メイド万歳
メルディア王国。
南大陸の中で最も竜王山に近い位置にある国であり、頻繁にドラゴンが人に害をなすためか、国防の要たる騎士たちは皆精強であり、質だけならばガルディア王国の兵を大きく上回ると言われています。
そんな中でも単独でドラゴンを退治できる人間を竜殺しと呼ぶのですが、現在王国に存在する竜殺しは二人だけであり、その二人は近衛の騎士団長と副団長だったりします。
つまりメルディアの王族は二匹のドラゴンに守られているも同然なのです。
そんな国の王子にただ気に入らないからと喧嘩売るリチャード陛下マジ命知らず。
「でも王様も結構な使い手なのよね。絶対周りが許さないでしょうけど、案外竜殺しになれるんじゃないかしら」
台所で人参を切りながら言うオネエ。
相変わらずムキムキタンクトップの上からエプロンをした姿は破壊力抜群です。
一体誰向けのサービスなのでしょうか。
「そうなのですか?」
対してじゃがいもの皮を剥きながら返すメイドさん。
彼女は名をエミリーといい、オネエの屋敷で働いているメイドさんです。
メイドではあるのですが、家事だけでなく屋敷全体の管理や貴重品に書類などの管理も任されたりと、オネエにかなり信頼されています。
もっとも当初エミリーさんは「そういうのはメイドではなく管理職の仕事です」と断ったのですが「じゃあお給料あげるからやって」というオネエの言葉に呆れて諦めました。
大多数の日本人にはメイドとハウスキーパーの違いなんて分からないから仕方ありません。
「それにしても、何でハインツ様とリチャード陛下は仲が悪いのかしらね。どちらかというとリチャード陛下がハインツ様につっかかってるみたいだけど」
「お二人が不仲なのは社交界でも有名ですから」
リチャード陛下がハインツ王子を嫌っているのは、妹であるシーナさんがハインツ王子の婚約者候補の筆頭だったからなのですが、そのシーナさんが日本に召喚返しされちゃってからも三つ子の魂百までとばかりに徹底的に嫌ってるからだったりします。
大人げないですね。
でも当のハインツ王子も幼馴染で家臣のグレイス相手に初恋こじらせちゃってるので、リチャード陛下の「あんな男に妹をやれるか!」発言は結構正当性があったりします。
面倒くさい男共ですね。
「よし、仕込みは万端。あ、じゃがいもは別にするからそっちに置いといてちょうだい」
「かしこまりました」
オネエの指示に素直に従うエミリーさん。
普通メイドと主人は一緒に料理したりしないのですが、オネエなので仕方ありません。
「それにしても、ジュウゾウさんにもらったカレー粉もなくなってきたわね。あの欠食児童たちが調子に乗って食べまくるから……」
王妃様の配慮によってカレー粉を手にすることに成功したオネエでしたが、折角だからと騎士団の面々にカレーをふるまったら餓鬼のごとき勢いで食いつくされました。
一番食べたのが団長だったのは言うまでもありません。
何かよくわからないうちにオネエの奥さんとチャネリングしちゃった経験のある団長には、遠慮などという言葉は存在しません。
割と最初からなかったような気もしますが、細かいことは気にしてはいけません。
「あの……やはり私がそのような貴重なものをいただくわけには……」
「何を言ってるのエミリー!」
遠慮するエミリーに声をあげて抱きしめるオネエ。
普通ならセクハラで通報されそうですが、オネエなので問題ありません。
むしろオネエは男に抱きつく方がセクハラです。
「貴女は私にとって家族みたいなものよ! 他人行儀なのは仕方ないかもしれないけど、そんなところで遠慮する必要はないのよ!」
一見無茶苦茶な論法ですが、実はメイドというのは家政婦と違い住み込みで働く分家族に近い存在であり、場合によっては主人がお金を出して学校に通わせることもあるほど大切にされる存在なのです。
「ユキ様……」
そんなオネエの言葉にエミリーは抱きしめられたまま顔を上げると――。
「暑苦しいので離れてください」
――びっくりするくらいクールな声で言い放ちました。
「……酷いわ!? こんなに優しい主人をないがしろにするなんて!」
「あーはいはい。私もご主人様大好きですよー」
でかい図体をしながら涙目なオネエをあしらいつつ、教わった通りにカレーを作り始めるエミリーさん。
オネエに背を向けつつも、その頬がちょっと赤いのは内緒です。
今日も異世界は平和です。
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「だから! 今日のカレーはアワビがいいって言ってるのに!」
一方高天原。
お昼から大分時間がたち夕食の支度が始まろうかという時間帯に、天津神の主神たるアマテラス様の声が響き渡ります。
「何でカレーにまでアワビ入れるんだよ!? カレーつったら豚肉と相場は決まってんじゃねえか!」
そんなアマテラス様の主張に真っ向から反逆するスサノオ様。
このままではまたスサノオ様が我儘を押し通し、アマテラス様が岩戸に引きこもってしまいます。
どうせカレーができたら臭いにつられて出てきそうですが、こんなことで日食を起こされたらたまったものではありません。
「分かっていませんね。本格的なカレーといえばチキンでしょう。インドの人間たちの事情を考えても、チキンこそが王道でありカレーにもっとも適した肉なのです」
そしていつもなら二人に呆れて傍観もとい戒めているツクヨミ様も、カレーに関しては譲れない一線があるのか、場を収めるどころか加担しています。
三貴子がカレーを巡って対立。
このままでは高天原でプチラグナロクが起こってしまいます。
「何が本格的だよ! ここは日本なんだから日本に合わるのが正解だろうが!」
「そうだよ! つまりここは海産物が豊かな日本に合わせてアワビだよ!」
「日本に合わせるにしてもチキンでしょう! 鶏肉は仏教の教えが広がっても食べることが許されていた唯一の肉なのですよ!」
「何百年前の話だよ! 今日本で最も人気と親しみがあるのは豚肉だろうが!」
お互い一歩も譲らずヒートアップしていく三貴子たち。
このままでは騒ぎを聞きつけたイザナミ様(牛肉派)が現れ、高天原で神々の黄昏待ったなしです。
「お三方。それ以上騒ぐなら夕食抜きです」
『すみませんでした』
しかしおさんどんことトヨウケヒメ様が笑顔でぶちギレたため、即座に土下座の態勢に入る三貴子。
今日も高天原は平和です。




