だから気付かないふりをしときたかったんですけどね俺」
しかし放置もできないので、きっちり上司であるヴィルヘルミナさんに報告したカガトくん。
責任を上に丸投げしたとも言えますが、責任とるのが責任者の仕事なので問題ありません。
「とりあえず勇者様の耳には絶対に入らないように気を付けなさい」
「ああ確かに。知ったら『じゃあやってみよう!』と後先考えずに実行しそうですね」
「パーティーメンバーにも伝えない方がいいですね。神官騎士のお兄さん以外は抜けてますし」
事の中心人物なのに、着々と蚊帳の外に追いやられるマサトくん。
扱いが危険物ですが、実際ニトログリセリン並の危険物なので仕方ありません。
今日も異世界は平和です。
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「で、実際できるのでしょうか?」
一方高天原。
マサトくんによるまさかの異世界交流が始まりそうな展開に、ツクヨミ様も見た目冷静、中身焦りながらアマテラス様に問いかけます。
「さあ?」
「投げやりだ!?」
一方ノートPCを眺めながら畳の上をコロコロしてるアマテラス様。
さすが主神。この状況でも冷静です。
「いいんですか対策しなくて?」
「いっそ今みたいに人だけ飛ばされるよりも、空間で世界間を繋いでくれた方が、世界同士が勝手にバランスとろうとするから楽そうだよね」
「まあ確かに理屈ではそうですが、混乱しますよ?」
「なら助けよう。でも過度な干渉は駄目。私たちは基本的に見守るべきでしょう。困ったときの神頼みなんだから」
そう言ってやわらかな笑みを浮かべるアマテラス様。
発言だけ聞くといい話っぽいですが、実際には畳に仰向けで寝転がってるのでただの怠惰発言にしか見えません。
「まあこっちはこっちで他の神族と話し合いはしておいた方がいいかもね。オーディンはともかくゼウスがまともに話し合いするか怪しいけど」
「確かに」
ツクヨミ様にまで駄神扱いされる安定のゼウス様。
ギリシャ神話における騒動の殆どは大体がゼウス様の浮気が原因だから仕方ありません。
今日も高天原は平和です。




