インド人も最近はカレー粉を使っているという衝撃
大陸の中央に位置するドワーフ王国。
竜たちが住まう竜王山の地下を通るこの国は鉱物などの資源には恵まれていますが、反面食料などは他国からの輸入に頼っています。
一応地下でも育つ植物の類はあるのですが、酒と肉を愛するドワーフがそんなもので満足するはずがありません。
なのでドワーフは美味い酒と飯にありつくため、今日も鍛冶や工芸に励むのです。
「……フゥーハハハ!」
そしてそんなドワーフ王国の片隅のお店で、クルクル回転しながらテンションMAXな笑い声をあげているのは、日本人料理人な曽我ジュウゾウさんです。
テンションが上がりすぎてキャラが変わっています。
いい歳こいて高笑うこのおっさんを止められる者はいません。
「……おい。どうしたんだジュウゾウは?」
「ああ。今まで苦戦してた新しい料理が完成したらしくてね。五分くらいしたら収まると思うから待ってな」
仕事が長引いたのか、お昼を大幅に過ぎてから現れた客のドワーフに冷静に答えるバーラさん。
実は以前に日本米があると判明した時もこの状態になったので、バーラさんは少し慣れているのです。
しかしいくら慣れても今のジュウゾウさんを見たら百年の恋も冷めます。
ジュウゾウさんが髭を克服し新たな扉を開く前にフラれてしまうかもしれません。
「で、今度はどんな料理ができたんだい?」
「ふ……は……は……実は……ですね……」
ようやく笑いが収まったところで話しかけたバーラさんでしたが、笑いすぎたのかジュウゾウさんの息が上がっています。
現代の日本人の運動不足っぷりは深刻です。皆さんも暇があったら、走るのは無理でも散歩とか行ってみましょう。
大丈夫。一般人でも気合を入れれば40kmくらい余裕で歩けます。
松尾芭蕉だって一日に50kmくらい移動してたのだから間違いありません。
「実はようやくカレーが完成しまして」
「ああ、前から言ってたあの」
ジュウゾウさんの言葉を聞き先ほどまでの狂乱ぷりに納得するバーラさん。
以前からスパイスを調合しまくっていたジュウゾウさんでしたが、ようやく納得いく配合を見つけたようです。
「いや長かったです。味見を続けてようやく納得のいく出来になったと思ったら、舌が慣れただけで後から食べたらあまりの辛さにのたうち回ることが何度あったか」
「うん。もう休めジュウゾウ。わし昼飯他所で食うから」
遠い目をしながら今までの苦労を語るジュウゾウさんに若干引いてるドワーフ。
実際今のジュウゾウさんの言葉を聞いてそのカレーに挑戦する勇者はいないでしょう。
召喚勇者なマサトくんなら挑戦しそうですが、残念ながらこの場にはいません。
「まあそう言わず。折角ですからカレー第一号を食べてみてください。料金はサービスしますから」
「まあ食べてったらどうだい。ジュウゾウが客に出すってことは、自信があるんだろうし」
「うーむ。そうか?」
バーラさんに言われて不安ながらもカウンター席に座るドワーフ。
因みに席の全てはドワーフ向けの高さになっており、一度店に来た人間の商人が「人間向けに椅子を直してくれ」と文句を言ったことがあるのですが「文句あるなら出て行け」とドワーフたちから総攻撃を受けて涙目で退散しました。
あくまでメインの客はこの国のドワーフなので仕方ありません。
「うん。これは中々。見た目的にビーフシチューみたいなものかと思ったら、全然違うね。それにこの辛みが不思議と食欲をそそる」
「そうじゃのう。わしは野菜は嫌いなんじゃが、これに入ってとる芋と人参ならいくらでも食えそうじゃ」
『そして何より肉が美味い』
「はい。安定の評価をありがとうございます。今回は豚肉を使ってみました」
評価のしめは肉で終わる安定のドワーフ。しかしそれを抜きにしても高評価なのを聞いて、ジュウゾウさんも嬉しそうな笑みを浮かべています。
「これならメニューとして出しても大丈夫そうですね。まあスパイスに限りがあるので、数量限定になってしまいますが」
「何!? 限定じゃと!?」
ジュウゾウさんの言葉を聞き声を上げるドワーフ。その手元にあるお皿は既に空になっています。
「……なら今のうちに食っておくかの。おかわりじゃ!」
「私もおかわりおくれ。肉多めでね」
「はい。かしこまりました」
皿を勢いよく出してくる二人に苦笑しながら応じるジュウゾウさん。
今日も異世界は平和です。
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一方ガルディア王国。
「王妃様に手紙が届いております」
「私に? 何だジュウゾウさんからか」
文官の一人が持ってきた手紙を受け取る王妃様。米に関する交渉なら纏まったはずだがと首を傾げます。
「おい。中身は検閲したのか?」
「はい。でも大したことは書かれていませんでしたよ」
その手紙を見て文官に内容を問い質す王様。
嫉妬ではありません。これも情報管理の一環です。
「なんでもカレーとかいう新しい料理ができたという報告で……」
「よし。出入り口を全て封鎖しろ。虱一匹見逃すな」
食べ物絡みと聞いて王妃様の行動を予測し先手を打つ王様。どうやら日本人の取り扱いが分かってきたようです。
「なーリチャード。ドワーフ王国にデートに行こうぜ」
「逃亡は不可能と悟って別の手段に出たか」
「さすが王妃様ですね」
最近王様の監視が厳しいので別方向からアプローチしてみた王妃様でしたが、見事に内心を読まれて不発に終わりました。
可哀想にも思えますが、立場無視して逃亡しまくった王妃様の自業自得でもあります。
「……行かせろよ! もう私の口の中はカレーになってんだよ! 行かせないと侍女たちに言ってストライキさせるぞ!」
「やめろ! 王宮が機能しなくなる!」
非常に残念なことに、腐りきった侍女たちは完全に王妃様の支配下にあるようです。
そしてそんな彼女たちが働かなくなると、地味に王宮が大変なことになります。
どんな場所もお偉いさんだけでは成り立たないのです。
「……一日だ。馬の強行軍で滞在は一日。それなら許可する」
「マジで!? やったぜ。愛してるリチャード」
「そういうセリフは別の機会に言ってもらいたいんだがな」
滅多に言われない愛の言葉を聞いて、疲れたように息をつく王様。
日本人は滅多に愛してると言わないから仕方ありません。
でも海外では夫が「愛してる」と言ってくれないからと離婚に踏み切った女性が居たりします。
文化の違いって難しいですね。
「惚れた弱みですね陛下」
「……うるさい」
文官にからかうように言われて仏頂面で応える王様。
今日も異世界は平和です。




