日本人も中国人には劣るが何でも食べる
アルジェンド公国。
大陸南部の西の海に面したこの国は、公国として独立しながらも周辺各国に何度も占有され属国として扱われており、今なお国として残っているのが奇跡とすら言われるほどの弱小国です。
現在は北に国境を面しているメルディア王国の庇護下に入ってはいますが「困ったら助けてやるけど、普段はまあ好きにしいや」と放置プレイをされており、あまり豊かとは言えません。
ちなみに公国というのは君主が王様ではなく貴族な国であり、その建国経緯は様々です。
アルジェンド公国の場合は時の公爵が独立を勝ち取り「よし。アルジェンド王国建国だ!」と行こうとしたものの「あ? 王国っておまえ俺と同格のつもりか?」と言われて「……公国でいいです」とヘタレた歴史があります
世知辛いですね。
そんな公国のとある漁村。
木で作られた簡素な桟橋の先端に、腕組みをして仁王立ちする半裸の男性の姿があります。
「……」
黒髪を短く刈り込んだ男性の体は筋肉質で、日焼けした肌が太陽の光を受けて輝いています。
正に海の男といった風貌です。
実はこの男性は日本人であり、名を浅口カオルさんといいます。
何か例によっていつの間にか異世界に迷い込み、偶然たどり着いたこの漁村のお世話になっているのです。
「……来た!」
そんなカオルさんが、突然叫んだと思ったら海面目がけて飛び込みました。
右手にはいつの間に取ったのか三叉の銛。
その銛を構えて、カオルさんは一気に海の中へと沈んでいきます。
「……とったどー!」
そして海面に浮上してくるなり、大きな黒鯛の刺さった銛を掲げて叫ぶカオルさん。
どっかで聞いたようなセリフですが深く気にしてはいけません。
むしろ先人に対する敬意を表して叫ばなければならないレベルです。
「アンタまたそんな捕り方してんの?」
「ん?」
とりあえず狩りに成功し浜辺に戻ったカオルさんに、若い女性の声がかけられます。
「なんだディレットか」
「なんだとは何よ。人が折角おすそわけ持ってきたのに」
カオルさんが振り向いた先には、何故か海の中から現れた青い髪の女性。
見た目美しい女性で、特に胸元に布を巻いただけの上半身が目を引きますが、それ以上に異様なのは下半身。
「ほらほら。今日はサザエ持ってきたわよサザエ」
「おお。助かる。この村俺以外は爺さん婆さんばっかだからな」
サザエやら魚やらが入った袋を引きずり浜に上がって来るディレットさん。
砂浜をズリズリと移動するその下半身は、鱗に覆われた見事な魚の尾です。
見ての通りディレットさんは人魚です。
人魚がそんな簡単に人間の前に姿を現していいのかと疑問に思う人も居るでしょうが、多分よくありません。
人魚は伝承によっては船を沈めるとして船乗りに恐れられていますし、肉を食えば不老不死になるとされそのせいで狙われたりもしています。
では何故そんな人魚なディレットさんがカオルさんにわざわざおすそ分けを持ってきているかというと……。
「さ、早く焼いて焼いて」
「いや、いきなり焼けってこれ砂抜きしてあんのか?」
「してるに決まってるでしょ」
火を通した海の幸を食べたいからでした。
海の中じゃ火なんかおこせないからね。仕方ないね。
「しかしアンタ人間のくせによくそんな銛一本で魚捕れるわね。故郷で漁師でもしてたの?」
「ん? いや、バイト……日雇いの仕事をやってたんだけどな……」
そう昔を懐かしむように言いながら、浜辺に突き刺した銛へと視線を向けるカオルさん。
「……何かこの村のためにできることはないかと悩んでるときにあの銛を見つけて、手に取ったら何だか無性に海に飛び込みたくなったんだ」
「それ呪われてない?」
持ったら無性に海に飛び込みたくなる銛。
持ち主に水泳スキルがなかったらレミングス状態です。
「まあこのままだとこの村も干上がっちまうからな。何とかして漁獲量を増やさないと……」
「? どうしたの?」
話の途中で言葉を切り呆然と海を見つめるカオルさん。
そのカオルさんの視線をディレットさんが追うと、そこには全長二十メートルくらいの大きなイカのような生物が桟橋に絡みついていました。
しかも付近にいる魚を乱獲しているらしく、それぞれの触手には魚が大量にからめとられています。
「あ、あれはクラーケン!」
「知っているのかディレット!」
クラーケンというのは、何かイカかタコかよく分かんないけどとにかく触手があるでっかい化け物です。
よく船などを襲い転覆させ、軟体動物のくせに人間を食べつくします。
ちなみに海外の人たちに「日本と言えば?」と聞くと「SYOKUSYU!」と答える人が頭を抱えたくなる割合で存在しますが、よいこのみんなは意味が分からなくてもお父さんにもお母さんにも聞かないでください。
あと「触手の起源は江戸時代にまで遡る」とか感想欄で説明し始める人が居そうですが自重してください。
「最近この辺の魚が減ってるのはあいつのせいね。カオル。あいつは陸には上がってこないと思うけど、一応村の人たちを避難……?」
クラーケンが我が物顔で魚を食いまくってるのを冷静に観察していたディレットさんでしたが、隣に居たカオルさんが何やら真剣な表情で銛を構えていたので言葉を止めます。
「……イケる!」
「何が!?」
そして何故か輝くような顔で銛を構えて走り出すカオルさん。
狙いはもちろん魚を乱獲する憎きクラーケンです。
「勝てるわけないでしょ!? 逃げなさいよ!」
「大丈夫だ! 何とかなるとこの銛が言っている!」
「やっぱ呪われてるでしょそれ!?」
ディレットさんの制止も聞かずに桟橋を走り切り、クラーケンに飛びかかるカオルさん。
気づいたクラーケンも触手をうねらせて迎撃を始めます。
その後戦いは五分ほど続きましたが、カオルさんが銛で触手を切り落とすという離れ技を成し遂げたため、全ての触手を失ったクラーケンはあっさりと頭らしき場所を刺されて絶命しました。
「ふう。とったどー!」
「食べるの!? ねえ食べるのそれ!?」
そして勝鬨を上げるカオルさんとつっこむディレットさん。
今日も異世界は平和です。




